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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)

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 第14章 御座船内外・1

 御座船内が俄かに慌ただしくなる。
 襲撃してきた恐竜の群れは倒したが、大帝の護衛と同時に、現れた巨大な良雄も防衛しなくてはならない。
 今迄は大帝の護衛を主としていた龍騎士団も、本格的に出撃体勢に入ったのだ。
『陛下。私も参ります』
「よろしくっス」
 アスコルド大帝の護衛を最優先とするダイヤモンドの騎士も、ここは斥候として出撃することになった。

 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、1ヶ月前にダイヤモンドの騎士と話をして以来、ずっと彼の言葉が気になっていた。
 約束を果たす日まで、帝国の盾として生きるだけだ、と、寂しげに言った、その姿を。
「……何か、悲しいことでもあったのかな」
「相変わらずだな」
 そんな終夏に、パートナーの英霊、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が苦笑する。
「お節介なのは解っているよ。
 でも、気になるんだ……」
 ダイヤモンドの騎士も、巨大良雄防衛に出るらしい。
 終夏も、共に、は無理だが、せめて彼が憂いなく戦えるよう、御座船の防衛に努めようと、甲板に出ることにする。

 御座船下部にある、龍の厩に向かうダイヤモンドの騎士と通路で出会い、終夏は思わず声をかけた。
「どうか、ご無事で」
『……君も』
「……機会があったら、名前、教えてくださいな。
 ダイヤモンドの騎士じゃない、あなたの名前を」
『…………』
 にこりと笑って、終夏は甲板に向かって走って行く。
 それを僅か見送って、ダイヤモンドの騎士も身を翻した。

「おっと、ごめんね」
 その体が、丁度通りかかろうとしていた黒崎 天音(くろさき・あまね)とぶつかる。
『いや、すまなかった』
 ダイヤモンドの騎士は、天音が落としたハンカチを拾い上げ、一瞬固まった。
「ありがとう」
 天音は微笑んで、彼の手から、そのハンカチを受け取る。
 そのハンカチの、有名なウサギの柄――その特徴的な口を、さりげなく指で隠しながら。

「思わせぶりなことをしたものだな」
 御座船を降りる為にダイヤモンドの騎士と別れた後、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が言った。
「後は、残る人に任せるかな」
 天音は肩を竦めて笑う。
「ブルーズは、3号艦で待機しててね」
「何?」
 ハルカの救出に行くのではなかったのか。
 何より、天音と別行動など、守護者としては納得できない。
 眉間に皺を寄せたブルーズに、天音は苦笑した。
「スーツ借りて行くけど、通信がどれだけの範囲使えるか解らないし、携帯を使う方が確実でしょ。
 テオフィロスが携帯使えるかもしれないけど、叶が3号艦に乗るらしいから、直接連絡が取り合えれば話が早くなる」
「……だが、艦隊を木の葉のように揺らす波動の元に、どう至るのだ」
「さて、行ってみないことにはね。
 予測装置も、使ってみないと勝手が解らないし」
 当たって砕けろというやつだね、という天音に、ますますブルーズの不満は増したが、通信係が必要だというのは、確かにそうなのだろう。
 ハルカも天音も心配だが、ハルカ達を救出に行くのは、彼だけではなのだし。と、無理矢理自分を納得させて、ブルーズは頷く。
「くれぐれも、無理や無茶はするな」
「いつも、無理や無茶なんてしないでしょ」
「……無理や無茶を、そうと感じずにしてくれるから、困るのだ」
 ブルーズは、いや増す不安に深い溜め息を吐いた。



「びっくりした。
 あの恐竜は、ダイヤモンドの騎士さんのトラウマだったんだ……」
 立川 るる(たちかわ・るる)は、はっと気付いてジャンプし続けている巨大な良雄を見た。
「ということは、あの大きいカツアゲされてる良雄くんは、良雄くんのトラウマ?
 でも良雄くんて、一念発起して、自分がカツアゲする側に回ったじゃない!
 それどころか、カップル狩りだって、小麦粉だって。
 それなのに、深層心理にはまだあんなトラウマがあったなんて……」
 楽しい記憶は辛い記憶に負けるのか。
 いや、そんなはずはない!
 るるは良雄の手を取った。
「るるるるるさん!?」
「あの生き物達に食べられ尽くせば、このトラウマも消えるってことかもしれない。
 でも、トラウマは自分の力で克服すべきだよ!
 良雄くん、無意識を打ち消すために何か楽しいこととか想像してみて!
 ほら、カツアゲ成功した時のこととか、カップル狩りでスッキリしたこととか!」

「なーなななー」
 るるちゃん、トラウマ克服してあいつを消しちゃったら、地面を割れなくてドージェに会えなくなるのよ、と、パートナーのアリス、立川 ミケ(たちかわ・みけ)が突っ込みを入れたが、何を言っているのかを聞き取れる者はいなかった。

「るるさんっ……」
 一方の良雄は、るるが自分の為に懸命になってくれていることに感無量の様子だ。
「今迄の楽しい思い出とか、これからやりたいこととか、強く強く念じれば、あのカツアゲジャンプの良雄くんが万歳三唱の良雄くんに変わるに違いないよ!
 それがトラウマを克服したってことなの!」
 こくこくこく、と良雄は頷く。

「……なー」
 とにかく、これ以上周りの奴等に良雄を食べさせないようにしないと、と冷静にミケは考えた。
 そうだ、別に食べ物を実体化させて、それを食べさせれば……。

「えーと、るるも協力しなきゃね、えーと」
 考えて、るるは叫んだ。
「アンパン! アンパン! アンパン!」
 そう、それを作っていた時の良雄は輝いていた。

 と、突然、一帯に白い粉が降り注ぐ。
 どさどさどさっ、と、巨大良雄の上にも飛空艦や御座船の上にも堆く降り積もった。
 ぐらりと足元が傾く。
「うわっ! 重みで船が沈む!」
 舵を取っていた者が叫んだ。

「ドライブ! ドライブ! ドライブ!」
 そう、免許を取ろうと頑張っていた良雄も輝いていた。

 と、突然、御座船の前スレスレのところを、巨大なスポーツカーが横切った。
 重力を無視して空中を走るスポーツカーは、進路上の虚無霊を次々に轢死させていく。
 そして、横切ったスポーツカーは、おもむろにバックし、御座船を掠めて、後方進路上の虚無霊を次々に轢死させていった。

「クトゥルフ! クトゥルフ! ク……」

「その少女を大帝から引き剥がせ!」
 突然、後方から叫びが上がって、るるは良雄の横から離された。
「るるさんっ」
「良雄くん、負けちゃだめ! もう少しだよ!」

「なななー」
「うわっ! 何だこの黒こげの巨大ヒトデは!?」
 突如出現したヒトデが、ウミウシに変化し、近くにいた龍騎士が慌てて斬り捨てる。
「……ミケ?」
 るるはミケを見下ろした。
「なー……」
 駄目だわ、るるちゃんの謎料理しか思い付かなかった……。
 これがあたしのトラウマってことなのね……。
 ミケはがくりと俯く。

「ねーねー、るるちゃん。
 僕、わかったんだ、この船ね、ネコトラとかと合体して、巨大ロボになると思うんだよ」
 そんな騒動など何処吹く風、守護天使のラピス・ラズリ(らぴす・らずり)がキラキラと輝いた目で走り寄り、るるに報告した。
「きっと、こんなデザインだと思うんだ!」
 パラパラと開いたパラミタがくしゅうちょうに描かれた絵を見て、るるは
「うわあ、すごいね!」
と感嘆の叫びを上げた。
「斬新だよ! お尻に三角定規刺してる賀茂茄子なんて!
 これは星屑ダンスをしてるところ?」
「……え?」



「ちょっと行ってくるね〜」
 と、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は良雄に軽快に手を振った。
 巨大良雄防衛の為、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が、彼と共に、プラヴァーではなく自らのラシュヌに乗るのには、理由があった。
 シパーヒーが、ウゲンの作った機体だからだ。
 シパーヒーを以って、ドージェに会いに行きたい、と、呼雪は思っていた。
 また、機晶姫のユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は、予測装置のついたパワースーツを借り、随伴飛行兵として共に出る。
「小型の敵の感知はお任せください」
 イコン等の大規模戦闘に巻き込まれないよう注意しつつ、混沌予測の他、イコンのレーダーでは感知できない索敵も含め、ユニコルノはラシュヌの援護に動いた。