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リアクション
聖なる夜の、一つの約束
「ただいま、クリスマス記念撮影を行っておりまーす!」
土井竜平のアイデアによる撮影会は、そこそこの盛況を見せていた。
やはりクリスマスということで、ケーキ自体は買う人が多い。なら、せっかくだから記念にと、背中を押すには十分な企画だ。
特に『くりむくりむ』には酒杜 陽一(さかもり・よういち)のペンギンやらもいるので、子供連れなどには注目の的だった。
「ありがとうございましたーっ!」
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が店の雰囲気を明るくする歌を歌い、さらにケーキの箱に<シニフィアン・メイデン>のサインを入れるサービスを行う。彼女たちのファンも噂を聞きつけてやってきて、売り上げが伸びてゆく。可憐で陽気な彼女のイメージは、『くりむくりむ』の店の雰囲気にも合っていた。
「はーい、もうちょっとこっち寄ってくださいねー」
男性客に対してのサービス旺盛なサーシャ・アルスター(さーしゃ・あるすたー)は人気で、一緒に撮影できるとあって男一人でも店に入ってきたりしている。
「写真撮影しているところが外から丸見えなのも、メリットだよね」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はうんうんと頷きながら言う。竜平の作った撮影スペースは窓の近くで、外からは様子が丸わかりだ。それも、客寄せに一役買っていた。
「並んでいる人が多いと、注目を浴びる。それも、メリットになってる」
ロザリエッタ・ディル・リオグリア(ろざりえった・りおぐりあ)が言う。写真撮影のために少々店内での待ち時間は増えているが、それが行列になり、かえって注目を受けるという状況になっている。これも大きなメリットだ。
「やることも増えたけどな」
陽一は言う。彼は『くりむくりむ』では少ない男サンタなので、引っ張りだこになっている。ビラを配っていた黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)も呼び戻され、陽一と変わりばんこで撮影をしていた。
「僕も着替えましょうか?」
風馬 弾(ふうま・だん)は言うが、
「その鼻だからね……やっぱり、弾くんはトナカイで」
アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)がそう言う。
「だよね……油性ペンだもんね……」
弾は息を吐いていった。
「そんな弾にも出番はあるわよ。しばらく撮影は参加しないで、配達してきて欲しいってことになったの」
エイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)が箱を掲げて言う。
「配達か。わかったよ。……ところで、まさかとは思うけど、そのソリで行くわけじゃあないよね?」
エイカはソリを持っていた。
「ソリで行くのよ? 今の弾はトナカイなんだから」
「そこは生かさなくてもいいところだよ!? エイカ楽する気満々だよねっ!? ていうかその鞭はなにさ!? 」
「いいから走れ、駄犬」
「うぎゃあ叩かないで!」
鞭をびしびしとしならせながら、エイカは弾に紐を握らせた。
「ほら、アゾートちゃんも試しに弾を叩いてみて! 気持ちいいから!」
「ええ? ボクはいいよ」
「そう言わないで、一発だけ!」
「そうかい? じゃあ一発だけ……」
「アゾートさん! 一発でも承諾したらダメだ!」
しばらく弾は壁に隠れたりしてエイカたちをやり過ごしていた。
「た、大変よ!」
突然セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)が飛び込んできた。皆の注目が彼女に集まる。
「向こうのお店でも撮影会が行われてる!」
そして、多少荒い息で彼女はその事実を口にした。
「こっちの情報が漏れたのかしら」
衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)が冷静に口にし、
「漏れたって言っても、そう簡単に撮影会なんて……」
アリア・アルスター(ありあ・あるすたー)が考え込むような仕草を見せる。
「あいつね」
「そのようだ」
さゆみは竜平と頷き合った。
「ふむ。状況は全く一緒になったと言うことだな。だとしたら、今後、販売に対して有利に立つためには」
ネルソン・グリドゥン(ねるそん・ぐりどぅん)が口にする。
「はーい! 笑顔!」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が答え、
「……頑張る」
ロザリエッタ・ディル・リオグリア(ろざりえった・りおぐりあ)は頷いた。
「撮影会は、任せておいてぇ」
サーシャも片目をつぶり、
「ベロニカのためです。わたくしたちも、一肌脱ぎましょうか」
「そうね……負けたくないものね」
アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)とさゆみが頷き合った。
「あとは正攻法! 完売するまで、みなさん、頑張りましょう!」
最後にベロニカが叫んで、皆が「おーっ!」と声を上げた。
虎之助の助言によって、『くりむくりむ』と同じようにサンタクロースとの撮影会も始まった『ドルチェ』でも、似たような状況になっていた。
「絶対に負けてたまるか! 勝つのは俺たちのほうだぜ!」
湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)が拳を振り上げる。
「アルのためだ。花を持たせてやらないとな!」
横田 仁志(よこた・ひとし)が忍と同じように手を上げた。
「ファラさん、僕たちも頑張りましょう!」
「うむ……アルどのには勝ってもらわないといけないからのぉ」
ウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)とファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)も、手を叩き合う。
「はーい! 配達は任せてーっ!」
ユウキ・ブルーウォーター(ゆうき・ぶるーうぉーたー)が口にし、リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)も頷く。
「アルさん、私たちが、絶対にあなたを勝たせて見せます!」
リネン・エルフト(りねん・えるふと)も、アルに向かって拳を向けた。
「みんな……ありがとう」
アルは感極まった声で言う。
「だからよ、最後にはちゃんと、決めてくれよ!」
忍が言って、皆の視線がアルに。アルは頷いて、笑顔を浮かべた。
「よし、絶対に勝ってみせる! みんな、よろしく!」
アルの言葉に、「おーっ!」と全員が声を上げた。
虎之助の撮影会もおおむね順調で、ビラ配りをしていたシェーナ・ベンフォード(しぇーな・べんふぉーど)と河合 亮太(かわい・りょうた)は店に戻り、撮影班へと回る。他にもミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)、ファラ、リネンと、撮影はローテーションで行われていた。
「お嬢さん、君に素敵なクリスマスを」
そして女性客に対してのサービスは、男性陣の多い『ドルチェ』が優位だった。忍と仁志のちょっとワイルドな感じが女性客に受け、
「キミ、可愛いね。一緒に撮って?」
「いいですけど……」
ウィルの温和で可愛らしい感じも、それなりに受けがよかった。
「……むー」
「ファラさん、単なる企画だから……」
ファラは少々膨れていたが。
「ジングルベール♪ ジングルベール♪ 鈴が鳴る♪」
「メリークリスマス♪ 今年も良き聖夜であらんことを!!」
そして配達ではユウキの歌が特にご年配のかたに人気だった。一緒に配達しているリアトリスも優しく拍手を送ってくれる人たちに、ついつい笑顔になってしまう。嬉しくて、ケーキを渡す際にはぴこぴこと尻尾が揺れた。
「さすがあちきの自慢のユウキちゃんですわねぇ」
レティシアも嬉しくて、ユウキの頭を撫でる。ユウキも嬉しそうに目を細めた。
「次はあっちの角を右だよ!」
配達も大変だろうに、ユウキは楽しそうに道を駆ける。リアトリスたちも、笑顔で彼の後を追った。
『くりむくりむ』の売り上げも順調だ。撮影会以外にも「店内撮影自由」ということにして、働くサンタの写真を撮ったりペンギンたちを撮ったりと、店内も実に賑やかなことになっていた。
「ありがとうございました」
さゆみとは対称的な、繊細で清楚、綺麗なお姉さんというイメージのアデリーヌは、自由に撮影可能になった店内でも注目を浴びている。
「あなたはダメです」
「なぜだっ!」
が、竜平が撮ろうとすると彼女はカメラを押さえた。
「(そー)」
「っ!」
シュネー・ベルシュタイン(しゅねー・べるしゅたいん)は子供の低い位置からの視線に気づいてスカートを抑えて少しだけ身をかがめる。「ちぇ」という男の子の声が聞こえ、彼はカメラを下げた。
「どうしたのかな?」
「なんでもねーよ」
男の子はそのままその場を去る。去り際、竜平が「惜しかったな」と声をかけていた。
「ニャー、お前はまだまだ甘いニャー。シュネーは結構ガードが固いから、正攻法では絶対無理ニャー!」
クラウツ・ベルシュタイン(くらうつ・べるしゅたいん)が男の子に話しかけていた。
「正攻法?」
「まあ、見てるニャ」
クラウツは近くにあったクッキーの缶を手に取り、
「シュネー、危ないニャー!」
「ええっ?」
それをシュネーに向かって投げた。シュネーはなんとかそれを落とさないよう空中でキャッチするが、いつの間にか、後ろにはクラウツが回りこんでいて、
「ニャ」
シュネーのスカートをめくっていた。
「おお、姉ちゃん白!」
男の子がカメラを掲げる。が、近くにいた陽一が撮影前にカメラを取り上げ、撮影されることはなかった。
「みみみ見ました!?」
「見てないよ」
陽一が視線をそらして答える。
「とりあえずカメラは今必要なので、あなたを焼きます」
「撮ってない! 撮ってもないし見てもいない!」
その近くでは竜平がアデリーヌに捕まっていた。
「シュネーは白かニャ。黒い悩殺下着だったらいい相手ができるかも……ニャ!?」
クラウツは従業員通用口から逃げようとするが、突然ドアに銃撃が鳴り響いた。
「クラウツ」
低い声に振り返る。そこにはハンドガンを構え、真っ黒なオーラをまとって立つ、シュネーの姿があった。
「ニャ……」
「クーラーウーツー」
「ニャニャニャ……」
「ベロニカスペシャル、あと二十個!」
ルカルカが嬉しそうに声をあげる。最後のトレーが厨房から運ばれてきていて、それがラストということだった。
「完売間近ね。あと一息、頑張りましょう」
シュネーが言う。「うん!」とルカルカは疲れを感じさせない笑顔で口にする。
「ところでシュネー、その、クリスマスツリーの影で額を頭にこすりつけながらずっとぶつぶつ言っている猫はなんなの?」
「気のせいよ。気にしないで」
「?」
クラウツはツリーの影で「生まれてきてごめんニャさい生きててごめんニャさい」と永遠と繰り返していた。
「あと十個!」
ベロニカスペシャルはそれからも売れてゆき、あとわずかに。
「向こうは?」
「向こうもあと少しで完売だそうだ」
ルカルカと陽一が確認しあう。だが、もう彼らにはやるべきことはない。あとは運のみ。
「『ドルチェ』でケーキはいかがですかーっ!?」
「クリスマスケーキは『くりむくりむ』でどうぞー!」
「「ぐぬぬぬ……」」
ビラを配っているリネンとセイニィは対抗し合ってビラを配り、
「撮ります」
「はい、笑って!」
竜平、虎之助の撮影会も順調。
「あと五個だ!」
忍が叫ぶ。
「あと三」
ロザリエッタ・ディル・リオグリア(ろざりえった・りおぐりあ)が声を上げ、
「ラストワン!」
仁志が言い。
そして。
「ありがとうございましたーっ!」
ルカルカの声が響く。「ベロニカスペシャル」、最後の一個を買い上げた客が店の外に出てから、
「やりました、ベロニカスペシャル、完売でーす!」
嬉しそうなルカルカの声と、皆の声があたりに響いた。
「勝った……」
嬉しそうなベロニカ。「やったわね」とさゆみが彼女の肩を叩くと、「うん!」と嬉しそうな顔でベロニカは頷いた。
「ふふん、残念だったな」
が、店にぞろぞろと人が集まってきて、皆の喜びの声が収まる。アル、そして、『ドルチェ』で働いていたメンバーが、店にやってきていた。
「この勝負、俺たちの勝ちだ! 俺の作った特性チョコレートケーキは、十分前に完売したぜ!」
そしてアルがそう叫ぶ。
「そ、そんなっ!」
アリアが声を上げた。
「事実だぜ。最後の一個を売ったのは俺だ」
忍が親指で自分を指さした。
勝負は僅差だった。ではあるが、ぎりぎりで、ベロニカは負けてしまっていたのだった。
「く……連敗するなんて……今年は勝つって自信があったのに……」
ベロニカはがっくりとうなだれ、その場にひざをついた。
それは『くりむくりむ』で働いていたメンバーも同じで、なにも言えず、ただ静かに息を吐く。沈黙だけが、その場を支配した。
「……わかったわ。こっちの負けよ。悔しいけど」
ベロニカは立ち上がる。
「で、今回あたしはどうすればいいわけ? なんでも言いなさいよ、こっちの負けなんだから」
そして、少し早口に言う。アルは咳払いをして、ベロニカから視線をそらした。
「……あとで言う」
そして言う。
「今言いなさいよ!」
が、ベロニカがすぐさま返した。アルは少しだけ困った表情を浮かべた。
「じゃあ、まずはこれに着替えてゴゲバ」
メイド服を持ち出してきた竜平をさゆみが取り押さえた。
「それでは、この服に着替えゴエ」
きわどい水着を持ってきた虎之助はアデリーヌが抑えた。
そんな微妙なやり取りも合ったが、しばらくアルは視線を動かしそわそわと落ち着かず。そのようすを、ベロニカはただ黙って、にらみつける。
そんな時間が、しばらく続いて。
「なら、言う」
アルは口を開いた。
「俺と結婚しろ!」
沈黙。場の誰もが、なにも言えなかった。
「は?」
沈黙を破ったのは、ベロニカだ。
「はーっ!!??」
そして聞き返す。アルの顔は真っ赤で、拳は握りめられていて。
その言葉は、冗談でもなんでもなかった。
「結婚しろってんだよ! 俺と!」
「けけけ結婚!? バカじゃないの、なに言ってんのよ!」
「マジだよ! マジで言ってんだよ! 俺と、結婚しろって言ってんだよ!」
周りはなにも口出しできなかった。ただ、二人のやり取りを見つめる。
「ふ、普通付き合うとかそういうのでしょ!? それをすっ飛ばしていきなり結婚とか、おかしいんじゃないの!?」
「べ、別にいいだろ! 俺はお前と結婚したいんだよ! ずっとそう思ってたんだよ!」
アルは真っ赤な顔をますます赤くして。ほんのり汗を浮かべたりして。
必死に、言葉を紡いでいた。
「結婚してくれ、ベロニカ」
そして、下げたトーンで言う。
「お前のことが好きだ。世界中の誰よりも大好きだ。お前と、ずっと一緒にいたい」
その真剣な言葉に、その場にいたメンバーも顔を赤くする。まっすぐで、純粋で、そして、胸に響くその言葉に、皆の心もざわざわと、間違いなく動かされていた。
「だから、結婚してくれ」
アルの真剣な口調の言葉に、ベロニカですら沈黙してしまった。ベロニカも顔を赤くして、どうしたいいのかわからないような表情を浮かべて。
助けが欲しいのかきょろきょろと見回す。さゆみはにっと笑顔を浮かべ、ルカルカは満面の笑みを浮かべていた。シュネーも微笑み、玲央那も嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「あ、う」
そして視線をさまよわせると、赤い顔をしたアルと目が合った。
「……嫁入り、しないから。あたし、ここの跡とり娘なんだもん」
「いいよ別に。ウチには姉貴もいるしな」
「はあ、もう、こんなに人がいるところで」
「お、お前がここで言えって言うからだろ!」
「はあ……」
ベロニカは大きく息を吐いて、
「わかった」
頷いた。
たちまち響く、周りからの祝福の言葉。
アルのケーキが完売したときよりも、ベロニカのケーキが完売したときよりも、いっそう大きな声が、『くりむくりむ』の店内に響き渡っていた。
「でも、来年も勝負するんだからね!」
ベロニカはちょっとだけ嬉しそうに微笑み、アルに指を向ける。
「来年はあたしが勝って、もっと、ロマンチックにプロポーズしてもらうんだから!」
そして、にっと笑顔を浮かべて、ベロニカは最後にそう宣言した。
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