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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

リアクション




【ラスボス!?】


 広大なシェーンブルン宮殿には、日本庭園も存在している。
「外国の庭師が見よう見まねで作ったにしては、中々上出来ね」
 枯山水を見つめながら、呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)は一人言って振り返る。
「もう大丈夫かしら?」
 と声を掛けられたのは、パートナーの次百 姫星(つぐもも・きらら)だ。
「お腹はもう大丈夫です。散歩中に大分楽になりました」
「全く、幾らバイキングだからって……、朝食からあんなにガツガツ食べるからそうなるのよ」
「えへへ、面目ないです。
 セレンフィリティさんやフレンディスさん達を見てたら、つい一緒になって食べ過ぎてしまいました」
「あの二人は別よ。胃袋だけなら『化け物級』」
 嘆息混じりの声に苦笑して、姫星は端末を取り出した。調子がよくなったら合流すると、姫子と約束していたのだ。
「ええと皆さん宮殿ですけど、向こうは携帯通じますかね」
「観光地よ。当たり前――ッ!?」
 意識ごと揺れる感覚に、墓守姫は一瞬目を見開いて、それから周囲を見回した。
 すると彼女達と同じ様に庭園に居た観光客達が、その場へぐずぐずと崩れ落ちるのが見える。
「――眠ってしまったの?」
 墓守姫が姫星へ向き直ると、姫星は数拍置いた後、首を横へ振った。
「――ダメです、繋がりません」
「その顔は留守番電話サービスに繋がった訳じゃなさそうね」
「はい。反応自体ないんです。これは、姫子さん認定魔法少女の出番ですね」
 すぅと息を吸い込んだ姫星は、宙へと舞い上がった。
 その後そこに立っていたのは何時もの彼女では無い。
百魔姫将キララ☆キメラ、ウィーンの地に参上です!
 キメ台詞を聞いて、墓守姫は自分も非物質化していた杖を生み出した。
「準備は済んだ?
 ミス高天原に連絡が付かないのなら、ミスターミロシェヴィッチと合流しましょう。
 彼等は確か、グロリエッテに居たはず。
 きっと直ぐに行動を開始してるでしょうね。だったら途中で鉢合えるかもしれないわ」
「はい!」
 こうして駆け出して行った彼女達だったが、墓守姫の予想は外れ、二人が鉢合わせたのは別の人物だった――。


「不気味な植物に銅像……あれ、これ世界遺産の代物じゃないですかぁ!?
 幾らなんですか!? 壊したら、幾らなんですかぁ!?
 いちじゅうひゃくせんまんじゅうまんひゃくまん……」
 幻槍モノケロスの柄を持つ手をブルブルと震わせる姫星に、墓守姫は仕方ないと息を吐く。
 姫星は、貧乏なのだ。
 こんな金の塊のような敵は、恐ろしくて仕方が無い事だろう。
「ミス次百に銅像は荷が重いわね。これは私に任せなさい。
 生憎とね、私は生者でも亡者でもないただの物相手に掛ける情けなど持ち合わせていないのよ」
 物言わぬ敵に宣言すると、重力に干渉する奈落の鉄鎖で銅像の動きを封じていく。
 懐に潜り込んでしまえばこちらのものだ。
「邪魔よ……砕け散りなさい!」
 杖から放った闇黒の一撃を、墓守姫は銅像へ与えた。
 パートナーの見事な攻撃に、消沈していた姫星にも俄然やる気が漲ってくる。
「植物の相手はお任せください!」
 狙うのは、あの動きの襲い植物だ。
 弾丸のように飛んでくる種を走り避けながら、火術を放とうと口を開き――
「ファイ――ヤ〜……?」
 尻すぼみになる姫星の声に、墓守姫は慌ててそちらへ振り返る。
「何をしているのミス――……
 あれは何?」
 墓守姫が固まってしまったのも無理も無かった。
 二人が目にしていたのは、『ユニオンリング』でハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)と合体したやたらゴツい重装備のハデス――メカハデスだったのである!!


 アレクに「知りません」をされて暫く――警備員に連行される途中、運良く空間転移事件に巻き込まれたハデスは、本人も全く良く分かっていないままそのつもりなく脱走した。
 そしてアレクが此方へ飛んでくるのを目にして、「こんなこともあろうかと」都合良く持ってきていた発明品で、即席銃に火炎放射器に触手や植物の蔦をこれでもかと搭載したメカハデスへと変身したのである。
「私が言うのもなんだけど…………不気味ね」
 冷静に評する墓守姫。
「まさか地球の……しかもヨーロッパでこのパターンを見るとは思いませんでした」と姫星。
 更に『何時ものパターン』は続く。
 高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)の登場だ。
「ちょ、ちょっと!
 何やってるんですか、兄さんっ!
 アレクさんと戦うとか合体とか言ってる場合じゃありませんよ!
 どう考えても、あの銅像とか植物とかの方が敵じゃないですかっ!」
 例に寄って例による正論の突っ込みは、今のハデスの耳には届かない。
[標的ヲ排除シマス]という機械音に、咲耶は諦めの息を吐いた。
「し、仕方ありません、ちょっと兄さんには痛い目にあってもらいます!」
 しかし放った雷は、メカハデスの耐電フィールドに防がれてしまう。こうなるとまたもお決まりのパターンで、咲耶はあっという間に触手に捉えられてしまった。
「咲耶お姉ちゃんっ!
 い、今助けますからねっ!」
「…………これも何時ものパターンね」
 墓守姫が見つめる中、アルテミスは目に見えないほど細かなエネルギーの粒子に浸食されつつある――何って制服が――咲耶を助けるべく大剣を振り回す。
 自動モードで攻撃してくる触手と、アルテミスの剣が交差した。
 メカハデスとアルテミス、二人は同時に動きを止め――そして勝利の笑みを浮かべたのはアルテミスだった!
「その程度の動きで、私の剣を止めることはできませんよ?」
「珍しいパターンですね」と思わず姫星が言う間に、アルテミスは愛剣を納刀し……た衝撃で、地面にぱさりと音をたてたのは、メカハデスの触手ではなく、アルテミスの制服のスカートだった!!
 そう、彼女は『何時ものように』鎧で攻撃を防いだつもりだったが、今日は観光地で観光中とあって、鎧など着用していなかったのである。
 何時ものパターン。
 それが仇となったのだ。
「で、どうしたらいいのかしら……」
 近付けば自分も危ないかもしれない状況に、墓守姫が姫星の顔を見るが、パートナーもまた困った顔で返すばかりだ。
「咲耶さんのお話しを聞いた感じだと、メカハデス? さんはアレクさんを狙ってるみたいですけど、アレクさんは……」
 姫星は庭園へ振り返る。
 アレクは凍った植物の上で、ミリアと何か話しているようだ。宮殿側に居るメカハデスからは、位置的に離れている。
 だが他の契約者達は此方へ走ってきてはいる為、彼等のほうがアレクより先に辿り着くと思われた。さて、誰が最初にこちらへくるか……。
「お任せ下さい!」
 の声を上げて一番乗りしたのは、フレンディスだ。
 動き辛い和装で何時もより機動力は大幅に低下しているものの、咲耶とアルテミスのピンチを目にして、忍刀霞月を振るいこちらへ走ってくる。
 それを察知した自動反撃システムは、フレンディスへ向かって触手を伸ばし、何時もより機動力の低下していた彼女をいとも簡単に捕まえて、逆さ吊りにし――此処で大問題が発生した。
 本格和装派のフレンディスは……履いていなかったのだ!!
「だがそうはいかない!」 
 あられもない姿からフレンディスを救ったのは、義兄ベルテハイトの咄嗟の機転――つまり彼自身がもの凄いスピードで動く事により、皆の視界に美しき吸血貴族が映り込んで上手い事見えない! ああ! 残念だけど一番見たい部分が、全く、見えない! な状況を作り出していた事であった。
 が、さしものベルテハイトにもカバーしきれなかった場所が……そもそも忘れていた位置がある。
「……アレクさん?」
 氷結した植物の上で、組んだ腕の片方で額を抑え俯いている顔を、ミリアは不思議そうに覗き込んでいた。
 先程迄普通に会話していた筈のアレクが、突然何も言わなくなってしまったのだ。
 彼はミリアの背中の後ろに、何を見たのだろうか。
「いや、ああ……うん。俺もさ、別に、嫌いじゃないよ? 否、好きだよはっきり言って。
 でもな……フレンディスは……俺の大切な妹……や、妻の親友だし何より……」
 ふう。と息を吐いてアレクは言った。
「俺多分今、ベルクにすげー悪い事した」
 ある意味ハデスの大勝利と言える程アレクが『マジ凹み』していた頃――、メカハデスの脅威は更なるものへ進化していた。
 触手は次々と――何故か女性ばかり――契約者を襲い、捉えてしまう。
 ジブリールはジャマダハルで蔦を薙ぎつつ
「ふーん……これだとオレ、女に見えたりする?」
 と、何時もとは違うロングスカートのような自分のファッションを観察し直す余裕もあるようだったが、皆が全てそうもいかなかった。
「むきゃー!!」
「縁! 大丈――きゃあッ!」
 先に縁が、彼女を追い掛けた皐月もあっさり捕まってしまった。縁はパンツスタイルだったのと、皐月も縁の独占欲の表れ『鉄壁スカート』を着用していた為、フレンディスのような事件は起こっていないが……。
「あらら、大変だあ」
 葵が何処か素っ頓狂な声を上げている中、触手が新たに狙いをつけたのはセレンフィリティだった。蔦は彼女の肢体に絡み付き、服を斬り裂き破った。
 しかしこのお陰で牽制は逆転する。
「ふふふ……
 私が『裸拳』の使い手と分かっていてそうしたのだとしたら、大した度胸ね!」
 ――『裸拳』。
 それは脱げば脱ぐ程強くなる、謎の――というか謎過ぎる拳法。
 蔦に服を奪われた事で何時もの彼女のスタイルになったセレンフィリティは、メカハデスが反応出来ない程にスピードを上げ、機械触手の継ぎ目を的確に狙って粉砕する。
 そうする間にセレアナが、即席銃を弾き跳ばした。
 二人の攻撃で仲間達が全て解放されると、飛び出したのは翠だった。
「変態さんは、撲滅なの〜!!」
 かけ声と共に振り抜かれたデビルハンマーは、メカハデスの横っ面を吹っ飛ばした。
 宮殿の扉に手を掛けていたハインリヒとユピリアは、唐突に隣に減り込んだ物体に目を丸くする。
「え……なにこれ……」
「もしかしてハデ……「「うわあッ!!」」
 瀕死の状態――というより死んだように見えたメカハデスがガバッと勢い良く起き上がったのに、ハインリヒとユピリアが悲鳴を上げた所為で、驚いたスヴァローグが思わず暴発。銃弾はメカハデスの頭蓋へ飛んだのだ。

「……え、死んだの? どうなのハインツ」
「ユピリアさんそれシャレにならないよ。きっとまだ生きてる……虫の息とかで…………だろ、スヴァローグ」
「め、めー……」
 覗き込んだ二人と一匹は、沈黙の中である音を耳にする。
 それは時計の秒針が動く音にも似ていた。
 

「なんだあいつら、こっちに来るぞ?」
 先程の紳士的な横抱きから打って変わって、ユピリアを肩に乱雑に抱え、スヴァローグを引っ掴んだハインリヒが踵を返してくるのに、アレク達は首を傾げていた。
「ALECK! ――――――!!!」
 ハインリヒの咄嗟のドイツ語に、アレクが巨大な氷壁を作り出す。
 その直後、ハプスブルク王朝の歴代君主が使用した歴史的遺産――シェーンブルン宮殿のエントランスは、メカハデスの自爆装置によって無惨な瓦礫と化したのであった……。


 * * * 



「――で?」
 瓦礫の山を前に、契約者達はグロリエッテを出発した時のように、横並びに立っていた。
 誰も彼もが口を閉じる中で、一人だけ冷静に、突っ込み役としての責務を果たしたのは陣である。彼はセレンフィリティを見ていた。
「あんたさっき言ったよな。
 『どうせいつもの異世界転移でしょ? なら、ここで美術品とかブッ壊したりしても現実世界じゃ何の影響もないって!』って。
 
 ……で、爆発から五分は経ってるけど。何時戻るんだ。
 木っ端微塵にした銅像と、焼け野原にした庭園と、残骸にした入り口は?」
「…………セレアナ」
「知らないわよ!」
 助けを求めるパートナーに、セレアナはもう嫌だと空を見上げる。
「城主さんでもどうにもなりませんか?」
 恐る恐るの姫星の提案に、ハインリヒは首を振る。
「ディーツゲン程度じゃどうにも。分家まで総動員しても無理。ミロシェヴィッチの資金全部動かしてもキツいかな」
「否、金の問題じゃねぇだろ……」
 アレクが最もな答えを出すのに、ハインリヒはほんの少しだけ考えた。
「……ザクセンのお婆様に――」
「やめろ。これ以上問題を増やすな。特に外交問題」
「……だよね」
「ああ」
「これ、相当ヤバいよね」
「ああ。ヤバいなんてもんじゃ無い。
 全員上を見ろ。あの城を包んでた黒いもやもやが取れ掛かってる」
 アレクに言われて、仲間達は青くなった。
 このままだと、『空間転移』事件は完全終了だ。
 人々は目を覚まし、この惨状を端末で撮影するだろう。
 そう、今の世の中、ニュースとしてこれが出回るには、刹那の時間があれば充分なのだ。
「そしたら俺等は晴れて、世界遺産を吹っ飛ばしたイカレたテロリストの仲間入りだな」
 もう笑うしか無い。
 普段無表情のアレクが見せた、満面の笑みを見た瞬間――
 契約者達は瓦礫の山の中に飛び込んで、宮殿の入り口で揃って――大体の連中が年甲斐もなく――悲鳴に近い声を上げるのだった。

たすけて豊美ちゃーーーん!!!