薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 前編

リアクション公開中!

最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 前編

リアクション




2/見られている者たち
  
「は、あああああぁっ!!」

 空は、いい。広くて、風が気持ちよくて。そしてそこを駆ける『天空騎士』の異名は、伊達ではない。
 相方のフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)からの援護を受け、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は得物を手に相手めがけ急降下をしていく。
 この相手は、まだ大したことはない。やりあっていて、それがわかる。
 
 悪いが、ここで躓くわけにはいかない。

「たっぷり、時間稼ぐためにはっ!!」

 この闘技場の地下へと潜入した皆の支援。リネンたちがトーナメントへと参加した理由はその一点だった。
 彼らは今、どのあたりにいて。どうしているだろうか。リネンとフェイミィの時間稼ぎが無駄にならないよう、頑張ってほしいとは思っているけれど。

「ほーれほれ、頑張らないと食っちゃうぞー、フハハハ!」

 ──にしたって。なーにやってんだ、あのエロ鴉。

 リネンのそんな考えなどよそに、明らかに実力でこちらが優位に立つ対戦相手の少女に対し楽しそうに、フェイミィがドS根性丸出しで天馬のバルディッシュを振るっている。
 やめてあげなさいって、まったく。横目でちらと見つつ、ため息を漏らす。

「……?」

 そうして視線を横に投げたとき、向こうのリングにいる別の参加者と目が合った。
 あちらも優勢──赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)と、クコ・赤嶺(くこ・あかみね)のふたり。
 リネンたちと目的を同じとするコンビだ。
 
 なるべく上へ。なるべく長く、このトーナメントをひっかきまわす。
 なるべく、こちらへと主催者の意識を向けさせるために。他にももう何組か、潜入したチームのサポートのため、同じように出場をしているはず。
 
 アイコンタクトを交わし、霜月と頷きあう。
 一瞬ふたり、隙が生まれ。そこに付け込まんと、互いの対戦相手が迫る。
 無論、そんなものにやられはしない。
 
 リネンの剣に、敵は切り伏せられ。
 霜月へと襲いかかった相手は一方、彼とクコの合体技・クロススラッシュに天高く宙を舞う羽目となった。
 
 やるわね。……当たるならなるべく、上で当たりたいものだけれど。
 互い、これで一回戦突破。倒れた対戦相手の服をひん剥こうとしていたパートナーの首根っこを掴んで引き離しつつ、リネンは思う。
 
「いいわ、とりたいなら好きなだけデータ、とらせてあげる」
 
 そのぶんいけるところまで、いかせてもらうから。
 リネンはこちらを向いた無数のカメラのレンズを、睨みそう呟いた。
 


「……あれ?」

 不意に聞こえてきた、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の声に詩壇 彩夜(しだん・あや)は振り返る。
 彼女の手にはデジカメ。構えていたそれを少し降ろして、首を傾げている。

「どうか、したんですか?」
「いや、うーんと。見間違い? でも、今たしかに」

 薄暗い通路。闘技場の地下に、彼女たち一行は潜入している。
 ぺたぺたと、見つめる壁を触っている。なんだなんだ。不思議そうに、李 梅琳(り・めいりん)が、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がそちらを覗き込む。

「?」
「今、たしかにこの壁に紋章みたいな模様、あったように思ったんだけどな? でも、目を離したら消えてる」
「紋章……ですか?」

 彼女の触る壁面を、一同見つめる。だがたしかにそこにはなにもない。平らな、まっさらな壁が広がるだけ。やっぱり、美羽の見間違いだったのだろうか?

「うーん? たしかに見たと思ったんだけど」
 
 気のせいかなあ。不思議がる美羽。その様子に、山葉 加夜(やまは・かや)が考える仕草で梅琳のほうを向く。
  
「……あったはずの模様がないというのは。見間違いと切り捨てるのは簡単ですけれど……」
「……ええ。たしかこの壁の材質、上の闘技場の武舞台……リングと同じものよね?」
 
 自分たちのいるこの床も、天井も。地下のこの全ても、なにもかもがまた等しく同じ。
 闘技場もそうだ。リングだけじゃあない。観客席から、外壁から。この同じ鉱石を使って建造されている。

「調べた限りでは、けっして建築物に向いているとは言い難い素材のはずなのに」

 鈍い色の光沢を見せる壁面を、梅琳は軽く叩く。
 敢えて、すべてをその材質に統一した理由。予算的な問題? いや、それはない。むしろこんなやり方では、高くつくはず。単なる主催者のこだわりだけとは、考えにくいし。

「しっ」

 一行の周囲を警戒していたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、不意に人差し指を立てて沈黙を促す。
 びくりとしつつ、彩夜が、他の面々が会話を切る。

「……見られてる」
「え?」

 そしておもむろに、壁面めがけ手にした日輪の槍を突き刺す。
 板材と板材の間の、ちょうど切れ目になった部分。穂先を引き抜けばそこについてくるのは──彼の一撃によって串刺しにされ、ぱちぱちと火花を散らす小型の隠しカメラだった。

「また、ですか?」
「これで、もう何個目だろう」

 ベアトリーチェのつぶやきに、ぼやくコハク。
 大してまだ深く潜入できている気はしないのに、ここに至るまでいくつこのような隠しカメラを発見し、破壊してきたことか。
 もちろん侵入者である自分たちがいる以上、その姿を見つけるために配置されたものなのだろうが。それにしても、数が多すぎる。

 これまでに見つけ、解除してきたトラップや。
 ぶつかり、やり合う羽目になって打ち倒してきた警備の兵たちよりも、ずっと多い。

 ──というより、カメラやセンサー以外の障害が少なすぎるのだ。

「こちらのことにはとうに気付いているはずなのに……とるに足らないものと考えているのでしょうか?」
「そうとも思えないけどなあ。待ち伏せしてるとか?」

 わかった上で泳がされている。その感覚はけっして、喜ばしく思えるものではない。

「手加減しながら、こちらのデータを集めている。やはりなにかまだ、もう一段企みがあると思ったほうがよさそうね」
「上の、大会以外に……ですか?」

 ええ。彩夜に向かい頷く梅琳。そして、加夜のほうを見て、続ける。

「だとしたら、別行動中のチームにも知らせる必要があるわね。悪いけれど、ここはお願い」

 あっちのほうが、半端に少人数だから。通信妨害の激しいこの地下では、直接伝えに行くより他にない。

「ひとりで、大丈夫?」
「ええ。狭い場所だし、ひとりで動くぶんには動きやすいわ」

 言って、梅琳は踵を返す。

 今のところはむしろ、自分を心配してもらうよりも当の彩夜のほうが心配ではあった。
 旧き鏖殺寺院についての知識と情報はたしかに代々受け継いできただけのことはある。なかなか目を見張る部分は、ある。
 しかし実戦においてはまだまだ未熟なのが透けて見えるのが正直なところだ。だから彼女は信頼できるメンバーの集まったここに残しておく。彼女のもとに、この面子を残しておく。
 
 動くのは自分ひとりでいい。

「気をつけて。こっちは僕が」
「ええ、お願い」

 コハクの声を背に、梅琳は我が身を弾き出す。
 彼だけでなく加夜も、美羽も、ベアトリーチェもいる。心配はなかろうと思う。
 こちらも、用心していったほうがよさそうだ。単純に、罠や敵だけに対してではなく。ありとあらゆる場所に。

 梅琳はまっすぐに前を向いて、駆け抜ける通路の先の暗闇を睨んだ。