薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

リアクション公開中!

プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

リアクション



ダンジョン 突入 


 運動場のスミに、大穴が口を開けていた。
 穴の周囲は三角コーンとロープで囲われ、勝手に中に入ったり落ちたりする者がいないよう看守が見張りについている。
 その大穴の脇に、装備を固めた探索者が集まっていた。
 探索隊の責任者とされた教導団の李 秀永大尉が、まずロイヤルガードに挨拶する。
「ロイヤルガードの皆様方には申し訳ありませんが、当施設所属という事で自分が責任者の役割を担わせていただきますッ!」
 大尉はしゃちほこばってロイヤルガード達に敬礼する。
 ロイヤルガードの隊員は、国軍の佐官に相当する地位を持つ。
 当のロイヤルガード小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、びっくりして他の者を見る。
「えっと、私はここが始めてだから別にかまわないよ?」
 美羽に視線で問われて、葛葉 翔(くずのは・しょう)もうなずく。
「同行看守はさせてもらうが、そうした役割は、いつもここに勤めてる奴に任せた方がいいだろう」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)も大尉に言う。
「ボクも看守になるけど、細かい指示とかはお任せしちゃいたいな」
「ご協力、ありがとうございますッ! 大変、心強いでありますッ」
 李大尉はロイヤルガードたちが苦笑する程、大声で礼を言う。
 それから口調を変え、今回集まった探索者全員に、この大穴が見つかった顛末などを改めて説明する。
「何か質問あるか?」
 説明を終えて、大尉が一同を見回す。
 集まった探索者の中で棗 絃弥(なつめ・げんや)が聞いた。
「乳蜜香以外で見つけたもんはどうすりゃいいんだ? 貰ってもいいのか?」
「基本的に当ダンジョンは、シャンバラ教導団の施設に準じる。旧刑務所の備品にあたる物については、所有権は教導団が有する。
 ただし所有が不明な物、団が不要と判断した物品については、探索者の慣例に従って任務終了後に現物支給のボーナスとして山分けにしてよい。
 こちらが山分けを指定するのは、早いもの勝ちにして、任務そっちのけで宝探しをされても困る為だ。もちろん特に貢献した者については考慮しよう。
 個々の品物の希望については、探索者同士で話し合うなり、クジ引きするなり任せる」
 李大尉の答えに、質問者の絃弥も他の者も納得している表情だ。
 しかしアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がいつになく緊張した面持ちで聞いた。
「乳蜜香が手に入ったら少し分けてもらえないか?」
「それは断じて認められない。ロイヤルガード隊長がロイヤルガードに下した命令を妨害する行為だ」
 きっぱりと断られたアキラは、何事か思案顔だ。ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)はつっこみ先が無く、拍子抜けする。
「アキラ、ずいぶんと肩に力が入りすぎておらぬか? 逆に怪我の原因にもなろう。ほれ、リラックス、リラックス」
 ルシェイメアはそう言って、アキラの肩を揉みほぐす。
 魔道書シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)は浮かない顔だ。
 シャンバラ刑務所について文献を探してみたのだが、奸臣アルサロムや乳蜜香については公開されている情報以上の事は分からなかった。警備システムについても同様だ。
 ちょっと技能を使って調べられる程度の場所に、重要な情報は存在しない。
 そうした情報が無いからこそ、今こうやって探索者が調査に入らねばならないのだ。



 ブリーフィングを終えると、一同は穴の中に土嚢を投げ込む。
 土嚢を積んで段差にし、そこを伝って内部に入るのだ。
 教導団員の相沢 洋(あいざわ・ひろし)はパワードスーツに身を包み、ひどく張り切っている。
「これより地下階層探索部隊は出撃する。なお、妨害する者は敵味方制圧せよ。各員武装確認、出撃だ!」
 探索者たちが彼の剣幕に眉をひそめるのを見て、カレンが彼をたしなめる。
「分かってる? テロリストのアジトに突撃するんじゃないんだよ?」

 土嚢はすぐに積まれ、念のために支えとなるロープも張られた。一同が順番に穴を降りる。
 そこは「遺跡」という言葉とは裏腹に、古びた様子もない、むしろ地上の刑務所よりも立派で堅牢な作りだった。
 穴が開いたのは十字路の真ん中で、どの方向を見ても鉄格子がはまった小部屋が延々と並んでいる。だが通路に明かりはなく、しんと静まり返っている。
 まだパラミタ大陸に来て日が浅い、教導団員叶 白竜(よう・ぱいろん)は緊張した様子で辺りをうかがう。
「まるでダンジョンもののゲームの世界に入ったようですね」
 パートナーの強化人間世 羅儀(せい・らぎ)も同感だった。
「古い刑務所なんてホラーゲームでしか探検したことないからなあ」
 教導団少尉の金住 健勝(かなずみ・けんしょう)が彼らにほほ笑む。
「ここは碁盤の目のような作りですから、よけいにそう感じるのであります。
 地球人は皆、シャンバラに来た時に戸惑うとか。皆が通る道だから、あまり気にしないのが一番であります」
「はい、ご助言ありがとうございます」
 白竜は深呼吸すると、武器を構えなおして周囲警戒を始める。
 全員の武器と装備を降ろすには少々かかり、また、ここにベースキャンプを設置する為だ。ベースと穴の上には看守が残り、警備を行なう。
 健勝はその間に、参加メンバーを役割ごとに隊列を組むよう指導していく。
 さすがに五十人余りの人数がいる為、戸惑っている者も多い。
「こちらでありますよ。今は待機をお願いするであります」
 健勝は名簿と付き合わせながら、それぞれの位置を教え、役割を再確認する。

 ふとリネン・エルフト(りねん・えるふと)が当然のように、ひとつの通路に向かおうとする。それをルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が止めた。
「待て。単独行動は控えてもらおうか」
「単独……? 私は……頼まれた役割を果たすだけ……」
 リネンはさらに説明するが、彼女は何か誤解しているようだ。ルーツはその内容を噛み砕いて理解し、忠告する。
「斥候として罠探知等をするなら、我々の数m手前で本隊の指示に従って行動をするのだ。
 そして、ここは古王国の刑務所が蘇ったものである。こうした現象は女王復活に伴い、シャンバラ中でよく見られているのだよ。
 また刑務所であるのだから、仕かけられている罠というのも警報、警備装置で、突然に致死性の罠が発動するような場所ではない。
 我々は皆、教導団の依頼を受けて、ここに来た。平等の立場だ。リネンだけが特別という訳にはいかないのだぞ?」
 ルーツは、リネンのパートナーユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)に彼女を任せる。
 方向感覚があるリネンが、マッパーのユーベルをサポートすれば良い仕事になるのは確実だ。
「リネン、地形や方向の指定は任せましたわ」
 ユーベルはリネンにほほ笑みかけ、光条兵器の大型剣ユーベルキャリバーで、辺りを照らした。
「こうした変化に乏しい単調な風景は、方向感覚を失いやすいと思いますわ。リネンが一緒で心強いですわ」
 事実だが、ユーベルは改めて言う事でリネンを励ました。

 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)は壁をにらみすえる。
「このように暗い所、灯火が不可欠であると言うのに……」
 二人は壁に杭を打ち込み、キャンプ灯を吊るして明かりにしようとしたのだが、途中で立ち寄ったホームセンターでは買占め防止の為に、キャンプ灯を一人ひとつしか売ってくれなかった。
 それでも立ち止まった時に照らす分には役に立つ。
 一行の中で希望者には教導団から懐中電灯が貸し与えられていたし、自前の照明を頼りにする者もいる。
 エシクはガツガツと力を込めて壁に杭を打ち込もうとするが、壁はビクともしない。
 ここは優れた魔導文明で栄えた古王国シャンバラの刑務所だ。簡単に壁に杭を打ち込む事はできず、また杭をつっこむような岩の隙間などは存在しなかった。

 そもそもイコン製造プラントなど、最近になって復活した五千年前の施設はたくさんあるのだが、なぜかここを地球のピラミッドのような古めかしい場所だと勘違いする者が多い。
 五千年前の古王国時代の技術と、2021年現在地球の最新技術では、五千年前の方が遥かに強力で優れた技術である。


 ベースキャンプの設置が終わると、いよいよ探索が始まる。
 一番前を歩いて警戒につきたい、という希望者は何人もいた為、それに見合う技があるか確認した上で、交代制で任される事となっていた。
 しかし入口周辺は、ただ空の独房が並んでいるだけだ。
 念のために確認する為、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)がピッキングで鍵を開けた。数人が中に入って捜索するが、何も見つからない。
 コハクは不思議そうに鍵を見る。
「無人の独房なのに、なんで鍵がかかってるんだろう?」
 その疑問には、考古学者としても活動するウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が答える。
「五千年前、また建物が現世にあった頃には囚人が入れられていたのでしょう。
 しかし女王の死亡やシャンバラ滅亡をきっかけにこの世から消え、シャンバラ復興と共に建物自体は現れたものの……そこにいた人間はそのまま消滅してしまったのです。
 五千年前から復活した建造物には、よく見られる現状です。旧シャンバラ宮殿や共に現れた市街地なども、そうだったでしょう? ただ、ここは刑務所という土地柄、施錠されているから、それが目立つのでしょう」
「死んでしまったんだ……」
 囚人相手なのに悲しそうになるコハクに、ウィングは続けて説明する。
「力……単純な腕力ではなく、存在する力が強い者であれば、仮死状態や封印状態で残っている事もあります。そうした者からは、証言を引き出す事もできるでしょう」
「じゃあ、がんばって探そう」
 コハクは小走りに次の牢の鍵開けに向かう。
 美羽はトレジャーセンス全開で、周囲を見まわした。
「うーん。こういう風に普通の独房がいっぱい並んでるだけじゃ、秘宝乳蜜香どころかコイン一枚なさそう」
 すると宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、銃型HCにシャンバラ刑務所の地図を映し出して言う。
「この地下階層も、今現在、刑務所として使っている部分も、元はひとつの大きな刑務所だったようよ。何かあるとしたら、特別な房や看守など管理側の場所じゃないかしら?」
 李大尉が美羽に申し訳なさそうに断わる。
「まずは危険要素の排除と、囚人の確保が先決だ。どちらも人命に関わるからな。
 ロイヤルガードの方々には申し訳ないが、まずは調査をできる状態になるまで待っていただきたい」
 秘宝を発見すれば砕音を退行から戻せるかも、と思うと美羽の気持ちははやるが、人命や安全に関わるなら、そちらを優先せざるをえない。
「だったら、ちゃっちゃと捜索しなきゃね!」
「美羽、トラップには気をつけて」
「うん! 気をつけてるから大丈夫」
 美羽の実力は知っているが、コハクは「もし美羽に何かあったら」と思うと、注意せずにはいられない。

 教導団員ザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)は、戦闘は他の腕っ節が強い者に任せたとして、自分はダークビジョンも併用して周囲の警戒に励んでいる。
「このダンジョン。もしかしたらザナドゥの地下王国に繋がってたりしてるかもね」
 想像力豊かに悪魔の国ザナドゥへの夢想をかきたてつつ、ザウザリアスは地味に職務を続けた。
 アルサロムならザナドゥが封印された理由を知っているかもしれない。もしかしたらザナドゥの封印を解く方法も知っているかもしれない。
 ザウザリアスの夢想は果てしなく広がった。