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君と妖精とおやつ時

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【1章】拝啓 リア充様


 2月14日。
 まだ幾らかの雪が溶け残って、陽の光を反射している。それも相まって、バレンタインデー当日のフラワーリングはどこかキラキラとした眩しさが感じられた。
 及川 翠(おいかわ・みどり)とそのパートナーたちは、初めてやって来た集落の中を見渡してから、その中で最も興味を引かれる建物の前にやって来た。
 それは「スミレの宿」。以前、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が汗水垂らして建造した、フラワーリング唯一の宿泊施設である。
「……宿泊施設さん、吹雪さんが作ったらしいの」
「ふぅん……この施設さんがそうなんだぁ」
 翠の言葉につられてじっと宿の外観を見つめるのは、サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)。その隣で、翠は満足そうにうんうんと頷いている。
「吹雪さんなんだから、爆弾とか仕掛けてあっても不思議じゃないの。そうじゃなくても色々仕掛けてありそうな予感がするの」
「確かに何があっても不思議じゃないですもんね……吹雪さんですし」
 そう言いながら、徳永 瑠璃(とくなが・るり)も同調するように頷いた。一方のミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)はといえば、彼女らの様子に何か嫌な予感を感じている。
 しかし翠はそんなことに構うはずもなく、「というわけで」と言葉を繋いだ。
「面白そうだから家捜しするの〜っ!」
「えっ、ちょっと翠、家捜しって……」
 嫌な予感が的中したミリアは、翠の提案に慌てて言葉を挟もうとしたのだが……。
「ふむふむ、家捜しですか……うん、私も参加します!」
「翠ちゃん家捜しするの…? 面白そう、私も家捜しするっ!」
「えっ、瑠璃にサリアまでっ!?」
 ミリア以外の三人は好奇心に瞳を輝かせて、意気揚々とスミレの宿に入って行く。その後ろで、ミリアはやれやれとため息交じりに呟くのだった。
「……はぁ、こうなったら暴走したりしないように見張っとかなくちゃ……」
 ため息交じりに後を追ったミリアのことなど気にも留めず、前の三人はやる気一杯の顔をして探索に取り掛る。
 翠は【トレジャーセンス】の赴くままにあちこちを、そしてサリアは床下や物影になっている部分を中心に探索しているようだ。そのすぐ傍では屋根裏を探そうと上を向いて歩いていた瑠璃が、壁や物にぶつからないようミリアに注意を促されている。
「扉発見! この向こうに何かありそうなの!」
 そう翠が声を上げると、他の三人も一斉に指し示された扉に近づいて行く。
 隠し扉――ではなさそうだが、奥に何が待ち受けているのか心躍らせながら、翠はその取っ手に手をかけた。
 扉の先に見えたのは、白く立ち上る煙。それも、湯煙だった。
「いい出来であります」
 しかもその声の主は、宿泊施設の建設者・葛城 吹雪その人であった。
 つい先程この温泉「スイセンの湯」に設置したサウナの出来栄えに満足した吹雪は、腕を組んだままにんまりと笑っている。不意打ちを食らったように彼女の姿を見つけた翠とそのパートナー達が、驚いて固まったのも無理はない。
「ん? どうかしたのでありますか?」
 翠達に気付いた吹雪が声をかける。すると慌てて取り繕おうとしたミリアよりも早く、翠が口を開いた。
「えーっと、面白い物が見つかるかなって思って……家捜しの最中なの!」
「え……家捜し?」
 サウナに余計な物が取り付けられていないか確認していたコルセアが、翠の言葉に少し怪訝な顔で振り向く。
 しかし吹雪はといえば、「皆まで言うな」とばかりにニヤリと笑って頷いていた。
「自分はこれから地下道の整備に行って来るであります。その間に、何か興味を引かれるものが見つかることを祈っているであります」
 完全に面白がっている風な吹雪の口調にコルセアは溜息を吐いていたが、翠達はぱっと顔を輝かせて「いってらっしゃい」と手を振った。

 その後、翠達四人が地下へと続く隠し扉を見つけて盛り上がったのは、また別のお話。


「今日は常に働かないと衝動が抑えられなくなるかも知れないであります」
 そう言うが早いか猛烈なスピードで仕事を始めた吹雪の背中を見ながら、カイ・バーテルセン(かい・ばーてるせん)は冷や汗をかいていた。何が彼女を駆り立てているのかは知らないが、下手な言葉をかけて逆鱗に触れることだけは避けたい。
「すみません、いろいろ心の傷が多い子なんです」
 カイの様子を見て気を使ったのか、そっとコルセアが言う。
 それに対してカイは「はぁ……」というような冴えない返事をしながら、やはりここは言葉を慎重に選ぶべき状況であると悟った。そして身近な存在の中にも、心に傷を負っている者がいること想う。忘れてしまいたいと思うほど辛い記憶があるのなら、それは忘れてしまった方が幸せなのだろうか。面倒事を避けて生きて来た人間からしてみれば、それはきっと想像を絶するような悲しい記憶なのだろう。だから軽々しい台詞を吐くことは出来ないし、何が正解なのかもよく分からない。カイは吹雪の黒髪が左右に揺れるのを眺めながら、ぼんやりとそんなことを思った。
「そういえば、集落や自宅の設備のことなんだけど……」
 そう前置きをして、コルセアは設備面での問題や不足についてカイに尋ね始めた。
「そうですね……皆さんが色々と建ててくださったおかげで、集落内の生活はかなり快適になったようなんですが……」
「何か問題が?」
「まぁ、その……例の事件があってから、結構防衛面に気を使うようになったんですよ。族長宅のシェルターはまだしっかり造っていないので、その辺りの整備も必要だとは思うんですが、それはそれとして――自警団も出来ましたし、防衛柵も作って頂きました。そのおかげで集落内は割と安全になったと思うんですが、外に出辛くなって……」
 元々族長のハーヴィ・ローニを含め、一部の妖精たちは集落の外に出かけることもあったらしい。しかし『煌めきの災禍』事件以降、集落の住人が遠出することはほとんど無くなってしまったという。
「族長曰く、集落や森で手に入る物以外は外から買い付けてくることが多かったらしいんです。だからそれが出来なくなって、入手困難になった日用品や食べ物もあって……もちろん、贅沢さえ言わなければ今のままでも生活は成り立つんですが」
 自給自足にも限りがある。そのため、何らかの形で集落外の物品を手に入れられる施設があると良いと思う、とカイは言った。
「リトのことを考えると、俺もなかなか出かけられなくて……。温室とかの効率的な農業施設でも、交易所でも、形は何でも良いんですが。……バレンタインだっていうのにチョコなんて手に入らないし……どうせ俺は今年も収穫ゼロだろうから自作でもしようかと思ったのに……はは……は」
「バ・レ・ン・タ・イ・ン!!!」
 自虐的な笑みを浮かべて呟くカイとは異なり、吹雪は一言そう声を上げると、さらに激しく加速して地面を均していく。【リア充を憎むテロリスト】にとって、バレンタインは禁句だったようだ。
 もちろんお得意の爆弾を使えば、文字通り忌々しいリア充を爆発させることは出来るだろう。しかし流石にこの集落で暴れるほど空気が読めない訳ではない吹雪は、作業に集中することで煩悩を制御しようとしていた。
 そのおかげか天井の照明で明るくなった上に、段差をなくしバリアフリー化にも成功した地下道が、超ハイスピードで整備されたのだった。