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争乱の葦原島(前編)

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争乱の葦原島(前編)

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   十三

「やれやれ」
 雷火は三人を見るなり、嘆息した。
「ここまで来て、遂に見つかったか」
 見上げれば、ハイナのいる天守閣だ。「まあ、惜しいと言うほどでもないか」
「九十九雷火!!」
 セルマとリンゼイはそれぞれ、武器を構えた。詩穂は素早く【オープンユアアート▽】を使用する。だが、雷火もグレゴリーも様子は変わらない。味方ではないからなのか、それとも――?
「あなたも元は葦原藩士だろう!? なぜ、こんなことをする!?」
 にやり、と雷火は笑った。
「そうだ。俺は元葦原藩士だ」
 雷火は「元」を強調した。「今はただの浪人さ。浪人が、どうやって食っているか知っているか?」
 既に雷火に関しては情報が集まっている。だが、三人とも、肯定も否定もしなかった。いや、出来なかった。
「商家の用心棒ぐらいならいい。脅し、盗み、人斬り……人が堕ちるのに、そう時間はいらない」
「浪人はあなただけではありません。ちゃんと、真面目に生きている人もいますよ」
「そう思うなら思っとけ」
 リンゼイはそれ以上、言い返せなかった。ハイナや葦原藩が把握していないだけで、元侍の犯罪者は少なくないのだろう。
「浪人だからって、やっていいことと悪いことがあるだろう! 言い訳にはならない!」
「言い訳にはせん。だがな、お前たちが余計なことをしなければ、堕ちずにすんだ人間もいるってことも、知っておけ」
 雷火は腰を落とし、鯉口を切った。「お喋りはここまでだ。どうせなら、行けるところまで行ってやる」
 雷火は一瞬で間合いを詰め、刀を抜いた。リンゼイの帯が切れ、髪留めが弾ける。
「リン!!」
 セルマはカッとなった。操られていようがなかろうが関係ない。妹を傷つけられ、黙っていられるセルマではなかった。
 一方詩穂は、グレゴリーと対峙していた。
「ちょっと訊くけど、漁火やとかシャムシエルとかオーソンとか知ってる?」
「知ってるよ」
「ホント!?」
「会ったことはないけどね」
「……からかってる?」
「まあね」
 グレゴリーは笑った。ちらりと雷火を見て、
「俺は彼に知恵を貸しただけ。でもまあ、ここまでかな」
と呟くと、【物質化・非物質化】で「六連ミサイルポッド」を出した。
「危ない! 伏せて!」
 詩穂の声と同時に、ミサイルが発射される。塀が壊され、周囲に破片が飛び散った。濛々とまき上がる砂ぼこりに、詩穂たちは目を細め、吸い込んでしまったそれを咳き込むことでどうにか吐き出した。
「リン! リン、大丈夫!?」
 セルマは痛む目を擦りながら、妹を探した。だが目の前にあったのは、雷火の刀だった。
「!?」
 腹部に焼き鏝を当てられたような熱を感じ、セルマは瓦礫の山へ頭から突っ込んだ。
「セル!!」
「だい、じょう……」
【リジェネレーション】があるので、傷は次第に癒える。だがすぐというわけにはいかない。リンゼイはセルマを庇うよう、腰を落とした。そして、「斬巨刀」の封印を引き千切った。
「ちゃんと守っててね!!」
 その動きを見た詩穂は、両手に「魔砲リボルバー」を握った。雷火はそれに反応し、素早く間合いを取る。
「逃がさない!」
「魔砲リボルバー」から発射された無数の弾が、地面や残った塀、瓦礫にぶつかり、跳弾する。雷火の足元を抉り、頬を掠め、着物を切り裂いた。まるで、魔力で出来た弾の檻にいるようなもので、雷火はその場からほとんど動けなかった。
「くそっ……!!」
 雷火は予測のつかぬ弾の動きを見切るのに精いっぱいだ。故に彼は気づかなかった。
 リンゼイが、「斬巨刀」を力いっぱい振り下ろしたことに。魔力の弾を弾き返し、それが雷火へ跳ね返ったことに。
 雷火の左肩を、魔力の塊が貫く。雷火はバランスを崩し、どうっと大きく背後に倒れた。
 それでも、雷火は諦めなかった。落とした刀を、指先で探す。右手は生きている。
「諦めた方がいいよ」
 詩穂は、倒れた雷火に「魔砲リボルバー」を突きつけた。
「もう詰んでるから」
 目だけを動かし、雷火は詩穂を睨んだ。
「……殺せ」
「殺さないよ。詩穂にはそんな権限ないから。あなたのことは、ハイナが決める」
 詩穂は後ろにいるリンゼイへ、「いいよね?」と尋ねた。
 リンゼイはセルマの脇に肩を回し、兄を支えている。ええ、と彼女は答えた。雷火を捕えたのは詩穂であり、その彼女がハイナに任せると言うなら、明倫館の生徒であるリンゼイに否やはない。
 あの一瞬、リンゼイの得物を見た詩穂は、一つ間違えれば二人も巻き込みかねない作戦に出た。リンゼイもまた、詩穂の銃を見て察した。
 その一瞬に負けた。
 数が多ければ、それだけハイナに見せつけてやれる、と思った。折よく、人々が暴動を起こした。その方向をほんのちょっとだけ、変えてやった。ハイナが悪いのだと吹き込んだ。
 傍に集まった連中は、仲間ですらなかった。……いや、その気になれば、仲間になれたのだろうか。そうしていれば、勝てたのだろうか?
 雷火はふっと笑い、
「俺の負けだ。好きにしろ」
 空が青いな、と思った。


 城下町の反乱は、首謀者である九十九 雷火の捕縛で終結した。
 仲間――ではない、と雷火は証言したが――の内、機晶戦闘機 アイトーンとヘスティア・ウルカヌスは捕えられたが、ドクター・ハデスは逃亡した。もう一人誰かいたようだが、正体は不明だ。
 また、藤林 エリス、マルクス著 『共産党宣言』、グレゴリーも包囲網を逃れたらしかった。
 暴れている人々も、取り敢えず捕えて、急遽作った牢獄に放り込んである。
 だが問題は、葦原島全土の暴動自体は、一向に収まっていないという事実だった。


「もうちょっとだったのになァ」
 つまらなさそうにグレゴリーは呟いた。思えば、端から雷火はグレゴリーを信じていなかった。もっともっと信頼させ、最後に裏切る――出来ればハイナの前で。それが計画だったのだが、うまくいかなかった。
「次はもう少しうまくやろう」
と嘯き、メアリー・ノイジー(めありー・のいじー)の体を乗っ取ったその人物は、町の暗闇へと消えて行った。