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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

リアクション

「フハハハ!我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)
 ほう、ここが世界遺産のシェーンブルン宮殿か。
 よし、ここで世界(遺産)征服を……」
 宮殿を指差していた手首が、背後から掴まれる。
 気付けば揃いの制服に身を包んだ警備員達が、ハデスを取り囲んでいた。
「Entschuldigung.」
「Was tun Sie hier?」
「なにをする貴様らッ!」
「Keine Panik!」
「Kannich ich lhren Namen haben?」
「日本語で話せ!」
「アナタ、アヤシイ。イッショ、キテクダサイ」
 警備員日本人観光客用にが覚えた若干たどたどしい日本語は『白衣を着た危険人物』にも通じたらしい。
「違う! 俺は怪しいものではない! 俺は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの――」
 ハデスが強制連行に無駄な抵抗をしていた丁度その時、契約者のグループが庭園を行くのにすれ違った。その中に、ハデスは近頃『縁』があった人物を見つける。
「アレク!?」
 怪しい男が名前を発した為、一人の警備員が足を止めたアレクへ向かって行った。
「Entschuldigung Sie,Kennen Sie ihn?(*失礼! 彼をご存知ですか?)」
「Nein.Ich bin in Eile.(*いいえ、急いでるんで)」
 取りつく島も無い程のアレクの無表情の即答に、制帽を上げすまなかったという風な笑顔で挨拶して、警備員は踵を返していく。
 こうしてハデスは、警備室へ引き摺られて行くのだった。 


 * * * 



【グロリエッテにて】


 地球での海外旅行。
 初めての土地で心も開放的になる二人――。
 手を繋ぎなら庭園を散歩して、私達は丘の上のグロリエッテへ。
 荘厳で美しい彫刻に見蕩れる私を、彼は突然後ろから抱きしめるの。 
 どうしたの? 驚く私に彼は囁くわ。
 「お前が――、過去の世界に消えてしまいそうだと思ったんだ。
 降り注ぐ陽光に照らされたお前は、まるでお姫様みたいに見えたから」
 ってもうやだ陣ったら〜!!!
 頬を抑えながらブンブン顔を振っているユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)を、契約者達は一瞥もしない。つまりある者は「無い無い」と、ある者は「何時もの事」と、皆一様に諦めがついているからだ。彼女を知らぬ観光客達は、妙にテンションの高い女性に首を傾げているものの、言葉が通じないのが――特に額を抑える陣にとって――せめてもの救いになっていた。
 そうでもなくても契約者の一団は観光客の目を惹いているのだ。
 和装のフレンディスや犬用のタキシードにシルクハットを被ったポチの助、ドラゴニュートのゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)や、ギフトのシーサイド・ムーンとスヴァローグの容姿だけでも目立つのだから仕方ない事だろう。
「何時もだったらあの二人が一番目立つんだけどなぁ……」
 と、アレクは斜め向かいのテーブルに居るセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を見やる。
 普段ならば美女の最高の戦闘服ことメタリックブルーのトライアングルビキニを着ているセレンフィリティは今日はシンプルなAラインコートにミニスカート。セレアナの方もダウンとスキニージーンズと、一般的な女性に溶け込むファッションだ。
 スタイルの良さは何を着ようと損なわれないが――実際此処に辿り着く2、30分の間に二人は此れでもかという程ナンパされていた――、ボディラインを強調するあのスタイルを知る側からすると、何となくしっくりこない。
 残念な事に大人の女性である二人は、TPOを弁えているようだった。
「あっちのほうが魅力的なのに」
「何時もと違うからこそ良いってのもあるよ」
「お前は潔癖過ぎる」
「プレゼントは開ける迄の方が楽しい」
 アレクとハインリヒが都合の悪い会話ばかりドイツ語で話しているとは知らず、ティエン・シア(てぃえん・しあ)はザッハトルテと咀嚼しながら顔を上げ首を傾げる。
 無邪気な少女に、お兄さん二人は「何でも無いよ」とけろりと返してみせた。

「……しかし思ったより多いよな」
 カップを皿に戻して、アレクは別のテーブルの契約者達を見回していた。
 『シェーンブルン宮殿』と一口で言っても、庭園に博物館に植物園に動物園、果ては住宅まで存在するその土地は広大だ。
 皆の希望と定番であるという点から、まず宮殿に行く事になったのだが、幼少の折休暇を此処で過ごしていたアレクとハインリヒにとっては今更で有り、――元来の性格もあるが――全く興味も惹かれ無かった為、時間潰しにカフェへ向かったのだ。
 しかし予想外に彼等と同じ様に宮殿に背を向けた仲間は、結構な人数だった。
「皆もうちょっと興味あるかと思ったんだけどね。アレク、君友達増えたね。――本当に良かった」
 微笑むハインリヒにアレクが「いや」と反射的な否定を口にしようとすると、それより先に佐々良 縁(ささら・よすが)が割って入る。
「べ、べつにあれきゅんについてきた訳じゃねーし、嫁とのスイートなお時間確保のためだしおすし」
 此方へ食って掛かる縁を、佐々良 皐月(ささら・さつき)は如何にも困った様子で嗜めていたが、アレクの方は逆にからかいたくなってしまったらしい。
 後ろに座る縁の方へ上半身を捻って、彼女の頭をぽんぽんと上から叩いた。
「はいはい。縁ちゃんは俺が大好きなんだよねー」
「違う! って! 言ってんのッ!!」
「もうっ縁っ! 恥ずかしいよ、大声出さないで!」
 三人がこんなやり取りを始めたのに、ハインリヒは向かいに座るカガチを見る。
「君は?」
「宮殿のなんかこーしゃらしゃらした雰囲気って妙に居た堪れなくて仕方ねえ」
「しゃらしゃらかぁ……」
 眉を顰めて吹き出しながら、ハインリヒは何かを含んでいるようだ。顔だけは笑顔の侭、宮殿を見ていた視線が妙に鋭くなる。
「僕も余り好きじゃないけどねああいうのは。正直なところ、余り、じゃないな。うんざりするよ。
 ……と、つまらないおしゃべりは止めとこう。ね、東条君。あそこの彼は君のお友達?」
 ハインリヒが示す先へ皆が振り向くと、そこからひょこっと顔を出したのはカガチのパートナーで冬期休暇辺りから行方不明になっていた東條 葵(とうじょう・あおい)だった。
「あれ。隠れてたのにバレちゃったか!」
 椅子を自らひいてきてアレクとカガチの間にセットすると、葵は何時もより幾分高い――多分テンションが、だ――声で話し出す。
「Servus!(墺*やあ) 偶然だねえ。こんな所で会うなんて嬉しいなあ路銀が底を尽きそうだったから丁度よかっ……おっと、本当に偶然。カガチ、送っといたサルミアッキ食べた? あ、その顔は――」
「絶賛余ってるねえ」
「当たり前だ。あんなもの大量に送ってくるなんてテロに等しいぞ」
 アレクが此方へ向き直ったタイミングで、カガチが葵が自分のパートナーであると説明する。その間ハインリヒは葵と会話するアレクの表情を見ていた。ごく僅かだが、目元が柔らかい。これは人一倍他人に警戒心の強いアレクが、心を開いている証拠だ。
(なら良い人なんだろうな、ちょっと……、否かなり変わってるみたいだけど……)
「手紙見た、何処行ってたんだお前」
「うん? あの後?
 ああ……スウェーデンからデンマーク入って、ドイツ。で、此処だよ。
 いやいやそんな事よりさ! そこで女優のフランツィスカ見たんだ。アレクはミュージカルに興味あるかい? 彼女のシシィは最高だよ! 一幕のクライマックスなんてまるで本当にヴィンターハルターの肖像画から本当に抜け出したみたいで――」
「それこいつの姉ちゃん」
「え!?」
 アレクが顎でハインリヒをしゃくるのに、葵は身を乗り出してハインリヒの顔をまじまじと見つめる。
 確かにハインリヒと、ウィーンミュージカル界の人気女優フランツィスカは良く似ていたから、見ただけで血縁であると納得出来た。
「凄いね! サインとか貰えないかな!」
「僕が代筆しても筆跡なら大体同じだけど、頼めば幾らでも書いてくれると思うな」
「本当に!? やった、アレクに会えて本当にラッキーだったな」
「金なら貸さないぞ」とアレクが言うのに、葵は素知らぬ顔で続けた。
「彼女の素晴らしいところは歌声や演技力は勿論、子供を二人も産んだ後でもあの美貌を保っているところだよね。そこがまた役と重なって――」
「そうだね。あの人もそれなりに苦労したから。血筋だけで選ばれたって言った連中を見返してやるって」
「ああ、当時はハプスブルグの血が入っているから選ばれたとか何とか言われたみたいだね。でも蓋を開けたら皆大絶賛だった。
 ……あれ、そういえばそれで思い出した。昔話題にならなかったっけ。
 息子役の子役の一人が彼女の弟だって。天使みたいな美少年でさ、可愛らしい歌声の――」
「葵さん、その話は止めよう。特に今は」
 にっこり微笑みながら誤摩化すハインリヒを押しやって、アレクが葵の方へ体重を傾ける。
「俺は興味ある」
 と、斜めになっていたアレクがふらついて見え、葵が思わず腕を支えた直後、向こうのテーブルから誰かの声が耳に飛び込んだ。
「『空間転移現象』!」

 契約者達は立ち上がった。
 ティエンは未だフォークを手にしていたが、陣の声に名残惜しそうに皿に残された最後の一口を見て走り出す。
 彼等は揃って小高い丘の上に横並びに立ち、非物質化していたそれぞれの武器を手の中に生み出した。
 地球では――更に観光地では見慣れない殺伐とした光景だが、幸いな事に今目を開いているのはパラミタから空間転移事件を解決しようとこの地へ降り立った契約者達だけのようである。
「あ、ありのまま起こったことを話すぜ、私はなんだかあれきゅんがウィーン行くとか言ってたからつい便乗して嫁と観光に来たら、やっぱりわけがわからないことになって地球なんに戦闘になっていた……さいm……この前振り前もやったああ!」
 縁が一人ボケツッコミをするのに、陣は横で「やっぱりバトルかよ」と溜め息をついている。
「考えてみれば俺は地球降りたの初めてなんだよな。
 アッシュの段階で諦めてたとはいえ、楽しい観光だけで終わればどれだけ良かったか……」
 ベルクがしみじみ呟いている隣でハインリヒは、騎兵銃に武器化したスヴァローグの先で、宮殿の方は示していた。
「見て。妙な――黒い霧が掛かってる」
「ああ。『何か起こっている』のは恐らく此方よりも向こうがメインだ」
「豊美ちゃんたちが心配だよ。急ごう! お兄ちゃん!」
 ティエンの凛々しい表情に、アレクは頷いて刀を抜き宮殿へ切っ先を向けた。
「皆行くぞ!!」
「応!!」と、揃った音に一つだけ「んぐっ!」と声が浮く。
 皆に注目されたフレンディスは、顔を赤くしながらもトルテが乗った皿を離さないまま、もぐもぐと口を動かし続けていた。