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リアクション
▼一章 作戦開始
◆ツァンダ東の森・臨時野営地◆
時刻は正午。
土地勘のある敵に対し、森中を進むことになるので、今回の作戦にはこの時間帯が設定された。
天候にも恵まれているので、悪視界による影響は微小で済むと思われる。
さて、既に作戦は開始しているのだが、
教導側の陣地となる臨時野営地の片隅に、羅 英照(ろー・いんざお)の姿が見える。
参謀長である羅がこうして1人でいる理由は、
彼が持つ携帯電話に金 鋭峰(じん・るいふぉん)から着信が入ったからだった。
それは、ほんの数分前のこと―――
作戦開始の直後というタイミングで、
金から他の者に聞かれないように話がしたいと言われたのである。
それを受けて人気から離れたところで、
羅は初めて、エレクトラの成り立ちについて聞くことになった。
ちなみにその電話は、パートナー間の能力を利用したテレパシーで交わされた。
なので軍用回線ではないものの、敵に傍聴された心配はないだろう。
「IRIS計画の残党……ありえない話ではないか」
羅は、金から伝え聞いた話を思い返しながら、ある程度の推察を行う。
まず、なぜジンは軍用回線でなく、あえて携帯電話での伝達を選んだのか?
―――これは明白であろう。
エレクトラという組織についての情報が、広まりすぎてしまうのを危惧してだ。
なにせ、事は教導団の暗部に関わってくる。
ジンも本件については、考えなしに広めるべきではない情報だと判断しているはず。
次に、ジンにそうさせた者、シュヴァルツの意図。
なぜ彼は作戦開始直前という融通の利かないタイミングを選んで、
こんな重大な事実をジンに伝えたのか?
これは……おそらくIRIS計画が、元は教導団のものであった事を隠蔽させないため。
もし、事前にエレクトラの成り立ちを私が知っていたなら、
本作戦は教導内に留まらせ、内々に処理しようとしたであろう。
つまり、シュヴァルツはエレクトラを追う目的においては協力者だが、
それ以外の局面では、彼なりの正義で動いているということだ。
最後に、エレクトラの活動目的について。
ジンの話によれば、彼らはIRIS計画の残党が、
技術力をエサに各地の鏖殺寺院を取り込んで、巨大化したものらしい。
エレクトラを発足したのが本当にIRIS計画の残党ならば、
組織のトップ周辺は契約ができない地球人のはずだ。
にも関わらず彼らはパラミタに渡ってきて、こうして拠点を構え動いている。
―――ということは、やはり独自にIRIS計画を完成させて、
自らをIRIS化してパラミタにやってきたのだろう。
「……妙だな。
IRIS化を果たしパラミタに渡れたのなら、彼らの当初の目的は達されている。
それをひた隠しにして活動を続け、いったい何を望んでいる……?」
当時、羅も関わっていた頃のIRIS計画の研究においては、
IRIS化は非常に危険であると結論付けられた。
その結論を無視して強引に完成させるような連中だから、
心中を察するのは難しいかもしれない……。
そこでふと羅の脳裏によぎったのは、電話で金が最後に残した言葉。
―――復讐?
「参謀長」
と、そこで羅は唐突に呼ばれて現実に返る。
見ると、声の主はコード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)だった。
彼は今回の作戦において連絡役と、指揮官である羅の護衛役を務めている。
もっとも、目標を包囲しての制圧戦なので、
ここまで敵が攻め込んでくる可能性は限りなくゼロに近い。連絡がメインだ。
その姿を認めて羅は、
「君か、外してしまってすまないな。戦況はどうなっている?」
「森側・空峡側、どちらも既に交戦状態に入ったようです。
敵は断崖の拠点双方の入り口に防衛ラインを敷いて抗戦していますが、
現在のところ我が軍が有利です」
コードは参謀長の行動について特に言及せず、簡潔に要点をまとめ、報告をあげる。
羅は頷いて、
「ふむ、ここまでは推測通りの展開なのだよ。
……感知されていた例の妨害電波のようなものの正体は判明したか?」
「制圧部隊との通信時に、たびたびノイズが混じります。
それは前線があがるにつれ、より顕著になってきているので、
断崖の拠点内から発されるノイズ・ジャミングの一種かと」
ノイズ・ジャミングは通信電波やレーダー電波に対する妨害機能だ。
特に優れた技術が無くとも、集団戦闘を想定する組織ではたびたび用いられる。
「周波数の変更は?」
「何度か試行しましたが即応されました。
今のところ、司令室を兼ねて設置した『装輪装甲通信車』の発信出力を強化し、
強引に繋いでいる状態ですから、いつ通信が途絶えるか……
特に空峡側は距離が離れているので危険ですね」
「……少し厄介だな。
制圧部隊に、拠点内に入ったら絶対に孤立しないよう伝達してくれ。
統率がとれなくなって各個撃破される恐れがある」
「了解」
コードは一礼すると、1人で『装輪装甲通信車』の内部スタジオに戻っていった。
気を遣ってくれた事はわかったが、羅もこれ以上外での用事はない。
コードの後に続くようにして、
彼も本来あるべき司令室の席に戻るのだった。
◆ツァンダ東の森・最前線◆
最前線を行く偵察部隊は、隠密状態のローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)と、
彼女の率いる『海兵隊特殊強襲偵察群【SBS】』を合わせた6人組のチームだった。
「前方クリア。移動するわよ」
ローザは『サングラス型通信機』を用いて、
左右に離れて展開するグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)率いるチームと、
エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)率いるチームとの相互連絡を取っている。
「……ここまで踏み入っても姿を見せぬとは、敵もなかなか慎重だの」
「こちらとしては好都合じゃないですか? 出入り口を探しやすいですし」
敵が張っているというノイズ・ジャミングと、
敵に混在すると思われるIRIS兵の存在については、先ほど本部から各員に伝達があった。
そしてジャミングの電波の方は、断崖の拠点内から発されている可能性が高いとも。
ならば、と出撃時に通信に問題が無いことを確認したうえで、
ローザ達はあえて『サングラス型通信機』を使用し、ノイズの強さを見ながら進んできた。
ノイズが強くなるほど、断崖の拠点が近いということだ。
木陰へ、岩陰へと的確に渡り歩いていく―――
そうして進んでいると、やがてローザは【殺気看破】で何かを感じ取った。
(あれは……!)
感覚に身を任せ少し歩を進めると、敵兵と思しき集団を捕捉した。
数は10人くらいに見える。
―――ローザは一時的に隠密装備を解除し、すっと手をかざす。
それを受けた3チームの全員は、まるで時が止まったかのようにピタリと停止する。
予め決めておいた、敵兵発見時の合図だ。
ローザは、すぐさま全体に詳細な指示を飛ばして、
「こ***ーザ*敵*の一**発**た*……」
「***、*イ*が強**聞き**ぬ……!?」
「*う*て? ****……」
グロリアーナとエシクの応答を受け、初めて異変に気がついた。
耳元の『サングラス型通信機』から出る音が、ほとんど聞き取れなくなっている。
拠点に少しずつ接近していたとはいえ、いつの間に―――!?
しかも、
「敵襲だ!!」
通信を試みた直後、なぜか敵がこちらに勘づいた。
3チームそれぞれが隠れている位置まで完璧に把握されているらしく、
側面をカバーしながらローザ達のいる岩陰に突き進んでくる。
どうやら戦闘は避けられそうにない。
人数では上回っているが、意思疎通ができないまま完全な交戦状態に入ってしまえば不利かもしれない。
ローザは瞬時に作戦を切り替えるべく、ハンドサインによる指示を出した。
―――各自の判断で行動すること。
「通信ができない以上は、それがいいだろうな。……妾が先陣を切る!」
グロリアーナは障害物より飛び出し、敵勢の側面から【ホワイトアウト】を放った。
「「!!」」
辺り一面を猛吹雪が襲い、日中の光が氷粒を乱反射して視界を遮る―――!
「行くぞ、ジョー!」
「続きます!」
こちらからも吹雪の内部は窺えないが、
『サングラス型通信機』を付けたままなお陰で、目が眩むことはない。
ただ、相変わらず通信機能はイカレているので、意思疎通はかけ声で行う。
混乱しているであろう敵勢にグロリアーナチームは一気に接近していき、
挟み撃つようにしてエシクチームも飛び込んだ。
エシクは『アクセルギア』の出力を5倍に調整して、一足はやく吹雪の中へ踏み込む。
「あまり高速にすると反動が大きいし、手加減が難しいですからね……!」
視界が開けた。
そう思った途端、エシクの視界は再び閉ざされた。
(え…………!?)
慌てて閉ざされる寸前瞬間的に見えた光景から、現状を探る。
―――確か、3人くらいの敵兵が、こちらに手を構えて何かを
「ッ!!」
背中の産毛がゾワリと逆立つ。危険だと、本能が告げた。
ほとんど反射的に横合いに跳んだ。【超人的肉体】の効果で、可能な限り早く。
直後、エシクの元いた空間を、無数の光の刃がズタズタに切り裂いた。
―――確認せずとも解る。IRIS兵が放った攻撃だった。
(どうして吹雪の中にいて、私が出てくる場所がわかったの……!?)
今のは完全に待ち伏せられていた。
先んじて『アクセルギア』を使っていなければ、回避できなかっただろう。
もしかして、IRIS兵は敵の位置を視覚以外の手段で捉えている……?
(あ)
そういえば、反対側からは特に加速装置も用いらず、
グロリアーナも飛び込もうとしていなかったか?
(敵は両側面をカバーするように展開してた!
だったらグロリアーナの方も待ち伏せられている可能性が高い……まずいです!)
そう思ったエシクは、グロリアーナに宛てて【テレパシー】で危険を知らせようとした。
しかし、
「***せ**て*! *っ**退**―――」
グロリアーナが聞き取れた言葉はこんな感じだった。
彼女はそれを、向こうのチームの会話を通信機が拾っただけだと誤認してしまい、
念波までもが妨害されているのだという事実に、今はまだ気がつかない。
そして、グロリアーナは止まらぬまま荒れ狂う吹雪の内部へ―――
「成敗!」
ところが、エシクの危惧をよそに、グロリアーナはあっさりと奇襲に成功した。
【抜刀術】による最初の一撃で最も近い敵を無力化し、
統率の乱れた敵勢を、続くグロリアーナチームの5人と合わせ、小銃攻撃で次々と取り押さえる。
相手が崩れた理由はわからなかったが、千載一遇のチャンスだった。
当初の予定通りエシクチームも加勢すると、あっという間に制圧は完了した。
そこに、ローザが駆けつけてくる。
「2人とも大丈夫?」
「うむ、妾はなんともないぞ。
途中ジョーの方から何か聞こえた気がしたが……そちらも平気だったかの?」
「え、えぇ、少し危なかったですが何とか」
ローザは一息ついて、
「よかった。視界が遮られて白兵戦の支援はできなかったけど……
交戦中、樹上にも敵兵がいるのを見つけたから、そっちは【シャープシューター】で撃退しといたわ」
「ほう、上にも潜んでおったのか」
話を聞くと樹上の敵兵は、双眼鏡のような物を構えて交戦地帯をじっと見ていたらしい。
「遠くて、何を見ていたのか正確にはわからなかったわ。
脚を狙って撃ち落としたのだけど、姿が消えてるってことは逃げたみたいね……」
少し気がかりだったが、IRIS兵と思しき者達の捕縛には成功した。
戦闘データもとれたし、彼らが守っていたということは、断崖の拠点入り口も付近にあるかもしれない。
斥候としては十分な役割を果たして、ローザ達は諸々の情報を後続に伝えることにした。
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