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リアクション
17
今日、2月14日は恋する乙女の為の日だと、水鏡 和葉(みかがみ・かずは)から聞いた。
なら、思いきって誘ってみようとシルフィール・ノトリア(しるふぃーる・のとりあ)はニノ・パルチェ(にの・ぱるちぇ)を誘いだした。
頑張ってチョコレートも作った。ラッピングだってばっちりだ。
あとはタイミングを見て渡すだけ。
チョコが入ったポシェットを抱き締め、待ち合わせ場所に向かった。
――おかしいなぁ。
ニノは少し、口を尖らせる。
――早めに待ち合わせ場所に来たはずなのに、何でシルの方が先に居るんだ?
ニノの姿を視認したシルフィールが、ほんのりと赤らめた顔を笑みに変えた。手を振っている。早足でシルフィールの許まで行き、
「早すぎだよ! ……お待たせ」
待たせたことを詫びた。
女の子を待たせるなんてしたくなかったから、結構早くに出て来たのに。
シルフィールが、ふるふると頭を横に振った。そんなに待ってないとでも言うのだろうか。
「ニノ様」
「何?」
「来て頂けて、嬉しいですの」
にこり、綺麗に微笑んでそう言わた。そりゃ来るだろ、とか、いろいろと言葉が頭をよぎったが結局なにも言わなかった。
――なんかこれ、デートみたいだな。
そう思ったら、とたんに恥ずかしくなって。
「……行こ」
「はい」
せっかくのお出掛けなのに、こんな街角で立ち止まったままなんておかしいからと、ニノは率先して歩き始めた。
そんな、まだどこかぎこちない二人を見守る影二つ。
黒スーツにサングラス姿の玖瀬 まや(くぜ・まや)と和葉である。その恰好は街の雰囲気から浮いていて、とても目立っている。最初の頃こそ、まやが「この恰好怪しくないかな?」などと言っていたが、こうして尾行するう計画を立てているちに服装もシチュエーションを楽しむ要因のひとつになっていた。
そういうわけで、そんな恰好でニノとシルフィールをつけているまやと和葉が何をしているのかというと、ただの尾行などではなくて。
「ばかっニノ! そこは何か気の利いた言葉でもいいなよ……!」
「シル、その言葉だけじゃ弱いよ! もっと好きとかそういうことをさ! 甘い言葉をさ! ねぇ!?」
良く言えば二人の恋模様を応援、悪く言えばデバガメ、である。
まやからすれば、ニノはナマイキなくせにチキンな奥手さんで進展なんてできるわけない、応援しなきゃと思っていて。
和葉からすれば、シルフィールがニノに告白したいとならば、協力したいというわけで。
出来上がった、『二人を見守る会』である。
なお、この会は
「和葉ちゃん、寒くない?」
「大丈夫。マフラーあるし、こうして師匠にくっついてるし」
結成している二人が、ひとつのマフラーを二人で共有して装着するなど、尋常ではない仲の良さも誇っている。
「それにね、こうするともっとあったかいよ!」
言いながら、和葉がまやの指先に手を絡めてきた。俗に言う恋人繋ぎだ。
「なんだか私達こそカップルみたいだねぇ」
「あはは、そうだね。でもメインはあっち二人だからねっ」
「うん、もちろん!」
なかなか大胆になってくれないニノにやきもきするばかりである。
周りの人たちは、手を繋いでいる。
どの人も、幸せそうな笑顔だ。きっと大切な人と繋がっていられるのが、とても幸せなことだからだろう。
――いいなぁ。
シルフィールは、ちらりとニノの手を見た。
ふかふか、手袋に覆われたニノの手。その手と自分の手を繋げたら。
ぽやぽやと考えを膨らませていたら、
「何きょろきょろしてるんだよ」
ニノに指摘された。頭を横に振る。
「なんでもない、ですの!」
「嘘つけ、顔真っ赤だよ」
「……う。あの。……」
ちらり、逃げるように視線をニノの手に向けた。それからまた、カップルたちの指先に。最後に、自分の手に。
――ああ、言いたいのに言えないって、こんなにもどかしいのですね……。
それでも言わなきゃ伝わらないから、
「……ニノ様。……ニノ様と、手を繋ぎたい……ですの」
そっと、小さな声で告げた。
雑踏にまぎれて消えてしまうんじゃないかと不安になったけれど。
ニノが照れたような、驚いたような、それを隠そうとするような顔をしていたから、ちゃんと届いたんだなと安堵する。そして今度は、返事を待つということに身体がこわばった。
けれど、それは長く続かなかった。
「……ほら」
そっと、手袋を外した手が差し伸べられたから。
重なる体温。ニノの手は温かい。手袋をしていたからだろうか。
「手、冷たいじゃないか。寒いの? 寒いならそう言いなよ」
言われてみれば、寒い気もする。言おうか言うまいか、どうしようかと考えていると、
「貸してやるよ」
「ふえ、」
シルフィールと繋ぐことによって、お役御免となった手袋を渡された。
「ないよりいいだろ。そっちの手にでもつけとけよ」
ニノと繋いでいない手を見ながら、ニノがそう言う。
「はい」
頷いて、はにかんで。
まだ温かい手袋を、空いた手に嵌めた。
「ニノ様と繋いだ手も、手袋を借りた手も……どちらもぽかぽかですの」
人気のない公園に着いた。
ベンチに座るその瞬間も、座ってからも、ニノはシルフィールと手を繋いだままである。
シルフィールがポシェットをごそごそとやっているが、片手では取り出しづらくないだろうか。そう思って手を離そうとしたら、悲しそうな顔をされたので、繋いだままにしておく。そしてシルフィールを見ていると、やきもきして手を離しそうになるので視線も逸らした。
「ニノ様、」
「ん?」
呼ばれて、シルフィールを見た。ぎょっとする。だって泣きそうな顔をしていたから。というより涙目だ。何があった、この短時間で。
「これ……」
差し出された手の上には、ラッピングされた小さな箱がある。
まさか、と思った。
もしや、と思った。
「……は、初めてお見かけした時から……ずっと、ずっと、お慕い申し上げていましたの。……ずっと一緒に、居ていただけませんでしょうか……?」
その通りだった。
告白だ。
予想外……というより、予想はできていたが心の準備がまだだった。不意打ちに顔が真っ赤になる。多分、告白したシルフィールに並べるくらい、真っ赤なはずだ。
「チョコレート……受け取って頂けます、か?」
おずおずとしたシルフィールの声に、背中を押されて受け取った。
「え、と。……ありがとう」
勢いにのまれたのではない。純粋に、そうしたかったからだ。
すると、ふっとシルフィールの身体から力が抜けた。手を繋いだままだったから、すぐさま抱き寄せられたけれど。
「バカ、何倒れそうになってるんだよ!」
「……あ……いえ、なんだかほっとして……」
そう言って笑った顔が、あまりにも可愛くて。
「……僕で本当に後悔しないんだな?」
僕で本当にいいのだろうか、なんて。
「他の誰でもなく……ニノ様が一番、大好きですの」
シルフィールの言葉は、一番欲しかったもの。
「……その、ありがとう」
――何度もお礼言って、何やってるんだ僕。
そう思っても、だってお礼を言いたかった。
なぜかは、知らない。
「ちょっと喫茶店で落ち着いてから帰ろうか。このままじゃお互い、帰るのが大変そうだ」
「シルはニノ様と一緒ならどこでも幸せですの」
「……ん」
握ったままの手を、ぎゅっと強く握り締めた。
離れないように、しっかりと。
それから二人で、歩み出す。
「上手くいったぁ〜!」
見守り続けた和葉は、告白の行方を見届けてから安堵の声を上げた。
「くぅ、ニノのチキンっ! どうしてシルちゃんを抱き締めたりしないんだっ! あそこは抱き締めるべきだよね……!?」
「でも、ニノくんらしいと思うよ?
それにしても……あんなに幸せそうなシル、初めて見るよ」
「ふふふっ。私も、あんなに照れてるニノを見るのは初めて」
なんだかこっちまで嬉しくなるね、幸せな気分になるね、と顔を見合わせて笑う。
「あ! シルちゃんがチョコ渡したので思い出した!」
唐突に、まやが大きな声を上げた。
「?」
「私も和葉ちゃんと一緒にチョコ食べようと思って持ってきたのっ」
尾行前から、まやがずっと手に持っていた鞄。その中から板チョコが出て来た。
どこにでもある市販品だけど、
「えへへっ半分こして食べよっ♪」
そう笑って、はいあーん、なんてしてくれるから。
「美味しい?」
「とっても美味しい!」
今まで食べたどのチョコよりも、なんていうのはさすがに大げさだけど。
「ボクも師匠にあーんしてあげる!」
物陰に隠れたまま食べさせ合っているとき、まやが「そういえば」と思いついたように声を上げた。
「シルちゃんとニノが結婚したら私達姉妹になれるね!」
その将来図は、なんだかとっても楽しそうで。
「気が早いけど、私楽しみだなっ♪」
「うん! ボクも師匠と姉弟になれるなんて嬉しいな!」
早くそんな日がこないかなあと、二人を応援せざるを得ない。
*...***...*
ヴァイシャリーにある植物園前で、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)は志位 大地(しい・だいち)を待っていた。
今日が近付くにつれて、大地がそわそわし始めて。
なんだか楽しそうだったから、じゃあもう一押し、とティエリーティアから誘ってみたのだ。
――今日はエスコート頑張るぞ!
その一心で、二週間も前から観光マップを買って、どこでどう楽しむかをシミュレートした。結果、植物園となったのだが、楽しんでもらえるだろうか。喜んでもらえるだろうか。少なくとも、ティエリーティアはこの時点で既に楽しんでいる。
服装だって、昨日の夜のうちに考えておいた。朝悩んで遅刻するまいと思ってのこと。
本日の格好は、ワンピースにデニム風レギンス、セミロングブーツ。ワンピースの上からワインレッドのケープ付きコートを羽織り、首には白いマフラーを巻いている。頭にはレースで編んだ花と、ストライプリボンのコサージュを髪留め代わりにつけてばっちり。
――ああ、大地さん早く来ないかな。
待つ時間も楽しいけれど、やっぱり早く会いたいわけで。
いつもよりかさばった鞄を抱きしめて、ふんわり笑った。
久しぶりだ。
ティエリーティアと、二人で出かけるなんて。
――いつ振りでしょうか。今回こそ、邪魔は入りませんよね?
もちろん、フラグでもそういう振りでもない。
そうであることを願って、待ち合わせ場所に向かった。道中変なものは見かけなかったし、待ち合わせ場所で待っているのもティエリーティア一人きり。
「ティエルさん」
名前を呼んで、手を振った。
「大地さーん!」
ティエリーティアも手を振り返す。こっちへ来ようとして、足元の段差に躓いていた。慌てて抱きとめる。
「大丈夫ですか?」
「あわ……はいっ、大丈夫ですよー!」
「それは良かった。中、入りましょうか」
促すと、ティエリーティアが笑った。
が、入場券を買おうとして固まる。
「? どうかしました?」
「お……お財布、忘れちゃいました……」
「あらら。じゃあ俺が払っておきますね」
「うっかりです……張り切って支度していたのに」
「そういうこともありますよ。気にしないでください」
大人二人分の入場券を買って、植物園の中に入った。
「寒いですね、外」
大地はそう呟く。
この植物園には屋外施設と屋内施設があるらしい。屋内施設は温室になっていて暖かく、屋外施設はいま回っている場所だ。公園のようになっていて、散策することが可能だがそれはもう少し過ごしやすい季節になってからのほうが懸命そうである。
いくつかあるらしい温室の入り口を見つけて中に入ると、様々な種類の植物が視界に飛び込んでくる。
「わあ……」
ティエリーティアが目を輝かせた。入ってすぐの場所に、シャンバラでしか見れなさそうな植物があったからだ。
雪の結晶のような形の花や、ハート型の実のなる木。
珍しく見た目も楽しいが、
「ティエルさん、そこ、段差あります」
「はわっ」
「あ、そっちからは蔓が延びてます」
「ふえっ!」
「給水用のホース……? あ、床濡れてます! 滑らないように、」
「ひゃっ!?」
言ってる傍から躓いたり、滑ったり。
そのたびに手を差し伸べて事なきを得たが。
「……今日は、僕、頑張ろうって思ったのに……」
張り切っていた分、ティエリーティアがしょんぼりしていた。
たぶん、今日は自分から誘ったんだから楽しんでもらおうとか考えていたのだろう。
――けど、いつも通りのティエルさんですからねぇ。
「ティエルさん。俺は、こういういつも通りなティエルさんが好きですから、落ち込まないでください」
「うぅ。ごめんなさい〜……あっ、動物!」
謝った時、視界に動物を捕らえたらしい。
ぴょこぴょこ跳ねてそちらへ向かうティエリーティアを見て、微笑ましく思うと同時に。
――あ。
プレゼントした懐中時計の鎖が揺れているのを見て、恥ずかしくも嬉しく思った。
並んで歩いていた。
いつの間にか、ティエリーティアの手は大地の手に繋がっていて。
最初は恥ずかしくて顔も見れなかった、手を繋ぐという行為。
始めてしまえばそれなりに慣れた。でも、ドキドキする。だって相手に触っているんだ。体温を共有しているんだ。
屋内施設から出て、屋外を見て回っていたけれど、手だけは寒くなかった。……さすがに他の箇所は寒い。
――今が、渡す時なのかな……?
だって、外だし。
誰も見てないし。
寒いし。
「だ、大地さん!」
「はい?」
「あの、あの、これ……っ!」
鞄から取り出したのは、不器用にラッピングされた包み。
今日、ティエリーティアの鞄の中身を圧迫し続けたものである。そのせいか、なんとか見れる状態にしたはずの包みの一部がへこんだりしていた。渡そうとした時にそれを見つけてしまってショックを受ける。
「これは?」
「……マフラー、です。頑張りました」
もちろん頑張ったのはラッピングじゃなくて、手編みの方で。
目を飛ばしてしまったり、解きなおしたりとかなり苦戦したせいで不恰好だけど、思いは込めた。
――喜んでもらえるかな。
不安だ。
頑張ったけど、やっぱり不安。
「ティエルさんが編んだんですか?」
「はい」
「…………」
「……大地さん?」
嬉しく、ないのだろうか。
やっぱり、不恰好だから?
気持ちとかにこだわらないで、綺麗な既製品を買うべきだったのかもしれない。
「あの、」
無理に受け取らなくても、と言いかけた時、大地が笑った。
「……嬉しいです。大切に使わせてもらいますね」
早速首に巻いて、ほんわり、笑んで。
――喜んで、もらえた?
――嬉しいってことは、そうだよね?
よかった、と微笑んで。
「あとあと、これもあるんです」
「?」
「クッキーですよー!」
ハート型のクッキーを手渡した。
大地が硬直する。
「……あの、ティエルさん」
「?」
「これは……いえ、なんでもないです」
何か神妙な顔をしていたけれど、何だったのだろう。
軽く首を傾げつつ、大地がクッキーを食べるのを見守った。
「……あれ?」
驚いた顔。
「食べられ、る……?」
ぽかん、と手にしたクッキーを見つめる大地。どういう意味かは、ティエリーティアにはわかりかねる。
「ティエルさん、料理の腕が上達なさったんですね……!」
感動したような大地の声に、やや申し訳なく思った。そうだ、大地はこれをティエリーティアが作ったクッキーだと思って食べていたんだ。
「ごめんなさい、言い遅れてしまいました」
「え?」
「僕が作ったのは、何故か全部ケシズミみたいになっちゃったんです。それを見かねてスヴェンが作ってくれたんですよ〜!」
満面の笑みで、言った。
クッキーを焼いていた時の彼の顔を思い出す。
――そういえば笑っていたなあ、楽しそうに。
「だから美味しいですよね!」
楽しんで料理すると、美味しくなるというし。
が、大地はがっくりとうなだれていた。軽く涙目ですらある。
――? そんなに美味しいのかな。
――帰ったら僕ももらおう。
大地の気持ちには気付かずに、ティエリーティアはほのぼのと笑った。