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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション


一番おいしいもの

 シャンバラ大荒野の契約の泉に、弁天屋 菊(べんてんや・きく)が提案して建てたバラックがある。
 ここには、ネット契約して地球人のパートナーを得たものの、それっきり会えないパラミタ人達が日々怠惰に暮らしていた。
 その一室を借りて、菊はちまき作りに精を出していた。
 親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)が契約の泉に遊びにきていた虹キリン君に、
「董卓様は今頃何をしてるのかな。たまには会いたいなぁ。ねぇおまえ、この手紙を董卓様に届けてよ」
 と、想いを綴った手紙を押しつけた。
「オレは郵便屋じゃねぇ!」
 と、文句を言いつつも虹キリン君は乙王朝に帰った後、横山ミツエに事情を話してそこから火口敦に連絡が行き、董卓が来ることになったのだった。
 舞い上がった卑弥呼が、
「五月と言えば端午の節句! ちまきで決まりだね!」
 と張り切り、菊を巻き込んでのちまき作りになったのだ。
 基本的なちまきの作り方なら菊は知っていたが、相手はあの董卓である。
 菊はもっとグローバルな視点からちまき作りに挑んだ。
 アジア地域で作られるちまきは、国によってさまざまだ。
 さらに一つの国の中でも数種類ある。
 台湾のちまきを作りながら、ふと菊は卑弥呼に話しかけた。
「そういや卑弥呼はちまきを食べたことはないんだったね」
 ちまきが日本に伝わったのは平安時代と言われている。
 それ以前の時代に生きていた卑弥呼には知らない食べ物だ。
「そうだよ。英霊になった後にいた恐山でも、見たこともなかったよ。菊と契約してから、いろんなものを見ることができたんだ。その中に、董卓様との運命の出会いがあったの」
「はいはい。……ところでさ、そっちはいったい何をやってんだ?」
 先程から卑弥呼はちまき作りを手伝うでもなく、菊に背を向けて桶に手を突っ込んで別の作業をしていた。
 菊は、その独特の香りを嗅覚を働かせて言い当てた。
「……糠漬け?」
「当たりィ! おいしくできたと思うんだ」
「自分でちまきだと言っておきながら……」
「まあまあ。菊にもあげるからさ」
 仕方のない奴だ、と菊は呆れながらも笑みを見せた。


 董卓 仲穎(とうたく・ちゅうえい)は、まるで料理がすべて出来上がるのを見ていたかのようなタイミングで、外に用意したテーブルの前に現れた。
「董卓様!」
 しかし卑弥呼にとってはグッドタイミングだ。
「卑弥呼かぁ?。今日は何を食わせてくれるんだぁ??」
「董卓様のために、ちまきをいっぱい作ったよ!」
 菊は、さも自分が作ったかのように言う卑弥呼に苦笑しながら、そっとバラックの中に身を隠した。
 卑弥呼はと言うと、菊の気遣いなど欠片も気づかず、頭の中は董卓でいっぱいになっていた。
 清潔なテーブルクロスをかけた広いテーブルに董卓を案内する。
 どうぞ、と卑弥呼が椅子を引くと董卓は素直に座るが、目はテーブルの上のさまざまなちまきに釘付けだった。
 卑弥呼はそれを一つずつ説明していく。
 好きな人のためならば、ふだん覚えないことも不思議と頭に入ってくる。
「こっちのお皿のは日本のちまきで、江戸時代にも食べていたものだよ。うるち米の団子を笹の葉で包んだものは、今はいろんなとこで売られてるね。……あっ、笹の葉は食べないんだよ!」
 笹の葉ごと口に入れようとした董卓の手を慌てて止める。
 卑弥呼は笹の葉を開けて、董卓の口元に差し出した。
「どうぞ、董卓様」
「笹の葉は食べないのかぁ?。じゃあ、こっちのワラも食べないんだなぁ?」
「そうだよ。その隣のもね」
 卑弥呼が指したのはマコモの葉で包んだちまきだ。
「こっちのは全部いけそうだなぁ」
 うまいうまい、と勢いよく口に詰め込みながら、その合間に董卓が次に興味を示したのは台湾のちまきだった。
 南部のほうのちまきで、もち米の中に豚肉やシイタケ、落花生、栗、切り干し大根などさまざまな具を混ぜて作ったもので、完成後に包んでいた葉をとって特製のスープをかけた一品だ。
 董卓用に通常一皿に一つのちまきを、大きなどんぶりに五個積み重ねてたっぷりとスープをかけていた。
 董卓はどんぶりを両手で持つと、食欲をそそる香りを楽しんだ。
「肉の香りと葉の香りがたまんねぇなぁ?。いただきまぁ?す!」
 どんぶの中身はあっという間になくなった。
「おかわりはいっぱいあるよ。それと、口直しにこの糠漬けをどうぞ」
「お、自家製かぁ??」
「今日のために、あたいが毎日かき混ぜたんだ。漬物はかき混ぜた人によって味が違うと聞いたよ。だからこれは……」
 調子良く紡がれていた卑弥呼の言葉が突然止まり、彼女はほんのりと頬を染めて「えぇと……」と続きを言うのを恥じらっていた。
 急にもじもじし始めた卑弥呼を不思議そうに見ながらも、董卓の食べる手は止まらずカブの糠漬けを口に運ぶ。
「これはうまいなぁ?! 塩加減も漬かり具合もちょうど良いぞぉ?」
「ホント!? 嬉しい! 実はね、最初に買った野菜はもっとたくさんあったんだ。でも、なかなかうまくいかなくてさ……。ふふふっ、がんばって良かった!」
「ウンウン」
「さっきの続きだけど、これはあたいがかき混ぜて作った糠漬けでしょ。だからつまり……あたい自身の味だよ」
「塩気の後の甘味は格別だぁ?」
「……あの、聞いてる?」
 董卓は小豆餡を詰めたちまきに夢中になっていた。
 ふと、董卓の手が止まり、懐から包みを出した。
「おみやげだぁ?」
 董卓自ら開けた包みの中には、まんじゅうが二つあった。
 その内一つを卑弥呼は渡された。もう一つは董卓自身の分だ。
「あたいに……?」
「ああ。うまいぞぉ?」
 卑弥呼は信じられない気持ちで手の中のまんじゅうを見つめる。
 驚きの表情は、やがて感激の表情に変わっていった。
「董卓様があたいに! ありがとう、ありがとう! ああ、食べるのもったいない……」
「まんじゅうは食うものだぁ?。食わねぇほうがもったいねぇ?」
「うん、そうだね。じゃあ、味わって食べるよ」
 卑弥呼はまんじゅうを包んでいたビニールを開け、一口かじった。
 確かにおいしいまんじゅうだ。
 皮も餡も上品で繊細な甘さがある。
 だが、それ以上に、董卓がくれたということが重要で、おいしさを100倍にもふくらませていた。
「おいしい、おいしいよ董卓様!」
「そうだろぉ?」
 自慢気な董卓の顔を幸せそうに見上げながら、卑弥呼はまんじゅうをまた一口かじった。