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君が迎える冬至の祭

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君が迎える冬至の祭

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 トオル磯城(シキ)達が、天命の神殿に辿り着いたのは、トゥプシマティ達が、復活した神殿の内部に入った、すぐ後のことだった。
 シキは、神殿の内部でそれ程は迷わなかったが、ぱらみいを抱えて奥の礼拝堂に到達した時、トゥレンとヴリドラ、お弁当を抱えたハルカと、数人の契約者達がそこにいた。
 途中で姿の見えなくなった、トオルの姿はまだ無い。


◇ ◇ ◇


「うわーっ、びっくりした!」
 到着したファル・サラームが、きょろきょろと周囲を見渡しながら、驚いた声を上げた。
「あれっ、皆! 早かったね! ボク迷っちゃったよ〜!」
「えっ、本当に?」
 先に到着していたヘル・ラージャが驚く。
「決断力あるっていうか怖いくらい潔すぎる呼雪はともかく、ファルが迷うとか無いと思ってたよ……」
「ボクだって、迷ったり悩んだりすること、あるよ〜!」
「……ちなみに訊くけど、何で迷ったの?」
「だってだって。
 コユキが両手にお弁当出して、『サンドイッチとおにぎり、どっちを先に食べる?』って訊くんだよ!」
 どっと笑い声が起きる。
「食いしんぼさんめー☆」
 ヘルはくすくす笑いながらそう言い、早川呼雪は、軽く溜息を吐いた。
「……俺はそんなことを言っていないが」
「言ってたよ!
 だってだって、コユキのお弁当久しぶりなのに、そんなすぐに決められないよー!」
 しかし決めたのだ。
「よしっ! 今日はおにぎりからにする!」
 勢いは大事だ。そう言って、呼雪の持つお弁当に突っ込んで言ったら、そこは礼拝堂だった。
「おにぎり“から”、って、結局両方ってことだよね!」
 ヘルが大ウケして笑っているのに、勿論! と答える。
 そして改めて、キョロキョロと周囲を見渡した。
「あれっ、シキさんがいる! トオルさんはどしたの?
 えーとえーと、ティさんは……」
「トオルは単純だが、普通に人並みの迷いを持っているから、それなりに迷って、その内到着するだろう」
 シキは心配していない。
 そして、そこにいた、ファルが見つめたトゥプシマティは、ルーナサズから一緒に来た彼女とは別の人物だった。


◇ ◇ ◇


 トゥプシマティを心配した小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、ハルカと共に、天命の神殿に共に来た。
 先の事件では殆ど彼女と関わらなかったが、後でルーナサズに行った時などに話を聞いていたので、取り残された彼女に同情していたのだ。
「神殿探索を通して、元気になってくれたらいいよね」
と、お弁当持参で同行した。
 美味しい食べ物があれば、楽しく過ごせる、と思ったのだ。

「すごい量なのです」
「お弁当と、スイーツもあるし、皆で食べられるように沢山持ってきたから!
 ハルカも持つの、手伝ってね」
「はいなのです」
と、ハルカにお弁当を渡したのは、果たして正しかったのか。


「え、ええーっ、どうしよう。
 ハルカの迷子を心配してたら、自分が迷子になるとか? えっ、私迷子になったの??」
 一本道で迷子になるのはハルカくらいだろうと思っていたのに、美羽は今、一人で歩いている。
「とにかくハルカを見つけないと、皆がお弁当食べられなくなっちゃう。よしっ」
 ひとつ気合を入れて、まずはハルカを探すことにした。

「あっ、みわさんっ!」
 美羽の姿を見て、ぶんぶんとハルカが手を振る。
「ハルカ、無事? よかったー」
 美羽が礼拝堂に到着した時、ハルカは既にそこに居た。
 聞けば、トゥレンの次に此処に来ていたという。
 つまみ食いさせろというトゥレンからお弁当を死守しながら、美羽達を待っていた。
「同じ回廊なのに、一人一人別の道があったんだね。
 ハルカ、迷子にならなくてよかった」
 迷子癖と、心に迷いがあることは別、ということか。
「皆も、続々此処に来るよね。先にお弁当広げて、つまみながら待ってようか」
「それはいい考えなのです」
 美羽が広げたシートの上に、ハルカはお弁当の包みを置いた。

 少し遅れて、コハクも到着した。
「ここでお弁当を広げてるの?」
「だって、トゥプシマティがまだ来ないから。待ってる間、休憩」
「休憩なのです」
 返って来た答えになるほどと思い、コハクは、礼拝堂に入る直前に見た、その少女も一緒にどうかと誘う。
 勿論美羽達も彼女を誘っていたのだが、遠慮されて、それならとコハクは、少女にドーナツを渡した。
 少女は、面食らいながらも、それを受け取る。
「…………ありがとう、ございます」


◇ ◇ ◇


 セルマ・アリス(せるま・ありす)が神殿の回廊を抜けて最奥へ到達した時、先に到着していたトゥレンは既に暇そうだった。
 余程早く到着していたのだろうか。その肩にはヴリドラが乗っている。
「トゥプシマティは?」
「俺らと来た方は、まだ迷ってるみたいだね。
 まあその内来るだろ、呼んだ本人が此処にいるんだから」
 つまり、途中ではぐれたらしい。
 襲撃される危険のあるような神殿ではないようだから、命の心配をすることはないだろうと思いながら、セルマはトゥレンの肩に居るヴリドラを見つめる。

 セルマのパートナー、ゆる族のミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)は、トゥプシマティを心配していた。
「トゥプシマティは神殿で、自分の過去を知りたいと思ってる?」
 神殿に到着する前、そう訊ねると、返事に困っていた。
「急に言われて、まだ気持ちが追いついていない感じ?」
「そうですね……ええ、そうです」
 頷いたトゥプシマティを、励ます。
「自分の気持ちに正直にね? 後悔が無いように」
「後悔……」
 トゥプシマティは呟く。
 過去を知ることで、自分は後悔するだろうか。
 知らないままでいることで、後悔することになるだろうか。
 自身でも未だ判断がつかず、判断がつかないことが怖い。

 ヴリドラは、トゥプシマティにどうなって欲しいと思っているのだろうか。
 セルマは、そう疑問を感じた。
 無関心なら一緒にいないだろうし、彼女の持っていたパンを探すこともしないだろう。
「ヴリドラは、トゥプシマティにどうして欲しい?
 もし彼女の自由だとしても、一緒にいた君にも思う所はあるんじゃない?」
「我ハ、とぅぷしまてぃノ記憶ガ、戻ラネバイイト思ッテイル」
 即答で返ったその言葉に、セルマは驚いた。
「戻らない方がいい? 何故」
「記憶ガ戻ルコトハ、りゅーりくトノ決別ヲ意味スルカラダ」

 ヴリドラは、リューリクから聞いた話の全てをイルダーナに語った。
 トゥプシマティは他人の心を読む力を持つが、彼ならば、トゥプシマティに意識を読まれることは無いからだ。
 死してナラカに降り、今やその精神が混濁しているリューリクは、矛盾を矛盾と感じない。
 けれど、ヴリドラが共に在ろうと誓った、その精神の高貴さは失われていなかった。
「とぅぷしまてぃハ、生身ノママナラカに在リ、りゅーりくニ仕エル。
 とぅぷしまてぃヲ側ニ置コウトスルノハりゅーりくノ情、
 生アル者ヲぱらみたニ還ソウトスルノハりゅーりくノ理性ダロウト、いるだーなハ言ッテイタ」
 リューリクは、トゥプシマティの出自を教えただけで、どうしろとは言わなかった。
 だからイルダーナもそれを教えず、ただ此処に来るようにとだけ言ったのだ。

「……言ってあげればいいのに」
 セルマは、そう思う。
 自分で答えを決められないということは、無いと思う。
 けれど、その言葉は、迷うトゥプシマティを導くものになるのではないかとも思った。


◇ ◇ ◇


 神殿の奥で、トゥレンと、その肩に乗っているヴリドラの姿を見つけて、十文字宵一は安堵の溜息を漏らした。
「お疲れ。何かやつれてるね」
「まあな」
 声を掛けたトゥレンに、はははと宵一は乾いた笑いを返す。
「何なんだこの神殿は……。
 誰とは言わないが突然パートナーの魔王が出てきたりして死ぬかと思った」
 恐怖のこもった言葉に、トゥレンはケラケラ笑った。
 だがまあとりあえず、今はそれよりもヴリドラだ。
 トゥレンや契約者達の他に、もう一人、そこには見憶えのある容姿の少女がいたが、じっとその姿を見た後、リイムは・クローバートゥレンの前に歩み寄った。
「ヴリドラさん、はい」
 ヴリドラは首を傾げる。
「これ、トゥプシマティさんにあげたいって言ってた食べ物でふ。
 ヴリドラさんからトゥプシマティさんにあげて欲しいでふ」
 見下ろしていたヴリドラは、トゥレンを見た。
「受ケ取レ」
「持っていて下さいお願いしますじゃないの」
 そう返事したトゥレンに、キツツキのようにガツガツと頭突きをかます。
「地味に痛えよ」
 トゥレンはヴリドラの頭を掴むと、もう片方の手でリイムからメロンパンを受け取った。