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波羅蜜多実業高等学校

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2月14日。

リアクション公開中!

2月14日。
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リアクション



18


「たまには男の子になってデートしてみようか」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の言葉に、夏目漱石著 夢十夜(なつめそうせきちょ・ゆめとおや)はきょとんとした。
「男の子、ですか?」
「うん。男の娘なとーやが、今日は一日男の子。いいね?」
 問い掛けると言う形式を取っていながら、有無を言わせぬ笑み。
 何か言葉を返す前に、ネージュが十夜の手を取った。
「主様」
「とーや、葦原好きだよね。葦原行こー」
 楽しそうに笑いながら、百合園の寮を出る。
 ――男の子、かぁ。
 ――どんな私になるのでしょうか。
 少しの不安と少しの楽しさ、それから好奇心。
 連れて行かれた先はお手洗い。男女共用の多目的個室に二人で入る。
「じゃーん♪ 今日の為に用意したよ♪」
 ネージュが広げて見せたのは、今日まで一度も見たことがなかった可愛いお洋服。
「この日のために買っておいたんだ。とーや向けのユニセックスなお洋服」
 キュロットスカートのようなシルエットのショートパンツ。
 猫耳風のフードが可愛い、裏地が水色チェックの前開きフルジップパーカー。
 合わせるのは起毛素材のシャツで、防寒対策もばっちり。
 足元は水色ストライプのしましまニーソと水色グラデーションのクッション内臓素にーカー。
 見た目自体は普段とそこまで大きく変わるわけではないが、統一する色が違うだけで、随分と印象は変わるものだ。
 そのことを身を持って確認してから、リボンでまとめていた髪をほどく。
「ヘアバンドで束ねてあげるね」
「はい、主様。お願いします」
 手際よくまとめ直してもらい、鏡を見ると。
「うん、男の子らしい。ばっちりだよ」
 すっかりいつもと雰囲気の変わった自分が写っていた。後ろのネージュはにこにこしている。
「なんだかいつもと違って、私じゃないみたいです……」
「あ、とーや。『私』じゃないよ」
「え?」
「今日のとーやは男の子なんだから、ボクって言わなきゃだめだよ」
 悪戯っぽく、くすくす笑った。
「ボク」
「そう、ボク」
「えっと……頑張ります」
 うっかり出てきそうになる『私』を我慢するのは意外と大変だった。
 ――でも、ボクは男の子の十夜だから。気をつけなくちゃ。
 ――それに、主様楽しそうだし。
 なによりもそれが嬉しくて、十夜は頑張る。
「じゃ、行こうか、とーや♪」
「はいっ、主様」


 葦原の街を歩いて周り、普段着用の和装を新調していたら時間はあっという間に過ぎた。
「もう暗くなったね。時間の流れが早いね」
「けれど、随分と日が長くなりました。もう二月も半ばですからね……」
 十夜の言葉にネージュは頷く。確かに、そうだ。もう夕方の五時なのに、真っ暗ではない。これが二ヶ月前とかなら、既に夜と言っても差し支えない暗さだったのに。
 いつもと違った装いの十夜を見て、ネージュは感じる。
「とーやに、」
 ――出逢えて、本当に良かった。
 伝えた方がいい言葉だけれど、照れくさいとかそういう感情が邪魔をして伝え切れない。
「? はい、何でしょうか?」
「……ううん、なんでもないー」
「そうですか?」
 追求してこないところも、素敵なところの一つ。
 ――あたしが、言いたくなる時を待ってくれてるんだよね。
 いつも通りの十夜。
 いつもと違う十夜。
 その合間で揺れる魅力。
「とーやはかっこいいなー」
「ええ? どうしました、主様?」
「さっき思ったことの一部だよ」
 夕闇に、提灯や灯篭が煌めく。
 増えていく、十夜とのかけがえのない思い出。
「これからもずっと一緒でいてね」
 深い意味は、あるような、ないような。


*...***...*


「リアちゃん、お待たせぇ」
 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は、待ち合わせ場所に立つリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)に手を振った。
 大きな耳と、長い尻尾。超感覚を使用しているらしい。
「今日も可愛いねぇ♪ 触ってもいい?」
「それはだめ。今日は甘えるよりも、レティをエスコートしたいんだ」
「ありゃ。かっこいいこと言ってくれるねぇ。じゃあ、あちきは全部リアちゃんに任せようかな♪」
 言って、手を繋いだ。冷たい手。待ち合わせの時間通りに来たはずだけど、きっとリアトリスはそれより前から待っていたのだろう。
 温めるようにぎゅっと握って、葦原の街を歩きだした。
「ねえねえ、なんで顔立ち変えたの?」
「ん……変かな?」
「ううん、男の子なリアちゃんもかっこいいけど。なんでかなぁって気になってねぇ」
 リアトリスは、少し前まで外見性別が女の子だった。可愛いなと思っていたのだけれど、それを男顔に変えてしまっていた。なぜだろう。なにかあったのだろうか。少しは気になるのだ。
「えっとね。薔薇学に入学したかったんだ」
「薔薇学に?」
「タシガンの錬金術を学びたくって。だから、変えたんだ」
 そうか、と納得。薔薇学は男性じゃないと入学できない。
 話しながら、フラメンコ専門店に入った。色々なドレスや衣装を見て周り、リアトリスがダンス衣装とドレスを購入。次のお店へ移動する。
 男女両方とも扱っている服屋では、春物のワンピースを見たり、買ったり。リアトリスもジャケットやジーンズを買っていた。
「いっぱい買うねぇ。重くない?」
「弟たちの分があるからね。重くはないよ。レティの荷物も持とうか?」
「まさか、そんな無粋なことはしませんしさせませんよぅ。宅配で充分です」
 宛先をさらさらと記入して、これでOK。
「リアちゃんも宅配しちゃいます? 大荷物でデートも粋じゃないと思うのよねぇ」
「うーん……それもそうかな」
 記入を終えて荷物を渡して、身軽になったらまた別のお店。今度はランジェリーショップだ。
「あちきのに合うサイズは……っと。お姉さん、これ試着してもいい?」
 サイズが合わないと大変なので、こちらは服よりも慎重になる。
 おかげで少しリアトリスを待たせてしまった。顔が赤いのは、恥ずかしいからだろうか。
「なんだか悪いことしちゃったみたいだねぇ。大丈夫?」
「大丈夫、レティが楽しそうだったから」
 そう笑って見せるのは、健気で可愛らしい。
「レティ、お腹すかない?」
「ありゃ? もうそんな時間です?」
 時計を見ると、夕方過ぎ。ディナーには少し早いが、食べ始めていてもおかしくはない時間になっていた。
 レストランに入って、各々が注文を済ませ、食べ終えて。
 ふらりふらり、街を再び移動する。
 普段見る夜景とは違う、和風な街並みの夜景を見ている時に、
「今日は一緒に居てくれてありがとう」
 リアトリスが言った。
「いえいえ。あちきも楽しんだし、お互い様にありがとうですよぅ」
「……あの、レティ」
「?」
「言いたいことがあるんだ」
 何だろう? 首を傾げる。
 いつもより、真剣な眼差し。堅い声。
「レティと友達になってから、一緒にいる時間がすごく充実してるような気がするんだ。
 一緒にいたい、ずっと僕の側にいて欲しい、って思う。
 ……これって、恋かな?」
 言葉が最後の方に行くにつれて、不安そうな色が混じった。
 ――え、えぇ? ずっと傍に居てほしいって。恋って。
 うろたえた。わたわた、意味もなく手を動かす。
「……君の隣に居てもいいかな? 誰よりも長い時間……君と居たいんだ」
 その言葉が心からのものであることくらい、レティにはわかるから。
「……はい」
 レティシアは、頷いた。
 外見が少し変われど、リアトリスはレティシアの大事な人には変わりない。
 軽く、頬に口付けて。
「今日はここまでで、さよならしましょうかねぇ?」
 はにかんで、言った。


*...***...*


 佐野 誠一(さの・せいいち)はいらいらしていた。
 2月14日、世間ではバレンタインだ何だって浮かれているのに、誠一がしていることといえばデートでもなんでもない、イコンの整備である。
 整備をすれども、仕事が追いつかない。それどころではない。
 鏖殺寺院との戦闘で壊れた?
 それならまだいい。
 それどころか模擬戦でも壊してくるとなれば、修理待ち整備待ちの列が途切れることはないのだ。
「……はあぁ……」
 あとどれほどの仕事が残っているのか確認して、盛大にため息を吐き。
「……よし、息抜きだ。葦原島いくぞ葦原島」
 やけくそ気味に、そう言った。
「え? あの、誠一さん。葦原島へ行くって」
 その言葉を聞いて、結城 真奈美(ゆうき・まなみ)が驚いた声をあげた。
「空京行くより退屈しなさそうだろ? デートだデート、息抜きデート」
「でも私、超能力の訓練が」
「サボれ」
「ええ……!? サボるんですか!?」
「あ? 何か問題でもあんのか?」
「いえ、誠一さんがそうしろっていうならそうします」
「ならいいだろが。ほら行くぞ」
「けどけどっ、折角のお出掛けですから身だしなみくらい……!」
「仕方ねぇな、待ってやる。ただし待つのは3分だ」
「はい、3分で支度します」
 それからきっちり3分後、真奈美は恰好を整えて来た。3分のわりには上出来である。可愛い服で、髪も整えて、色つきのリップを塗ってくる程度のこともしている。
「雪になりそうだな」
「そうですね」
「的屋行ったり食事処行ったり本屋いったりブラブラするか」
 宣言通り、大して宛てもなく屋根のあるところを選んでぶらぶら歩いて、本屋では買うものを買って。
「おい、何か買うか?」
「?」
「欲しいものがあるなら買ってやるっつってんだよ」
 ――少しくらい甘やかしたって、バチは当たらんだろ。
 いくら真奈美が自分のものだとはいえ、自分勝手に振り回している。
 たまに、くらいならそれに報いてやりたいとは思うのだ。
「……えと、じゃあ……このかんざし、おねだりしてもいいですか?」
 真奈美が手に取ったのは、銀の髪や白い肌に良く映えるだろう、朱色のかんざし。
「こんなんでいいのか?」
 レジでラッピングしてもらい、真奈美に渡すと、
「はい。大切に、します」
 幸せそうな顔で誠一に向かって微笑んだから。
「……!」
 キスしてやった。
「な、なっ、誠一さんっ! お店ですよ!? 店員さんの前ですよ!?」
「悪ぃか」
「恥ずかしいですよ……っ!」
 それは誠一が進んで真奈美が恥ずかしがるようなことをやっているから必然である。
「かんざし」
「……はい?」
「つけないのか?」
「……つけます。……なんだか丸めこまれているみたいです」
「俺がそんな策士かよ?」
 策士だけど、と内心で笑いつつ、かんざしをつけた真奈美を見た。可愛い。思った通り、白い彼女によく映え、似合っていた。
「可愛いぞ」
「……え、」
「似合ってる、って言ってんだ。三度目は言わないからな。ほら次行くぞ」
「は、はいっ!」
 真奈美を連れて、甘味処や呉服屋、食事処と歩き回っていたらいつの間にか外は暗く。
 最後に手を引いて訪れたのは、連れ込み宿。
「一泊。朝まででいいし朝飯は要らんから寝られる場所を貸してくれ」
 その宣言で予約なしという難関を突破し、部屋に通された。和室。嗅ぎ慣れない畳の匂いがする。
 荷物を降ろし、風呂に入ると誠一はさっき買った本を読んだ。真奈美が戻ってくるまで、じっくりと。
「あ、お待たせしちゃいましたか? でもいいお風呂でしたよね」
「そうだな。広かった」
 浴衣姿の真奈美が、普段とは違った環境に笑顔でいる。
「誠一さん、お茶かなにか飲みます? 淹れますよ」
「お茶よりも試したいことがある」
「? なんでしょう?」
「さっき本屋で買った本に書いてあったことだ」
 そう言って見せたのは、春本『四十八手狂想曲』だ。R指定が余裕で付けられるような本である。
「えっ、……え?」
 真奈美が目をぱちくりさせているのが面白い。くつくつ、笑った。
「……どうしてもしなきゃダメですか……?」
「嫌か? もっとも真奈美には拒否権なんぞないがな」
「…………いやだけど、いやじゃないです」
「ほう」
 中々心得ているらしい。ペットのくせに。
「……優しくしてくださいね?」
「さあな」
 優しくするかはともかくとして。
 ――心の奥底まで俺のものだって教え込んでやる。
 そう考えながら、敷かれた布団の上に押し倒した。


*...***...*


 万願・ミュラホーク(まんがん・みゅらほーく)クレイスラ クラウンディッヒ(くれいすら・くらうんでぃっひ)は、朝から晩まで葦原島を散策して回った。
 団子屋に寄ってチョコ大福を買ったり、留守番をしていてくれるパートナーへ桜の簪を買ったり、着物を着てみたりと。
 もちろん、散策中は最初から最後まで腕を組んでいた。唯一離したのは、呉服屋さんで着物の試着をした時くらいである。
 一日中葦原島を堪能した後は予約しておいた落ち着いた雰囲気の旅館にチェックイン。
「あ、お布団は一つだけでお願いします♪」
 クレイスラがそう言って、万願を抱きあげて部屋に向かう。
「こら、歩けるぞ?」
「こうしていたんですっ♪」
 鴬張りの床を踏み、音を楽しんでから部屋に入った。荷物を置いてお茶を飲み、一息ついたら着替えと酒を持って混浴風呂に向かう。
 混浴風呂には先客はおらず、
「背中流し合いっこしましょうよ」
「……抱きつくつもりであろ。裸であるから、抱きつくな……」
「ちぇ、ばれちゃいました? でも、お背中流させてくださいね」
 人のいるところでは自重していた二人も、好きなだけいちゃいちゃすることができた。
 背中を流し終えると風呂に浸かり、
「ふぅ……♪ 広いお風呂もいいですねー、万願♪」
 クレイスラが幸せそうな声を上げた。
「そうだな。……初めて葦原島に来たであるが……なかなかいい所であるなぁ」
 万願も湯に浸かりながら言って、空を仰ぎ見る。月が綺麗だ。
 今日昼間見て来たものも思い出し、今のこの雰囲気を感じて、心から思った。いい場所だ、と。
「温泉はやっぱり露天が一番ですね♪ さ、万願、どうぞ♪」
 クレイスラに酒を注がれたのでお猪口を傾ける。一息にくいっと飲みほしてから、
「やっと二人きりになれた」
 無邪気に笑う。と、クレイスラも笑った。風呂で体温が上がり、上気した頬が色っぽい。
「……最近は二人で話したりすることも少なくなったであるし……偶にはこういうのも無くてはの?」
「そうですね……万願との時間は、大切なもの。かけがえのないものですから」
 最近は【猫華】でもいろいろあったから、ばたばたしていて二人の時間を作れなかったのだ。
 そんなことを離した矢先に、別の宿泊客が風呂に入りに来たようだ。入口から音がする。
「……続きは部屋で、であるな」
「そのようですね」
 顔を見合わせて笑い、風呂を出た。


「バレンタインであるからな……こういうのも合うであるぞ?」
 部屋に戻った万願が出したのは、自作したチョコレート。
「チョコがおつまみですか?」
「合うものだ。騙されたと思って試してみるである」
 ふむ? と疑問符を浮かべながら、クレイスラがチョコを酒のつまみにした。
「……あれ? 案外、合いますねぇ……」
「ちょっとした感動であろ? 俺様も、最初に知った時は驚いた」
 チョコを食み、酒を飲み。
 沈黙が場を支配する。
 それは数秒のことだったか、数十秒のことだったか。
「……いつも、お前が傍に居てくれた」
 万願は、言いたかった言葉を紡いでいく。
「お前には、俺様がいくら感謝してもし足りないほどの恩がある」
 じっと、クレイスラの目を見て。
 持っていたお猪口を机に置き、クレイスラを抱き寄せた。至近距離で見つめたクレイスラの顔は、赤い。
「……いつも苦労ばかりさせているであるが……本当に、俺様と一緒にいてくれて……ありがとう」
「……ええ。いっつも、私は疲れてますけど……」
 その告白に、口ごもる。やはり、ハードスケジュールなのだろうか。
「……でも、それはそれで、楽しいんですよ?」
 クレイスラがはにかんだ。幸せそうな笑顔だ。
「万願と一緒に居られて嬉しいのは私の方です」
 そして、そう言った後、顔を近づけて来た。
 あと少しで唇が重なる。そんな至近距離で。
「「愛してる」」
 二人は同じ言葉を、同じタイミングで、言った。
 そして同じタイミングで顔を近づけて、口付けを交わす。
 長い長い口付けと抱擁。
 どちらともなく離れては、どちらともなくもう一度、と唇を重ねた。