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煌めきの災禍(後編)

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煌めきの災禍(後編)

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 それにしても酷いことを企てるもんだ、と十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は思った。
 ソーンが黒幕であることに何となく察しはついていたものの、彼らの行いに納得できるところなど何もない。
 ただソーンとの決着については、パートナーのリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)に任せるつもりでいた。リイムには妖精たちの代表として、その意地をソーンに思い知らせてやって欲しい。妖精たちは確かに弱弱しいかも知れないが、だからといって自らの欲望のために彼らの場所を荒らすことが許されるわけじゃない。そう宵一は考えていた。
 そのため、彼はリイムを信じてサポートに徹することにする。まずは一芝居打ってやることに決めた。
「あー、俺はもう無理だ。戦う気力が残ってないし、降参だ」
 わざと投降するフリをして、相手の油断を誘う。
 ハーヴィの拉致に失敗したため、数人のならず者がソーンの傍に集まって来ていたが、彼らは一斉に宵一の方へ視線を向けた。
「あぁ? 降参だぁ?」
「ああそうだ。危険なことばかりもううんざりだ。そうそう、危険と言えば、最近この辺りのネズミが凶暴化しているらしいな。しかも厄介な病原体を持っていて、噛まれたらひとたまりもないそうだぜ」
「ネズミ……?」
 さりげなく恐怖心を煽ってから、宵一はこっそりと「藍鼠の杖」を使って鼠の大群を呼び出した。森の中、草むらの中から、数え切れないほど多くの鼠が鳴き声と共に走り寄って来る。
「ひぃっ……! ヤバい、うつっちまう!」
 足元を駆けまわる鼠の群れに恐れをなして、ならず者の男たちは軽いパニックに陥った。
「落ち付きなさい! 病なら僕が治せるんですから!」
 男たちのあまりの慌てぶりに思わずソーンは声を荒げたが、宵一が唱えた【ホワイトアウト】によって視覚へのダメージを受けると、ならず者たちは我先に洞窟から離れようと駆け出した。
「……使えない人たちですね」
 苛立たしげに呟くソーンは、丁度H−1と他の機晶兵に守られながら、洞窟に祀られている小さな祠を背にして立っていた。これはハーヴィが結界を張る際に、祈りを捧げていた祠である。
「弱い者いじめしかできない卑怯者のくせに、よくそんなことが言えまふね」
 リイムは「六熾翼」で飛び回りながら、スキル【プロボーグ】による挑発を行う。
「弱い者いじめとは、また随分な言い草ですね」
 ソーンは薄い笑いを顔に張り付けてそう言ったが、その目は決して笑っていなかった。
「そんなに戦いたいのなら、良いでしょう。お相手しますよ」
 ソーンが杖から放った炎を、リイムは「女神の右手」で受け止めた。
 リイムの剣から主を守ろうとした機晶兵は、宵一が召喚したフレースヴェルグに攻撃されて動けない。
 リイムの手から放たれた【ソードプレイ】を、H−1がギリギリのところで受け止める。
 それとほとんど同時に、突如として地面から十字型の氷柱が発生し、頭上の岩盤を貫いた。
 避けきれなかったソーンの右腕は、氷柱の中に固められている。
「元々拘束用の氷だ、チンケな炎じゃ溶かせねぇよ」
 唯斗が自身の創りだした【氷縛牢獄】を見ながら言う。
「テメェは絶対に赦せない事をした。このパラミタで女を泣かせた事を後悔しろ。此処には俺がいる」
「はは、ヒロイズムというやつですか。僕には全く理解できませんがね」
「は、正義の味方なんてモンじゃねぇよ。ただ、テメェが気に入らねぇだけだ」
涙の重みを知れ、とばかりに、唯斗はソーンを真っ向からぶん殴った。
「随分頑張っていたね」
 しばらく前から樹の上で様子を観察していた黒崎 天音(くろさき・あまね)が、ブルーズと共に洞窟の入り口へやってくる。ソーンにはソーンの戦う理由があるのだろう。天音にはそれが興味深い。
「君は確か、職員室で会いましたね。僕を封印でもするつもりですか」
 ブルーズの手に握られた封印の魔石を見て、ソーンは問う。
「いや、彼女をだよ」
 天音が示したのは、未だ動けぬソーンの前に立ち塞がろうとしているH−1であった。
 それを聞くと、ソーンは少し他人を小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「それは無理ですよ。その術で封印できるのは『自我を持つ者』だけ。H−1はまだ、自我など持たないただの器に過ぎません。何なら試してみればいい」
 ブルーズの呪文に反応して、封印の魔石がぼんやりと光り始める。初めその光は少しずつ明るさを増していくかと思われたが、ある一定の光量以上にはならなかった。むしろ膨らんだ光は徐々に小さくなっていき、やがて消えてしまった。
天音は少し考える仕草をしてから、ソーンに尋ねた。
「彼女――H−1は、『災禍』の片割れの体なのかい?」
 その質問を聞いて、ソーンは何故か少し安堵したような顔を浮かべた。
「まさか。『煌めきの災禍』と共に実験台にされたのはリトの弟であって女性じゃありませんし、彼の体なんてものは残っていませんよ。それに、君は僕の机の上を色々と漁っていたようですが、写真立ては見なかったようですね」
「写真立て……?」
 首を横に振りながら、ソーンは「気にしないで下さい」と言った。
 そのやり取りを聞いていた御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー・御神楽 舞花(みかぐら・まいか)にも、ソーンに尋ねたいことがあった。ソーンは『煌めきの災禍』に関して詳しいので、過去に機晶精霊の開発に携わった研究者の資料を見れる立場にあるのだろう。しかし、「機晶精霊の研究」を通して「何を」したいのかが分からない。
「単刀直入にお伺いします。そちらの、最終的な目的は何なのでしょう?」
「過去の研究者たちが追い求めたことと同じですよ――いわゆる永遠の生命ってやつですね」
 舞花の嘘探知は反応しない。ということは、少なくとも嘘ではないらしい。
「絶対に朽ちることのない身体と永久に不滅の魂。これを共に手に入れることが出来る、素晴らしい技術なんですよ、これは。あなたも自分や大切な人の存在が永遠であって欲しいと思ったことがあるでしょう?」
 舞花はそれには答えず、次の質問に移る。
「それと、ご本名は別だと思います……恐らく、ハーヴィ族長なら出自を推測可能な類の姓をお持ちではないでしょうか?」
 ソーンは少し笑みを浮かべて言った。
「確かに嘘くさい名前と思うかも知れませんが、れっきとした本名ですよ。僕の名前はこれ以外にあり得ません」
 はぐらかされている可能性もなきにしもあらず……だが、どうやら本当のことのようだ。
「他にご質問がないようなら、僕から皆さんに良いことを教えてあげましょう。『災禍』……つまりリト・マーニの弟は肉体こそ失いましたが、どうやら魂の入った機晶石だけは残っているようです。そして僕は先程、恐らくその在り処を正確に突きとめました」
 ソーンは氷柱に右腕を固定されたまま、背にした祠に軽く身をもたせるような体勢で話をしている。
「初めは三か所、可能性を考えました。一つ目は封印状態にあった『煌めきの災禍』が持っている可能性……しかしこれは、先程例の部屋で簡易治療を施した際、念入りに探してみましたが、それらしきものは見つかりませんでした」