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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
「……ええ、ええ。分かりましたわ。
 では、今からわたくしが言う場所まで来て頂けないでしょうか。
 ……はい、お待ちしていますわ」
 
 携帯を切ったティセラへ、パッフェルが誰から? と尋ねるような視線を向ける。
「……円さんからですわ」
「……!」
 ティセラから、電話の相手が桐生 円(きりゅう・まどか)であることを告げられ、パッフェルが身体を震わせる。
「……これは、わたくしのお節介として受け取ってもらって結構です。
 今からわたくしが話す独り言を、パッフェル、あなたが例え耳にしたとして、突発的な行動を起こさないことを信じています」
 前置きのように告げて、ティセラが独り言を呟く形式で、これから円に『カンテミール公』について、彼女が知っている情報を教えてもらう旨を伝える。
「…………」
 カンテミール公の名前を聞いた瞬間、パッフェルの発する気配が明らかに変化するが、その場から飛び出すような真似には至らない。
 七龍騎士と選定神の両方を務めるその人物は今はエリュシオンにいるはずで、そしてここは空京。距離的にも厳しいものがある上、事前に親友であるティセラに『あなたを信頼している』と言われて、突発的な行動を起こせるはずもなかった。
「パッフェル、あなたが円さんのことを大切に思っていることは、わたくしもよく知っています。
 その上でわたくしはあなたに問います。……このままでいいのかしら?」
 ティセラのその言葉は、ある意味で意地が悪い。円のパッフェルを想う気持ち、パッフェルの円を想う気持ちを耳にした上で、なお言っているのだから。
「……叶わないわね、あなたには」
 ほんの少し、悔しさを滲ませた言葉を吐いて、パッフェルが次に口を開く。
「……会えるのなら、会いたいわ。会って、話がしたい」
 パッフェルの言葉を聞いて、ティセラがふふ、と笑みを浮かべる。
 まるで、その言葉を待っていたかのように――。
 
「済まないね、ステージが終わって、忙しいだろうに」
「いえ、構いませんわ。友人からのお誘いですもの」
 スタジアムの一角に設けられたカフェテラスは、会場がまだ盛り上がりを見せているにも関わらず、ティセラと円以外に人の姿が見られなかった。何か不思議な力が働いてもいるのだろう、きっと。
「……で、実際のところティセラは、カンテミール公のことをどれだけ知ってるの?」
 湯気を立てるカップに、互いに口をつけて喉を潤してから、円が電話で話した用件を切り出す。
 カンテミール公、ティセラを始めとする『十二星華』計画を発案、実行していたのが彼であることを告げると、ティセラが頷いて答える。
「わたくしは記憶操作を受けていたので、円さんほどは詳しく存じ上げないと思われます。
 ですが、わたくしを始め、セイニィ、パッフェル、リフル、その他の十二星華たちを蘇らせたのがカンテミール公であることは、わたくしも知っていますわ」
「そっか。……まぁ、ボクの方もティセラが言うほど、詳しい情報じゃないのかもしれないけど」
 そう前置きして、円がスヴァトスラフセリヌンティウス、それに今は高原 瀬蓮(たかはら・せれん)と共にエリュシオンにいるはずのアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)から聞いたカンテミール公に関する情報を口にする。
 
 七龍騎士と選定神の両方を務めている人物であること。
 十二星華計画を失敗してもなお、その地位に留まっていること。
 セリヌンティウスは気に入らないと思っていること。アイリスは、老練と称していること。
 円の見立てでは、技巧派、科学者であり策士タイプではないかということ。そうでありながら七龍騎士としての強さも秘めているだろうということ。
 
 これらをティセラに伝え終えた円が、最後に自らの考察を口にする。
「十二星華計画を失敗したにもかかわらず、カンテミール公が降格とかされていないのが気になる。
 シャムシエルも東のロイヤルガードとして動いてたみたいだし、また何か仕掛けてくる可能性も充分にあるんじゃないかな?
 警戒しててくれると助かるよ」
「ええ、分かりましたわ」
 頷くティセラに、少し言い淀んだ円が言葉を続ける。
「今後、何が起こるかわからないし、パッフェルが危険な目に会うのも気分が悪い。
 だから、ティセラから見て大丈夫そうなら、パッフェルにも教えて上げて欲しい。
 結局、パッフェルから一番信頼されてるのはティセラなんだし。……もし、もしよかったらパッフェルに、銃を向けてごめん、って伝えといてくれると嬉しい」
 しかし、その言葉にティセラは、今度は首を横に振る。
「そんなことはありませんわ。
 あなたのことを話すあの娘は、とても楽しそうですもの。
 その言葉はあなたがあの子に直接言ってあげて下さいな。
 ……ね、パッフェル?」
 
 ティセラの言葉に、えっ、と円が口にしたところで、それまで二人きりだったカフェテラスに、第三の人物が入ってくる。
「……円……」
「…………」
 現れた人物、パッフェルに、円は言葉をかけられない。
 シャンバラ宮殿でアイリス側につき、パッフェルと敵対したことは事実である。その時はアイリス自ら、円はパッフェルを裏切っていない、ただ友達思いなだけ、と言葉をかけてはいるが、やはり事実は事実として二人の間に重しのように居座る。
「わたくしはこれで。円さん、貴重な情報をお教えいただき、どうもありがとうございます」
 一礼して、ティセラがすっ、と席を立ち、カフェテラスを後にする。三人が再び、二人になる。
「…………」
「…………」
 長い、長い沈黙が、カフェテラスを支配する。
 
「「ごめんなさい」」
 
 そして、謝罪の言葉を口にしたのは、パッフェルと円、ピタリと同じ。
 
「どうしてパッフェルが謝るのさ。キミに銃を向けたのはボクなんだよ?」
 尋ねる円に、パッフェルが円を真っ直ぐ見て、答える。
「……私、ティセラに言われるまで、行動に移せなかったから。
 大切な人を失ってしまうかもしれないのに、何か行動に移すべきだったのに、出来なかったから」
 
 また、沈黙が降りる。
 傍から見れば、パッフェルが円のことを特別に思っているのは明白。しかし、円はそれを確認できない。
 自分の思い過ごしかもしれない。もし違ったらと思うと、とても確認できない。
 
「……円」
 パッフェルに呼びかけられ、円がびくり、と身体を震わせる。
 恐る恐る視線を上げると、そこにはパッフェルの、普段見せるどこか冷たい顔ではなく、温かみに溢れた顔があった。
 
「私は円のこと、“大切な人”だと思っているわ。
 何がどう違うのか、私、よく分かってないかもしれないけど。私は、円のこと、失いたくない。
 だから、大切な人」
 
 三度、沈黙が降りる。
 
「……信じて、いいのかなぁ。
 ボク、よく分からないんだよね。捻くれてるし、見た目こんなだし――」
 
 円の言葉は、寄ってきたパッフェルの胸の中に堰き止められる。
 
「……ティセラが言ったわ。
 『あなたが円さんのことを本当に大切に想うなら、抱きしめてあげなさい』って」
「…………」
 
 四度目の沈黙は、やがて嗚咽に変わる。
 二人だけのカフェテラスに、二人の静かな泣き声が響く――。
 
 
「……そうですか。事情は把握しました。ティセラ様、リフル様、こちらです」
「ステージでのこと、そして今のこと、度々のご協力を感謝いたします」
 紅白歌合戦が終わり、カウントダウンイベントに移行する会場の中、控え室が連なっていた場所の裏手に案内されたティセラパッフェル……の代役のリフルは、そこでリュウライザーの出迎えを受ける。
「改まれた態度を取る必要はありませんわ。これも、友人としての務めですもの♪」
「……ティセラ、なんだか楽しそうね」
 そんな一行の視界の先には、『TTS』のステージを終えたそのままの格好のセイニィと、私服に戻った牙竜の姿があった。二人きりで話が出来る場所を設けるため、リュウライザーが根回しをし、(彼ら以外に)邪魔が入らない場所を設けてもらったのである。
 
「さあ、牙竜! あの時の話の決着、ここで付けさせてもらうわよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それじゃまるで、ここで積年の恨みを果たすみたいだぞ」
「……だって、いきなりあんたが、その、け、け、結婚だなんて言うから!
 どうせあんたのことだから、その場で出た軽い言葉なんでしょうけど!」
 
 顔を真っ赤にして、それでも何とか言葉にするセイニィが、じっと牙竜を見つめ、言葉を待つ。
 
「……本気だぜ」
 
 外野がそれぞれの反応で色めき立つ中、一人セイニィが表情を硬くする。
 
「ヒーローやってる奴ってのは、本気になるとトコトンまでがんばるからな!」
 そう言って、牙竜が歩み寄り、硬直しているセイニィの肩を抱いて、真剣な表情で、自身の想いを告げる。
 
「セイニィ、俺は本気で愛してる。
 必ず認めてもらえる男になって、そして、セイニィを嫁にする」
 
「……まともにアプローチしてますね。てっきり押し倒すと思いましたが」
「猪突猛進が売りのマスターですが、それでも、節度はわきまえてますから」
「あら、わたくしはもう少し、思い切った行動を期待していましたわ」
「……ティセラ、やっぱり楽しんでるわね」
 
 四者四様の反応の中、告白を受けたセイニィは顔を真っ赤にして、口を何度か開け閉めして、そしてようやく、うん、と小さく頷く。
 その時、新年の訪れを告げる花火が打ち上がり、二人を澄んだ夜空から照らす。
「……新年か。今年も、いい年になるといいな――」
 
 牙竜が視線を外し、空を見上げた、その一瞬。
 セイニィが、まるで首元に喰らいつく猫のような動きで牙竜に近寄り、向いていた右の頬に、自らの唇を触れさせる。
 
 パッ、と離れたセイニィを、頬に感触と熱を感じながら、牙竜が呆然と見つめる。
「……あたしにもまだすることがあるから、今は、ここまでにしといて。
 か、勘違いしないでよね!? あんたが腑抜けてたら、あたしどっか行っちゃうからね!?」
 言い終え、くるりと背を向けるセイニィ。その背中に、牙竜の言葉が降る。
「ああ、決して行かせない。
 セイニィのすることを、俺は最後まで見届ける。力も貸す」
「うん……ありがと、牙竜」
 振り返ったセイニィの顔に、笑顔が浮かぶ――。
 
「ティセラ様。セイニィ様の為されることに、思い当たるものはありますか?」
 リュウライザーの問いに、ティセラが円から聞いたカンテミール公のことを交えて説明する。十二星華計画を失敗したにも関わらずなお七龍騎士と選定神の地位に留まる彼が、何かしてこないはずはない、と。
「これはわたくしの想像ですが、セイニィはそのことを言っているのではないでしょうか。
 ……何にせよ、まだわたくしたちは安寧な日々を送ることは、難しそうですわね」
「そうでしたか。実は牙竜も、彼女のために男を磨いた結果、マホロバでは立場が出来てしまいました。
 これから、政治的な意味で利用される可能性もありますね。例えば政略結婚を狙ったお見合いとか……」
 まあ、牙竜は気がついていないでしょうけどね、と呟いて、灯が牙竜を見つめる。
「その意味では、早く国内外に嫁がいることを知らしめられればよかったのですが……こればかりは牙竜の努力とセイニィ様のお心次第ですけどね」
 互いに複雑な事情を抱える二人。決して、ゴールへの道はなだらかではないだろう。
「……今はただ、二人が幸せな未来を掴み取れるよう、祈るばかりですわね」
 ティセラの言葉に、その場にいた者たちは頷くばかりであった。