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国境の防衛戦

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国境の防衛戦

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 2・画策
 
 
 砦の近隣には、獣人の村が幾つかある。
 比較的近く、砦に常勤する教導団兵と交流のある村や、特に近くもなく、積極的に交流は持たないが、国境警備の為に雇い入れている者のいる村など、様々だ。
 霧雨 エルセレーヌ(きりさめ・えるせれーぬ)は、その中で、最も砦に近い獣人の村を訪れた。

「誰だ? 砦の人じゃないな?」
 村を訪れる教導団兵は大抵、制服を着ている。
 エルセレーヌに気付いた村人が、声を掛けた。
 恐らく獣人だろうが、目に入る村人は全て、人間の姿をしている。
「忠告に来たの」
 エルセレーヌは暗い目を向けた。

 ――パラミタに、地球の勢力が幅を利かせるのは気に入らない、と、エルセレーヌは思っていた。
 帝国が、地球勢力を追い出してしまえばいい……まずは、警備隊が龍騎士達に負けてしまえば、と。
 カサンドロスに協力を訴える為に会いに行きたかったが、何処にいるのかは解らなかった。
 それで次の行動として、獣人の村へ来たのだ。
「国境警備隊はあなた達獣人を盾にして、自分達だけ逃げるつもりよ」
「は?」
 突然の言葉に、相手の獣人はきょとんとして訊き返す。
 別の村人達も何事かと歩み寄って来る。
「国境警備隊が獣人を雇ったのはその為よ。
 彼等にとっては思い入れの浅い土地だもの、棄ててもいいの。
 でも故郷の土地であるあなた達は、必死に護ろうとするはず。
 その心理を利用して盾にする気なの。
 学生達がこの村に来て、『皆さんも戦いに協力して欲しい』と言い出したら、利用する気だから、気をつけて」
 不和の種を植え付け、内部から彼等を追いつめることができれば。
 どこまで通用するかは解らなかったが、そう考えて、国境警備隊に不利な噂を流そうとしたのだ。

 だが、村人達は、訝しげな表情で顔を見合わせる。
「……あんたは地球人だろう?」
「地球人だが、こいつは、地球が嫌いなのさ。
 あんた達の国に、地球人がのさばるのが嫌なんだ。
 あんた達だって、自分達の国に地球人が踏み込んで来るのは嫌だろう?」
 パートナーのレイジ・ルクサリア(れいじ・るくさりあ)が口を開く。
「……だが」
 村人達は疑惑の目で2人を見る。
「……ツヅキは、そんな人間じゃない」
 村人の一人が言った。
「確かに。彼は地球人があの岩場を訪れた最初からずっと居るが、年に2回、ビールを持って来てくれる」
「まあ、前回はノンアルコールビールだったが」
「ああ、祭りの宴会にもビールやツマミを差し入れてくれる」
「まあ、いつも一番飲むのはツヅキだが」
 他の村人達も、口々に国境警備隊の面々を擁護する。
 初対面のエルセレーヌ達と、数年間交流を持っている国境警備隊とでは、当然、信用度が大きく違うのだろう。
 すっとエルセレーヌは胡乱げに目を細める。
 仕方ないな、と、レイジは思った。これ以上色々言っても、無駄と判断する。
「……そうかい。信じてもらえないなら、別にいい。行こうぜ」
 レイジはエルセレーヌを促して、さっさと村を退散した。


「皆様も、今回の戦いに協力して欲しいのです」
 手土産のお酒を手に、葉月 可憐(はづき・かれん)は最寄りの獣人の村を訪れた。
 呆気にとられたような反応を見て、首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「……いや、聞いたようなセリフを聞いたと思っただけだ。
 一体何があったんだ?」
 前に「忠告」に訪れた者は、何があって国境警備隊が獣人達を盾にしようとしているのか、具体的な話はして行かなかった。
 村人は、事情を聞きに砦に人をやり、戻り待ちだったのだ。
「エリュシオンの龍騎士が、国境の砦を狙って近づいているのです。
 落とされてしまったら、シャンバラは帝国の脅威に晒されることになってしまいます」
 国境に近いこの辺の村々は、特に酷い状況に襲われることになるだろう。
「……だが、協力と言っても、オレ達に何ができると?」
 戦争に無縁な村で、砦に雇われている以外の者達で、まともな武装も持たない。
「ゲリラ戦を仕掛けようと思うのです」
 ゲリラ戦とは、不意打ちで奇襲を掛けることだ。
 強敵相手に長時間の戦闘には向かないし、何より、敵が強過ぎるので、元々長期戦になるとこちらが不利になる。
「無茶をしない程度に、駄目そうならすぐ逃げてくださって構いません。
 むしろそうしてください。それでも、協力してもらえるのでしたら」
 一緒に戦って欲しいのです、と、言った可憐の言葉に、村人達は顔を見合わせた。


 都築少佐に提案した時には、激しく微妙な顔をされ、
「無意味だからやめとけ」
と言われたが、納得できなかったので実行することにする。
 天霊院 華嵐(てんりょういん・からん)は、流言飛語でカサンドロスをハメる作戦で行こう、と上申したのだった。
「勝ち目が薄いなら、負けても構わない状況を作りましょう」
 そう言った時、都築少佐は溜め息を吐き、どいつもこいつも、と呟いた。
「基地を落とす意味がなくなれば、向こうの士気も落ちるでしょうし」
「向こうの士気がどうだかは知らねえが」
 都築少佐はやれやれと言いたげな顔で答える。
「こっちの士気はダダ下がりだ。勘弁してくれ」
「降伏しようぜ、とか言ってたくせに」
 ぽつりと藤堂が呟くが、聞えないフリ……はできなかったので、
「あれは冗談に決まってるだろ!」
と言い返した。
「そうでしょうとも」

 そんなこんなで、同意は得られなかったものの、自分の信じる道を進むことにする。
 同意が無くても、最終的に役に立てれば文句はないだろう。
「じゃ、オレ達は、近隣の村に噂を流して回ればいいんだな!」
 パートナーで義理の妹である獣人、天霊院 豹華(てんりょういん・ひょうか)が心得たように言った。
「そう。派手なのをな」
 華嵐は頷く。
「任しといて」
 同じくパートナーのドラゴニュート、オルキス・アダマース(おるきす・あだまーす)も請け負う。
 例えば「カサンドロスは龍騎士をクビになった」とか、
「七龍騎士になれなかったことを不満に思っている」とか、
「カサンドロスは帝国に叛意を抱いている」とか、
 尾ひれをつけまくった噂を、近隣の部落や、エリュシオンへの行商人や旅行者(いれば)などに流すのだ。
「あとは、ヘクトルがいかに立派な人物であるか、などであるな」
「噂の本数が多いねえ」
 オルキスがふむふむと頭に叩き込みながら言う。
「えーと、カサンドロスがダメダメな奴ってことと、実は残虐非道な奴だってことと〜」
 何の罪もない村が襲われ、皆殺しにされたとか、女子供を攫い、売り飛ばしている、とか、事実無根な内容だが、それくらい派手でないと、向こうも食い付かないだろう。
「必要なら人を雇ってでも広めるのだ」
 噂がエリュシオンにまで届き、いずれカサンドロスがエリュシオンに戻ったところで、居場所がなくなっていればいい。
 ヘクトルとの対立も煽れれば尚いい。
 そうすれば、仮に今回の戦闘で敗北し、砦が奪われても、また奪い返す方向に持って行くことができるだろう。
「でもこの作戦、今回の防衛線が終わるには、間に合わないね」
 最初から解っていたことだが、この行動の結果は、今回の対龍騎士達との防衛戦には、全く影響されない。
 ジャタの森にひっそりと暮らす獣人の村に噂を流したところで、エリュシオンには流れて行かないし、行商人や旅行者を探し、人を雇って噂を広めて貰っても、一週間では到底エリュシオンにまで噂が広まることはないからだ。
 都築少佐が無意味だ、と言ったのも、そのせいである。
「ま、根回し、というものなのだよ。
 次の展開に繋げることができればよし」
 その噂が実際エリュシオンまで流れたかどうかを確認する術もないのだが、とにかく、種を蒔いてみないことには始まらない、と、華嵐達は行動に移したのだった。


「……やっぱり、できれば、一番なのは、兵を引かせることですよね」
 ナレディ・リンデンバウム(なれでぃ・りんでんばうむ)は、パートナーの魔女、名無しの 小夜子(ななしの・さよこ)と共に、砦を越えて、国境へ向かった。
 向かう目的地は国境を越えた、更にその先だ。そこに、ヘクトルのいる第7師団が配備されているはず、と、ナレディは思っていた。
 ヘクトルに対し、カサンドロスの進軍を批判し、彼にカサンドロス達を引かせるよう計らって欲しいと訴えるつもりなのだ。
 可能なら、他にも個人的に、彼に訊きたいこともあった。
 むしろ、カサンドロス達を引かせることは駄目元で、そちらが真の目的と言ってもいい。
「……間に合えばいいですけど……」
 一週間が過ぎれば、全てが終わる。
 それまでに、行って帰って来なくてはならない。
 無事にヘクトルと交渉ができれば、帰りは龍騎士を貸してくれるかもしれないが。
 ――だが、ナレディは知る由もなかったが、ヘクトルは、自分の存在がカサンドロスを憤慨させていることを知っている。
 カサンドロスの行動に自分が介入すれば、一層彼を怒らせることになると容易に判断がついた。
 仮にナレディがヘクトルに会えたとしても、協力をとりつけることは不可能だったのだ。


「そもそも、東側に西側の施設がある、というのが気に入らないんだよね」
 ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)は独りごちた。
 正直なところ、東シャンバラに所属するブルタにとっては、砦など破壊されてしまえばいいと思っている。
 共倒れになってくれれば万万歳だ。
 だが、だからと言ってそれをおおっぴらにするわけにもいかないので、せめて、この基地が東西教導管理地になればいい、と妥協する。
「うん、それだな」
 いいアイデアだ、とブルタはにんまりと笑って、書状をしたためた。
 宛先は、西の代王セレスティアーナと、イルミンスールの校長だ。
 この砦を教導管理地とする為に協議して欲しい、と依頼するものである。
 現場レベルで決定できる事柄ではないので、偉い人に決めて貰おう、という腹だ。
 だが、所詮一介の生徒に過ぎないブルタによるその依頼状が果たして、宛先の本人にまで届いたどうかは、ブルタは知る由もなかった。
 そもそも、それが届く前に戦線は開かれ、――そして決着もついたのである。