薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

はっぴーめりーくりすます。

リアクション公開中!

はっぴーめりーくりすます。
はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。

リアクション



2.そうして観客は集まりゆく。


 リンスがメンテナンスに来てくれと言われた場所は、教会。
 日が日なせいか、信仰心の厚い人から、友達について来た程度の人まで、それなりの人数が集まっていた。
 人酔いしそうになりながら、「おーい」と手を振るザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)の許へ向かう。
「わざわざ悪かったな」
「本当にね。人形は?」
「これだ」
 渡された人形をチェックする。
 糸がほつれていないか。破けていないか。動くか。
 丁寧に、ひとつひとつチェックしていく。
 妙に視線を感じるのは、手際を見ているのだろう。客としては変な職人に当たりたくないものだろうし。
 そうして問題がないことを確認する。
「なるほどねぇ」
 その相槌は、人形点検についての感想とは思えない。さっきの視線も相俟って、ザミエルに少しの不信感を抱く。
 とはいえ、客は客。しっかり仕事を終え、
「大丈夫だね」
 無表情に一言。
「じゃ、俺帰るから」
 ここが裏方、ひとけが少ない場所とは言えど。
 人混みの渦中であることに変わりはない。ので、さっさと帰りたいのだが。
「ちょい待ち」
「何」
 腕を掴まれては帰れない。
「観て行け、この人形劇」
「は?」
「わざわざ足を運んでもらったんだ。もてなさないんじゃ不躾だろ?」
「いや、でも」
「というわけで、ウルス、お客さんだー連れてけ!」
 聞き覚えのある名前に、うん? と首を傾げる前に、「はいよ!」とウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)が飛び出してきた。
「はぁ!? なんで居るの?」
「まぁまぁ、細かいことだから。観て行こうぜっ?」
 そうして、ウルスに半ば引きずられるようにして。
 観客席へと、リンスは連れて行かれた。


*...***...*


 その時、琳 鳳明(りん・ほうめい)は舞台袖で深呼吸していた。
 どきどき、ばくばく、心臓は高鳴っている。
 ――不意打ちだ! これは不意打ちだよ!
 鳳明は、今日、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が普段お世話になっている教会で行われるチャリティイベントの人形劇を観に来たのだ。
 そしてその後、リンスの工房に行こうと思っていた。
 ……ら、どうだろう。その本人がこの場所に居るではないか。思わず見つからないように舞台の端まで走ってしまった。
 人形の点検か何かをしていたようで、鳳明の走り去る音にもリンスは気付かず、またそのすぐ後にウルスに連れられて客席へと向かったから、見つかってはいないだろうが。
「ななななな、なんでいるのなんでいるの……!!」
 一度混乱した胸中、簡単には治まってくれない。
「こ、心の準備……」
 すぅはぁ、息を吸って、吐いて。
 幾分か落ち着いたら、はた、と首を傾げる羽目になった。
 ――って、何で私隠れてるんだろう。
 その心を読んだように。
「さて、鳳明はリンスくんを避けるようにこんな所で何をしているのでしょう?」
 セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)の、その言葉。
「さ、避けてないよ! ちょっとびっくりしただけだ、よ……」
 言いながらも、自覚する。
 避けているじゃないか。彼の姿を見つけて、隠れているんだから。
 ――で、でも、でも、避けるって、嫌いじゃないとしないよ! だから私のこれは、避けるじゃないよ!
 そう言いたいのだけど、上手く気持ちの整理がつかないで言葉に出せない。
 するとセラフィーナがくす、と小さく笑い、
「自覚していないようですね」
 静かに、言った。
 ――自覚?
 鳳明は再び首を傾げる。
「キミはリンスくんの事が、好きなんです」
 …………。
 …………? 好き??
 ………………。
 ……Likeとか、そういう? ああ、えっと、それはもちろん。好きだよ、うん、す、…………。
 ――でもセラさんの言ってる「好き」って、そっちじゃない……よ、ね……?
 …………。
「固まってしまいましたか。
 何とも、予想通りの反応というか」
 第三者故か、それとも人生経験の差か。
 セラフィーナは、お姉さん然とした笑みを浮かべ、鳳明の頭を撫でる。
「鳳明は、これまで事あるごとにリンスくんと時間を共にしましたね」
 ゆっくりとした問い掛けが、心にすっと入ってくる。
 ことあるごとに。そう、一緒に居た。
 一緒に居て、一緒に笑った。
「その時の鳳明はどう思い何を感じたのでしょう?」
 どう、思い。
 無意識に、鳳明はリンスへ贈ろうと思っていた懐中時計の箱を見つめる。時を刻むそれに、過ぎた時を見つめるように。
 人形が逃げ出してしまって、手伝うよと名乗りをあげたあの時。
 友達と言ってもらえてひどく嬉しかった。
 初めて人に物をねだり、人形を作って貰う約束をした。
 月が一年で一番綺麗に輝いていた日のことだ。
 共に夜空を眺めながら、約束の人形に思いを馳せ。
 偶然鉢合わせた病院では一方的にすれ違い。
 でも、誤解がとけた時に頭を撫でてくれた手はとても暖かくて。
「それを思い返せば、自ずと答えが見えてくるはずです」
 見えてきた?
 自分に問いかける。
 答えは、見えてきた?
「……リンス君と友達になりたかったのは、憧れからだった」
 見えてきた断片を、ぽつりと零す。
「私は軍人で。戦うのがお仕事で。……その中では、壊してしまうこともあったね。
 リンスくんは人形師で。創るのがお仕事で」
 両極端に居るふたり。
 どちらにもなれないふたり。
「その私には出来ない創り手っていう仕事に真面目に向き合うリンス君に憧れたんだ」
 ……そう、最初は憧れだったんだ。
「けど段々リンス君を近くに感じるにつれて、もっとこの人に近づきたい、近くにいたいって気持ちが大きくなって」
 この人と同じものを見てみたい、同じ気持ちを共有したい。
「溢れそうなこの気持ちに私自身がどうしたらいいか判らなくなってた」
 だって、我儘みたいだから。それを言って、やって、嫌われるのは一番嫌だから。
 だから、今まで通りにしようって、望むことはやめようって、考えたりもしたけれど。
 それじゃ苦しいんだ。
「ねえ、セラさん。私のこの気持ちは、……好き……ってこと、なのかな……?」
 鳳明の問い掛けに、セラフィーナは黙る。目を閉じて、深く考え込んでいるようだった。
 しばらくして、すっと開いた瞳には優しい色。静かに言葉が紡がれる。
「鳳明はパラミタに来てから実に感情豊かになりました。
 喜楽のみ強調されていた鳳明が、ここでは怒りに奮い立ち、哀しみに打ちひしがれ……。
 そして遂に恋愛感情を得ました。
 鳳明は今初めの一歩を踏み出したのかも知れません」
 それじゃあ、つまり、やっぱり、この今の気持ちは。
「鳳明。私は、鳳明を応援しますよ」
「お、おおお応援って、いやそんなだってあのその……!」
「自覚したんじゃないんですか? もう、どうしてそんなに慌てるんです」
 苦笑するセラフィーナの手を、ぽこぽこ叩く。
「自覚したからどうとかの話じゃなくってぇ〜!」
 と、その時、
「琳鳳明復ッ活ッッ! 琳鳳明復ッ活ッッ!!」
 幼い子供独特の、張りがあり甲高い声が鳳明の名を高らかに謳い上げた。
「ヒ、ヒラニィ……どうしたの」
 その声は、南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)のもの。
 両手いっぱいにお菓子を持って(人形劇の劇場で配られている飴やクッキーだ。大人げなく鷲掴みしてきたらしい)、それで万歳と鳳明の復活を声高く言うので、
「いたた、いたっ」
 飴がぽこぽこ、当たる当たる。
 ヒラニィはいいことをした! とばかりにふんぞり返っているので、代わりに鳳明がそれを拾ってやり。
「どうしたの、大きな声出して……」
 手渡し。
「む? いや、最近何やら煩悶しておったようだしの」
 棒付きキャンディを咥えながら器用にヒラニィが喋る。
「いつもの面白……もとい、おぬしらしさが戻ってきたようだし、景気付けよ。
 まだまだ大きな壁があろう?」
 大きな壁。
 それは、気持ちを伝えること……か。
「い、いつ越えられるかなあ?」
「さあの」
「それは鳳明次第ですね」
「いつになるやら」
 はは、と苦笑すると、ヒラニィが「案外早いかもしれんの」とぼそり、呟いた。
 そんなまさか。
 すぐに告白ーだなんて、
「心がついていかないよ」
 とりあえずは人形劇を観よう。
 それから、リンスくんを探して時計をプレゼントしよう。
 言いたいことが上手く伝えられるかはわからないけれど。
 だけど、精一杯。

『間もなく、人形劇「クリスマスキャロル」の開幕です――』

「あ、」
 ノアの声で、放送がかかった。
 そろそろだ。
「行こう、席に」


*...***...*

 
「お父さん、お姉ちゃん達! この街とっても綺麗だねぇ〜」
 三つ編みにした髪を揺らし、マリオン・フリード(まりおん・ふりーど)――通称マリー――が楽しそうな声を上げた。
 軽い足取りで、たくさんの人の姿に臆することなく、ヴァイシャリーの街を見ては「あれはなぁに?」と盛んに目を輝かせる。
 それに対して、シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)――人型名、セラ・フリード――が「あれはガーランドって言うんだよ」「あれ? あれはね、スプレーで色をつけてあるけれど、まつぼっくりだよ。見たことあるだろ? 忘れた? じゃあ、今度探しに行こうか」とひとつひとつ質問に答えていく。
「楽しそうでよかったです」
 二人を見ながら、ルイ・フリード(るい・ふりーど)が頷いた。
「…………」
 そしてそんなルイを、リア・リム(りあ・りむ)はじっと見つめる。
「? どうしました、リア?」
「いや……明日は雹でも降り注ぐのだろうな、と思って」
 見上げた空は、どこまでも晴れ渡っていて雲ひとつない。穏やかな日の光が、リアを照らす。
「この快晴が崩れそうには見えませんが……?」
 と、ルイも空を見上げる。
 そういう意味ではない、とリアが息を吐くと、「?」ルイは疑問符を浮かべてみせた。
「ルイが僕達を誘って街巡りを楽しもうなんて、珍しすぎるだろ?」
 補足すると、ルイが少し悲しそうな顔をした。
 ……そういう顔をさせたいわけじゃなかったのだけど。
「今はその事はいいか。つまらない事を言ってすまなかった。
 ルイの提案に関して、僕は賛成しているしな」
 フォローなどではなくて、言っていることは本音も本音。一度、ヴァイシャリーの街をゆっくりと眺めて回ってみたかったのだ。
 いつも居る、イルミンスールの森の自然はもちろん大好きだ。
 けれど、ヴァイシャリーの街のように、綺麗に整えられた街並みも良いものだ。
 工芸品や、独自に発達した文化。服装。居住している人々の違い。そんなものを見て回るのも面白いし、興味を惹かれる。
「そのために今日は非武装だ」
 言いながら、ぱ、っと両手を開いてその場で回って見せる。
 武器もなければ鎧もない。襲撃にでも遭おうものならひとたまりもない恰好だ。
 もっとも、街を回って遊ぶ分にはこれ以上もないほど適切なのだけど。
「覚悟してもらうぞ、ルイ?」
 悪戯っぽく笑ってから、リアは先を歩くセラとマリーに早足で追いついた。
 それからマリーに手を差し伸べる。
「マリー、はぐれないように手を繋ごうな」
「うん!」
「セラ、一人先行して騒ぎを起こすなよ?」
「しーませんって。そんなに気を張らなくていいだろー?」
「気も張るさ。……そうだ、ルイ! 僕の視界に入っていろ、決して消えるな!
 此処まで来て水を差すような事はしないな? ああわかりやすく直訳すると、『迷子になるな』だ」
 マリーと繋いでいない方の手で、びしっとルイを指差してリアは言う。
 言われたルイは苦笑いして、「気をつけますね」とリアから見える位置に移動した。
 移動してから、気付いたらしい。
「そうだ!」
 ぱっ、と顔を輝かせて、提案してきた。
「ならばみんなで手を繋いで歩きましょう! そうすれば絶対に逸れることはない」
 にこり。白い歯が光を受けてきらりと光った。いい笑顔だ。そのいい笑顔のまま、「な――」と言葉を失くしたリアに向けてルイが言う。
「恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。だって私達はパートナー同士。家族で、親子みたいなものですよ」
 言われて飛び付いたのはマリーである。
「あたし、お父さんと手を繋ぐ!」
「おお! マリー、繋ぎましょう繋ぎましょう!」
「にしし。うんうん、手を繋げば迷子に頭を悩ませることはないよねー? いい提案だよ、ルイ『お父さん』♪ というわけでセラも手を繋がせてもらうぜぃ♪」
 こうして、右手にマリー、左手にセラと繋がったルイだが。
「はっ……待ってください、これではリアと手が繋げません!」
 気付いた事実に愕然。
「マリーの右手越しに繋がっている、問題ない」
「言われてみればそうですが……でも、なんだかリアが遠いですね」
「四人居れば仕方のないことだろ」
 しかしリアはつん、とした言い方を崩さない。
「むう、何かいい方法……あっ!」
「今度はどうした」
「丸くなりましょう!」
「それじゃあ前に進めないけどな」
「……でしたね」


 結局、大人しく四人で横並びになって移動することになった。
 幸い、道が広いしまだ早い時間だったので人気もそこまで多くなく、迷惑はかけていないようだった。
 何よりも、全員が楽しそうでいる。それが一番、ルイからすれば嬉しいことだ。
「向こうにある教会で、チャリティイベントがあるようですね」
 背の高いルイは、他の面々よりも視界が広い。
 そのため、チャリティイベントが行われることにも気付いた。
「行ってみましょう!」
 そして、提案。というより、誘い。
「行く!」
「行こう行こう。チャリティイベントとか、そう見れるものじゃない」
「迷子になるなよ、まっすぐ歩けよ?」
「わかってますって」
 近付いてみると、人は増えていって。
 四人で手を繋いでいるのは、苦しくなってきた。
 それに、マリーやセラは背が低いし、人に呑まれてしまう。
 ――そうだ。
 ルイは良い方法を思いついた。
「マリー、セラ。私の肩に乗っかっちゃってください」
「お父さん、いいの? 重くない?」
「羽根のようですよ」
「セラが乗っても?」
「辞書くらいにはなりましたね」
「ちょっとルイ、マリーが乗ったら羽根で、セラが乗ったら辞書ってどういうこと?
 ……って。視界がひろーいたかーい。楽しいねえ、マリー?」
「うん、いろいろ見えるね、お姉ちゃん!」
 ルイの頭上で、マリーとセラがはしゃいだ。
 そして、ルイは空いた手をリアに差し伸べる。
「最初からこうしていればよかったですね」
「な、」
「そうすれば、リアとも手が繋げました」
 にこり笑って、観客席へ。
 ほぼ同時に、人形劇の開幕が近いことを告げる放送が響いた。


*...***...*


 12月24日、クリスマスイブ。
 特別な日。
 愛が溢れそうになる日。
「だから、迷子になってもくじけない〜♪」
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は、にこにこ笑いながら「ねっ♪」と天津 麻羅(あまつ・まら)に笑いかけた。
「『どじっこ』属性によるものかえ? この迷子は……」
 麻羅が呆れたように言う。
 けれど声には怒りなんて含まれていなくて、ただ思ったことを言っただけ。
 それくらい、付き合いの長い緋雨にはわかる。
「ふふ♪ 迷った分、麻羅と一緒に居られるし、いいわよね〜♪」
 並んで歩きながら、思い出す。
 パラミタに来てからあったことを、いろいろと。
 例えば、冒険屋関係。
 緋雨は冒険屋に所属していないが、麻羅が所属していて、そのメンバーと冒険を楽しんだ。
 ――本当、いろんな意味で冒険したわねー。
 思い出して、微笑む。
 ――楽しかったし、大変だったわー。
 ――だけど、
「麻羅と知り合って、いろいろと知れて、周れて……この一年、楽しかったわ♪」
「……ふん。いろいろやらかされはしたが、緋雨と知り合えたことで飽きぬ余生を過ごせておることは事実。……礼を、言っておこうかの」
 微笑みかけたら、つんっとそっぽを向かれて言われた。
「私がドジっ子なら、麻羅はツンデレさんねぇ」
「つんでれ? なんだ、それは」
「ふふ、何かしらね。
 それよりも、私麻羅に言いたいことがあるのよ」
 疑問符を浮かべる麻羅の手を取って、目を見て、特上の笑顔を向けて。
「あなたと出会えたこの奇跡を祝福して……メリークリスマス♪」
「……おぬしと知り合えたことを奇跡とは思わん。運命だと、わしは思うておる」
「運命、か。それも素敵ね♪
 さあ、周りましょう、この街を。クリスマスを楽しまなければね♪」
「うむ。緋雨の好きな所に案内せい」
 緋雨は麻羅の手を引いて、背後にパラミタペンギンをぞろぞろと連れ歩いて。
 まずは教会かしら、と前方に見える建物を目指す。
 どうやらチャリティで人形劇をやっているらしく、賑わっているようだ。
「この方向……教会か? ならばわしが案内する。緋雨はついてこい」
「えぇ? さすがに、こうして見えてる場所を目指してるのに迷ったりはしないわよ〜」
「それでも迷うのがおぬしの恐ろしいところじゃ。黙って従え」
「はぁい」
 素直に緋雨は頷いて、麻羅に手を引かれて歩く。
 前を歩く麻羅が、「そういえば冒険やで何かするとゆうておったのぉ……」と呟いたのが、聞こえた。
 ――もしかして、人形劇のことかしら?
 だったら、手伝うことになるかもしれない。
 ――それはそれで、やっぱりきっと。
 楽しいのだろう。