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国境の防衛戦

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国境の防衛戦

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「手荒だね」
 その様を見て、黒崎天音は苦笑する。
 樹月刀真達に痛め付けられた末、天音に身柄を引き渡された龍騎士テオフィロスは、始めむっつりと黙り込んで固く目を閉じ、天音やブルーズの声に反応しなかった。

「龍騎士を捕らえたというのは本当ですか」
 話を聞きつけたルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)が、パートナー達を伴いながら駆けつけた。
「見ての通りだよ」
 後ろ手に縛られ、床に座り込んでいる龍騎士の姿を見て、軽く動揺する。
 ルナティエールは天音に、
「私達も、ここにいていいですか」
と頼んだ。
「どうぞ」
と、天音が言って、部屋と呼ぶには小さな空間で、龍騎士テオフィロスを含めて7人の人間がひしめくことになる。
 わー、良かったねー、と、小声で夕月 綾夜(ゆづき・あや)が、カイン・エル・セフィロート(かいんえる・せふぃろーと)に囁いた。
 龍騎士を生け捕る、と、ルナティエールに深刻な顔で言われたものの、えーちょっとムリでしょそれ、と、内心思っていたのだ。
 誰が捕まえたのか知らないけど、ありがとう死なないで済んだよ僕。
 と、心の中で刀真に感謝して、そんな綾夜を横目で見て、カインは小さく溜め息を吐いた。
 そんな彼等を見て少し笑い、それじゃ改めて、と、天音がテオフィロスに視線を戻す。

「じゃあ、搦め手から攻めてみようか。
 必殺『ものすごい染みる治療』とかどうかな。
 やめて欲しくて口を割るとか、痛みを紛らす為に口を開くとか」
「そういうことを口に出すのはどうかと思うが」
 軽口を叩く天音に、ブルーズが突っ込む。
「……痛みなど」
 呆れたように溜め息を吐いてから、テオフィロスは口を開いた。
「ん?」
「痛みを知らぬ者に、龍騎士は勤まらぬ。そんなことは脅しにもならない」
「……でも、反応する気になったから、今、会話してくれてるんだよね」
 天音はにこりと笑う。テオフィロスは、ますますむっつりと眉間を寄せた。
「じゃあ、色々面倒なので手っ取り早く訊くけど」
 テオフィロスの怪我を治療しながら、天音は訊ねた。
「まず、エリュシオンがアムリアナ女王を対外的に「保護している」とする理由って何?
 周辺国からの軍事介入を避ける目的もあるのかな」
 少し黙って、テオフィロスは溜め息を吐いた。
「……そうだ」
「じゃあ次」
 矢継ぎ早に天音は質問を続ける。
 勿論、頭の中では、それは主に地球に対してだよね、と、情報を整理している。
「エリュシオンにとって、ナラカってどんなところ?」
 すると、不思議そうな目を向けられた。
「シャンバラで語られているものと違うとは思えないが」
 ああ、そこは国によって違ったりはしないんだ、と納得する。
「じゃあ、アイシャという少女に心当たりはあるかい?
 龍型イコンの操縦者を隊長と呼んでいた」
 すると、テオフィロスはふと考え込むような仕草をした。
「……ああ、あの、地球人みたいな……」
 思い出すように呟く。
「地球人みたいな?」
 先を促すように訊き返す天音に、
「いや」
と首を横に振った。
「よく解らない」
 嘘ではない、と判断する。恐らく「地球人みたい」も嘘ではないだろう。
「じゃ、最後に」
 天音は訊ねる。
「君達龍騎士団の関係者にとって、ドラゴンってどういう存在なのかな」
 決まっている、という表情を、テオフィロスはした。
「大事なパートナーだ」


「あれでよかったのか?」
「何がだい?」
 訊ねたブルーズに、天音は訊き返す。
「龍騎士への質問だ。
 正直、我には、結局おまえが何を知りたいのかさっぱり解らなかったのだが……」
 情けない口調で言うブルーズに、天音はくすくす笑う。
「……まあ、僕の中では、それなりに繋がりつつあるよ」
 できればカサンドロスにも質問したいことがあったけど、と、天音は肩を竦めた。
「流石に、それは無理そうだね」 


 君は何か、訊きたいことはないのかい、と言われて、ルナティエールは迷った末に、首を横に振った。
 エリュシオンについて情報収集をしたいとは思っていたが、具体的に訊きたいことは何もなかった。
 ただ、抱いていた決意が、一層深くなっただけだ。
「セティ」
 ルナティエールは、強い覚悟と決意を秘めた瞳で、パートナー……契約者としてだけではなく、夫婦という意味でのパートナーでもある、セディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)を見つめる。
「俺達、エリュシオンに行こう」
「……ルナ」
「帝国に行って、色々なことに決着をつけてこようぜ」
 言って、鮮やかな笑みを浮かべるルナティエールを、ああ、愛しい、と、セディは思った。
「……ありがとう」
 そんな二人を、少し離れたところから、綾夜とカインも見ているわけである。
 ちなみに最終的にテオフィロスの治療をしたのは綾夜である。
「やれやれ、目もあてられないっていうか」
 でもまあ、最後まで付き合うけどね。
 肩を竦める綾夜に、カインは黙って微笑んだ。



 第二陣の後方に、葉月可憐達は密かに近づいている。
 その後、獣人の村に、砦に様子を聞きに行った者が戻って、可憐の言葉が真実だと知れた。
 警備隊の面々は、ノンアルコールビールの件で村人を怒らせたことを気にして、救援を頼みに来なかったらしい。
 水臭い、という話になり、可憐の誘いに乗ったのだ。
 五人の龍騎士が、龍から降りて砦の方を伺っている。
 砦では戦端が既に開かれていて、その戦況を様子見ているようだ。
 気付かれる前に先手必勝、と、可憐は魔道銃を構えた。
 パートナーの剣の花嫁、アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が、何があっても離れないとばかりに側につき、もう一人のパートナー、リンフォース・アルベルト(りんふぉーす・あるべると)は魔鎧化して可憐が装備している。
 全く本当に、無茶なことをするんですからぁ、と、可憐のゲリラ作戦に賛成したくないアリスだったが、こうなってしまっては仕方ない。
 リンフォースにも
「最優先事項は可憐の命」
と言われ、周囲に意識を巡らせている。
 本当に、全く。リンフォースも、アリスと同じ愚痴を漏らした。
(でも、まあ……好きになってしまったものは仕方ない、か……)
 出来ればより多くの敵を倒したい――武器が広域攻撃向けの魔道銃であったことと、目標を特定できなかったことで、照準が鈍った。
 発砲と同時に、騎士達が振り返る。
 何発かは当たったように見えたが、騎士達が揺らぐ様子が全くない。
 物も言わずに剣を抜き払い、可憐の居場所を判断して走り込んで来る。
「くっ!」
 可憐は続けて魔道銃で全員へ攻撃するが、獣人がその周囲から飛び出しながら叫んだ。
「欲張るな! 一点集中だ!」
 可憐ははっとして、光条兵器に持ち替える。
 敵が強敵なら、攻撃を分散して一人も倒せないより、一人に集中してその一人を確実に倒すべきだ。
(でも)
 可憐の光条兵器はガトリングガンタイプで、一点集中に向くものではない。
 獣人達が飛び掛って行った以上、下手な攻撃は彼等を巻き込むことにもなる。
「私が行きますねえ」
 アリスが飛び出して行き、獣人達と共に、鳳凰の拳で騎士達を攻めた。
「可憐、長引かせると不利だ」
 リンフォースの言葉に、可憐は頷く。
「アリス!」
 呼ぶと、アリスは振り返り、理解したようだ。
「皆も!」
 獣人達に対しても、引いて! と叫ぶ。犠牲を出したくはない。
 倒すまでは行かなくとも、少しでも弱体化させられればいいのだ。
 他にも龍騎士を狙う人がいる。後はその人達に任せることにした。


「今度は何だ」
と、テオフィロスは顔も上げずに訊ねた。
「……捕虜にした、龍騎士がいると聞いて……」
 真口 悠希(まぐち・ゆき)は、実際に見るまで半ば信じられないでいたのか、ほっと溜め息を吐いた。
「従龍騎士さん達が、大勢亡くなっています」
 悠希の言葉に、テオフィロスは微かに反応をしたが、動かない。
「……ボクは、本当は、仲間の皆にも、あなた達にも、死んで欲しくない。
 できれば、従龍騎士さん達を皆生け捕りにして、あなたみたいに捕虜にして欲しかった」
「我々の中の誰も、そんなことは望むまい」
「じゃああなたは何故、ここにいるんです」
「死に損なったからだ」
 きゅ、と悠希は唇を噛み締める。
 後ろで話を聞いていた悠希のパートナー、カレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)は、そんな悠希の言葉に、敵も味方も死んで欲しくないなんて、お人よしなことだと苦笑していたが、それが悠希という人なのだろう、とも思う。
「――カサンドロス様と、交渉をしたいと思ったんですけど」
 ふう、と溜め息をついて、悠希が言った。
「あなたが生きていると言ったら、交渉に応じてくれるんじゃないかと」
 ぎょっとしてテオフィロスが振り返る。
「貴様……私を盾にしたというのか。
 まさかカサンドロス様が応じたりは」
「してくれませんでした」
 門前払いに近かった。
 剣を抜かれなかったのがいっそ不思議だ。
 その返答に、テオフィロスはほっとする。
 当然だ。あの方がそんな交渉に応じるわけがない。
 そんなテオフィロスを、悠希は悲しそうに見つめる。
 何故、部下が生きているというのに、それを取り戻す取引をしようとしないのか、何故カサンドロスの下に帰りたいと思わないのか、テオフィロスの態度が、悠希には理解できなかった。
 捕らえた部下を返してくれるなら兵を引いて帰る。
 そんな交渉が通るくらいなら最初からここへ来たりはしないとテオフィロスは言ってやろうかと思ったが、やめた。
 自分の覚悟を語ったところで、何になるだろう。
 今、自分はこんな所に居るというのに。
 悄然としながら、やがて悠希は戻って行った。
「……元気を出すのだな」
 ぽんぽんと軽くアフェクシャナトが悠希の頭を撫でる。
 敵にも味方にも、死んで欲しくないのだろう。
 ――その願いが叶うよう、手伝ってあげるから、と、意志と誓いを込めて。