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リアクション
午後、イルミンスール魔法学校、実験室。
「で、頼みって何?」
「面白い事?」
九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)からの頼みがあるという連絡を受けた双子はこの場所で来るのを待っていた。図書館でのやり取りを終えた後だ。
「最高に面白い事! クリスマスにぴったりの嬉しい驚きを作りたいと思って。ほら、二人共今まで色んな魔法薬作ってきたでしょ。有り得ない効果の物とか。そんな二人の腕を見込んでどうしてもって思って」
ローズは頼み事の詳細を楽しそうに明らかにした。これまで度々双子の騒ぎに巻き込まれ薬作製の腕は信頼しているため協力者に二人の名を連ねたのだ。
「そう言われたら手伝うしかねぇよな?」
「だな! で、どんな物を作るつもりなんだ?」
褒められて調子に乗る双子が断るはずもなく即ローズの協力を決めた。
「……念のために言っておくけど、これは二人がよくやるイタズラじゃないからね……いや、ある意味イタズラかな……とにかく悩みをバーンと解決みたいな奇跡のような薬を……実際は、奇跡と言うよりは一過性でも使う人の背中を後押しして踏ん切りをつけさせる薬かもしれないけど」
目が企みで爛々とする双子に少しだけ厳しく断りを入れてからローズは薬の詳細を話した。
「……随分難しそうな物を作りたいんだな」
「まぁ、手応えがありそうで面白そうだけど」
双子の目は輝き、やる気に満ちていた。
「それじゃ、早速始めようか。これまでの経験と記憶を頼りに、いざ!」
ローズは鬨の声を上げ、腕を振り上げた。
「おー!」
「おー……というか、薬作るのはオレ達三人なのか?」
腕を上げ、声を張り上げるもローズの隣にいる人が気になる模様。
「僕の事は気にせず、作業をしてよ。心配で来ただけだから」
ローズに付き添って来た冬月 学人(ふゆつき・がくと)はさらりと言ってのける。
誰の事を心配なのか口にはしないが、相手にはしっかりと通じた。
その証拠に
「……あー」
双子は仲良く揃ってうなだれた。
「さすが、察しがいいね。君達がまた何か悪さをして迷惑をばらまかないか心配でね」
学人はにこやかに褒めるも双子にとっては全く嬉しくない。やらかしたらそれなりの目に遭いそうなのは火を見るよりも明らか。
「今日中に作らないといけないからさっさとやるよ!」
ローズはてきぱきと準備をしながら二人を呼びつけた。一から作り、今日中に完成させる予定のため時間はそれほど無いので双子と遊んでいる場合ではない。そのために学人がいるのだが。
「……」
双子は大人しく作業に入ることに。背後に容赦ない視線を感じながら。
『薬学』を有するローズと双子はあれこれと薬を完成させようと試行錯誤するが、もう一歩というところで上手く出来ず、最初のやる気ガンガンが嘘のように雰囲気はだれていた。
「何か足りないんだよね。これでもいいとは思うけど……やっぱり何か」
ローズはあれこれ素材を手に取っては脳内で調合するも結果は散々な物ばかり。
「この素材はどうだ?」
キスミが気休めにと植物素材を持って来た。
「それかぁ……確かに効果を安定させるには必要だけど……まだ」
ローズは素材を貰いじっと見つめる。確かに必要素材ではあるが完成に関しては決定的な物ではない。
あまりにも進展が無いためか
「一層の事、これを混ぜてみねぇか? すげぇ面白い事になりそうだぞ」
「あぁ、それいいな。ついでにこれも……というかヒスミ入れすぎじゃね?」
双子の悪戯心が疼き出し、余計な素材を薬に混ぜようとし始める。当然双子が口にする面白いは他人にとっては面白くはない。
「行き詰まった時は思い切った事をしねぇと」
「だな」
ヒスミは制止する弟を言いくるめ、キスミは兄の言を最後までは制止せず悪乗りを始める。
「確かに思い切った事は必要だけど、とんでもない事になるから」
薬に悩むながらも警戒を忘れないローズはいつもの展開に呆れていた。
「えー」
つまらない二人は同時に盛大に退屈を訴える。
「不満そうな顔は無し。没収するよ」
学人は手早く悪事の材料と成り得る物を撤去する。監視者としての仕事を見事に果たした。
「あぁ〜」
学人に見事にやられた双子はますますつまらなさそうに溜息を洩らした。
「……ん!? そうか……そうだ。あぁ」
学人の活動を眺めつつ溜息を吐き出した時、ローズの頭の中で何かが閃いた。
途端、ローズの動きに生彩が戻り、調合を始めた。
「どうした?」
「何か思いついたのか?」
驚き、訊ねる双子。すっかり先程のがっくりさは消えていた。
「閃いたんだよ。これで絶対に完成出来る! 必要なのは……」
ローズは作業の手は止めずに双子に足りなかった素材や工程を手早く説明した。奇跡のような薬を作ろうとして奇跡を受け取ったのだ。
「あー、それかぁ」
「それは思いつかねぇよ」
意外な事にしてやられたという顔をしたかと思ったらすぐにローズの手伝いを始め無事に魔法薬は完成した。
「三つあるけど誰が使うんだ?」
ヒスミは薬が入った三本の瓶に首を傾げた。薬製作しか話は聞いていなかったので。
「それはもう用意しているから、魔法使いの家の子息と漫画家と音楽家の三人。どの人も悩みの種がつきない人達でね〜」
ローズはカラカラと笑いながら使用者を口にするなりちらりと学人に視線を送った。
「……魔法使いの家の子息って……僕? 確かに薬の安全性は見ていたけど僕は、気持ちだけ有り難く頂いて遠慮するよ。確かに家を継がなきゃいけないから後々大変だけど、弟達もいるし、契約者のパートナーだからそこらへん考慮して自由にさせて貰ってるしで十分満ち足りてるから」
使用者の一人だと気付いた学人は丁重にお断りした。
「……本当に使うつもりはない?」
ローズは余ってしまった薬に困っていた。
それを見た学人は何かを閃き、
「そこまで言うなら使うよ」
薬を受け取った。
そして、ローズ達は双子と別れ、薬を渡しに行った。学人が薬を飲んだのは夜だった。
夜、ローズの家。
学人が薬を飲んだ後。
「最初は断っていたのにどうして飲む事にしたの?」
ローズは忙しくて聞けなかった事を改めて訊ねた。
「僕が今こうしているのは家族の理解があるからだけど、ロゼはもうそういった人達がいないから。ロゼの両親を一晩だけ生き返らせて欲しいかなと。上手くいくかどうかは分からないけど」
学人は自分が意見を翻した理由を明らかにした。ただ、奇跡のような薬でも死者を生き返らせる事が出来るか心配があったり。
「学人、ありがとう」
ローズは学人に礼を言った。上手く行かなくとも気持ちだけで十分。しかし、優しい誰かは薬作製の時に閃きだけでなくさらなる奇跡も贈っていた。この日だけどんな願いでも叶うように。
その時、突然の来客の知らせ。
「……もしかして」
ローズはタイミングから緊張気味に玄関へと急いだ。
そして、
「……お父さんにお母さん」
雪の中に立つ一組の男女を見て驚いた。なぜならそれは亡き両親だったからだ。
父親は変わらず言葉少なの無表情で母親は成長した我が子の様子に感動していた。何せローズを出産した際に亡くなってしまったので無理もないかもれない。
「……二人共、外は寒いから早く中に入って」
ローズは両親を家に招き入れた。
学人は戻って来たローズと両親を見るなり
「……さてと、家族の団らんを邪魔しないように僕は退散しようかな」
静かにこの場を去った。無事に自分の願いが叶った事に心底良かったと思うと同時にローズが素敵なクリスマスを過ごす事を願いながら。
その学人の願い通り、ローズは一夜だけというささやかではあるが、両親と温かな時間を過ごした。
夕方、音楽家の自室。
「……色々話を聞いたりしたせいで遅くなったな」
本日斑目 カンナ(まだらめ・かんな)はオーケストラの練習を見学しに行き、先程帰宅したばかりなのだ。あれこれと見学先の楽団員に聞いたり声をかけて貰ったりで話していた事もあってか帰宅の時間が予定より随分遅くなってしまった。
「……指揮者か」
カンナが今日の見学で思い出すのは演奏者ではなく指揮者の姿。演奏者であるカンナが指揮者に興味を向けるようになったのは、平行世界や未来体験で見た自分が指揮者だったからだ。
「……“マエストロ”、か。その呼び名で呼ばれる未来がこちらのあたしにもあるのだろうか」
小さくつぶやいた“マエストロ”とは、未来体験で見た自分が楽団の仲間から呼ばれていた呼び名。
「……指揮者は演奏だけじゃなくて曲の理解とか演奏者よりもずっと多くの知識が必要になる……浅くではなく深い知識が……生半可な事は出来ない」
自分の胸にある迷いを言葉にして吐き出すカンナ。
「……弟子入りをしても……あたしに務まるだろうか」
カンナはじっと握り締め続けている電話に目を落とした。
ふと
「……そう言えば、ロゼから奇跡が起きるとかいう妙な薬を貰っていたな」
薬を貰った事を思い出し、ポケットから出した。
「悪戯をしでかすあの二人が薬製作に関わったと聞いただけで嫌な予感しかないが、飲まないとロゼがうるさいだろうし、飲んでみようか」
作製者によく知る迷惑小僧がいる事もあってか飲むのに躊躇っていたが、期待せずに仕方無く飲んだ。
しかし
「……何も起こんないじゃないか」
身体に目立った変化も来客も無い。全く持って飲む前と同じ。
「……まあ、当然だろ。奇跡なんて物はない。あるとしたら自分で行動した結果だ」
カンナは肩をすくめ予想通りと言わんばかり。
「そうだよな、行動をしないと……何もしなければ何も起きない……」
カンナはじっと手にある電話を見つめた。二つの世界で指揮者だった自分は何もせずにそうなった訳ではない。努力をし続けたからこそなった姿。そもそも行動を起こさない限り、不幸は無いが幸も無い。何も変わりはしない。
「……」
カンナは決めた。行動を起こす自分になる事を。それこそがカンナの身に起きた奇跡であった。
夜、漫画家の自室。
「そろそろ新作が欲しいって言ってもな……マイナー雑誌で穴埋めがきついんだろうけど」
ヴァンビーノ・スミス(ばんびーの・すみす)は書きかけの原稿を眺めながら担当との電話の内容を思い出していた。
「……しかも担当の奴、グロテスクホラーはやめて流行りのカワイイ女の子が出る日常ものを! とかほざきやがって、そもそもホラーじゃなくてSFなのによ」
ヴァンビーノは苛々で原稿を仕上げるどころではない。しかし、その原稿を見ると描かれているのは絵は上手いが描写がグロテスクで必ずしも万人受けするとは思えない物で担当が言うのもうなずける。
「……まぁ、読み切りだけでも完成させないと忘れられるかもだが」
気分屋のヴァンビーノはいつの間にか気を落ち着け、現状に意識を戻す。今は手元の原稿を仕上げる事が最優先事項。
しかし、
「……ネタがなぁ……そう言えばロゼに奇跡が起きるとかいう薬を貰っていたっけ」
肝心な時だというのにネタが閃かず、代わりに浮かんだのはローズに貰った妙な薬の事。
「……確か」
ヴァンビーノは椅子から立ち上がり執筆の邪魔になるからと適当な場所に放置していた薬を持って椅子に戻った。
「……奇跡が起きるなら何かネタでも浮かべばな。物は試しだ」
ヴァンビーノは一気に飲み干した。
途端、
「…………何か、背後に気配を感じる」
背後に妙な気配を感じ取ったヴァンビーノ。
「……どんな奇跡か確かめさせて貰おうか」
迷いなく振り向いたヴァンビーノの目に映ったのは、
「うわぁっ、何だこの背後霊みたいなものは!?」
ぼんやりといるフラワシであった。
そのフラワシを見た瞬間、
「……!! 今ネタが浮かんだッ! 描かないと!」
ヴァンビーノの脳に稲妻の如く閃きという衝撃が走った。
描きかけの原稿を丸めてその場に捨て置くなり、真っ白な原稿にペンを走らせる。
「おお、凄いッ! 今までより更に速く描けるようになったぞ!」
止まる事無く絵を描き出す手に歓喜するヴァンビーノ。
あっという間に原稿は仕上がった。当然、可愛い女の子が出て来る漫画ではない事は言うまでもないが。
原稿が完成した後。
「……ふぅ、終わった終わった」
一息入れながら漫画の出来具合に満足していた。
「……まだいたか」
ヴァンビーノは気になる背後を振り返るとそこには変わらずフラワシがぼんやりといた。自分が執筆している間もずっと危害を加える事無くそうしていた。
「……お前のおかげで最高の物が出来た。名前をつけてやる」
ネタをくれたお礼とばかりに気分屋のヴァンビーノはフラワシに言った。
じっとフラワシを見つめて数秒後、
「……お前はヴァイオレント・ポルノグラフィティだ!」
ヴァンビーノは声高らかにフラワシに素敵な名前を付けた。
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