リアクション
◇ ◇ ◇ 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、リューリク帝のことはよく知らないが、それでも、ものすごく大切に思っている相手から、空気のように言われたら寂しいだろうな、と思う。 「トップに立つ人って、細かいことには構っていられないんだろうな……」 何となく、イルダーナとトゥレンの関係を思い、トゥレンの後をトコトコと付いて行きながら、彼をじっと見る。 「何」 呟きを耳に拾ったのか、不意に、くるりとトゥレンが振り返った。 「え、あ、トゥプシマティ達って、イルダーナとトゥレンさんの関係みたいなものなのかな、って思って」 答えた尋人をぽかんと見て、トゥレンは吹き出した。 「少年、俺がさん付けで、選帝神様を呼び捨てって面白い奴」 「え、突っ込むとこそこ?」 トゥレンの横で、トゥプシマティが不思議そうな顔をしている。 尋人は苦笑をひとつして、少しでも、励ましになればいいと思いながら、トゥプシマティに言った。 「深い位置で結びついている相手であれば、少しくらい会えなくても離れていても、細かいことは気にならないのかもしれない、って、そう思って」 「そうだな。 いずれリューリクの許に戻るとしても、色々とパラミタを見て回ってからでも良いんじゃないか? 土産話にもなるしな」 早川呼雪も、そう同意する。 「いっぱい、美味しいものを食べてからね!」 ファルが元気にそう続けて、トゥプシマティは、なるほどと頷いて、 「そうですね」 と微笑んだ。 「鬼院には、『迷い』は無いのかい?」 天命の神殿は、迷いのある者を迷わせる迷宮であるとも言う。 黒崎 天音(くろさき・あまね)に尋ねられ、尋人は首を傾げた。 「んー、そういうのは無いと思う。 一緒に居たい人の側にいられればそれで良いんじゃない?」 そう、と天音は微笑む。 「……帰ったら、ルーナサズの冬至の祭に一緒に行こう。 龍王の卵を間近で見てみたいしね。鬼院も興味あるでしょう?」 天音はルーナサズには何度も行っているが、考えてみると、龍王の卵岩に行ってみたことは、まだ無かったのだった。 ぱっと尋人の表情が輝くのに、また微笑む。 嬉しい、と尋人は素直に喜んだ。 深い位置で結びついている相手。先刻トゥプシマティに言った、その相手が、自分にとっては天音であると思うし、これからもそういう相手でありたいと思う。 そう考えていたところだったから。 そんな尋人が、子犬のようにトゥレンの後について歩くのを、天音は微笑ましく見ていた。 「……あれは、見たことがあるな」 天音のパートナー、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が既視感を感じて呟く。 「背も伸びて、横もそれなりになったのに、面白いよね」 天音はくすくすと笑った。 尋人に対してブルーズは、見た目は童顔だし素直な物言いをするが、外見通りの単純な中身ではない、という認識を持っていて、だからこそ天音が惹かれ構うのだろうと、その気持ちが解らなくもないでいる。 (だが……) そんなことをつらつらと考えていたら、いつの間にか、周りに誰もいなかった。 「……天音?」 皆で神殿の回廊を歩いていたはずなのに、気配が無い。 とてもとても静かだった。 「天音?」 「呼んだかい?」 もう一度呼ぶと、返事と共に、天音の気配がし、いつの間にか横を天音が歩いていた。 「……驚かすな」 「そうかい? ずっと隣を歩いていたのだけど」 ふ、と天音は微笑む。 「見えなかったのは、僕が君の迷いということだろうか」 ブルーズは、天音を見上げた。ふふ、とその視線を受けて天音は微笑む。 「僕が、君を迷わせている?」 「……違う」 ブルーズは言った。 「お前は、迷いかもしれないが、迷いじゃない」 我ながら矛盾していると思うその言葉に、ふ、と天音がもう一度笑う。 その姿が少女の姿に変わったと思った瞬間、静かだった周囲に、音が戻って来た。 神殿の内部は、迷路などではなく、普通の内装だった。 天井が高く、壁や柱に細かい装飾が施されている。 トゥプシマティ達は、中央の回廊を歩いて礼拝堂に向かったが、不思議なことに、どんなに歩いても中々回廊の突き当たりに到着しなかった。 霧がかかっているわけでもないのに、周囲がぼんやりと曖昧だ。 自分の頭の中が、靄掛かったようになっていることに、誰も気がつかなかった。 「随分静かだね」 天音は呟いた。 誰の声もなく、足音も無い。自分の足音すら響かないとはどういうことだろう。 気配はあるのだが、共に歩いている気配の主は、此処にいるはずのない人達だった。 「道に迷ってしまいましたかしら」 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は、特に困った様子もなく、そう言って微笑む。 「オレ達のせいかな。ごめん、黒崎」 尋人が謝った。 「黒崎は、人が嫌いなのに」 「……それは昔の話だよ」 そう、自分は人嫌いだった。 そんな自分の中に、いつの間にか住み着いた友人達。 なるほど、彼等が。 天音は、自分の心の中を、目の前にさらけ出されて苦笑する。 ラウル・オリヴィエの姿を認めて、彼の前で足を止めた。 「……やれやれ、僕にも『一緒に居たい人』が随分増えたよね。 でもそれが迷いだというのなら、迷いを抱えて行くのも一興じゃないかな」 オリヴィエは微笑んだ。 そして、その姿が少女の姿に変わる。 静かだった周囲に突然音が戻り、そこは回廊ではなく、礼拝堂だった。 「黒崎?」 「天音?」 尋人やブルーズが驚いている。先刻見た彼とは違う。 見覚えのある容姿をした、目の前の少女が微笑んだ。 「ようこそ、天命の神殿へ。私は巫女、トゥプシマティ」 |
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