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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

リアクション


chapter.4 吐露 


 セレンフィリティが唐突にとったその行動に、一同は一瞬、動きが固まった。目の前のこの女性は、明らかに千住に対し攻撃の意思表示をしている。
「おい、なんだお前は? 初対面のヤツには銃を向けろって学校で習ってんのかあ?」
 千住が啖呵を切るが、セレンフィリティは銃口を下げない。と、彼女のパートナーであるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が後ろからセレンフィリティに声をかけた。
「ちょっとセレン、いくら怪しいからって、いきなりこれはないでしょう?」
「人生には、確証がなくても即座に決断を迫られる瞬間があるのよ」
 パートナーが行動を止めさせようとするも、セレンフィリティはお構いなしだ。セレアナの様子から察するに、セレンフィリティが千住を敵と思った理由に根拠はないようだ。ただ崩落時に千住を目撃したという一点だけ、しいて付け加えるなら、女の勘、といったところだろうか。
「とりあえず大人しく捕まりなさい!」
 セレンフィリティの指が、引き金にかかる。千住のそばにいた雄軒は既に迎撃体制に入っている。
「その変なカラクリ人形ごと、動けなくしてあげるわ!」
 セレアナの制止も聞かず、セレンフィリティはついにその銃弾を放ってしまった。躊躇なく撃った彼女のその行動は、もし千住が敵なら英断となり、味方であったなら愚挙となるだろう。そして現時点でそれを確かめる術は、ない。
 一直線に千住の持っているカラクリ人形に向かっていくその銃弾であったが、それは千住の人形にも、護衛をしようとした雄軒にも命中することはなかった。
「!?」
 セレンフィリティが、目の前で起こった光景に目を丸くする。
 そこには、彼女の銃弾を自らの腕で防いでいた度会 鈴鹿(わたらい・すずか)が立っていたのだ。
「良かった……間に合いました……!」
 鈴鹿は、ダメージを負った様子もなくそう口にした。肝心の銃弾は、鈴鹿の腕を射ぬくことなくぽろりと地面に落ちた。
 鈴鹿は、龍鱗化によって皮膚を硬質化し、セレンフィリティの銃撃を防いだのだ。鈴鹿は銃撃の主に、きっぱりと言う。
「確かに、あの状況からでは千住さんが疑いを持たれてもおかしくはありません。けれど、攻撃を加えるのは話を聞いてからでも遅くないはずです!」
 凛としたその声に、セレンフィリティの動きが一瞬止まった。それを見計らい、鈴鹿は背後の千住を向いて話しかけた。
「千住さん、教えてくれませんか? あの時四階では一体、何が起きていたのですか……? あなたの事情も知らずに、疑ってかかりたくないのです」
 そう言って鈴鹿は、包帯からのぞく千住の目をじっと見据えた。それは、彼の真意を見極めた上で、信じようとしている眼差しだった。
 仮に裏切り者だったとして、目的が達成されるまで怪しまれるような様子を見せるだろうか。
 あの時四階で踵を返したのは、本当の犯人を追っていたからではないだろうか。
 いくつかの仮定が彼女の頭を駆け巡る中、千住が口を開いた。
「何が起きたも何も、いきなり床が崩れちまったんだって。俺だって落ちそうになったんだ」
「じゃあなんで、そのまま踵を返したの?」
「それはお前、俺ひとりが降りてってもどうにもならねえだろうよ」
 セレンフィリティが口を挟むが、それでもやはり千住はいつものどこかおちゃらけた物言いであった。鈴鹿はさらに問いかける。
「たとえ疑われるような状況であっても、やらなければならないことがあったのでしょう?」
「やらなければならないこと……まあ、そんなとこだ」
 微かに言葉を濁した千住。セレンフィリティは「もう充分でしょ」と再び銃を構えようとするが、それを押しとどめたのは鈴鹿のパートナー、織部 イル(おりべ・いる)だった。
「いずれにせよ、こうして多くが疑心暗鬼に駆られていれば、敵の思うツボじゃの。このままでは取り返しのつかぬことになりかねぬ」
 そう言ったイルは、さらに言葉を続けた。
「外見だけで判断しては痛い目を見よう。それよりも妾が気になるのは、お華殿じゃ」
「お華だぁ?」
 思わず聞き返した千住に、イルがその理由を告げた。
「あの時、思い返せばお華殿の姿を見かけなかった。もし妾が潜入した敵ならば、何が起こるか知れぬハルパーを真っ先に触ろうなぞはせぬ。充分危険が取り除かれた後に手にするじゃろう……」
 確かに、その理論からいけばあの時目撃されていなかったお華が怪しくなる。とはいえ現段階では、あくまでイルの予想に過ぎない。
 お華についても、目の前の千住についても確証はまだ得られていないのだ。
 千住を敵と判断し攻撃をしかけたセレンフィリティと、千住を信じ守ろうとする鈴鹿。真偽を決めかねている陽太や陣、佑一ら。そして雄軒は依然として、千住のそばで警戒を怠っていない。これだけバラけた立ち位置になってしまっては、イルの言葉通りの展開になるのは目に見えていた。少しの間膠着状態となった場の静寂を破ったのは、雄軒だった。
「あなたたちがどう判断するも自由ですが、私は彼に近づく者を排除するだけです。さしあたって、そこのあなた、その銃を下ろしてはいかがですか?」
 雄軒が、セレンフィリティを指さした。挑発気味にそう言われ、大人しく受け流せる彼女ではない。
「……あんたも一緒に捕まえた方が良さそうね」
「セレン」
 セレアナが前のめりになっている彼女に触れようとするが、それよりも早くセレンフィリティは雄軒目がけ素早く駆け出した。しかし、それを雄軒のパートナー、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)が阻む。
「主に手を出す者は、許さぬ」
 重厚な甲冑をまとったバルトは、迎え撃とうとヘビーアームズを頭上にかざす。直後、ふたりの間に大きな衝撃音と共に火花が散った。セレンフィリティが至近距離で放ったライトニングブラストが、バルトの腕と衝突したのだ。
「やはり、こうなってしまったの……」
 イルがぽつりと呟いた。このままでは犯人を見極めるどころではない。必死でなだめようとするセレアナや争いを止めるよう呼びかける鈴鹿の言葉も、ふたりには届いていないようだった。
 そんな最中、ひとり陣は千住の言動のひとつひとつを反芻し、辻褄の合っていない部分がないか思い返していた。
「ひとりで降りていってもどうにもならない……やらなければならないこと……」
 と、鈴鹿と千住の会話の中で出てきたそれらの言葉を繰り返しているうちにあることに気づいた。
「やらなければならないことって、なんや……?」
 千住があの状況で、ひとりで降りていっても無駄だと判断した上でやることがあるとすれば、なんだろうか。
 敵でないのなら当然、救出だろう。しかし自分たちが千住を見つけた時、千住は何をしていただろうか。
 この階段付近で、ただ立っていただけだ。そこに陣は、引っ掛かりを覚えた。
「これは、リアル千住ピンチかもしれんなあ……」
 陣はちらりと千住の方を見た。彼はバルトに加勢するでも、セレンフィリティと戦うでもなく人形を抱えながら目を細めていた。
 その時だった。予想外の方向から、ふたりの生徒が姿を現した。
「急いで来てみれば……とんでもないことになってるな」
「おぬしが、千住か」
 そう口にしたのは、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)とパートナーのアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)、彼らは千住を探していた生徒たちとは違い、階上――地下三階から現れた。
 地上で調べものをしていた彼らは、地下で起きた異変のことを知り急ぎ地下へと降りてきたらしい。そんな彼らが見たのが、千住を中心に生徒たちが入り乱れている様子だった。
「崩落に立ちあってたのは事実でしょ!? それを庇うなんてどうかしてるわ!」
「この男を庇っているのではない。我は、主を守っているだけだ」
 一触即発の空気の中、セレンフィリティとバルトの争う声が響く。
 真司は、地下にいたわけでも立ち会ったわけでもない。故に、千住に関する詳しいことは把握しきっていない。それでも、この場の様子から、千住を放っておくことが得策ではないと判断した。
「……どうやらひとまず、ヤツの身柄を確保しておく必要がありそうだな」
 言って、真司がアレーティアに目配せをする。アレーティアはこくりと頷き、自らの周囲にざあっとイコプラを配置させた。
「フェイク、ナハト、アーベント、アーク……千住の動きを止めよ」
 名前を呼ばれた四体のイコプラが一斉に散開し、千住を取り囲もうとする。しかし、それは雄軒によって防がれた。
「物騒な人が多いですねぇ……」
 アーベントの後方射撃と同時に対象に近づこうとしたナハトの切り込みを、雄軒は鉄のフラワシを展開させて防いだ。同時に千住の背後へと回りこもうとしていたアークを、狂血の黒影爪で迎撃する。
「イコプラですか……残念ですね。本体が来れば、面白いことをしてさしあげようと思っていたんですが」
 周囲のイコプラを払いのけながら、雄軒が不気味に笑った。
 彼が使おうとしていたもの、それは契約者の能力を一時的に封じる、「Pキャンセラー」という道具だった。これを受けた契約者は、一切のスキルが使用不可となる。
「このままではラチがあかぬの……」
 イコプラを操りながら、アレーティアがぼそっと呟いた。狙いは千住だったのだが、雄軒が立ち塞がっていることで彼までイコプラの攻撃が届かない。一方のセレンフィリティも、バルトとの交戦が続いたままである。
「……やむを得んな」
 アレーティアは、四体のイコプラをすっと自陣に引き戻しながら言った。それを受けて、真司が入れ替わるように雄軒と対峙する。
「おや、次はあなたが相手ですか。ならば次こそ、恐怖を与えてあげましょう」
 雄軒が再び、Pキャンセラーを取り出した。同時に、バルトもその力を余すことなく解放する。加速ブースターを起動させたバルトは、速度を増した肉体にさらに金剛力の威力を上乗せし、両腕を振り下ろした。
「……砕けよ」
 ごう、と風を切り裂く音と共に、圧倒的な破壊力がセレンフィリティに襲いかかる。
「っ!」
「セレン!」
 女王の加護により防御力は高まっている。が、それでも防ぎきれるかは微妙なところだった。バルトの放った一撃がセレンフィリティの全身を砕く……かに思われたが、それは寸前で外れた。
「んにぃ……まだ敵も味方も分からないのに、ここまで本気で戦ったらまずいよ」
 そう言ってセレンフィリティとバルトの間に入ったのは、陣のパートナー、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)だった。先の攻撃が外れたのは、彼女が素早い動きでエアリアルレイヴを叩き込み、咄嗟にバルトの矛先をずらしたためである。
 虚しく空を切ったバルトの攻撃だったが、それでもバルトは驚嘆も落胆もせず、ただ冷徹に次の一撃の準備を始めた。
「また来るよ!」
 リーズが周りに注意を促す。バルトを抑えこむため、彼女たちはそれぞれの武器を再び構えた。

 一方で、アレーティアは引き下げた四体のイコプラの代わりに、ひとつのカプセルを取り出していた。その眼前には、千住がいる。
 本来なら雄軒が割って入り邪魔をされるところなのだが、真司が彼と対峙したことで、雄軒の手が回らなくなっていた。
「ようやく辿りつけたのう。いくぞ千住」
 アレーティアの口ぶりは、単に「怪しい人物を拘束しよう」というものだけではないように感じられた。
 もしかしたらカラクリ使いとイコプラ使いという類似点を見出し、競いあうことに興味があったのかもしれない。
「いでよ、『羅刹王』」
 言って、アレーティアがカプセルから取り出したのは三メートルほどはあるであろう、他のイコプラより一回りも二回りも大きいイコプラであった。
 といっても、羅刹王と呼ばれたそれはおおよそ一般的なイコンの形状をなしていなく、獣のような姿をしていた。白い頭髪と黒の甲冑をまとったその姿はただならぬ迫力を湛えている。
「……んん?」
 千住が目を凝らす。姿を現した羅刹王は漆黒の甲冑であったはずだが、その色が次第に赤く変色していったのである。これは、アレーティアが羅刹王を式神化させ操る際の現象だ。
「どういう仕組みか知らねぇが、来るってえんなら加減しねぇぞ?」
 目の前の敵意に呼応するように、千住は指に絡めた糸をぐいと引っ張った。すると彼の人形が正面を向き、無機質な眼でアレーティアを射抜く。
「勝負じゃ千住」
 アレーティアが羅刹王に命を下す。すると、羅刹王は主の言葉に従って、千住に突進しつつ掌打を繰り出した。千住は素早く指を引き、人形の右腕を操作する。胸の前へと構えられた人形の右腕は、あっさりと羅刹王の掌打を防いだ。
「ひひっ、手ぇ出してきたんなら、やられても文句ねぇよなあ?」
 千住が笑いながら人形を踊らせる。糸で操っているとは思えぬほど滑らかな動きで、人形は羅刹王へと近寄った。その手が羅刹王にかかるかと思いきや、人形はイコプラを通り過ぎ真っ直ぐ操縦者であるアレーティアの元へと走る。
「!」
 アレーティアは咄嗟に飛び退いた。あと僅かでも危機を感じ取るのが遅れていたら、人形の手刀が彼女の喉を裂いていたであろう。
「……」
 そのやり取りを見て、さすがに周囲の者も違和感を覚える。
 あまりにも、過剰防衛なのでは、と。
 千住は、明らかに敵意を通り越し、殺意を放っていた。
「千住さん……?」
 どうにか争いを止めようとしていた鈴鹿も、その気配を感じ取り不安そうに尋ねる。千住は、黙っていた。
「それが本性か?」
 アレーティアが態勢を立て直し、再度攻撃をしかけた。千住は下を向いたまま、くい、と人形を傾け羅刹王の蹴りをかわす。同時に、羅刹王の足を張り飛ばす。鈍い音と共に、羅刹王が背中から地面に倒れた。
「……ったく、鬱陶しいったらありゃしねぇ」
 ようやく口を開いた千住は、その場の全員を見下すような顔で告げた。
「お前らがうるせえから、つい我慢できず漏らしちまったじゃねぇか……殺気をよぉ」
「千住、やっぱりあんた……!」
 セレンフィリティが怒りを孕んだ声をあげると、千住は歪な笑みを浮かべた。
「最初はすっとぼけてようと思ったんだけどよぉ、崩落ん時がどうとかマスクがどうとかうるせぇよ。めんどくせぇ。ハナからこうすりゃよかったんだよな。ひひ」
 ゆらりと人形を動かし、千住はあっさりと生徒たちに言ってのけた。
「あん時床崩したのは俺だよ。芸術的だったろ?」
 彼が犯行を語ったのには、ふたつ理由があった。
 まず、彼の性格的なところが挙げられるだろう。元々千住は、嘘の扱い方に長けていなかった。ずけずけと言いたいことを言う彼の性質は、会話を武器にするには向いてなかったのだ。
 それゆえ、生徒たちに問い詰められた際に彼は感じていた。
 このまま嘘を突き通すことが、出来るだろうか、と。仮にこの場を凌げたとしても、地上に戻るまでの道のりは長い。
 その間、一切の矛盾を出さず、辻褄を合わせ続けることが可能だろうか、と。
 仮に途中で嘘が発覚した場合、共に行動することになるだろう生徒たちによって包囲され、詰問されるのは目に見えていた。そうなるくらいなら、混戦気味の今吐露した方が得と千住は踏んだ。
 そしてもうひとつは、自らが攻撃の対象となり、その中で幾度か攻防が繰り広げられたことで彼の感情の一部が刺激されたためであった。
「ひひっ、ひひひひっ……」
 千住は耳障りの悪い笑い声を漏らしながら、生徒たちへ近づく。得体の知らない不気味さに生徒たちが間合いを取ると、千住の人形がぐるんと大きくその場で回り、威嚇する姿勢を見せた。
「分かるか? 俺のこのカラクリの芸術がよぉ。分かんねぇだろうなぁ。だってお前ら、生きてんだもんなぁ」
「千住さん、何を……! それはどういう……!?」
 懸命に千住を信じようとしていた鈴鹿が、彼の真意に迫ろうとする。が、彼から返ってきた答えは、到底彼女の理解に叶うものではなかった。
「あの崩落は、俺が生み出した芸術なんだよ。そのまま埋まって死んでもらわねぇと、芸術が完成しねぇだろお?」
 彼が自白したもうひとつの理由。それは、彼の異様なまでの顕示欲と芸術への執着心が刺激されたためだ。
 恋人のため新しい洋服を買ったばかりの女性のように、千住は言葉を濁しているその裏で、披露したくて仕方がなかったのだ。
「つうことで、死んで理解しろ。俺の芸術をよお」
 鞭のように糸をしならせ、千住が人形を動かした。
「させぬぞ、千住」
 アレーティアが、倒された羅刹王を起き上がらせて再度人形と激突する。両者の間で火花が散る中、千住の明確な敵意を浴びた陣も炎を繰り出し、彼を取り締まるべく攻撃を仕掛けるタイミングを窺った。
「ほら、やっぱり千住が犯人だったじゃない」
「偶然当たったから良かったものの……少しは冷や冷やさせられる恋人の心労を気遣ってほしいわ」
 セレンフィリティとセレアナも、そんな会話を交わしつつ迎撃態勢に移る。
 各々が戦う意思を見せる中、雄軒は千住のそばで静かに、表情を緩ませないまま笑っていた。
「やはりあなたは、面白い」
 千住の糸が、一際大きく宙で跳ねた。