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リアクション
「さ、歌うよ。大丈夫、いざという時は秋葉原で買ったハリセンもある。
気楽に行こう、気楽に」
「なんか意味あんのかよ、それ……。
あ〜、すっげえやる気ねぇ」
出番を待つ、どこか楽しそうな終夏に対し、ニーズヘッグは心底やる気がないと言った様子で嘆く。
「伝えられる時に『ありがとう』の想いは伝えるべきだよ。
たとえ、ラッ君とフレスさんに届かなかったとしても、ね」
「…………ヘタだからって笑うんじゃねぇぞ。
笑ったら即、竜の姿に戻ってテメェを喰ってやるからな」
「そんな失礼なことはしないよ。……さ、私たちの出番だ。
感謝の気持ちを込めて、歌おう」
終夏の掲げた手を、パン、と叩いて。
ニーズヘッグと終夏が、ステージに立つ。
長い長い道を歩き 長い長い時間を旅してきた
探している場所はどこにあるのだろう?
星ひとつ見えない暗い空を見上げた
空の向こうから昇る 朝日が全てを照らす
色づく世界の中で 楽園の意味を知る
「こちらは元気でやってます」
「そちらの調子はどうですか?」
歌にのせて飛ばすよ 背中を押してくれたトモダチへ
『ハルモニー』と題打たれた、ニーズヘッグのことを歌ったようにも取れる歌を歌い終え、二人が観客からの拍手を浴びる。
「どう? うまく言えた?」
「……知らねぇよ」
ぷい、とそっぽを向くニーズヘッグに、おかしみを覚えつつ、笑わない約束をちゃんと守って、終夏がニーズヘッグと共にステージを引き上げる。
「なあ、終夏の隣にいる女性って誰だ?」
「ああ、ありゃニーズヘッグじゃよ」
「はぁ!? アイツって人の姿になれんの? つうか女性だったのかよ!」
「ま、色々あるんじゃよ」
涼司とアーデルハイトのそんなやり取りが交わされつつ、審査の結果が発表される。
涼司:8
鋭峰:7
コリマ:8
アーデルハイト:9
ハイナ:8
静香:8
合計:48
「……あぁ? なんかうるせぇな」
ステージを終え戻って来たニーズヘッグが、通路の向こうで何やら騒がしいのを目にする。
「何だろうね。行ってみようか」
終夏と二人、向かった先では、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)のパートナーであるジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)が、とある機会に仲良くなったというハルピュイアの少女(と、他数名)を出場させようとして、一悶着起こしているようだった。
「折角の独立記念なんですよ? モンスターも祝福してくれる良き日を印象づけられるじゃないですか」
「それは分かりますけど、彼女さんたちだけなのが問題なんですよ。せめてあなた方も一緒に出て頂ければ、体裁は保てます」
運営が言うには、出場者には一名以上、契約者(もしくはそのパートナー)を含む必要があるのだという。
「俺様は独立だの歌合戦だの興味ねぇし。俺様はただ、ハルピュイアに魅了の歌を歌わせてだな……」
「はいはいゲドーは黙っててねー。うーん、ボクもできれば遠慮したいかなー」
二人が難色を示したところで、ハルピュイアの少女がスンスン、と鼻をひくつかせる。
「……ン? ……コノ匂イハ何ダ……? 人ジャナイ、ダケド私トモ違ウ匂イガスル」
少女が示した先には、ニーズヘッグの姿があった。
「テメェら……ハルピュイアか。んなヤツまで交流あんのかよ、ホントテメェらはおかしなヤツらだな」
「あはは……異文化交流ここに極まれり、だね」
方やドラゴン(本人は否定しているが)、方やハルピュイア、イルミンスールには何か『ヒトでないもの』を引き寄せる力でもあるのだろうか。
「へー、あなたがニーズヘッグなんだ。
……そうだ! あなたが一緒に出てくれれば、彼女たちも出られるはずですよね」
ジェンドが良案を思いついたように告げる。運営も、それならまあ、いいでしょうということで納得したようである。
「というわけで、彼女たちと一緒にステージに出てくれませんか」
「あぁ? オレを勝手に巻き込んでんじゃねぇ、誰が――」
出るか、と言おうとしたニーズヘッグは、終夏の視線に躊躇させられる。重要な案件はエリザベートの意向により決められるが、この程度は終夏を始め、ニーズヘッグの契約者となった者たちにも意思決定権がある、らしい。
「……だから、オレの意思は無視かよ」
「いやいや、私はこう思う、というのをハッキリさせただけだよ。断りたかったら断ってもいい」
「…………」
少し考えて、そして、テメェは先に戻っていろ、とだけ告げて、ニーズヘッグがハルピュイアたちの下へ歩み寄る。
「オレはもう歌わねぇからな? テメェらで好きに歌えよ」
「分カッタワ。普通ニ祝福ノ歌ヲ歌ウワ」
少女の言葉に、他のハルピュイアも頷く。繁殖期にはその声で男性を魅了してしまう彼女たちだが、普通に歌うことも出来る。
腕前は、彼女たちと直接接したジェンドがわざわざ話を持ちかけたことからも、証明されるだろう。
「それじゃ、ステージが終わったらまた迎えに来ますね」
「ウン」
ジェンドと別れ、ハルピュイアの少女は仲間と、そしてある意味で『保護者』であるニーズヘッグと共に、ステージに立つ。先程ステージに立った女性が、今度は亜人を連れて(ハルピュイアは、腕の部分が翼になっている)登場したことに、会場は少なからず動揺の声に包まれる。
「おいテメェら、こいつらがヒトの姿してねぇからって騒ぐのはおかしいだろが。
ここにゃ色んなヤツらが集まってんだし、それがシャンバラってとこなんだろ。別に悪ぃことやらかさなきゃ、誰が出たって構わねぇだろ」
しかしそれも、ニーズヘッグの声が響いた後は、徐々に小さくなっていく。これがもし、会場全員が地球人ならこうはいかなかったかもしれないが、大半は元々シャンバラ人であったこと(シャンバラ人は、いわゆる『ヒトでないもの』の存在を知っているため)、ニーズヘッグの言う事にも一理あることが原因と言えよう。
「……ったく、メンドくせぇ。ほれよ、準備は済ませてやったぜ。後は好きに歌えよ」
「アリガトウ。……コレニ向カッテ歌エバイイノカ?」
少女を始め、ハルピュイア全員がスタンドマイクの前に立ち(手が翼なのでマイクは握れない)、そして口を開く――。
「あっ、終夏さん、お疲れさまです。いい歌でしたよ」
「あはは、ありがと。面と向かってそう言われると、ちょっと恥ずかしいかな」
未憂の下に戻った終夏が、空いていた炬燵に足を入れ、机の上の料理の品定めを始める。
「きれいな歌だよねー」
「……うん……」
そして、リンとプリムを始め、会場の皆は、ハルピュイアの響かせる歌声をそっと聞き入っていたのであった。
ハルピュイアがスタジアムの中で歌う、同じ頃、スタジアムの外では、鷹野 栗(たかの・まろん)と羽入 綾香(はにゅう・あやか)、それにレッサーワイバーンのクゥアイン、狼のミヤルス、剛雁のトト、パラミタペンギンのクレアという豪華? なメンバーによる、小さな小さな音楽会が開かれようとしていた。
スタジアム内は、動物禁止(まあ、ハルピュイアがいるのだし、ついでにニーズヘッグもいるんだし、もういいような気がするが)である。だが栗にとって、クゥアインやミヤルス、トト、クレアはパートナーと同じくらいに大切な存在である。そんな彼らと一緒に歌うことが出来ないのであれば、わざわざスタジアムの中で歌う必要はない。彼らと一緒に歌えるなら、どこだっていい。
(姿が違っても、言葉が通じなくても、嬉しさや悲しさといった気持ちはきっと共有できるはずだから。
人間同士も、動物同士も、人と動物とも、みんな……)
そういう思いで、栗はこの一年を過ごしてきたのだし、実際に心を通わせてもきた。
「……さ、歌おっか。羽入、準備はいい?」
「うむ、いつでもよいぞ」
栗に頷き、綾香がフルートを口に当てる。
きっと いつもの道を歩いたなら
何の示し合わせもなく、しかし歌い出す栗に合わせ、綾香が民族音楽風の曲を奏でる。
怪我した小鳥は飛べないままで
木々が紡ぐ歌は知らずじまいだった
なだらかでも 険しくても 歩いてきた道があなたの道
小鳥のさえずるような歌を栗が歌うのに合わせ、クゥアインやミヤルス、トト、クレアも傍目には鳴き声にしか聞こえない、しかし栗や綾香には彼らが歌っているように聞こえる声を発して、楽しげに振る舞う。
今は別々の道を歩いていてもいい
道はどこかで繋がっているから
いつか分かり合えた一瞬を 私は忘れない
間奏や後奏、栗が口にするのは『世界樹の囁き』。
世界樹の話す言葉らしいが、実際に聞いたものはごくごく少数(しかも、言葉自体は人間が聞いて理解できるものらしい、エリザベート談)であり、そして栗の口にする言葉は人間が理解する言葉とは異なる形態で紡がれているため、人間が理解するには難を要するが、かえってその方が世界樹の言葉らしくもあった。
木々が囁くような歌、世界のすべてに宛てた歌が、スタジアムの外からも届けられていく――。