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争乱の葦原島(前編)

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争乱の葦原島(前編)

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   十一

 麻篭 由紀也はパートナーと手分けして、漁火を探していた。彼の担当は夜加洲地方だ。途中、暴徒に襲われていた宮司 美沙と名乗る少女を救い、同道している。彼女もベルナデットを救いたいという。こんな美少女と旅していると知られたら、沙耶ちゃんに叱られるかなあと由紀也はちょっと心配になった。
「漁火の仲間の三道 六黒っていうのがいたらしいんだ。一緒にいた女も捕まえたらしい」
 生憎、ゲイルとの連絡手段を持っていないため、由紀也がそれを知ったのは大分遅れてしまった。この時点で彼は、オーソンが夜加洲に現れたことをまだ知らないでいる。
「それは漁火ではないのですか?」
 由紀也はかぶりを振った。
「そうかと思ったら、別人だったって。でも、あいつがいるなら両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)とかの他の仲間や、漁火もこっちにいると思う。狙いは外れじゃなかったってことだよ」
 ということは、沙耶は無駄足を踏んだわけで、これはこれで叱られそうだと由紀也は思った。
 二人はそれと知らず、オーソンが現れた村の一つに辿り着いた。
 静かだった。同じ夜加洲とは思えないほどだ。ひっそりとして人気は愚か、動物の気配すらない。サイアス・カドラティたちが訪れた村と同じ有様だったが、それも由紀也は知らなかった。
 ただ一つ、村の中心に奇妙な木が生えていた。元はクスノキだったらしいが、別の植物が絡んでいる。本体のクスノキはほとんど死にかけていたが、その植物だけはやけに元気だった。
「寄生してるのか?」
「その通りですよ」
 その声に、由紀也は振り返った。
「ベルナデット……!!」
 ドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)ともう一人――顔を隠しているが、女のようだ――を従え、そこに彼女は立っていた。
「い、や――漁火、か」
 白い生地に曼珠沙華をあしらった着物を身につけ、漁火は微笑んだ。由紀也はさっと身構えたが、ドライアと女に阻まれ、近づけない。漁火がクスノキまでゆっくり歩み手を触れると、蔦はびくんっと大きく跳ねた。
「な、何だこれっ?」
「寄生していると言いましたね? これは、別の生き物なんですか?」
と美沙は尋ねた。
「ええ。これは根です。翼ある大蛇の力を吸い取ろうとしているんですよ、忌々しいことにね」
 美沙の眉が寄った。
「どういうことです? ミシャグジは、この前復活寸前まで行って、カタルのせいでエネルギーを使い果たしたはず……」
「以前に、オーソンに面白い話を聞いたんですよ。何て言いましたかね、名前は忘れちまいました。あたしは大いなる冬と呼んでるんですが、それを使うとね、小さな力がたくさん集まって、より大きな力になるんだそうです。だから、それをちょいちょいとね」
 漁火とシャムシエルは、以前サリーとユーリと名乗り、ニルヴァーナのアイールという町に現れたことがあった。そこでちょっとした事件に首を突っ込み、漁火は目的の物を手に入れた。それが「大いなる冬」――オーソンが呼ぶところのフィンブルヴェト。こちらが正式名称だろう――だった。
「あの男は気に入りませんが、そういうことでは頭がいいですからね」
「つまり、その大いなる冬とやらで、エネルギーをチャージしているんですか? ミシャグジへ?」
「そういうことです」
「おい! ひょっとしてそのせいで、暴動が起きてるんじゃないのか!?」
「さあ」
 漁火は由紀也の疑問にも怒りにもお構いなしだ。どの道、彼女にとって暴動など些細な問題だった。
「なぜ、そこまでミシャグジ復活に拘るんです?」
 おやと由紀也は思った。この美沙という少女は、オルカムイの話を知らないのだろうか? 
 あの神さまによれば、漁火はカガリという名の女性とその息子が融合した姿だという。子供の「生きる」本能が強すぎるために他の生物を取り込み、生き延びてきた。一方で、母としての「生きさせたい」想い故に、ミシャグジを我が子のように考え、自由を与えようとしている。
 もっともそれは、オルカムイの見解に過ぎない。実際どうなのか、漁火自身の口から聞きたいと美沙は考えているのかもしれない。
「自然のあるがままにしたいだけですよ。人を乗せ、縛られ、生命を吸い取られるだけの命に何の意味があるんです? この子は本当に強いんですから……誰にも縛られちゃあ、いけないんですよ」
 漁火の言葉が終わるのを待って、女――東 朱鷺――はライターで蔦に火をつけた。
「おい!?」
 由紀也は焦ったが、ドライアが立ちはだかっているため、どうしてもその場から動けない。
「言ったでしょう? この蔦はね、翼ある大蛇の力を全て吸い取るんですよ。ない方がいいんです」
 忌々しい口調だった。それを聞いた美沙は、ハッと息を飲んだ。
「つまり、葦原島全体の生命を吸い取っているということですか!?」
「その通りです。あんたさんは、賢いですね。見かけより、ずっと。……その顔は、偽物なんでしょう?」
「えっ!?」
「――本物ですよ。ちょっと化粧はしていますが。ただ、性別を変えただけです」
「おやそうですか。欠片の力じゃ、そこまでは分かりませんのでね」
 由紀也は唖然としている。対照的に美沙――高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は、ふっと笑って、
「まあ、嘘をついていることは確かですから。そういえば貴女も欠片をお持ちでしたっけ。……ここまで来たんですからもう一つお尋ねしますが、その蔦は誰が仕組んだものなんです?」
「オーソンですよ、忌々しい」
 吐き出すように漁火はその名を口にした。面白いと玄秀は思った。オーソンは何のために、ミシャグジのエネルギーを吸い取っているのだろう?
「漁火! 今すぐ、その何とかの冬とかをやめるんだ!」
「すいませんねえ。それは聞けないんですよ」
 由紀也は「十字型大銃:ヴィア・ドロローサ」を構えた。
「あめぇよ!」
 ドライアが「忘却の槍」を繰り出す。由紀也の方が若干速かったが、朱鷺が漁火を庇ったため、彼女には当たらなかった。ドライアの槍が、由紀也の銃と彼自身を突き、共に吹き飛ばした。
「おまえはどうする?」
 ドライアに問われ、玄秀は軽く肩を竦めた。
「僕は彼女に質問があっただけなので。敵対するつもりはありませんよ」
「その方が賢い。ま、うっかり漁火に何かあっても、俺たちが引き継ぐつもりだけどな」
 ドライアはそう言って、からからと笑った。その笑いがふと凍りつく。
「――あいつ、どこだ!?」
 由紀也の姿がない。――いや、確かに気配はする。すぐ、そこに。
「そこだあ!」
【野生の勘】で、ドライアは適当に殴りつけた。ぐしゃりと音がして、由紀也の体が地面に深くめり込む。
「ったく、油断も隙もありゃしねえ」
「キミが一人で油断したんですよ」
 朱鷺はしれっとして言う。ドライアは口を尖らせた。三人はもう、由紀也のことなど全く意に介していないようだ。
「無茶をしますね」
 玄秀が屈み込んで、由紀也の耳元で囁いた。
「まあ、僕が安全な場所に着いたら、迎えを寄越すよう連絡してあげますよ。それまで、しばらく待つんですね」
 右半分の顔は地面に埋まったままだったが、由紀也は笑ったらしかった。承知した、という意味だと玄秀は取ったが、それは違った。
 ドライアに殴られる、ほんの一瞬前。
 由紀也は、漁火に発信器を取りつけることに成功した。