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失われた絆 第3部 ~歪な命と明かされる事実~

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失われた絆 第3部 ~歪な命と明かされる事実~

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■遅れて来た者達



 話は、そんな戦いの途中へと遡る。

 裏口を探し回り、ついに発見した葛城から話を聞いて研究所にやってきたリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は、先行して桐条 隆元(きりじょう・たかもと)が安全を確保したのを見計らって、ラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)ケルピー・アハイシュケ(けるぴー・あはいしゅけ)らと共に遺跡の中へと足を踏み入れていた。
「ラグエルがどーしても、俺様について来て欲しいって言うからよ」
 実際には、ただ誘われただけのはずのケルピーはそう言いながら、軽く周囲を見回した。中は薄暗いが、足元を照らす非常灯が、いくつかは死んでいたり頼りなく揺れたりとしてはいるものの、歩き回れない、と言うことも無い。ただ、清明を感じられない冷たい空気は、なんとも言えず不気味ではあった。
「……本当に行くのかよ」
 やや緊張したようなケルピーの声に、リースは少し苦笑しながら「エンジェルさんを助けるためですよ」と足を止める様子は無い。暗がりの中、間違って躓いてしまわないように、とラグエルの手を軽く引きながら、リースは触れた壁のかすかな矢印に、首を捻った。文字は掠れていて判り辛いが、辛うじて住む、という単語は読み取れる。少なくとも、ここに住んでいた誰かの痕跡が見つかるかもしれない、と、顔を見合わせたリースたち一行の決断は速やかだった。
「こっちに行ってみましょう」
 そうして、リース達が研究員達の居住区にその足を踏み入れたのだった。
 その時――
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が、銃型HCを自宅に忘れてしまっているとも気付かず、恋人のアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)と共にその裏道を潜っていたのは、また別の話である。





 教導団が遺跡に到着したのは、その数時間後のことだった。

「だいぶ出遅れた感が否めないけど……仕方が無いわね」

 方々の調整を終え、遺跡へ到着したルカルカは、見てそれと判るほど残されたいくつもの足跡に息をついた。連れてきた特撰隊の数人を、連絡の要として入り口に待機させると、吹雪の先行調査によって発見された抜け道から、施設の中へと足を踏み入れた。
「はぐれないように気をつけるんだよ?」
「判っておるわい」
 生駒の言葉に、ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)は複雑な顔で頷いた。二人が教導団の面々と同行しているのはひとえに、ジョージのその容姿にある。単独で行動して、うっかり味方や教導団の調査員達にミュータント扱いされてはたまらないから、というのが理由だ。
 よもや研究所の中にトラップの類が仕掛けられているとも思えないが、既に遺跡化したような古い施設なのだ。防衛機構が変な風に働かないとも限らないので、できるだけ慎重に歩いている中、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が足を止めた。
「これは……見取り図か」
 甚五郎が見つけたのは、図形と文字の描かれる、古びたプレートだ。指先で降り積もった埃を払ってみたが、研究員達用のものであるためか、かなり大雑把な書かれ方しかしていない。しかも相当古いものでもあるせいで、どこに何があるかは完全には読み取れないが、規模が判るだけでもだいぶ違う。
「防衛システムなども生きてるかもしれんし、それぞれの事情で入り込む者も居るじゃろう、何が起こるか解らんからな……」
 HCに見取り図を取り込んで、草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が呟くのに「鬼さんに関するモノがココにあるかもなんですよね……」とホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)も呟く。羽純と共に記録役を努めるブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)は、殆ど欠損している見取り図の中でもいくつかの施設を読み取って「それなりに広いですね」と呟いた。
「よほど危険な事でもしていたんでしょうか。居住区画と思われる場所と、実験区画と思われる場所には、随分距離が取ってありますね」
「もし、物理的に封鎖されておったら、厄介じゃな」
 羽純が言うのに、とりあえず、とウルスラーディが口を開いた。
「手分けして調査、ってことでいいんだろ?」
「ええ、そのほうが目的に早く近づけるでしょう」
 そうして、教導団と共に施設に入った冒険者――真人達がそれぞれの調査に向かって行ったのだった。




 その中の一組、富永 佐那(とみなが・さな)は、教導団の一団と分かれると直ぐ、エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)と共に、積極的に研究員の宿舎施設らしき場所を辺り、手当たり次第に情報を引き出しては記録を繰り返していた。
 勿論、必要な情報とそうでない情報とは区別してはいるものの、解析は後回しで、とにかく入手を急ぐ、といった姿勢だ。
 どうせ情報は後で皆纏めるのだし、ということもあったが、彼女の目的は他にあったためだ。
「こうして情報を集めていれば、必ず――ぶつかる筈です」
 彼女が思い浮かべるのはゴアドー島での事件であった。
「……来ました」
 密かに飛ばしたピーピング・ビーからの映像に、エレナが佐那に耳打ちした。
 彼女たちの待ち人、その姿がそこにはあった。
「――なんじゃ、先客がいたようじゃな」
 彼女たちの目的――彼女等の集めるものと同じ情報を求めて訪れた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が、佐那の前へ姿を現したのだ。
 先日刹那が手にした資料を見て、パラミタへの復讐に使えるものがあるかもしれない、と、ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)が考えたためだ。
 姿を見るなり身構えた佐那の姿に、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)もまた、構えを取った。友好的に、とはいかないようなのは、一目瞭然だ。
「ふむ……ここでやりあうつもりはないんじゃがの」
 呟き、さっさと離脱してしまおう、と刹那はその袖口から痺れ粉を撒いた。が。
「同じ手は効きませんよ! それはもう見せてもらっています!!」
 次の瞬間、ざあっと吹き抜けていった風が、粉を刹那立ちの方へと吹き返した。
「むぅっ!」
 咄嗟に下がって、拡散した粉の直撃を受けることは無かった。
 だがその間に佐那の足は地面を蹴っていた。
 パラキートアヴァターラ・グラブで、発生させた風を凝固させながら一気にその距離を詰めていく。
「刹那様!」
 視界、刹那に接近戦を仕掛ける佐那の姿を見て、警戒の声と共にイブの銃が牽制の一撃を放つ。
 が、それも佐那の想定の内だ。凝固させている風にぶつけて軌道を逸らして直撃を避けると、そのまま刹那へと肉薄した。
 飛び込んだ勢いそのままで、胴へ向けて凝固した風をボールに見立てる形で蹴り込もうとする。
「―――ッ!」
 咄嗟に地面を蹴って、後方への跳躍で直撃こそ避けたが、佐那の猛攻は止まらない。
 蹴った足が地面へついた瞬間には既に体を捻り、刹那の着地地点に目掛けてグランドストライクを放った。
 体制が崩れる。今がチャンス、と佐那が攻撃を仕掛けようとするのには、阻むべく放たれたイブの狙撃が、それを一瞬遅らせた。
「……ッ、まだまだ!」
 が、続けて、エレナの指先が刹那を刺した。
 瞬間、召喚されたリヴァイアサンが、刹那達に襲い掛かった。
 狭い通路での戦いだ。下がったものの、ダメージは避けられない。アルミナが刹那に駆け寄ってその傷を癒す中「仕方があるまい」と刹那は息をついた。
「ここは退くのが賢明なようじゃの」
 その言葉に、ファンドラは不満げではあったが、倒す気でかかってくる佐那たち、と戦う気のない刹那たちとでは、確かにその気概が違いすぎ、また劣勢なのは疑いようも無かった。
 情報は惜しいが、無駄に争うつもりもないのだ。
「……仕方が無いですね」
 呟くと同時、刹那が再び痺れ粉を撒くのに合わせて、イブの狙狙撃と共に、ファンドラは取り出した武器をばら撒くようにして投擲して追撃を牽制すると、そのまま撤退していく刹那達に、資料こそ取り戻せなかったものの、一矢は報いたと、佐那は僅かながら笑みを浮かべて、その背中を見送ったのだった。