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第4章 迷える者
 
 
「トゥプシマティが此処に来たことで、何らかの力が発動されたということかしら」
 幻像を具現化させるとは、随分強大な力だと、水原ゆかりは思う。
 ゆかり達は、先の事件のその後の経過観察が目的で此処に来ている。
 倫太郎はゆかりの助手だ。
 正直、何の罰ゲームかという話である。彼は、ゆかりにとって、人生の黒歴史だ。

「はあ? このチャラ男がカーリーの助手!? 冗談も休み休み言って!」
 と、マリエッタに至っては、角か牙を生やさんばかりの勢いだったが、倫太郎は、そんなマリエッタを鼻で笑った。
「上司命令なんで。
 まあ発育不良のガキよりは役に立つんで期待しろよ」
「アンタがおっ立ててるのは別のモンでしょおが――!」
「勿論、両方で大尉を満足させられるように頑張るぜ? なあ大尉?」
「マリー、下ネタ絶叫するのはやめて」
 倫太郎の言葉は無視しつつ、流石にゆかりもマリエッタを止めに入る。

 とにかくそんな経過で渋々倫太郎を連れて来たゆかりだが、意外にも、倫太郎は助手としての仕事はしっかりこなし、彼がミスをすれば即座に「役立たずは帰れ」と言う気満々だったゆかりのストレスは、溜まる一方だった。
「はっ。まさかあの男、トゥプシマティを口説こうとか思ってないわよね。
 外見はともかく、実年齢はものすごく年上よ」
 年上の女が好み、と公言している倫太郎の言動を心配? するマリエッタに、成る程それも面白そうだと思った倫太郎だが、とりあえず、思っただけでやめておいた。
「具現化と言っても、そう長く持つもんじゃないんじゃないか?」
「何でそう思うのよ」
「神殿に入る前、屋根のてっぺんが、ちょっと欠けて来たように見えた」
「ちっ……」
 面白くなさそうに、マリエッタが舌打ちする。はしたないが、倫太郎に示すようにわざとだ。
 というか、彼が関わると、マリエッタの性格が変わるような気がするのは気のせいだろうかとゆかりは思う。
「内部も、迷宮と言われてる割に、普通の神殿だな。まあ広いが……」
 記録を録りながら、倫太郎は言う。
「トラップなんかが仕掛けられているような類の建物ではないわね」
 ゆかりも同意した。
 元が何もない遺跡の上に現れた神殿だから、モンスターの類を警戒する必要もなさそうだ。
 トゥプシマティは大丈夫だろうか、と、ゆかりは、人生の岐路にある彼女を気がかりに思い、ふと彼女を見やろうとして、違和感に気がついた。


◇ ◇ ◇


 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、リューリク帝のことはよく知らないが、それでも、ものすごく大切に思っている相手から、空気のように言われたら寂しいだろうな、と思う。
「トップに立つ人って、細かいことには構っていられないんだろうな……」
 何となく、イルダーナとトゥレンの関係を思い、トゥレンの後をトコトコと付いて行きながら、彼をじっと見る。
「何」
 呟きを耳に拾ったのか、不意に、くるりとトゥレンが振り返った。
「え、あ、トゥプシマティ達って、イルダーナとトゥレンさんの関係みたいなものなのかな、って思って」
 答えた尋人をぽかんと見て、トゥレンは吹き出した。
「少年、俺がさん付けで、選帝神様を呼び捨てって面白い奴」
「え、突っ込むとこそこ?」
 トゥレンの横で、トゥプシマティが不思議そうな顔をしている。
 尋人は苦笑をひとつして、少しでも、励ましになればいいと思いながら、トゥプシマティに言った。
「深い位置で結びついている相手であれば、少しくらい会えなくても離れていても、細かいことは気にならないのかもしれない、って、そう思って」

「そうだな。
 いずれリューリクの許に戻るとしても、色々とパラミタを見て回ってからでも良いんじゃないか?
 土産話にもなるしな」
 早川呼雪も、そう同意する。
「いっぱい、美味しいものを食べてからね!」
 ファルが元気にそう続けて、トゥプシマティは、なるほどと頷いて、
「そうですね」
と微笑んだ。


「鬼院には、『迷い』は無いのかい?」
 天命の神殿は、迷いのある者を迷わせる迷宮であるとも言う。
 黒崎 天音(くろさき・あまね)に尋ねられ、尋人は首を傾げた。
「んー、そういうのは無いと思う。
 一緒に居たい人の側にいられればそれで良いんじゃない?」
 そう、と天音は微笑む。
「……帰ったら、ルーナサズの冬至の祭に一緒に行こう。
 龍王の卵を間近で見てみたいしね。鬼院も興味あるでしょう?」
 天音はルーナサズには何度も行っているが、考えてみると、龍王の卵岩に行ってみたことは、まだ無かったのだった。
 ぱっと尋人の表情が輝くのに、また微笑む。
 嬉しい、と尋人は素直に喜んだ。
 深い位置で結びついている相手。先刻トゥプシマティに言った、その相手が、自分にとっては天音であると思うし、これからもそういう相手でありたいと思う。
 そう考えていたところだったから。


 そんな尋人が、子犬のようにトゥレンの後について歩くのを、天音は微笑ましく見ていた。
「……あれは、見たことがあるな」
 天音のパートナー、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が既視感を感じて呟く。
「背も伸びて、横もそれなりになったのに、面白いよね」
 天音はくすくすと笑った。
 尋人に対してブルーズは、見た目は童顔だし素直な物言いをするが、外見通りの単純な中身ではない、という認識を持っていて、だからこそ天音が惹かれ構うのだろうと、その気持ちが解らなくもないでいる。
(だが……)
 そんなことをつらつらと考えていたら、いつの間にか、周りに誰もいなかった。
「……天音?」
 皆で神殿の回廊を歩いていたはずなのに、気配が無い。
 とてもとても静かだった。
「天音?」
「呼んだかい?」
 もう一度呼ぶと、返事と共に、天音の気配がし、いつの間にか横を天音が歩いていた。
「……驚かすな」
「そうかい? ずっと隣を歩いていたのだけど」
 ふ、と天音は微笑む。
「見えなかったのは、僕が君の迷いということだろうか」
 ブルーズは、天音を見上げた。ふふ、とその視線を受けて天音は微笑む。
「僕が、君を迷わせている?」
「……違う」
 ブルーズは言った。
「お前は、迷いかもしれないが、迷いじゃない」
 我ながら矛盾していると思うその言葉に、ふ、と天音がもう一度笑う。
 その姿が少女の姿に変わったと思った瞬間、静かだった周囲に、音が戻って来た。



 神殿の内部は、迷路などではなく、普通の内装だった。
 天井が高く、壁や柱に細かい装飾が施されている。
 トゥプシマティ達は、中央の回廊を歩いて礼拝堂に向かったが、不思議なことに、どんなに歩いても中々回廊の突き当たりに到着しなかった。
 霧がかかっているわけでもないのに、周囲がぼんやりと曖昧だ。
 自分の頭の中が、靄掛かったようになっていることに、誰も気がつかなかった。


「随分静かだね」
 天音は呟いた。
 誰の声もなく、足音も無い。自分の足音すら響かないとはどういうことだろう。
 気配はあるのだが、共に歩いている気配の主は、此処にいるはずのない人達だった。
「道に迷ってしまいましたかしら」
 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は、特に困った様子もなく、そう言って微笑む。
「オレ達のせいかな。ごめん、黒崎」
 尋人が謝った。
「黒崎は、人が嫌いなのに」
「……それは昔の話だよ」
 そう、自分は人嫌いだった。
 そんな自分の中に、いつの間にか住み着いた友人達。
 なるほど、彼等が。
 天音は、自分の心の中を、目の前にさらけ出されて苦笑する。
 ラウル・オリヴィエの姿を認めて、彼の前で足を止めた。
「……やれやれ、僕にも『一緒に居たい人』が随分増えたよね。
 でもそれが迷いだというのなら、迷いを抱えて行くのも一興じゃないかな」
 オリヴィエは微笑んだ。
 そして、その姿が少女の姿に変わる。
 静かだった周囲に突然音が戻り、そこは回廊ではなく、礼拝堂だった。
「黒崎?」
「天音?」
 尋人やブルーズが驚いている。先刻見た彼とは違う。
 見覚えのある容姿をした、目の前の少女が微笑んだ。
「ようこそ、天命の神殿へ。私は巫女、トゥプシマティ」