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失われた絆 第3部 ~歪な命と明かされる事実~

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失われた絆 第3部 ~歪な命と明かされる事実~

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■過去と未来を繋げて



「……危ない所でした」 

 
 皆が、調査を終えて帰還してから暫くの後。久瀬が息を吐き出した。
 北都たちが持ち帰った実験室のデータを、真人たちが解析した結果、エンジェルに施術された術式が明らかになった。
 だがかつての機晶技術の粋を集めて作られた翼は、彼女の祖父の手で埋め込まれる過程で、彼女の体を機晶姫に近づけてしまったのだが、元は純粋なニルヴァーナ人であるエンジェルの身体はそれに耐えられず、寿命が極端に短くなるという弊害を患っていたのだ。
 もしこれのデータを発見するのが、もっと遅かったらと思うとぞっとする。
「とにかく今は、手術を急ぎましょう」
 そうして、持ち帰られた情報を元に、エンジェルへの施術を知ったローズたちが、その翼の排除手術を行うことになった。手術室へと向かうローズを、皆が様々な思いで見送る中、泣きそうな顔でラグエルがローズに駆け寄る
「天使様死んじゃうの、ラグエル嫌だよ……お願い、天使様のこと助けて……!」
 そう言って袖をぎゅっと握ったラグエルの手に「大丈夫」とローズは笑いかけた。

「必ず、助けます」




 そうして、エンジェルの手術が行われていた頃。
 リースや朱鷺たちの集めていたデータの解析も丁度完了し、それぞれを繋げることで、彼女達、そしてニルヴァーナとパラミタとの間に何が起こったのかが、明らかにされようとしていた。

 ことの始まりは、ニルヴァーナの大陸を支えていた「イアペトス」の異変だった。
 次第に衰えていくイアペトスの力に危機感を覚えたニルヴァーナ王宮の議会は、当時まだ健在であったパラミタ大陸を支える巨人「アトラス」を獲得するべく、パラミタと戦争を行うべきだと主張を始めたのだ。
 国家神ファーストクイーンが戦争反対派であったことから、その主張が直ぐには通らなかったものの、当時のニルヴァーナ人にとってパラミタは「機晶技術も持たない未発達の文明」だった。
 そのため、パラミタはニルヴァーナに従って当然であるという思想を持つ者も少なくはなく、交渉は難航。そしてついに――
 ニルヴァーナの一部の者たち――エンジェルの祖父の所属していた研究施設などで、対パラミタ用の兵器を造り始めていたことが明るみになり、また、その兵器がシャンバラ王都などの主要都市に狙いを定めていたことなどから、その亀裂は決定的なものとなったのだった。
 誰にも止めることができずに戦争へと向かった敵意の濁流……それは現代にして考えてみれば、当時、イアペトスの中に潜んでいた“滅びを望むもの”による影響があったのかもしれない。
 そして、民同士に怨恨の連鎖を植え付ける泥沼の争いを防ぐため、パラミタとの戦争を決意せざるを得なくなったファーストクイーンが、それでも何とか早期終結に尽力したものの、パラミタの古代種の力は凄まじく、ニルヴァーナは思いのほか苦戦を強いられることとなってから数年。
 エンジェルが生まれたのは、そんな頃だ。

『よいか、あやつらは科学者として、研究者としてしてはならんことをした。わしらは彼らの暴挙を止めねばならない』

 エンジェルの祖父――パラミタ大陸の種族を実験体として研究していた施設に所属していた研究員であった彼は、パラミタ対立派が多勢を占める当時にあって、数少ないパラミタ親交派であったようだ。

『イアペトスを、ニルヴァーナを助けるためにも彼らの力を借りるべきなのだ。もっと早くにわしらはそれを理解するべきであった……話し合いという努力を怠ってきたわしらの言葉に彼らが耳を傾けてくれるかはわからんが――後は頼んだぞ。彼らの協力があれば戦争は終わるはずじゃ』

 だが、そう思い、そう願い、エンジェルへとその翼を託したエンジェルの祖父と仲間達は、研究中だった機晶姫の暴走によって皆殺しにされてしまったようだ。記録によれば、エンジェルが施設を後にしたのも、丁度その時だ。恐らくは、その翼に、託された思いを乗せて、届けるために。

「それで……エンジェルはパラミタへ来たのですね」

 久瀬が深く息を吐き出しながら、口を開いた。 
 結局は、エンジェルはパラミタ大陸を移動中に襲われて、なにがしかの理由で半封印状態へと陥り、彼女の祖父の願った、話し合いを持つことも出来ないまま、現代まで眠り続けていたのだ。そしてそれは結果的に――パラミタとニルヴァーナが分かり合う最後の機会を、失ってしまったに、等しかった。
 ニルヴァーナとの戦争、その理由。そしてエンジェルの作られた訳と、叶わなかった思い。
 それらの事実に、自身のパートナーや友人に、ニルヴァーナ出身のいる契約者達が難しい顔を浮かべていた中、ウルスラーディは肩を竦めた。
「過去にあったことも大事だが、もっと大切なのは、そうした記録を元に、どれだけより賢い選択を将来に向かってなしうるか、判断し得る知識を得ることだ」
 朋美に向けられた言葉だったが、久瀬は「そう過去は、過去です」と頷いた。
 その手の端末が、エンジェルの手術が終ったこと、そして――その成功を告げている。

「その過去を知ったことで、エンジェルを助けることが出来ました。……いまは、それで十分ではないですか」

 戦争は起こり、話し合うこともできないまま、両者は袂を別った。
 エンジェルの背中の翼が失われたように、歴史は元へは戻せないし、犠牲になった者達は戻っては来ない。


 けれど今、一万二千年の時を越えて、ニルヴァーナ、パラミタの二つの大陸は、ようやくひとつ、小さな絆を手にすることが出来たのだった――……

 


END



担当マスターより

▼担当マスター

砂鳥

▼マスターコメント

大変お待たせいたしました。
「失われた絆 第三部 〜歪な命と明かされる事実〜」をお送りいたします。



はじめましての方は、はじめまして
そうでない方は、奇遇でございますね
このたび僭越ながら代筆をさせていただきました、逆凪まこと、と申します
シリーズ第三部目、ということもあり、ご参加いただいている皆様に
どこまでご納得いただけるか、甚だ自信の無い所ではあり
情報の不足なども含めて、色々と拙い点も多いかと思います

そんな中、思えばうちのディミトリアスもこの辺りの時代の人間なんだった、と
なんだか懐かしい気持ちになりながら、色々と勉強させていただきつつ、執筆させていただきました
少しでも楽しんでいただけましたら幸いです
どこが逆凪が書いたところだろ、とか、探してみるのも面白いかもしれません

残念ながら、今回でシリーズは最終回となりますが
ニルヴァーナとの戦争については、これからのパラミタを思う上でも欠かせない歴史のひとつですので
ご参考としていただけましたら幸いでございます