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リアクション
第 5 章
ひたひたと彷徨う人型ゾンビ――否、見た目はドクター・ハデス(どくたー・はです)だが死人のような土気色の肌はひと目で彼だとはわからない様相となっていた。
「フハハハハハ! えもの……えものはどこだぁ……悪の秘密結社オリュンポスの、天才科学者ドクター・ハデスのえ〜も〜の〜!!」
他のゾンビに混じりながら通路をウロウロとするのでした。
◇ ◇ ◇
通路を埋め尽くすゾンビの群れの間を一陣の風が通ったような軌跡を残す。忍び装束に身を包んだ紫月 唯斗(しづき・ゆいと)がゾンビ達が気付かない間に斬り捨てていき、彼の持つ刀『絶空』の威力はゾンビ達を容易く土に還していった。
「ゾンビのお掃除にかって出たものの……これ、予想以上ですね。こんなに造る気力があるなら別の方にその気力向けてほしいって思うけれども……おっと!」
後ろからの気配に【縮界】でかわし、知覚不能の速度で振り向きざま斬りこむ。沈んだと思えば次々と現れるゾンビに流石に唯斗もため息を隠せない。
「……全く、何が目的でこんなに造ったのか知りませんがこれは救助隊にも研究者逮捕にも支障をきたすでしょう。さて……一気に殲滅するにはこれが一番かな」
唯斗の腕にある『爆炎掌』にエネルギーが集中し、ゾンビを一体掴むと小規模ながら爆発を起こした。近くに居たゾンビにもその爆発の余波を受けて誘爆するようにその身体が崩れていく。
「そういえばこの通路、人型のゾンビしかいませんね……聞いたところでは動物やら昆虫やらもいるという事でしたが。まあ、とにかく俺はお掃除に専念するだけです」
漸く静まりを見せた通路の先へと唯斗は気配を消しつつ進むのでした。
◇ ◇ ◇
洋館の一角に固まっていたゾンビに嬉々として向かっている緋柱 透乃(ひばしら・とうの)は気合を込めた掛け声と共に必殺技【一刀両断】を打ち込んでいった。
「はあああああっ!」
1体は胴体を真っ二つにする回転裏拳を打ち込み、続けての1体は上へ放り投げて一点を狙い下から上へと裏拳を繰り出して狙った箇所へ打ち込み両断する、という様々な裏拳をゾンビで試していた。
「……ふぅ、脆すぎる。精度を磨くにはいいかもしれないけれど、どうしてこう……アンデットって柔いのよ、もう!」
左手に装備した『訃焼の重桃気』が薄いピンク色の闘気を纏い、文句を言いつつ更に一発裏拳を打って背後に寄ってきたゾンビが原型を留めずに崩れ落ちる。
「透乃ちゃん、五体満足なゾンビいくつか残して欲しいのです……」
「あ……ごめん、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)ちゃん。それにしても、全力出したら壊れるのばっかりねぇ……まあ、今日の所は狙った場所へ正確に打ち込む! これ重視しましょ」
透乃がゾンビを使って技の研鑚を磨こうとしている横で陽子はユラユラと向かってくるゾンビへ【フールパペット】を仕掛け、操ろうと試みる。
「まずは同士討ち、お互いで自滅し合ってもらった方が効率もいいので……言う事を聞いてもらいましょう」
その一角に居たゾンビは全て、透乃と陽子によってある者は粉々になりある者は互いに噛みついて自滅していった。そうしたゾンビの集団を見つけては2人で実験とばかりに技を仕掛けていったのです。
◇ ◇ ◇
洋館の中を適当に歩き回っていたラルウァ 朱鷺(らるうぁ・とき)は足元に散るゾンビの残骸にふうっと溜息を零した。
「なかなか、朱鷺の一撃に耐えられるゾンビって見つからないですね……ペットに欲しいんですけど、ゾンビって元々腐ってるし難しいですかねぇ」
ユラリ、と朱鷺の背後に迫るゾンビを『凶襲』で斬りこむと呆気なく通路の地面に倒れる。人型ゾンビは総じて耐久力が低いと判断すると、動物か昆虫を視野に入れ始めた彼女の背後に再び迫る影があった。
「え〜も〜の〜〜〜!!! フハハハハハ! 見つけた! 悪の秘密結社オリュンポスの天才科学者ドクター・ハデスのっ……げふう!」
反射的に【死の舞踏】で顔面へ一撃を食らわせた朱鷺だったが、その一撃に耐え壊れる事もなく崩れる事もなく立っているハデスに朱鷺の瞳がキラリと光る。
「うん、見つけた。ペット候補! ……あ、でも何処かで見たような? 会ったような?」
首を傾げる朱鷺であったが、深く考える事はやめてしまうと早速契約を取ろうとする。しかし、アンデットをペットとして契約する方法はパラミタ全土においてもあまり例を見ない。
「さて、困りました……せっかく見つけた頑丈なゾンビだし、持って帰りたいんですけどね」
朱鷺の一撃にめげず、再び襲いかかってくるハデスを躾けるようにボコりながら悩む朱鷺の前に唯斗が姿を現した。
「……何やってるんですか、さっきから……て、ええ!? それハデスじゃないんですか!?」
唯斗の声に改めてまじまじとゾンビ化したハデスを見る朱鷺は、「ああ!」といきなり納得した。
「道理で頑丈だと思ったんですよね、いえ何処かで会ったなぁとも思ったんですが……そういえば、さっき名乗っていたような……はぁ、ハデスじゃペットにするわけにいかないですね」
「……朱鷺、それ以前に何故ハデスがゾンビ化してるのかって方が俺は気になるんですが」
うつろな目、土気色の肌、人と見れば襲ってくる習性―――彼、ドクター・ハデスはシャンバラ教導団の調査団が入る前、既に洋館を探索していたのでした。
◇ ◇ ◇
洋館を前に立つドクター・ハデスとパートナーのアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)は秘密結社の新たなアジトにするべく、調査のため侵入を開始した。無人と聞いていた洋館の割には人のいる形跡があちらこちらに見られ、もう少し詳細を知るべきと別々に調査をアルテミスに提案する。
「え……えええええ!? ここで別行動ですかハデス様! ……そんなぁ」
アルテミスが抗議する間もなく、分かれ道で別々の通路を行ってしまったハデスの背に手を伸ばすものの彼は既に薄暗い通路の向こうへ消え、アルテミスも怖々と先を進んだ。
「……怖いです、何か出てきてもおかしくないです……! むしろ誰もいないなら誰もいないって教えてほしいです……」
進みながら独り言を言うアルテミスだが、怖さのあまり思考が麻痺しかけていた。明かりのない薄闇を歩いていると不意に頭の上を何かが覆う感触に反射的にしゃがみ込む。
「きゃあああ! な、何? 何か、頭に……蜘蛛の巣? やだ、気持ち悪いです……っ」
最早、泣き出しそうになりながら通路から逃げるように手近な部屋へと駆け込むと丁度シャワールームでした。明かりも点き、まっさらなシャワールームに少し落ち着いたアルテミスは改めて自分の姿を鏡に映す。
「……蜘蛛の巣で気持ち悪いですし、幸い水は出るようですし……ちょっと、借りても大丈夫ですよね?」
服を脱いでシャワールームに入り、湯になると蜘蛛の巣を洗い流していく。流れる水の音が響くシャワールームのカーテンにはアルテミスの影の他に多数のゾンビの影がフラフラとアルテミスへと近付いていたのでした―――。
一方、更に洋館の奥を探索していたハデスは遠くで微かに聞こえたアルテミスの悲鳴に振り返る。
「ん? 今のはアルテミスの悲鳴!? やはり無人ではないのか、というか悲鳴とは一体何があった……な、何だお前たちは」
思わず訊ねてしまった―――彼の目の前に広がるゾンビの群れに一瞬、頭の中が真っ白になるがハデスが応戦する隙も無いまま群れが一斉に体当たりをしてくると壁へまともに頭を打ち付け、気絶してしまった。更に襲おうとしたゾンビの動きが止まると、群れの間から白衣姿の研究者が現れる。
「……ああ、どこの誰かは知らないが1人で入り込むとはね。まあ、いい実験素材になるだろう」
ゾンビ達に命じた研究者はハデスをある部屋へと運び、彼はそこでゾンビ化の実験にされてしまったのです。その後、洋館の中を彷徨い歩く内に朱鷺を見つけ、襲いかかってみたがペット探しの朱鷺にこれ幸いと逆に躾けられてしまった。
躾けの為にハデスをボコって半ば気絶させていたが、意識を回復させるのも早く再び起き上がって今度は唯斗へ襲いかかる。
「くっ……ハデス、済まないが後で謝ります! 【投げの極意】!」
ダアン! と通路に向かってしたたか打ち付けられたハデスは完全に目を回してしまった。救助隊に襲いかかられても面倒だと、ひとまず近くの部屋からシーツを剥がして彼を簀巻きにする唯斗と朱鷺の耳に助けを呼ぶ声が届いた。
「いやあああああ! 来ないで下さいーーー!」
シャワールームにいたアルテミスがカーテンを身体に巻き、半裸のまま通路を走ってくると、唯斗と朱鷺の後ろに素早く隠れてしまう。
「あ…アルテミス? どうしたんですか、そんな恰好で……いや、ちょっと刺激的過ぎな気もするんですが」
「―――ああ、あれですね。唯斗……あの集団に追いかけられてたのでは?」
人型ゾンビやら巨大蜘蛛やらアルテミスを追ってこちらへ集まってきた。ひとまず、アルテミスを離れた場所へと避難させると殺気と足音を消した唯斗がゾンビ達の間を知覚不能の速度で動き、彼の姿が目に止まった時には既にゾンビ達は崩れ落ちていた。襲ってきたゾンビが粗方片付けられると力が抜けたように座り込むアルテミスの目の前に簀巻きになったハデスがその瞳に映る。
「は……ハデス様!? え、え……どうしてこんな事になったのです?」
「ハデスはゾンビ化されていたのよ、朱鷺を見て襲ってきたんです」
朱鷺が事情をかいつまんでアルテミスに説明すると、更に顔を青くしてしまう。元に戻す方法がわからない以上、ハデスはこのままに―――と、絶望感を露わにしたアルテミスだったが、唯斗は『教導団が回収する研究資料が一縷の望み』だと告げ、ハデスと一緒に洋館の外へ出ているよう告げるのでした。
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