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●第二幕 第一節

 時計の針を、数時間戻す。

 ナラカの入口。下層に向かうメンバーは、例外なく一カ所に集められていた。他に入口がないため、隠れたり逃れたりすることはできない。
「いいですかぁ。概要は最初に述べた通りですぅ。要点を繰り返しますぅ……」
 皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)は高台の上から、はっきり聞こえるように通達した。口調こそ舌足らずだが、その発言内容は厳しい。
「ナラカ下層の危険度を下げるため、我々は全員で一つの連隊を形成しますぅ。隊列は厳守、単独行動も認めませんよぉ。戦功偵察を担当するグループにも、教導団から一名を随行させたいと思いますぅ、ご理解下さぁい」
 金鋭鋒への奏上を済ませ、作戦指揮官リュシュトマ少佐からも許可を取った上で、伽羅はあえて憎まれ役を買って出ていた。それは連隊長、下層に向かう部隊のとりまとめを図る役である。といっても連隊は各校出身者の集まりゆえ、教導団指揮下で一斉行軍させられることに反発を覚える向きもあった。そもそも団体行動が苦手という者もある。
 それでも伽羅は断言する。
「忘れないで下さいねぇ。本作戦で隊列を離れ単独行動することはすなわち、作戦目的以外の『意図』があると疑われかねないということを……。言い方は悪いのですが、行軍途中で姿を消す人は、鏖殺寺院のスパイとみなされても文句は言えませんよぉ。行動を乱す等、愉快犯的行動に出る人も同様に扱わせていただきますぅ」
 次の一言を口にするのは心が痛んだ。しかし告げねばならない……覚悟して息を吸い込んだ伽羅を、皇甫 嵩(こうほ・すう)がとどめた。これから浴びるであろう怒りの視線を、彼が変わって受けるとの意思表示だ。
 英霊は壇上に上がり、一語一語、噛んで含めるように語った。語りは慇懃ではあるものの、その内容は厳しい。
「本命令は絶対である旨、覚えておいて下さるようお願いいたしまする。怪しまれるような行動は厳に慎むべきと心得ていただきたく。なお当方、造反者には発砲も辞さない構えでありまする」
 さすがにいずれも戦闘のプロである、皇甫嵩の言に表立って声を荒げる者はなかったが、それでも一時騒然となった。
 皇甫伽羅率いるチームは連隊最後尾につくという。劉 協(りゅう・きょう)は敵よりも、味方の不審な動きを警戒するつもりだ。なお、先行偵察隊には、伽羅のパートナーうんちょう タン(うんちょう・たん)が随伴するという。
 納得する者もあるが、やはり不快をはっきりと顔に出す者も少なくなかった。スパイ疑惑まで口にされ、しかも、造反すれば背中を撃つ、とまで断言されては気持ちの良いものではないだろう。不穏な空気が漂いはじめる。
「統制を徒に乱す輩は発砲してでも阻止するでござるよ」
 うんちょうタンが実際にブロウガンを構えたので、不穏さはますます高まった。
(「ナラカに潜む危険度は未知数……それも、混沌化が激しい下層に降りるなら、この方針は致し方ないことでしょう。けれど、このまま出立するのも士気に関わります」)
 生じた不協和音を察知し、教官の沙 鈴(しゃ・りん)が、軋轢を緩和すべくさりげなく方々に理解を求めるのである。出発後も道々、不満分子があれば説いてなだめ、わだかまりをなくしておきたい。
 一方で鈴のパートナー、綺羅 瑠璃(きら・るー)も、パワードスーツのシリアル番号を管理していることを公表する。これは盗難防止というより、ドッグタグがわり(戦死時の身元証明)だということを説明した。
「シビアな言い方かもしれないけれど……聞いて。死体が固体識別できないほど損壊していても、パワードスーツのシリアル番号さえ判れば、死者の特定は可能になるの。そんなことは起こって欲しくはないけれど、万が一のときは責任をもって、遺体は遺族の元に届けるわ」
 瑠璃の言葉もあながち大袈裟とはいえないだろう。混沌と危険が渦巻く地ゆえ、いくら用心してもしすぎることはない。
 上層探索部隊に先んじて、下層を調べる連隊はナラカの闇に降りていった。

 伽羅の一方的な申し渡しについて、国頭 武尊(くにがみ・たける)は一定の理解を示している。
(「西の連中に借りを作ったり、手柄や情報入手の機会を与えるのは愉快じゃないが、協力して行動しないと事件を解決する事が出来ないのは事実だ」)
 その心中、決して穏やかではない。されど理想と現実をつきあわせ、確実な方策を選び取る分別が彼にはあった。ジャタの森で遺跡捜しをするのとはわけが違うのだ。彼は護衛役として、連帯に危害を加えんとする外敵を討つつもりである。
 武尊はデスプルーフリングを填めているものの、そのパートナー、猫井 又吉(ねこい・またきち)はいささか不自由そうにパワードスーツ姿で続いていた。
「こいつは随分、動きにくいモンだな!」
「無理せず付いてくるだけでいい。ナラカでは、その姿のほうがなにかと都合がいいからな」
 しかし武尊の言葉を、「舐めてもらっちゃ困るぜ!」と又吉は一蹴したのである。こめかみには、ビキビキッと音が聞こえるほどに青筋が浮き出ている。
「所詮こんなもなぁ道具だ。俺が道具に使われてたまるかってんだ、使いこなしてやるぜ! 最悪、戦いで動けなかったとしてもこのガタイだ、立派な盾になってやらぁ!」
 負けず嫌いの又吉だけに、本当に実行しかねない勢いである。
「わかった……頼りにしてるぞ」
「ったりめーよ!」
 バシン、とアーマーの胸板を叩く又吉であった。こういう動作だけは一発で習得できたらしい。