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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)
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第16章 今日はカレー曜日

 ナラカの底とは、どんなところなのだろう。
 屍龍の背から、異様な攻撃力を持つ武器で仕掛けてくる奈落人を迎撃しながら思った。
 しかし、向かってくる敵は、予想していたよりも比較的少ない。
 奈落人はともかく、騎乗している屍龍は、巨大良雄に喰らいつきたい傾向にあるようで、奈落人の方も、それを無理やりに阻止してまでパラミタ人の方を攻撃しようと思わないのだろう。
「向かってくる敵が比較的少ないということは、確実に狙えるということですよ」
 プラヴァーの操縦席、パートナーの獣人、レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)の言葉に、解っている、とリア・レオニスは頷いた。
「予測装置を仲間機と共有できないかと思ったが……そういう使い方はできそうにないな」
 源鉄心の一連の報告を聞いて、そう判断する。
 予測装置とは、想像力が実体化される時、それに反応してアラートを出すものだ。
 巨大な何かが外に出現し、大勢に危害を加えるという場合になら使えるだろうが。
「……ナラカの底って、どんなだろうな」
 1時間耐え抜き、地表が割れた先にある世界とは。
 それを見届けることを目標として、諦めずに奮闘する。
 この先にあるものはきっと、暗い混沌ばかりではないはず。
 少なくともリアは、そう思うのだ。



「敵が良雄に食い付いている間に、艦に取り付いている残党を一掃させよう」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の言葉に、パートナーの悪魔、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)シュヴァルツの副操縦席でうっそりと笑った。
「残党、ですか」
 確かに、多くのナラカ生物が巨大良雄に向かおうとする中で、未だ飛空艦に張り付いている敵は、残党と言っていいのかもしれない。
「アウレウス、ガディ、小型の敵はあなた達に任せる。
 すぐに接近する敵はなさそうだが、大型の敵に目をつけられた時は、こちらに回してくれ」
「承知!」
 レッサーワイバーンのガディの背で、魔鎧、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は応じる。
「ガディ、分かっているな?
 主は俺達に任せると言ってくださった。
 主の信頼を裏切ることなど、あってはならない!
 ゆくぞ、我等の忠誠心、あの悪魔の邪な能力などに劣らぬことを示すのだ!」
 気性の荒いワイバーンが、応えるように嘶いた。
 その嘶きに応えるかのように、屍龍が吼え、奈落人が手綱を引き、向かってくる。
 アウスレスは、手綱を片手に、槍をもう片手に、敵に向かって突き進んだ。
「うおおおっ!」
 アウスレスのランスバレストの突撃により、2頭の龍がぶつかり合った。

「あの二人は、随分と張り切っている。
 よほどあなたにいい所を見せたいようですね」
 操縦席からその姿を見遣って、エルデネストは微笑した。
「無論、私もあなたに良い所を見せたいと思っていますよ。
 どんな状況でもサポート致しますので、どうぞグラキエス様のお好きなように」
「ああ、頼んだ。
 ……この世界は、空気が悪い。もしもの時は、頼む」
 前方を見据えながら、ぼそりと言った言葉に、エルデネストは艶然とした、そしてどこか邪悪な笑みを浮かべた。
 ナラカの気は、グラキノスの気性と合わない。
 そんな中で、力を使い果たすことを恐れた彼だが、彼にとって幸いにも、飛空艦を襲撃しようとする敵は、全く無くはなかったが、予想していたよりは少なかった。
 決して楽な戦いではなかったが、何とか限界を超えることなく、彼等はこの戦闘を乗り切ることができたのだった。



 1時間、と、始めから戦闘時間が解っている戦いを全力で乗り切る為には、武器を選ぶ必要がある。
 持続性を優先して、白砂 司(しらすな・つかさ)は、アウークァの武装をマシンガンに換装した。
 勿論、フレイムスロワーも装備したままだ。
「憑依していた者が実体化しようが、死者には炎。それは揺るがん」
「でも、もし接近戦になったら、この槍では不利じゃないでしょうかね」
 接近戦用に装備した武器、黒曜槍を指して、パートナーの獣人、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が言った。
「俺が接近戦をするなら、槍だろう」
「駄目駄目、いっそ拳を叩き込んだ方が効果的ですって」
「アウークァの手が痛む。人の手とは違うんだぞ」
 イコンの手は、関節部分も多く、最も繊細な部分のひとつだ。
 武器と同じように扱うわけにはいかない。
「うまくやればいいんですよう。
 そりゃ、素手での挌闘といったら私のほーが手馴れてるってもんですが。
 戦闘中にパイロット交代とか無茶ですしね。
 こう、私の指示通りに動くとかならどうです?
 せっかくですし、素手挌闘のコツも覚えましょうよ!」
「それは、今実戦でいきなりやるべきことか?」
 まず訓練をした方がいいのでは、と言う司に、
「そうですけど」
とサクラコは肩を竦めた。
「必要になったら、ってことですよ。臨機応変に行きましょ」

 アウークァは飛行可能なイコンではないので、飛空艦の甲板に布陣し、巨大良雄が地表を突き破るまで、屍龍や虚無龍からの防衛を担う。
 だが、飛べないからこそ、敵の動きにつられて艦を離れすぎてしまうようなこともないだろう。
 良雄のジャンプの波動で弾き飛ばされた虚無霊が、そのままの勢いで飛空艦に向かって来た。
 それに向けて、司は弾丸を惜しまずマシンガンを連射する。
「はいっ、ここで飛び掛って!」
「サクラコ」
「冗談ですって」
 ちょっと肩の力を抜いてもらっただけですよう。そう言ったサクラコに、
「やれやれ……」
 ふっ、と司も口元を緩めた。



「何で戦闘に駆り出されてんの、俺船内業務で来たつもりなんだけど」
 今日のカレーの仕込みまだなんですけど、と、東條 カガチ(とうじょう・かがち)は面倒くさそうにぶちぶち文句を言う。
「ああ、今日は金曜日であったか」
 パートナーのマホロバ人、東條 葵(とうじょう・あおい)が頷いた。
「どうしようかなあ、チキンもポークもやっちゃったし、今日は豆カレーで行こうか」
「1ヶ月経ったのだな……。
 時間の感覚もよく解らなくなっていたものだが、カレーが出ると、ああちゃんと時間が進んでいるのだと自覚したものだ」
「ちょっとキミ達、
 あたしをこんな辺鄙な場所に呼んでおいて、カレー談議に花咲かせてるんじゃないわよ」
 カガチのパートナー、奈落人のマリー・ロビン・アナスタシア(まりーろびん・あなすたしあ)が呆れて言う。
「カレーはもう見飽きたわ。
 せめてカレーパンにしなさいよ!」
「辺鄙なの?」
 椎名 真(しいな・まこと)が訊ねた。
 このナラカの底に降りて、パートナーの奈落人、椎葉 諒(しいば・りょう)の憑依から解放されている。
「少なくともあたしはこんなところに来たことないわね。
 もっと街っぽいところで歌ってるもの」
「歌、歌ってるんだね」
 守護天使のミミ・マリー(みみ・まりー)が訊ねた。
「そうよ。ま、キャバレーみたいなところだけどね」
 自嘲気味に肩を竦めたマリーに、ミミは首を横に振る。
「そういえば、アナスタシアさん、マリーって名前なんだね。
 僕も名字がマリーって言うんだ。おそろいだね」
「あらやだ、ほんと?」
 ふふ、とマリーは笑う。
「壮太も可愛いって思ってたけど、キミも可愛いわね。
 何だか妙なシンパシーも感じるし、仲良くしましょ」
「ナラカのこととか、色々、今度ゆっくりお話したいな」
「デートの約束してる場合じゃねえだろ」
 ミミのパートナー、瀬島 壮太(せじま・そうた)が溜め息をつく。
「奈落人にも色々な人がいるね」
 真が、諒やマリーを見て言った。
 敵意を剥き出し、襲撃してくるあの奈落人達とは、全然違う。
「そりゃそうさ。
 奈落人といっても色々いる。
 そうだな、犬には、土佐犬のような種類もあれば、豆柴のような種類もある。
 それと似たようなものだ。
 奈落人にも、あんなのやこんなのがいるのさ」
 あんなの、で敵奈落人を指し、こんなの、でマリーを指差す。
「ちょっと、私が豆柴?」
「可愛いね」
 ミミがにこりと笑って、マリーはかくっと肩を落とす。
 いいけど、もっとこう、歌姫っぽい優美な犬種があるんじゃないかしら……
 諒は苦笑した。
「この辺の奴等は、特に凶暴な気はするがな。
 環境のせいか……」

「にしても、カレー、カレーか……」
 カガチはふと思い付いた。
「あの良雄にカレーでも食べさせれば、体重増加で踏破時間短縮にならないかな?」
「あの巨大な口に、どんだけの量のカレーを作ればいいんだ。
 むしろダイエットじゃないか?」
 諒が言う。
「筋肉は脂肪より重いってやつ?」
 真の問いに、諒は頷いた。
「ジャンプで運動してんだから、両手に20キロずつくらいの錘をつければ痩せるんじゃないか?」
「0がふたつかみっつくらい足りないと思うぜ。
 つーかその錘をどっから持ってくるんだよ」
 壮太が言った。
「そこは勿論、具現化で補うのさ。
 カレーはウミウシでも使って作りゃいいだろ」
「それは俺がやる。諒には警戒しててもらわないと」
 諒の言葉に、真がそう言って、壮太は頷いた。
「つまり、巨大なオレが巨大なカレーを持ってて良雄の口に突っ込めばいいんだな!
 ついでにカツアゲしてもっといっぱいジャンプさせてやるぜ!」
「何か壮太、生き生きしてる……」
 ミミが呟く。
 もう更正したと思ったんだけどなあ。
 壮太が以前、結構なやんちゃ振りを見せていたのをミミは知っている。
 誰かをカツアゲジャンプさせていたことも日常茶飯事だった。
 今では真人間になった、と豪語する壮太だが、やはり、染み込んだ習性はそう簡単には取れないものなのだろうか。
 巨大ウミウシカレー、と葵が呟いた。
「……それ、少しでいいから、齧らせてくれないだろうか」
「キミの食への執念は、ホント半端ないわね」
 マリーが呆れる。
「パラミタの人間がウミウシを食べようなんて、聞いたことないわ」

 そんな会話の末、壮太はミミに護衛されながら、巨大自分を出現させようとするが、中々具現化されない。
「あら、あれじゃない?」
 マリーが、巨大良雄の顔付近にいる虚無霊を指差した。
 その上に壮太が立っている。
 頭上に、身長と同じくらいの巨大な皿を持ち上げていた。カレーだ。
「出た!?」
「でも!」
 確かに、それは巨大な壮太だった。だが。
「……100メートルくらい、か?」
 その大きさは、100キロの良雄に、遠く及ばなかった。
 アスコルド大帝の力を持った良雄と、普通の人間の壮太では、その具現化能力に大きな違いがあったのだ。
 一方で、真が具現化させたパワーアンクルは、良雄の手首に巻きついた後、巨大良雄の手を丸呑みしている。
「……やばいな」
 諒が眉を寄せた。
 100メートル壮太が、虚無霊を踏み台にジャンプした。
 その頭上のカレーが盛り上がり、ウミウシに変化する。
 ウミウシカレーは良雄の顔に突っ込み、食べ始めた。
 そして巨大壮太は、良雄ではなく、想像主である壮太達の方に突っ込んでくる。
 その姿もまた、巨大なウミウシに変化しつつあった。
「これは一旦、逃げた方がいいぞ」
 諒が判断する。
 生身で、100メートルウミウシに対峙するのは無謀だ。
「一撃目を避ければ大丈夫よ。
 近くにもっと大きな餌があるんですもの。そっちに向かうわ」
 マリーが言ったが、その時葵が、殆ど本能的に、ウミウシの方に向かった。
「本当に恐ろしいウミウシだよあれは……!」
 目がぎらりと輝いている。
 彼の目には今、ウミウシは食材にしか見えていなかった。
 ああもう、とカガチはハンカチを取り出す。
「別に止めないけどねえ、せめてその涎は拭いて行きなさい、それじゃまんま妖怪です」
 危なくなったら帰ってくるんですよと母親のようなことを言われながら、葵はウミウシに向かった。――そして。

「だからウミウシって言っただろはいはい頑張った頑張った」
 と、意気消沈して戻って来た葵を適当に慰めるカガチの姿があったのだった。