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一会→十会 —魂の在処—

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一会→十会 —魂の在処—

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【8】


 リカイン達によって戦意を喪失していく追跡者たちに、契約者達もツライッツも安堵し気を緩ませる。
 と、その時にアレクと豊美ちゃん、二人の視線が同時に同じ場所へ動いた。
 瘴気の影響が濃かったさゆみと、ハデスの指示に従うペルセポネが、その僅かな気の緩んだ隙を突くようにして、ハインリヒたちと距離を詰めようと飛び出していたのだ。
 リミッター解除によってフルパワーモードとなったハデスの発明品を纏ったペルセポネの足は、直接ツライッツを狙って飛び込み、それを阻もうとするハインリヒを、さゆみの銃口が狙う。反射的に追い掛けようとしたアレクと豊美ちゃんだったが――
「Shit!」
 彼等の足を、ぐいっと地面に繋ぎ止める何かがある。それはサヴァスのマインドコントロールから脱し始めていた筈の、追跡者だった。
「こんなに早く!? 一体何が――」
「豊美さんあっちです、瘴気です!」
 ポチの助が示す先で、サヴァスが杖から目に見える程の暗い闇を、瘴気を彼等へ放っていた。フレンディスが刀を抜き身に飛び上がるが、その時にはサヴァスはまた消えてしまう。
「消えた!?」
「ちょこまかしやがって!」
 追跡者の銃を持つ腕をかち上げながら陣が忌々しげに言うと、状況を見ていたグラキエスはベルクへ振り返った。
「先に彼等の解放をしなければ、どうにもならない」
「ああ分かってる」
 先程の出来事で豊美ちゃんから瘴気への対策を聞いたグラキエスとベルクが、追跡者を闇から救い出そうと試みる。
 その間で、距離を詰めたさゆみとペルセポネは、ツライッツを守るハインリヒと彼のギフトに激突していた。
「私はあの機晶姫を殺す」
 さゆみはそう宣言し、マスケットのフロントサイトに、ハインリヒをぐわっと見開いた目で睨みつける。
「邪魔だ、邪魔をする奴は消す!」
 さゆみと同じくワールドメーカーの能力を有するハインリヒには、彼女の感情が表情で読み取れる。
 さゆみの心を支配する、恐怖と殺意。
 今の彼女は説得を聞く様な状態では無いと理解し、ハインリヒは彼女の足へ向かって武器形状になっているダジボーグのトリガーを引いた。
 二人の発した銃声が響くとすぐ、ハデスの戦闘員までもが先にハインリヒに狙いをつける。単純に力の差で言うならば、ハインリヒの方が契約者として優れているが、それはさゆみらのように全力で戦えばの話だ。今ハインリヒは彼女達を殺さない様にする加減に気を取られているから、これは彼にとってかなり不利な戦いになっていた。
 多対一の中で、更にツライッツまで気にしなければならない状況の中、さゆみのシュレーディンガー・パーティクルによる見えない粒子の攻撃が、ハインリヒの体力をすり減らしていく。
 アレク達契約者が辿り着くまでの長い時間、無謀にもフィールドを展開し続けていた所為で、喉の奥に血の味が混じり頭が酷く痛む。
 パートナーはそれに気付いて主人を心配し鳴き声を上げるが、ハインリヒはサインだけで彼等の動きと感情を押し止めた。
 トリグラフは子供の玩具では無い。兵器だ。彼等が動けば誰かが死ぬ。そういう目的で作られたものだ。その上ハインリヒの好戦的な性格を受けてか、ペルーンやスヴェントヴィトの攻撃力の高さは、加減をしてどうにかなるものでは無い。
 猛襲するペルセポネをスヴァローグとヴォロスが防ごうとする。だが彼等は先日妹の頼みとはいえ、彼等の主人ハインリヒを助けようとしてくれたハデスに好意を持っていた。そしてそのハデスに従い向かってきているのが、戦う相手としてはやり難い事この上無い、『生身の少女』の身体を持つ機晶姫だ。必然的に動きも鈍る。
 そこへ遂に、ペルセポネは勝機を見つけた。
「ターゲットを排除します!」
 叫び、ペルセポネが行ったのは先程と同じグラビティガンの攻撃だが、銃や鞭の形状になった発明品と合体した彼女は、ハデスの手によりリミッターが解除され、武器の攻撃力も増している状態だ。
「――ッ!」
 弾かれる様にペルセポネの動きを見つけたハインリヒが、再びフィールドを展開させ攻撃をツライッツの目の前で止める。
 と、その直後
[ふるぱわー砲撃開始シマス]
 発明品の機械音に混じりながらペルセポネの放った砲弾が雨のように降り注いだ。それはギフト達が相殺させても、足りない数だった。
 ハインリヒは歌を紡ぎ立ちはだかる水圧の壁に変え、残る砲弾全てを阻む。ハインリヒは目の前の敵を無視して、ツライッツを守ったのだ。その後に起こった展開は、当たり前の事だった。

 タァン! と乾いた音が、聞こえない耳に響いた気がして、ツライッツはハインリヒの指示を無視して聴覚を復旧させた。
「……お前の足は邪魔だ」
 さゆみの這うような声が示す通り、戦いが始まってから彼女が狙いを付けていたのはハインリヒの俊足だ。ハインリヒは倒れない。半身を揺らしもしない。感情を制御出来ないツライッツの前で、そんな姿を見せれば彼がどうなるか分からない。
 しかし傷は隠しようもなく、プラヴダの軍服独特の薄い色の上に浸食するように、赤い色がじわじわと染みを作る。
「ハインツ……!」
 それを見た瞬間に、ツライッツの中で何かが切り替わったのを、彼の顔を横目で見たハインリヒは理解した。
「ツライッツ駄目だ!」
 ハインリヒが焦り声を上げたが、ツライッツもまた機晶姫という兵器である。感情の制御を欠いているからこそ、人間を守るという優先事項がその体を動かしていた。だが、そこへ――
「我は射す――光の閃刃ッ!」
 それは、殆ど偶然に近い出来事だった。さゆみからハインリヒの意識を逸らすために、ツライッツを狙ったアデリーヌの一撃が、狙い以上に正確にツライッツへと襲い掛かったのだ。
「…………っ」
 相手が華奢な女性であるということにガードに留めたツライッツだったが、それが仇になった。その腕が攻撃を受け止めた途端、ぞわりとその精神を『畏れ』が侵食したのだ。機械的な条件反射で、危険を排除しようとしたツライッツの腕が反撃に動いた。
 相手は女性だ。そう認識するツライッツは当然、少し気を失う、程度のつもりで手を伸ばしたのだろう。だが、ハインリヒはそんなツライッツの体が、その考えを反映するための制御を失っていることを知っていた。ツライッツはただ不安を和らげる為に手を握りたかっただけだろうに、それだけで使い物にならなくなるほどこの手は破壊された。それが、兵器である彼の力が、ほんの僅かにでも『攻撃』という意識をもって放たれたらどうなるか――

 瞬きほどの、間だ。ハインリヒはツライッツとアデリーヌの間に割り込んで、その掌を正面から受け止めた。アデリーヌを守るため、ではない。ツライッツが彼女を傷つけることから、だ。
 だがその行動がもたらしたのは、もっと絶望的な結果だった。
 視界を真っ白く染めるような強烈な光が体育館を埋め尽くし、稲妻のような音が弾けた。そして、体育館に居た者が漸く目を開けた時、飛び込んできたのは何が起きたのか判らずに腕を伸ばしたまま硬直するツライッツと、悲鳴すら上げずに意識を途切れさせたハインリヒだ。彼が転がっている場所には、足から流れた血が水溜りのように広がっていく。
「邪魔者は消えた……次はお前の番だ!!」
 さゆみがツライッツに狙いをつけるが、その影より現れたフレンディスが彼女を後ろから羽交い締めにする。
「糞! 放せえッ!」
 銃声が響き、天井へ向かって銃弾が飛ぶ。さゆみは藻掻くが、丁度その折に真が体育館へきたのに気付いたフレンディスは、さゆみの背中を膝で蹴り出す様に前へ押し出した。
「――くっ!?」
 勢いで倒れかけたさゆみの身体を、真の糸が絡めとる。
 一方目の前で起こった出来事に一瞬固まっていたアデリーヌだったが、もう一度ツライッツを狙おうとした時には、グラキエスによって追跡者達が解放されていた。足枷の無くなったサリアが即バレルを向けてきたのに、アデリーヌは動けなくなった。
「手荒で悪ィな!」
 当たるなと合図するような陣の銃弾が後ろにくるのに気付いて、ペルセポネは専用高機動ユニットのブースターで、一旦宙へと退くがその進路に数えきれぬ程に分身したスヴァローグが壁となる。
(反対側からなら――!)
 ペルセポネが方向転換しようとした時には、目の前に黒い掌があった。
「!?!?」
 何が起こったのか、と考える間も与えられず、彼女は顔面を掴まれたまま地面に縫い付けられる。顔面を掴んだのは頭部を守ってやろうとしたからかもしれないが、その分背中はバウンドしながらバシンと音を起てて床を打つ。その痛みに苦しんでいるペルセポネの形をなぞる様に、歌菜の槍が落ちた。
 ペルセポネの頭の横に膝をついていたアレクは、ゆるりと立ち上がり、スノゥ達に取り押さえられたハデスを一瞥して、赤い顔をしたペルセポネをもう一度見下ろした。
「そろそろオーバーヒートしそうだ。ヤバイことになる前に眠らせとけ」
 呟く様な声に陣が動いたのを知ると、アレクはそこへ背中を向けて歩みを進めるが、一歩二歩と動いたところでそこから足を動かせなくなる。
「……アレックスさん」
 フレンディスが見上げた顔は、一点を見つめたまま動かず、呼吸の間を置いて抑揚の無い言葉を吐く。
「カリーニン博士へ連絡を――」
 端末を取り出したアレクの隣に、翠が駆け寄ってくる。
「おにーちゃん、何か他にすることある?」
「……そうだな…………」
 発信音を聞きながら答えようとしたアレクだが、その口から小さく漏れたのは、的確な指示では無い。
「…………手を繋いでてくれ」
 それは大切な家族を今失うかもしれないと恐怖する青年の、ただの本音だった。