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リアクション
●ポートシャングリラにて――突撃! 新春初売り
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)もこの日を楽しみにしていた一人だ。
「たまには、思いっきり買い物してもいいよね?」
戦闘着(?)は装備完了、普段のメイド着であるが、比較的動きやすいものを選んだ。武器(??)も装備してきた、それが、ミルディアが右手に握りしめている新春セールチラシなのである。チラシには地図やクーポン、お得情報などがびっしりと記されており、情報ツールとしてはさりげなく価値が高いのだった。
「………ってこんなに人、多いんだ……」
威勢良く乗り込んだミルディアだがしばし唖然とした。新春、それもまだ早い時間帯だというのに会場は人が溢れ埋まっていた。これは予想外だった。自分の事に関しては無頓着なで、あまり買い物らしい買い物をしない彼女ゆえ、こういう状況をよく知らなかったのだ。
「ええい、これも密林探検だと思えば怖くないっ!」
発想転換、きりりと目に炎を宿すと、ミルディアは人の波に乗り込んでいった。
さしあたってまずは、スポーツ用品店のセールに向かおう。
赤羽 美央(あかばね・みお)は人混みが苦手だが、今日は一念発起して初売りに挑んでみた。彼女を待ち受けていたのは、想像を絶する騒ぎであった。
「あっはっは、見ろ人がゴミのようだ!! あっはっは……バーゲンこわいです……」
虚勢がたちまち敗れ意気阻喪する彼女に比べると、同行者のエルム・チノミシル(えるむ・ちのみしる)は元気だった。彼の瞳は好奇心の光を放っていた。
「うわー、バーゲンって思ってたよりめちゃくちゃだね。いろんな人が猛スピードで走っているよ。皆で競争でもしてるのかな?」
たしかに競争、それも生存競争といった様相だ。二人は立ち尽くし、しばしこれを観察する。その間、ねーあれなに? と、興味を持ったものを次々に、エルムは美央に問うのであった。
「まるで戦いだねー」
というエルムに彼女は頷き、
「そう。大売り出しとは、普段は家族を守っているガーディアンである女の人達が、バーサーカーと化す日……そして、家族を守るための腕は略奪を行うための武器となる日なのです。あるいは現代のサバト……」
契約者となるまでは、病弱であまり家を出なかった美央だ。とはいえ健康になった今、ただ怖がっていてはいられない。
「あの大混雑に突入できるのは血に飢えたライオンのみ、私たちは外周をめぐって、おこぼれにあずかりましょう」
「それってハイエナみたいだねー」
「ハイエナ……ふふふ、初売りのハイエナも、また良しです」
意味深な笑みを浮かべると、美央はエルムを従え、主戦場を避けてそろそろと歩きはじめた。
菅野 葉月(すがの・はづき)は、買い物するミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)を懸命にエスコートして歩いた。ミーナに引きずられているようにも見えないでもないが、葉月は騎士、姫君を守る者ゆえここは力強く『エスコートしている』と断言しよう。
(「わざわざこんな時期に出かけるよりは、ゆっくりと品定めしつつ買い物をするほうが僕は好きですが……」)
しかれどパートナーのお願いとあれば応えたい。ポートシャングリラ自体は広大なのだが、人気の売り場となるとそれはそれは極端な混雑が展開されている。突進してくるオバサン連など危険も多い。騎士の役目は重大だ。
緊張する葉月とは対称的に、
「今度はあっちの店に行こうよ」
と、ミーナはこの空間を存分に楽しんでいるようだ。葉月の手を取って引っ張った。
「お目当てのものを探すのは大変だけど、安くて良いものを買ってこその催しだもんね。いわば宝探し? さああの店には気に入るものがあるかなー?」
「しかしあの店はさっき行ったのでは?」
「これからタイムセールなんだって、見逃せないよ。それに、今チェックしたのと比べてみたい服もあったし」
「なるほど……」
お姫様はなかなか買い物上手のようだ。
「葉月の服も選んであげるから。さ、行こっ」
「い、いや私の服は別に……」
騎士は馬車の手綱ならぬ買い物袋の紐を手に、お姫様をカジュアルブランド店にお連れするのであった。
「初売り、はっつ売り〜♪ 新春買い物夢物語〜♪」
不思議な歌を口ずさみながら、遠野 歌菜(とおの・かな)はポートシャングリラを訪れた。ちなみにこの歌は即興で作ってるデタラメソングだ。彼女は特設無料送迎バスを降りて会場を見るなり、
「わわっ 凄い人ー」
あまりの人出に仰天した。人人人、人で溢れているではないか。歌菜の驚きはこれにとどまらない、
「目指すは洋服類の福袋ね」と、するりとバスを降りてきたカティヤ・セラート(かてぃや・せらーと)は、黒で決めたセクシーな衣装(胸元が寒い)をなびかせ駆け出したのである。「お洒落の為に手は抜けないわ。さぁ、歌菜! 行くわよ!」
「え? カティヤさん、待って〜!」
慌てて歌菜は彼女を追った。
普段着であろうとセクシー度高めの良い服を着ているカティヤだが、それが可能なのはいつも、こうした特売のタイミングを逃さないためなのだ。電光石火の早ワザで、黒い混雑を右に左に回避し、カティヤは目当ての店に飛び込む。
「カティヤさん、カティヤさん、どこー?」
歌菜はようやく追いついたが、店まで来たもののカティアの姿を見失っていた。
けれど大丈夫、
「ふふっ……買えたわ」
店の黒い福袋を二つ、両脇に抱えてカティヤが姿を見せたのである。
「こっち……ひとつは歌菜の分よ。可愛い系福袋を選んでおいたから。サイズも合ってるはず」
「さっすがカティヤさん!」
艶然と微笑むとカティヤは、
「はい、羽純、持って」
と、二つとも月崎 羽純(つきざき・はすみ)に押しつけた。
「……おい、何で俺が荷物持ちなんだ?」
本日は二人に羽純も同行していたのだが、「女は買い物好きだな……」と呆れるような表情で口をつぐんでいたため、ここまであまり存在感がなかった。
「羽純くん、ごめん、自分で持つから……」
申し訳なさそうな歌菜の視線を受け、羽純は首を横に振った。
「………歌菜、そんな顔するな、嫌とは言ってない」
「ありが……」
礼を言いかける歌菜をひょいと押しのけ、
「羽純がいてくれて頼もしいわぁ♪」
どこまで本心かわからないが、カティヤは胸の前で手を組み嬉しそうなポーズを取ると、
「さ、次に行くわよ!」
今度は歌菜の手首を握り、ずんずんと歩み始めたのである。そして次々、目に付いた店に入っていく。
「羽純くん……付いてきてる……?」
「気にするな。買い物を楽しめ……」
それだけ言ってあとは黙り、女性二人の背を追いながら羽純はつくづくと思った。
(「……女は怖いな……」)
自分には真似出来ない、と、ゾッとする。
ミルディアは人の密林状態に対応しつつあった。行列にはいくつかのパターンがあり、空いているタイミングを見計らって並べばそれほど苦労しない。それになにより、とにかく欲しいと思ったものを欲しいだけ買うことができるのは気持ちが良かった。それくらいの資金はあるし、それができるほどに安いのだ。
「よーし、こっからここまで全部くださーい♪」
ああ、まさにブルジョア買い。棚の商品がザーッと自分のものになる快感があった。
「さあ、次は洋服洋服。目指せ、脱・着たきりスズメっ♪」
鼻歌うたいながらミルディアは、攻めの姿勢の買い物を続けた。
美央はオモチャの福袋を購入した。はい、とエルムに渡すと、
「わーありがとう! やったー!」
彼はこれを大喜びで抱きしめた。でも、ぱちぱちと目をしばたいて、
「福袋ってなーに?」
根源的なことを訊くエルムなのだった。袋に楽しそうな絵が描いてあるから喜んでいただけのようだ。美央は優しく教えた。
「ええ、それは余り物……いやいや、たくさんある商品を小分けにして袋に詰めて、お買い得感と開けてビックリとを楽しめるようにした素敵な袋なんですよ」
「すごい! 中身見ていい!?」
「それは帰ってからのお楽しみにしましょうよ。良いものが入っているといいですね」
「うん」
と、袋をガサガサと振りつつ、ふと気づいたようにエルムは問うた。
「みんな服とかいろんなのをいっぱい買ったりしてるみたいだけど、みお姉はあまり興味ないの?」
「え……いや、ないわけではないですが」
しかし、と美央は思い当たった。自分の分はともかく、今日は同行できなかった唯乃に、コートのひとつでも買って帰ってもいいのではないかと。だからといって、どの店に行けばいいのかさっぱりわからない。
「こうしてみると、どの店で買えばいいか分かりませんね……」
「人気があるところがいいんじゃないかな? つまり、ばーさーかーたちの戦いが激しいところ!」
「あ、なるほど! 人がいっぱい集まってる所には、きっといい商品があるんですね……」
そうとわかれば、一番熾烈そうな戦場に突っ込まなければならない……美央は唾を飲み込んだ。
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