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学生たちの休日13+

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    ★    ★    ★

「さあさ、しっぽ美容室、開店だよ!」
 はばたき広場で、ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)が元気よく叫びました。クシナダを使った、移動美容室開店です。
「バレンタインデーは女の子の決戦の日なんだよ。それに備えて、ピカピカふわふわのしっぽで出かけようよ!」
 ミーナ・リンドバーグの呼びかけに、しっぽを持った者たちがちらほらと集まってきます。中には、すっかり常連になった人たちもいました。
 そんなしっぽたちを綺麗に梳って、バレンタインデーにふさわしいしっぽに仕上げていきます。
「みんなデートでいいなあ。でも、実はミーナも後でデートなんだよね」
 真田 佐保(さなだ・さほ)との待ち合わせを思って、ミーナ・リンドバーグがちょっとはにかむように頬を染めました。
「あっ、しっぽやさんだ。わーい。私のしっぽも綺麗にして〜♪」
 ミーナ・リンドバーグを見つけた稲荷さくらが、ちょこちょこと駆け寄ってきました。
「いらっしゃいませ。順番ですから、ちょっと待っていてくださいね。そこに紅茶がありますから、自由に飲んでいてくださいね」
 順番待ちの椅子とテーブルをさして、ミーナ・リンドバーグが言いました。
「はーい」
 素直に椅子に座りますと、何やら稲荷さくらがごそごそと取り出しました。もちろん、キッチンから失敬してきたチョコレートです。
「うふふふふ。美味しそう。あっ、その前にお薬お薬」
 そう言うと、稲荷さくらが持ってきた薬瓶の中から錠剤を取り出して紅茶で飲み込みました。
 稲荷さくらは狐の獣人ですので、チョコレートには耐性がありません。もちろん、より人に近い獣人であれば大丈夫なのでしょうが、稲荷さくらはだめでした。そのため、毒消しのお薬を持ってきたというわけです。そこまでしてまでも、チョコレートが食べたいのでした。食欲魔人、おつまみ食いの帝王、恐るべしです。
 が、よく見ると、薬瓶には風邪薬とかいてあります。その文字が読めなかったのか、あるいはまったく気づいていなかったのか、稲荷さくら本人は、これでもう大丈夫とニコニコ顔です。だいたいにして、チョコレート中毒の解毒剤という物事態が存在しないのですが、いったいなんで勘違いしたのでしょうか。やはり、食欲に負けたとしか……。
「いただきまーす」
 ぱくん。
 食べてしまいました。
「あー、いたいた」
 そこへ、稲荷さくらを探しに来た及川翠がやってきました。
「さくらちゃん、捜したの〜」
「あっ、翠ちゃわぁうんっふぅ……」
 声をかけられた稲荷さくらでしたが、返事をしたとたん、ばったりと倒れてしまいました。
「きゃあ、さくらちゃん、どうしたの!?」
 あわてて、及川翠が稲荷さくらに駆け寄りました。
「どうしました?」
 驚いたミーナ・リンドバーグもやってきます。
「これは、食べ物の中毒だよ。すぐに吐かせなきゃ」
 そう言うと、ミーナ・リンドバーグが及川翠と一緒に、稲荷さくらにチョコレートを吐き出させました。さすが、しっぽのある者たちのことはよく知っています。
 最初はピクピクしていた稲荷さくらでしたが、応急処置が早かったのでほどなく元に戻りました。
「まったく。気をつけないとだめだよ」
 さすがに、及川翠が稲荷さくらを叱ります。意識の戻った稲荷さくらが、ちょっとシュンとしてしまいました。
「まあまあ。しっぽでも解かして落ち着こうよ」
 そう言うと、ミーナ・リンドバーグが二人の間に入ってなだめました。そのまま稲荷さくらをクシナダの椅子に座らせますと、しっぽを解かし始めました。もちろん、稲荷さくらの持ちだしたチョコレートの残りは、本来それをもらう予定であった及川翠が没収しました。

    ★    ★    ★

「よし、これで完成だ……」
 ホールの中央にできあがった巨大なオブジェを前にして、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がパティシエ用のコテをテーブルの上におきました。
 高級チョコレートを丁寧にテンパリングして作りあげた壁を組み合わせて作られたオブジェは、ヴァイシャリーの塔を模した物です。固い飴の板をチョコレートでコーティングし物の上に、飴の棒を芯柱として立てて簡単には崩れないようにしてあります。
 言ってしまえばただのお菓子なのですが、そこはそれ、ダリル・ガイザックが丹精込めて作った物ですから一筋縄ではいきません。お菓子と言うよりは、すでにチョコレートで作られたフィギアといったところです。本物のヴァイシャリーの塔と寸分違わないデザインですし、壁に開いた小窓から中をのぞけば、室内の家具までもがちゃんと細工菓子で再現されています。
「さすがよね、本物そっくりだよ。これで、ラズィーヤ様との約束も、きっちりと果たせるというものだわ」
 感心して、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が言いました。
「外見だけではないぞ。たとえば、この植木だが、植木鉢の中身はガナッシュ、それにココアパウダーがかけてある。チョコレートにもいろいろと種類がある。場所によって様々な味が楽しめるようになっているんだぞ」
 えんえんと説明をしたげに、ダリル・ガイザックが目をキラキラと輝かせました。
 ルカルカ・ルーとしては、そんな珍しいダリル・ガイザックをゆっくりと見ていたい気もしますが、約束の時間が近づいています。
「さあ、急ぐわよ」
 せっかくのお菓子が壊れないように免震台の上に固定すると、二人はルカルカの舎弟「赤星」が待っている高速飛空艇「ホーク」にお菓子を運び込みました。その足で、ヴァイシャリーへと急行します。
 さてさて、ヴァイシャリーにある催し物場へと辿り着きますと、指定されたホールに工芸菓子をセットします。
 さすがにこれだけ大きな物をおける場所は限られますし、何よりも、これをさしあげるラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の指定でもありました。
「でっかいお菓子が届くんだって? 楽しみだなあ」
 ラズィーヤ・ヴァイシャリーに連れられてきた桜井 静香(さくらい・しずか)が、嬉しそうに言いました。
 いつの間にか、イベント化しています。
「ほほほほほ。どうせいただけるのでしたら、皆様に見せびらかしたいというものですわ」
 ルカルカ・ルーが持ってくると約束したお菓子のできがいい物でもだめな物でも、それはそれでどちらでも楽しみがいがあるとラズィーヤ・ヴァイシャリーが陰でほくそ笑みます。
「できがよければ、桜井静香から愛を込めてと皆様にお配りするのですよ」
「ええっ……!?」
 突然ラズィーヤ・ヴァイシャリーに言われて、桜井静香があわてます。
「もちろん、ホワイトデーには、戻ってくる愛を拒否することは許しませんわ」
 どんなドタバタになるかと、ラズィーヤ・ヴァイシャリーが楽しそうに言いました。
「さて、どんな……まあ!」
 ホールにおかれた工芸菓子を見て、ラズィーヤ・ヴァイシャリーが目を輝かせました。思っていた物よりもすばらしいできです。
「これはなかなかの物ですわね」
「そうですよね。ちょっと、食べるのがもったいないくらいだよね。いやあ、作るのに苦労しました」
「いや、作ったのは俺……」
 まるで自分一人で作ったかのように言うルカルカ・ルーに、背後でダリル・ガイザックがポソリとつぶやきました。
「御苦労様ですわ。これはこれは、わたくしにふさわしいお菓子ですわ。さあ、皆様撮影を!」
 そう言うと、ラズィーヤ・ヴァイシャリーが桜井静香をひんむきました。
「ひー」
 工芸菓子をバックにしての撮影会です。一斉にカメコがシャッターを切ります。
 自分もモデルとなって写真を撮ってもらった後、ラズィーヤ・ヴァイシャリーが引きつりっぱなしの桜井静香を突っつきました。
「さあ、ではそろそろ……。静香さん、皆様のために正拳突きをお願いいたしますわ」
「えっ?」
 何をするのかと、桜井静香が首をかしげます。
「もちろん、ここにいる皆様にチョコレートを配るのです。さあ、愛を持って砕きなさい!」
「ええーっ!」
 ラズィーヤ・ヴァイシャリーの言葉に、桜井静香がダリル・ガイザックと共に悲鳴をあげました。