校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 龍杜でパートナーとの出会いが過去見出来ると聞いて、月谷 要(つきたに・かなめ)は興味を惹かれた。 妻である霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)との初邂逅の時は、色々あってよく覚えていない。折角見られる機会があるのなら、あの時どうだったのか、今の自分の目で見てみたい。 「要と出会ったころ? 我ながらあまり良い時期とは言えなかったのよね……」 そう言いはしたが、要が見たいのならと悠美香はそれに同意する。 すると、2人のやり取りを何か考える風で見ていた月谷 八斗(つきたに・やと)までもが言い出した。 「俺も。……俺も見たいものがあるんだけど」 「だったらみんなで一緒に見ようか」 「……ごめん。俺だけで見たいんだ。それじゃあ駄目かな?」 いつになく思い詰めた様子の八斗をいぶかしく思いはしたが、何か事情があるのだろうと要は八斗の求めを受け入れ、見物したいと言ったルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)も含め4人で龍杜神社へと出掛けたのだった。 ■ ■ ■ 要がパラミタに来たのは2年ほど前だが、悠美香と会ったのはそれよりずっと前、今からおよそ4年前のことになる。 当時の要は、師匠に死なれ、すっかり塞ぎ込んでいた。 落ち込んで籠もっていたかったのだけれど、師匠はいつも『勉学と訓練の結果は裏切らない』と言っていた。勉学と訓練を放り出したら死んだ師匠に落胆されそうな気がして、機械的に続けていた。 けれどこのままそんな日々が続いていたら、心が腐って死んでしまう。それほど要の心には悲しみと空しい喪失感が沈殿していた。 その頃要は、要は京都で雑貨屋を経営している月谷 采磁の屋敷に世話になっていた。 要と同じ師匠に師事していた兄弟子であり、今は援助者でもある。 飄々として掴み所はないが良識ある采磁は、師匠の死を共に悼める相手としても、要にとって有り難い存在だった。 そして、師匠の死から立ち直れずにいる要に転機を与えてくれたのも、采磁だった。 憂鬱になるくらい、しとしとと長雨が続いていた秋の日だった。 「要、いますか?」 帰宅した采磁が珍しく要を呼んだ。 何事だろうと行ってみると、采磁は女の子を伴っていた。 「悠美香ちゃんですよ。研究所から引き取ってきたんです。今日からこの家で暮らしますから、要君も面倒をみてあげて下さいね」 「うん……」 頷きはしたものの、正直、気が重かった。 人のことに構っていられる心の余裕なんて、今の要には無かったし、こちらを見る悠美香の目もお世辞にも友好的とは言えなかった。 それでも自分も采磁に世話になっているのだから文句など言えないのだと、要は自分に言い聞かせた。 その日から悠美香とも同居することになったのだが、これがなかなか大変だった。 何しろ、最初に悠美香から話しかけてきた言葉は、 「ヘンな髪ね」 だったから、そこで要もつい態度を硬化させてしまった。 おまけに、人十倍の食欲で食事をしている要を、珍獣でも見るように眺めたりと、要からしてみたら面白くないことばかり。 采磁の手前、そこそこの態度を保って接してはいたものの、内心鬱陶しいなと思っていたし、それが憎まれ口になって飛び出すことも稀ではなかった。 それから何週間して。 悠美香は風邪を引いて寝込んだ。 「私は仕入れに行ってきますから、悠美香ちゃんのこと、頼みましたよ」 着流しの上に羽織りを引っかけたいつもの恰好で采磁が出掛けて行くと、要は悠美香の部屋に向かった。 采磁に頼まれたから、というのもある。 だからといって、嫌々ではない。 悠美香は特に好きな相手ではなかったけれど、誰かとコミュニケーションを取っていることで、少しずつ自分が師匠の死から立ち直りつつあることを要は自覚していた。兄弟子である采磁に対するのとは違う、対等に話が出来る相手との接触は、知らず知らずのうちに要を癒してくれていた。 病気だと聞けば心配になるくらいには、要は悠美香のことを認めていた、と言えるだろう。 風邪で寝ている悠美香は、やけに弱々しく見えた。 熱を測ったり、濡れタオルで頭を冷やしてやったりと、要はそれなりにしっかり悠美香の看病をした。 少し熱も下がってきて、峠は越えたかと要が思い始めた頃。 「お父さん、お母さん……」 掠れた声で悠美香が寝言を言った。 その口調があまりにも寂しげなのに、要は胸を突かれた。 これまで悠美香の口から、両親の話を聞いたことはない。けれど要と同じくらいの年頃なのだから、普通ならば両親に大切に育てられているだろうに。 両親のことを別にしても、悠美香が寂しいと口にしたことも、そんな態度を見せたことはなかった。 (ずっと気を張っていたのかな……) 弱い自分を見せないように強気な態度の下に隠して、悠美香は必死に平気を装っていたのではなかったか。 (女の子、なんだよなぁ……) 要はその時、はじめて悠美香を女の子として意識した。 眠る悠美香があまりに寂しげで儚げで愛おしくて、要はついその手を握った、それも結構強く。 「――っ!」 要の義手に思いっきり握りしめられ、悠美香ははっと目を開けた。 と、目の前に要の顔があった。 不安そうな顔は、悠美香と目が合うと、ほっとしたような表情へと変わってゆく。 締め付けられた手は痛かったけれど、そこからは自分の熱よりも温かい想いが伝わってくる……。 強い言葉を投げつけてはいたけれど、悠美香も決して要のことが嫌いなのではなかった。 ただ、研究所にいた他の被検体の子とも、研究所の所員とも、自分を研究所から連れ出してくれた采磁とも、そして自分とも違うタイプの要に、どう接して良いのか決めかねていたのだ。 急に研究所から出されて、何も分からないままこの家に連れてこられて、悠美香は不安でたまらなかった。弱い自分を見せたら何かに負けてしまうんじゃないかと思い詰めていた所為で、つい要にも強い言葉で対応してしまった。 そんなにずっと気を張っていたら、いつかは限界が来てしまうというのが分からない程度には、悠美香は子供だったのだ。 繋いだ手から感じる温かさは、もう強がらなくてもいいよと言ってくれているようだった。 (そう、よね……) 熱にうかされたふわふわした気分の所為もあっただろうか。素直にそれを受け入れることが出来て……その時から悠美香は、要に対して強がるのをやめたのだった。 実はこの時、要と悠美香との間には無意識のうちに契約が結ばれていた。 気持ちと気持ち、心と心が繋がった、あの一瞬に。 人生は何が起こるか分からない。 出会いの過去を改めて確認した要は、つくづくそう思うのだった――。 ■ 別れは時をこえて ■ これはまだ、他の皆に見せるわけにはいかない。 けれど、あの思いを忘れないため、未来の要と過去の自分の別れを、心に焼き付けておきたかった。 だから、八斗はただ1人、水盤と向かい合った――。 ■ ■ ■ ああ、そうだ……。 それは今から約20年後の未来。 俺と親父は、タイムマシンを動かそうとしていた……。 早く早くと、心ばかりが焦った。 過ぎる時間は何倍ものの長さに感じられた。 それでも、あと少しで起動というところまでこぎ着けて、まず俺がマシンに乗り込んだ。 親父も外の最終調整を済ませ、あとはタイムマシンに乗り込むだけ――その時。 アイツとその部下が追いついてきた。 親父の師匠の魔鎧を下地に、親父と母さんを混ぜるなんてことをしたアイツ。 アイツからすれば、親父も、その息子であり同じような性質をもっていた俺も、どうしても逃がしたくない貴重なモルモットだったんだろう。 当然、俺はそんなのになる気は更々無かった。 「おまえの楽しみと好奇心の為だけに、そんなものになってたまるか!」 魔法の1発でも叩き込んでやろうと思ったのに……マシンのハッチは開かなかった。 「親父! ロックを外してくれよ!」 俺はドンドンとハッチを叩いたけれど、親父はハッチを開けてはくれなかった。 最後に聞こえたのは、ハッチが開かないようにロックをかけたまま戦いはじめた親父の、「いってらっしゃい」と言う声と、アイツの怒声と、本当に俺の声かどうかわからないような、「絶対に変えてみせるから」っていう声。 そして……何も分からなくなった。 ■ ■ ■ 自分が実際に体験したことではあるけれど、それは八斗にとって心を抉る光景だった。 けれどそれに負けてはいられない。 (……あの時の親父や母さん、助けてくれた人たちに報いるためにも、俺は絶対に止まる訳にはいかないんだ) 八斗は固く拳を握りしめた――。