薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

通り雨が歩く時間

リアクション公開中!

通り雨が歩く時間

リアクション


第三章 調薬探求会と通り雨


 通り雨が訪れる少し前、イルミンスールの街。

「エース、今日は魔法レシピの資料を集めに図書館に行く予定でしたよね。海で教えて貰ったレシピをもう一工夫するために……それなのにどうしてエノコログサなんか持っているんですか? 見かけたニャンと遊ぶためですか」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の手にいつの間にかあるエノコログサに目を止め、呆れていた。本日のエオリアは、治療系に応用出来るレシピがたっぷりと入ったシャンバラ電機のノートパソコンを持参している。
「決まってるじゃないか。ほら、早速」
 エースは通りを歩く首輪をしていない黒猫を発見し、駆け寄った。
「……エース」
 エオリアは溜息をついてからエースの元に急いだ。

「ほらほら、エノコログサだよ。良かったら俺の所に来ないかい?」
「にゃう、にゃう」
 エースは厳選エノコログサで黒猫をじゃらしつつ楽しそうに話しかけている。
 そんなエースをしばらく眺めていたエオリアは
「……エース、早く友愛会に教えて貰ったレシピを片付けないと」
 業を煮やしたように自分達の目的を思い出させようと口を開いた。
 その時、
「……友愛会……という事は遺跡や魔法中毒者の特別なレシピも知ってるんだよな」
 エノコログサで遊んでいた黒猫は突然、じゃれるのをやめて人語を話し始めた。
「……人語という事は君は獣人だったのか。てっきりただの黒ニャンと思い込んでたよ。ごめん」
 黒猫の思いがけない正体にエースは申し訳なさそうに謝った。
「……エース、獣医として見分けが付かないのは如何なものでしょう」
 エオリアはすっかりエースに呆れていた。
「あぁ、いいって。おわっ、始まったか」
 全く気を害した様子の無い黒猫の頭上に雨粒がぶつかり鈴の音を奏でた。
 それから次々と青空から淡く輝く雨が降り鈴の音があちこちで発生。
「素敵だけどこれはただの雨じゃないね。もしかして魔法だったり」
「友愛会に反応しましたよね。もしや探求会の人ですか」
 エースは不思議な雨に興味を持ち、エオリアは黒猫の言葉に探りを入れ始める。
「とりあえず、どこかに避難しねぇか?」
 黒猫はエース達の疑問に答えるどころでは無い様子。
「そうだね。近くの喫茶店でゆっくりと話を聞かせて貰おうかな」
 エースは近くの喫茶店を示し、場所を移した。

 喫茶店。
 情報収集は互いに名乗り合ってから始まった。

「始まったと言っていましたが、この雨は何かの実験ですか?」
 エオリアは早速雨の事について訊ねた。
「あぁ、楽しい物を作るのが好きなシノアの実験さ」
 すっかり獣人化したヴラキは窓の外を眺めながら答えた。
「それは凄いね。淡く輝きながらしっとり降る雨も素敵だし、鈴の音との結合も音楽センスを感じる仕様だよね」
 エースは雨を楽しみつつ素直な感想を言葉にした。
「あいつが聞いたら喜んで調子に乗るな」
 ヴラキはカラカラと笑った。頭の中で調子に乗る仲間を想像しているようであった。
「些細な質問で申し訳ないのですが、どうして僕達に会った時は獣化していたんですか」
「……情報収集しても何にも無いから他のメンバーに見つからないようにこっそり帰ろうかなと。猫ならすぐにはばれねぇから。昨日の調薬で体が怠くて」
 エオリアの些細な質問にヴラキは気怠そうに息を吐きながら答えた。
「調薬と言えば、君達はいつもレシピを個人で考えているの? それとも共同? 共作みたいな感じで大構築魔法式を考案したりは?」
 エースは早速調薬についてツッコミを入れ始めた。ここから本格的に情報収集開始だ。
「んー、やったりやらなかったり。レシピによるな。でも各々自分が作りたい物を自由に追求している事が多いなぁ」
 ヴラキは本人の性格からか雑な返答をする。
「友愛会の方は組織的な繋がりが強いように感じたけど探求会の方はそうでもないんだね。それで肝心の友愛会との仲はどうなんだい? やはり険悪だったりシカトな感じなのかい?」
 エースは構成員の仲良し度合いの他に聞きたかった友愛会との親密度を訊ねた。
「それは人それぞれだなぁ。俺は別に気にしてないかな。ヨシノの事を心配している奴もいるし、シノアの奴はウララを嫌ってる。まぁ、交流自体は少なくなったけど」
 雑なヴラキは肩をすくめながら答えた。
「……意外に緩いんですね」
 エオリアは思わず感想を洩らした。
「調薬を追求する事が重要だからな。レシピとか言っていたけどあんたらも調薬とかするんだろ?」
 ヴラキはエオリアの言を思い出し、ちらりとノートパソコンの方に視線を向けた。
「そうですね。これには、治療系に応用出来る物が多いです。薬だけでなく魔法で対処出来る方が動物や植物の不調に対応出来る幅が広がりますから。僕はこういうものは使うためのツールでありゴールでは無いと考えています」
 エオリアはノートパソコンに手を置き自分が考える調薬を語った。
「ふーん」
 ヴラキは数多ある意見の一つだと賛成も反対も無い表情でうなずいていた。
「ところでレシピ作りが楽しい人には思った通りの結果が出せるか、その事そのものが目的になるのでしょうか。例えば、知識そのものは悪くないけれど使い方で危険な物になるというように」
 エオリアは少し気になった事を調薬を追求する者にぶつけた。物を作ったり考える事と作った物をどのように使用するのかは別だから。
「レシピ作りかぁ。どれをしたらどんな結果が出せるのか楽しむ奴もいるけど、俺はそんなの面倒だからしねぇよ。そもそも手順を文字にしねぇし。調薬はフィーリングだろ。素材の効果さえ頭に入っていれば大抵は思った物が出来るし」
 質問した相手が悪いのかヴラキの答えはあまりにも酷い。
「……それは随分危険ではありませんか。合わせ方によっては効果が変化する物もありますし」
 雑な答えにエオリアは思わずヴラキの身を案じた。
「まぁな。時々それで危なかったりするけど別に気にしねぇ。それよりそっちはどんな情報をくれるんだ? 出来れば例の遺跡の事とか特別なレシピの事とか」
 ヴラキはさらりと流し、自分の調薬の仕方を変えるつもりは無い様子。それよりも大事なのは情報収集の方。
 情報提供ばかりしているヴラキの言い分はもっともだと
「そうだね……」
 エースは遺跡に探索した時の事を全て話した。
「ふぅん、やっぱり正体不明の魔術師は来てねぇのか。それで肝心の特別なレシピの内容は? もし話すのが難しいなら別にいいぜ。もうだりぃから。探り入れりゃすぐに分かるしな。ヨシノとか言ってたろ。教えても教えなくても俺達は知るって」
 体が怠くて堪らないという事で特別なレシピについては大雑把に終わらそうとするヴラキ。
「えぇ、言ってましたね」
 エオリアは海にてヨシノとウララから事情を聞き出した時の事を思い出していた。
「情報のありかさえ分かればどうとでもなるし。それじゃ、もう行くぜ。体が怠くて堪らねぇから」
 そう言うなりヴラキは席を立ち、店を出て再び黒猫に姿を変えて雨の中急いだ。
 エース達は雨が止んでから図書館に向かった。