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リアクション
第一章 ネタバレ:ここ伏線パート
「……えっと、その……元気出して……ね?」
困ったように天野翼が話しかけるのは、関係者控室のベンチで項垂れる和泉空とエルがいた。
結論から言うと、二人は登録に間に合わなかったのである。
全てに絶望しきったように負のオーラに塗れた二人に、一体どうしていいかと翼は溜息を吐いた。
「まあ、こんだけいれば人数も不要だよね」
ちらりと、翼が参加者の様子を眺める。
権利を完全に取りに行くことを狙うカップル。
そのカップルと凶器を見比べてほくそ笑む者。
完全に戦う事しか考えていない者。
一体この企画が誰を対象にしているのか疑う光景だ。
「……正直参加しない方が良いんじゃ」
「ご、ゴメン。ちょっといい?」
翼が振り返ると、慌てた様子の榊 朝斗(さかき・あさと)が話しかけてきた。
「ん? 何かな?」
「ちびあさ……えっと、人形見なかった? そんな大きくなくて、メイドの格好してるんだけど……」
「うーん……ちょっと見かけてないかなぁ……多分この二人も見かけてないと思う」
そう言うと少し落ち込んだように「そっか」と朝斗が溜息を吐いた。
「悪いけど見かけたら後で教えてくれるかな?」
「人形ね、わかった」
「ゴメン、助かるよ……本当に何処行っちゃったんだろうなぁ……」
翼が頷くと、慌てたように朝斗が去っていった。
「人形ねぇ……ん?」
ふと、ギターを弾くエレーン・ルナ・マッキングリス(えれーんるな・まっきんぐりす)に典韋 オ來(てんい・おらい)とレイラ・ソフィヤ・ノジッツァ(れいらそふぃや・のじっつぁ)を従えたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が歩み寄っていた。
ローザマリアは若干苛立っているようであった。先ほど彼女は運営にとある提案をしていた。
それは金網マッチで金網にアクリルボードによる電話ボックス大の小部屋を設置し、更に金網の頂上の外縁部や中腹に人が乗れる大きさと強度の籠とスリットを設置し、そこに従者を設置し登って来る者を下へ突き返す【ランバージャックチェンバーケージ】に改造する、という物であった。小部屋に入った選手は時間差で解放される、というスタイルの試合にするというのだ。
しかしそれはルール自体が変わる事により難易度も変わり、参加者も困る事になる。時間差スタートというのも、その順番によっては参加者にとって有利にも不利にもなる。
ローザマリアは『試合後に金網もちゃんと元通りにする』と拝み倒したが、結局は受けられないと断られてしまったのである。
そんな結果に終わった上に、娘のエレーンはニート同然。この試合もローザマリアがそんな娘に業を煮やして参加させたのである。
だがそんな状況で娘も乗り気なわけがない。歩み寄ってきたローザマリアに、エレーンは「あんたなんてお呼びじゃない」と追い払おうとする。
そんな態度に一触即発の雰囲気になる。その姿を見たのか九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が止めに入った。「お前たちは欲まみれだ。リングに上がる前にその欲を捨てておけ」と説教をするように言うと、九条が離れる。
それでも険悪な空気に、宥める様に入ったのは通りすがりの涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)であった。ローザマリアに「家族円満の秘訣は子供の気持ちをきちんと汲み取る事ですよ」と諭す様に言うと、試合の準備にと去っていった。
「ふむ、ならばただ参加させるだけではなく褒美をやろう。もしお前が勝ったら、このHC女子王者に挑戦させてやろう」
そう言ってベルトをちらつかせる。その条件に乗ったのか、いい加減うんざりしたのかはわからないがエレーンは溜息を吐いて「わかったわよ、出ればいいんでしょ出れば」と頷いたのであった。
「……そんな王者ベルトうちにないんだけどな」
翼がその光景を見て呟いた。
「む、あのベルトは王者ベルトでは?」
気を取り直したのか、エルが問いかけてくるが翼は首を横に振る。
ローザマリアがもっていたのは【凶器用チャンピオンベルト】だ。勿論ベルトは嘘っぱちである。王者の証としての価値は一切ない。
「……ふむ、少し気を付けた方が良いかも」
絶望の淵に立たされていた泉空が何時の間にやら復活していた。
「あれ、復活してるけどどうしたの? なんか嬉しそうだけど」
「イヤイヤ、ナニモナイナニモナイ」
あからさまに嘘くさい態度であった。
「ふっふっふ、実は今泉空さんと約束したのですぅ」
後ろから笑みを浮かべた佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)が話しかけてきた。
「約束?」と翼が首を傾げると、ルーシェリアはふふ、と笑って口を開いた。
「ええ、もし権利書を手にしたら、お二人にプレゼントすると約束しました〜」
「はい? でも何故……?」
「この参加自体、私の幸せが目的……というのは建前でして。何せ夫が参加しなかったので……まあ、それはおいとくです。私が個人的にお二人の式が見たいからですぅ。だって、巨ぬーの花嫁姿って萌えるですよ!?」
ぐっと拳を握りしめるルーシェリア。その拳の上にそっと泉空が手を重ねた。「貴女とは良い酒が飲めそう」と。
「とにかく、私は全力で彼女を応援する」
そう言って泉空はルーシェリアの肩を抱く。
「いや駄目だよ。私ら実況解説なんだから」
「いかんのか?」
「いかんでしょ」
何故駄目なのか、という表情になる泉空に溜息を吐いた。
「ふむ……ならば私もこのまま帰るのもなんですので、ちょっとラブ不法侵入で噂の鐘でも拝見させていただきますか」
そう言って手にバールのような物を持ちエルが立ち上がった。
「いや不法侵入は駄目ですって」
「なぁに、愛があれば問題ありませんって」
「大丈夫じゃありません。問題です……ってちょっとぉー!」
翼が止める間もなく、エルが走り去っていった。
「……大丈夫かな」
走り去るエルの後姿に、翼が呟いた。
後にこの行為がとんでもない展開を引き起こすのであるが、その事をまだ誰も知らない。
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