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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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chapter.14 罪ス杭 


 尋常ではない威圧感が広間全体を覆い、解き放たれた刃は周囲の者たちの背筋に悪寒を走らせた。それほどまでにハルパーを持った宗吾は迫力に溢れていた。
 すっと曲刀の刃を指で撫で、宗吾は一歩前に出る。同時に全員が警戒を強め構えたが、晴明だけは棒立ちであった。
「宗吾、それを渡すでありんす……!」
 ハイナが厳かな口調で言う。しかし宗吾は、ハイナの方を見向きもせず言葉だけを返した。
「やだよ。これは、やーくんと仲良くなるために俺が見つけてきたんだ」
「なっ……!?」
 敵だ。明らかに今、宗吾は探索隊にとって敵だ。ハイナとのやり取りでそれを察した生徒たちは、宗吾を囲んだ。
「これはいけませんねー。ご飯かお風呂か聞こうとしてたんですけれど、答えてくれそうもないです」
 言って、炎の精霊を召喚したのは待ち伏せ組のひとり、神代 明日香(かみしろ・あすか)だ。パートナーのノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)――通称ノルンは、それを無垢な瞳でじっと見つめている。
「でも、一応言いますねー? ご飯にする? お風呂にする? それともわたし?」
 背後に精霊を従えたまま、明日香は宗吾に詰め寄ろうとする。おそらく三つ目の選択肢は、彼女からの一撃を意味するのだろう。いや、この状況ではどれを選んでも、明日香は精霊をけしかける気だろう。
 しかし宗吾は、ただ黙って顎だけで神海に指示を飛ばした。「邪魔する者を消せ」と。無言で神海が尺八を取り出し、音を鳴らす。すると歪な音が塊と化し、まるで地下城突入時、地下二階にあったヒトダマのような姿で明日香に襲いかかった。今にして思えば、あれも神海のものだったのだろうか。あっさりとヒトダマを消すことが出来たのは、術者本人だったからかもしれない。
 真っ直ぐ明日香の元に向かったそのヒトダマに似た塊は、精霊の炎に包まれ弾け消えた。しかし同時に、明日香の精霊も消滅する。
「もしかしたら、強さに魅せられているのかもしれません……」
 明日香は、初撃を防いだことで――もっと言えば相手に攻撃させ、明確な敵意を晒したことで役目は終えたと自分を諌め、後方に下がった。ここからは他の生徒たちの出番だということだろう。ノルンがその際、鳥を召喚し明日香の後退を手伝っていた。
「明日香さん、無事ですか?」
「大丈夫です。でもあれは、呪いなのでしょうか……」
 明日香が宗吾の方を見る。彼女は探索隊が地下に潜っている間、地上で文献を調査していた。そこで見つけた一文が、彼女の頭から離れなかったのだ。
 罪ヲ作ル刀。
 それが、文献にあった文字だった。そこから明日香は、ハルパーには呪われた力、あるいは人を魅せ取り憑かせる強さがあるのではと考えていた。しかし今それを確かめる術はない。
「こうなってくると、ハルパーを取得したから天井が崩れたんじゃなく、人為的な破壊だったってことか」
 そう口に出しながら、退いた明日香の代わりに宗吾の元へ駆け寄ろうとしたのは橘 恭司(たちばな・きょうじ)だ。最初は地下城自体の罠という線も視野に入れていたが、明確な敵が現れたこの状況では、今口走ったような結論に至らざるをえない。
「……まあ、どっちにしろ、今はそんなこと考えてる場合じゃないな」
 宗吾を説得しようと近づく恭司だったが、神海がそれを阻む。
「通さぬ」
「なら、実力行使だ」
 恭司はワイヤークローを構え、拘束せんと鉤爪を神海に放った。しかし笠を被って視界が狭いはずの神海は容易くそれを回避し、先程と同じ音の弾を出して反撃に出た。
「っ……と」
 自分に向かってきたそれを身を捻ってかわした恭司は、呼吸を整えて神海を見る。彼の立ち振る舞いが、簡単にいかない相手であることを示していた。
 と、次の瞬間、恭司も、神海自身も思っていなかった事態が起こる。突然神海の袈裟の中からひらひらとした紙が飛び出し、彼の深編笠に張り付き視界を奪ったのだ。
「!?」
 一瞬動きが止まる神海。それは、地下二階で神海と会った由乃羽がこっそり仕掛けていた式神であった。
 さすがの神海も、時間差で仕掛けられていた不意の攻撃には咄嗟に対応できなかった。
 恭司が好機と見るや、ワイヤークローで動きを拘束する。鉤爪のついた縄で縛られた神海に、もはや抗う術はなかった。
「ぐ……」
 どう、と畳に伏した神海に、由乃羽が近寄り見下ろして言った。
「これで、現行犯逮捕ね。で、結局素顔は見せてくれないの?」
 由乃羽の問いに答えないことが、神海の最後の抵抗だった。
 いや、元より彼はそこまで抗う必要すらなかったのかもしれない。宗吾にハルパーを渡した時点で、彼はもうその役割を充分果たしていた。

 一方その宗吾は、真っ直ぐ晴明の方へと駆けていた。瞬く間に距離を詰めた宗吾は、ハルパーを手に嬉々として晴明に斬りかかろうとする。が、振り下ろそうとしたその手が止まった。
「……?」
 その動きに生徒たちが一瞬釣られ、彼らの方を向く。宗吾は、少し悲しそうな顔をして晴明に言った。
「どうしたんだよ、やーくん。なんでぼーっとしてるんだよ」
「……」
 宗吾の言葉に沈黙を貫いていた晴明だったが、やがて意を決したように、その口を開いた。
「……なんでだよ」
「え?」
「なんでだよ!! 友達じゃなかったのかよ!」
 それは、晴明の口から出ることはないと思っていた言葉だった。「一緒にいる」「行動を共にしていた」と言ったり、周りから尋ねられてそう答えることはあっても、自らそれを言うことはなかった。それほど必死に振り絞った晴明の「友達」という言葉は、宗吾の言葉を引き出した。しかしそれは、随分あっさりとしたものだった。
「そうだよ?」
「だったら!! なんで言わない!!」
 晴明の激昂にも、宗吾はただ不思議そうな顔をして見つめるだけだ。晴明はせきがきれたように宗吾に言葉を浴びせた。
「神海のことだって、ハルパーのことだって、俺は……俺は何も知らなかった!」
 宗吾が神海から光条兵器を取り出すその光景を初めて見た彼は、俄に信じがたいという顔をしていた。
 長い間一緒にいた者が剣の花嫁で、しかもその契約者もずっと一緒にいた仲間だという現実を、受け止めきれないでいた。
「聞かせろ……」
「え?」
「聞かせろよ、俺が知らないこと全部! 千住やお華のことだって、俺が知らない何かがあるんだろ!?」
 既に血走った目で、晴明が叫んだ。すると宗吾は躊躇なく首を縦に振ると、すっと押入れの奥の抜け穴を指差した。
「……?」
 その意図が分からず、困惑する晴明。
「あれ? 千住とかお華のいるとこが知りたいんじゃなかったのか?」
 宗吾が意外そうに聞く。晴明が操られたように頷くと、宗吾は信じがたいことを口にした。
「あいつら、地下にいるよ。もう死んでるけど」
「……え?」
「いやだから、さっき殺してきたから。ふたりとも」
 晴明の視界から、色が消えた。耳鳴りがやかましく響く。目の前の男が何を言っているか、晴明はまったく理解ができなかった。
「おい、何言ってんだよ」
 ようやく口をついて出た言葉。晴明は宗吾を問い詰める。
「なあ、嘘だろ……なんでだよ、意味が分かんねえって」
 なぜそんなことをしたのか。いや、そもそも本当にそんなことをしたのか。晴明は頭を整理しきれないまま、ただ背筋に冷たいものを感じていた。彼ははっきりと、目の前の男に恐怖を感じていた。宗吾の言葉を否定しつつも、彼の放つ雰囲気が、冗談ではないと五感が教えていた。
 宗吾が自分たちに敵対した理由も、ふたりを殺した理由も分からないまま晴明は一歩後ずさった。
「なんだよ、なんで逃げるんだよ。仲良くしてくれよ、やーくん」
「うるさい!」
 晴明の怒号にも怯まず、宗吾は晴明が退いた分歩を進めた。同時に彼が告げた言葉は、晴明の脳裏にあることをよぎらせた。それはこの直後、彼にさらなる絶望を与えることとなる。
「せっかく俺、こんな強い武器手に入れたんだぞ。やーくんと仲良くなるために、何人殺したと思ってるんだよ」
「!?」
 晴明の全身を、冷たいものが這っていった。
 ――何人?
 それは明らかに、千住とお華以外の分も指していた。身の回りで死んだ人。晴明は真っ先に思い浮かんだその人物を頭から振り払おうとする。しかし、もう、宗吾の言葉と晴明の記憶はくっきりと結びついてしまった。
「もし……かして……」
 既に分かりつつある答えを、晴明は口に出せない。ただ心には、あの雨の日、斬り殺された母の姿が鮮明に映っていた。
「だってほら、あの人いたらやーくん、こっち来てくれないかなって思ってさ」
「こっち……?」
 最早声を出すのもやっとの状態で、晴明が聞いた。宗吾は次に告げた言葉は、すべてを結びつけた。
「寺院だよ。せっかく神海も熱心に勧誘してたのに、あの人が全部やーくんの前で止めちゃうんだ。困った人だよな」
「あ……あああ……!」
「千住もお華も悪いヤツらじゃないんだけどさ、どっかでこうしとかないと、やーくんとふたりになれないだろ?」
 ぷつんと。晴明の中で、何かがきれた。
 もう宗吾の言葉など全身が理解を拒んでいたが、内から溢れる憎悪がただ叫んだ。目の前の男を許すことは出来ないのだと。
「おおおあああああっ!!」
 晴明が式神を呼び出す。それは深守閣で一度見せた、彼にとって最大の威力を持つ「バイ・オール・ミーンズ」だ。宗吾はそれを見て、満面の笑みを浮かべながら言った。
「遊ぼうぜ、やーくん」