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夏の雅に薔薇を添えて

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夏の雅に薔薇を添えて

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第6章 盆に踊りて縁に親しむ6



そして夜の雅もクライマックスが近づき始めていた。
それにつれて盆踊り担当生徒の忙しさもピークを迎える。


「なんやて!? 祭囃子が全滅? 聞いてないで!?」
「僕だってさっき聞いたんだからしょうがないでしょ。
 縁日の間のBGMで演奏してたら、みんな体力使い切ったんだって」


フランツの言葉に驚きを隠せない奏輔であったが、瞬時に考えを切り替える。


「あーーーーしゃーない! 楽器はある訳やし、僕らでやる!
 レイチェル、大太鼓頼むわ! フランツ三味線な。 んで顕仁は鉦、僕は唄や!」
「奏輔さん、私太鼓ですか?」
「すまんな。 レイチェルには悪いねんけど、あれ体力必要やし……」
「昨日レディーだ何だと言っていたのは、我の聞き間違いであるか?」
「それはそれ、これはこれや! さぁやったるでー!」


こうして即興編成メンバーによる祭囃子の元、夜のメインの1つである盆踊りが始まった。


集まっていた客が一斉に輪になり踊りだす。
かなりのスペースが用意されていたが、それでも人だらけになるほどの人混みだった。





美羽が瀬蓮に踊り方を教えながら踊る。
その様子を、アイリスは温かく見つめていた。





エリシアとノーン、陽太と環菜は基本的に予習済みだったので
なんなく輪に加わり楽しんでいる。





「では、アーデルハイト様、先程の練習通りに盆踊りですわ」
「あんなに教えられて、私が覚えておらんとでも思ったかの?」
「そんな訳ありませんわ。 楽しく踊れると信じております!」


アーデルハイトの言う通り、練習しただけあってすっかり2人は溶け込んでいた。


「ご一緒出来て最高ですわ! アーデルハイト様!」
「会食だけなら私も断るつもりじゃったが……望に誘われたおかげじゃな。 こうして楽しいのは」


その言葉は望にとっては最高の一言だった。





そんなアーデルハイトとは逆に、フリューネはいまいち感覚を掴めていないようで、まだ少し戸惑っていた。


「フリューネ。 いつかのゲームセンター、覚えてるか?」
「何よ急に? ……もちろん覚えてるわよ?」
「ならあれと一緒だ。 音楽は音を楽しむ。リズムに乗って身体を動かしていればいい」


レンのアドバイスに従うフリューネ。
勿論周りと比べれば踊っているとは言えないが、レンにとってはそんな事は重要ではなかった。
雰囲気になじみ、ようやく楽しそうな顔をする彼女。 それだけで彼は満足だった。


「子供の頃はこんな人混みに揉まれながら、櫓の上の太鼓に目を輝かしていたものだ…
 どうだフリューネ、楽しめてるか?」
「……ええ。 なんだかこうして皆で楽しめてるって、すごく素敵なものね」





そんなフリューネとは対照的に華麗なステップを刻むのはセイニィ。
セイニィが見よう見まねで合わせていることに隣で踊っていたシャーロットは驚きを隠せない。


「セイニィ。 確かに凄いんですけど、盆踊りってそんなに華麗な感じの踊りじゃないような……」





結奈とイングリットは、どちらかというとフリューネのタイプで
型に合わせるよりはリズムに合わせて一緒に動くことを楽しんでいた。





アイリと寿子も輪に加わっていた。
最初は普段と変わらない2人だったものの、時間と人々の陽気な気分が
彼女たちをも祭りの楽しさへと導いていた。


「まぁ、楽しそうなら誘ったかいがあるってもんだな」


恭也はそう感じていた。





               ◇ ◇ ◇





盆踊りも終わりを迎える。
花火の場所取りに散開するメンバーもいれば、そもそもが花火のスポットとして
オススメされていた盆踊り会場でその時を待つ人もたくさんいた。
だがしかし………

「ぜぇ、ぜぇ……さすがにしんどかったて…………」
「でもこれで花火が最後で終わりだから。 なんとか耐えきれたね」
「おかしいですね……パンフレット通りならもうとっくに花火があがるのですが……」
「何かあったのであろうか?」


そうして5分もたつと、盆踊りに参加していたメンバーもざわつき始めていた。


「フリューネ!? フリューネ〜〜〜!?」
「リネン!? あの、レン……」
「ああ、やっぱり言ってた連れってのはあの子か。 行ってやれ」
「えっ?」
「パラミタに渡って3年。 こうして誰かと盆踊りが出来るとは思わなかった。
 これだけで十分だよ。 ありがとう、フリューネ………今日は俺も楽しめた」


そういうと去って行くレン。


「あー、フリューネこんな所にいたのね! 見当たらなかったから心配したんだから……
 っていつの間にか浴衣着てたんだ。 似合ってるわね」
「あ、ありがとリネン」





「盆踊りとやらも、中々面白い物じゃの」
「ふふ、楽しんでもらえたら何よりですわ」
「そうじゃ望。 花火は何時からじゃ?」
「花火ですか? それならもうすぐ始まるはずですけど〜……」
「なんじゃと!? すまんの、ちょっと私は行く所があるのじゃ。 先に部屋に戻っておれ」
「そんな、アーデルハイト様!?」
「すまんの! 今度必ず埋め合わせをするでな」
「アーデルハイト様〜〜〜!? どちらへ〜〜〜〜〜!!!???」



               ◇ ◇ ◇





さらに3分。 盆踊りで盛り上がっていた空気が若干冷めだしていた。


「これはあかんて………そうや! 自分ら、まだ楽器いけるかいな?」
「ええ」
「僕はあんまり体力使ってないから平気だよ」
「我も問題はない」
「せやったら、ここはなんとかしてもらったろ!」





               ◇ ◇ ◇





「えーせやから、雅な舞台を開催するさかい。 これ見ながら待っててな!」


奏輔のアナウンスと共に、明神 丙(みょうじん・ひのえ)が櫓の上に立つ。


「≪確かに僕は、今一時を忘れる思い出を皆様にできればと思っておりました。
  もう少し目立たぬようにやるつもりでしたが……折角のこの舞台、これぞまさに好機≫」


そして鬼の面を顔につけると、構えをとる。


「僕は、僕が考える『能』を……」


小さな呟きと共に、丙が舞う。


彼の舞を見ながら、フランツは曲の雰囲気を頭に浮かべ演奏する。
そしてそれをほぼ勘で判断しながら、他の3人が呼吸を合わせて音を奏でる。


通常と異なった奏輔達祭囃子の編成が、彼の能に新たな刺激を与えていた。





大きな櫓は今まさに舞台と化したのだ。
彼の能は、他の能を圧倒する動き、躍動感。


それが感情を語り掛けてくる。


舞い踊る鬼は時に悲しく、時に勇ましく。


それは彼の能にかける想いそのものであり、全く新しい何かでもあった。





「≪これで最後っ…!?≫」


あと一歩という所でバランスを崩す丙。
ステージに倒れこむが、上半身だけは維持する。





バサッ!





転んだ拍子に外れた鬼の面、高く掲げ広げられた扇に記された文字。



『今宵一時の逢瀬をお楽しみください』



それは世界の争いの中から、雅へ安らぎを求めてきた人々に捧げられた言の葉。
粗削りな部分は確かにあったが、恋をする者達の心には、その舞と想いは深く染み入った。





拍手喝采。





まさに雅。





この興奮の中で……彼らの頭上に、最後の祭りが花開く。