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マレーナさんと僕(2回目/全3回)

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マレーナさんと僕(2回目/全3回)

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3.下宿生達を慰めよう 〜昼〜

 ――オーナー様の命令は、絶対である!
 
 命ある限り、守らなければならない原則。
 それは、ここ、夜露死苦荘の下宿生達にとっては周知の事実だ。
 それが例え、いかに理不尽な命令であろうとも――。
 
 ■
 

 午前10時半――。
 
 下宿生達は夜露死苦荘の玄関先に集まった。
 本日は、オーナーの朝礼があるというのだ。
 朝礼参加は「強制」であり、「命令」だ。
 そういった次第で、一同の多くは寝ぼけ眼で、オーナーの登場をいまかいまかと待ちわびていた。
 ちなみに、夜露死苦荘のオーナーは最近変わったばかりで、織田 信長(おだ・のぶなが)という。
 
 ■
 
 その信長は、夜露死苦荘の天守閣にいた。
 天守閣は最上階にある。
 つい先日まで3階であったそれはこのほど4階に改築され、外観も一層豪華な作りへと変貌していた。

 朝礼を前にして、スーツに身を包んだ信長は、ラピス・ラズリに辞令を下す。
 
「では、夜露死苦荘・増改築の増改築総監督として、
 しっかり頼んだぞ!」
「はい! オーナー・信長様」
 ラピスはかしこまって一礼してから退く。やる気満々だ。
 その様子を見て、うむ、と満足そうに頷くと、
 信長は、次に、と前置きをしてから、内ポケットの巻物を取り出した。
「これより、当下宿における共用部分・増改築について。
 わしが許可した計画名と担当者を、申し渡すぞ!」
 すらすらと読み上げる。
「国頭:携帯基地局。
 姫宮、閃崎、椿:風呂、温泉掘削
 紫月:監視カメラ
 ナガン:宴会、節度有る範囲の酒
 ラピス:改築総監督
 ラルク、パラケルスス:医療室、水源
 アテフェフ:カウンセリング
 鬼崎:反省室
 
 以上だ。
 なお、酒の類は行き過ぎは自滅なので、【用務員召喚】を持つさる者どもが、隠密に監視致して居るぞ。
 そのこと、ゆめゆめ忘れるでない」
「信長様」
 マレーナが、御前に進み出る。
「何じゃ? マレーナ」
「いまひと方。
 移動用に使っておりますイコンの駐車場を作りたい、とおっしゃる方がいらっしゃいますの。
 いかがしましょう?」
「駐車場とな……」
 信長は暫し考えたのち、
「だが、それは下宿の敷地外に設置する物であろう?
 わしの管轄外じゃ、好きに作らせるがよい」
 マレーナを下がらせ、天守閣から出た。
 
 パタンッ!
 
 戸が開かれる。
「ゆくぞ!」
 夢浮橋に乗って、玄関前で粛々としている下宿生達の前にようやく姿を現した。
 
 ■
 
 ごおおおおおぉおおぉぉ――ん……。
 
 どこからか鐘の音が鳴って、朝礼が始まる。 
 
「おぬし等はパラミタ一のエリートである!」
 
 信長は一同を見渡す。
 進学校の入学式で言われそうな台詞だ。
 が、演説を特技とする彼の言は、一同の心を確実につかむ。
 
 そっか、俺達って……エリートなんだな……。
 
 プライドをやや回復させた彼等は、一層信長の言葉に注目した。
 一同の注目を浴びて、信長は言を続ける。
「新たな地には、まず力で文化を捩じ曲げる者共が、支配者とし跋扈する。
 しかし真に世に立ち率いるは、その後現れる者よ。
 望む望まぬは関係ない、地と民に溶け込み一つとなりて歩んできた者、即ちおぬし等である!
 そして之より、この地の時代を変える戦場へと向かうのだ!
 これは命令である。
 この地に足を踏み入れた以上、絶対空大に合格せよ!」
 
 おおおっ!
 
 一同の間から、どよめきが上がる。
 誰もが、有り得ないと考える下宿生達の「空大合格」を。
 この信長と言う男は、「頑張れ!」と言っているのだ!
 
 だが次の瞬間。
 下宿生達は、彼の言は「飴と鞭」である事を思い知らされる。
 
「首狩り族もカツアゲ隊も、全て『絶対合格・絶対入学』命令。
 その他、捕縛された輩も『絶対合格』。
 離脱は認めぬ総力戦だ!

 勉強せずに落ち込んだフリをする者は、斬る。
 わしがおらずとも、フラワシが見ておるぞ!
 
 よいか、目に見える者、見えぬ者問わずに、
 そなたたちを昼夜問わずに、監視するのだ!
 ゆえにこれは檄ではない、『命令』である!!」
 
 そ、それはっ!!
 何と、非情な『命令』なんだぁあああああっ!!!
 
 受験生達の尊敬の目は、絶望の眼差しに変わる。
 ことに、「噂」を実行しようと考えていた輩にとっては、頭の痛い命令であった。
 だが、オーナーの命令は絶対だ。
 やる気はともかく、下宿生達が形だけでも勉強に励むことには違いない。
 
「わし野望は、ここよりはじまるのだ!
 よいか、マレーナ」
「はい、オーナー様」
 マレーナは頼もしげに、新たなこの出来るオーナーを見守っている。
 
 ■

 だが、机に向かっても、学生達はぼんやりとするばかりで作業ははかどらない。
 その大方は、先日の模試で「絶対不合格圏」を取ってしまった者達だ。
 
 ■
 
「しかたねぇなあ。
 ここは俺がひと肌脱ぐしかねぇぜ!」
 
 信長の契約者たる南 鮪(みなみ・まぐろ)は、落ちこぼれの彼らの指導を引き受けることにする。
 何と言っても。
 鮪は数々の伝説を持つ、パラ実上がりの空大生だ。
 彼が開く講座ならば、と受験生達が部屋に押し寄せる。
 だがスーパーエリートな鮪は、エリートなだけに物凄く忙しい――との噂だ。
 その噂を証明するかの如く、リッチでどでかいスパイクバイクでやってくると、部屋に横付けして。
「ヒャッハァ〜。
 今日は俺が、間抜けなお前らの為に、教材を持ってきてやったぜェ〜」
 中に入る時間も惜しいらしく、嫌みたっぷりな言い方で、窓を開けた。
 スパイクバイクの後から、どさどさと荷物を下ろす。
「波羅蜜多実業空京大分校卑通勝法、ハンドヘルド筆箱、ノートパソコン……だな。とりあえず、これでも持っとけ!」
 モヒカンゴブリン達に、顎で指示する。
「勿論只だぜ。
 俺はパラミタ一気前がいい博愛主義者だからなァ〜!
 おっと、それも空大入るくらいの『頭』があるからこその、『余裕』かな?」
 
 くそぉ! 言いたい放題言いやがって!
 俺たちだって、俺たちだってなァ――っ!!!
 
 受験生達の目に、怒りのやる気が込み上げてくる。
 鮪は、その機を逃さない。
(よし! ここで、一気にトドメといくぜェ!)
 二ィッと口の端を吊り上げる。
 パソコンを取り出して次々と捏造画像を……と思ったが、ソートグラフィー等の技術がない。
(ま、その辺りはパートナーに任せるか……)
 鮪は頭を切り替えて、演説に終始するのだった。
「ヒャッハァ〜! 喪死結果が悪かっただァ〜?
 それの、どこが空京大分校行きに関係あるっつーの?
 バカかお前らは。
 練習試合に勝ったら、大会優勝できるのかよ?
 それでも駄目だっつーなら、噂に聞いたことがあるぜ」
 口角を吊り上げる。
「補陀落人参茶っつーのを25杯飲めば、誰でも合格するらしいぜ。
 こんな情報もあるぜ?
 三流パラ実でも、一度ウィザードになった後秘密のクラスになれば、絶対合格できるってよォ〜」
「それは……まぁ、もっともな話ですね! 鮪さん!!」
 受験生達は尊敬の目で、鮪をあがめたてまつる。
 駄目押しに、華麗にスーパーコンピューターを操る様でも……と考えたが、そんな気遣いも無用なようだ。
「おっと、時間だぜェ。
 じゃ、せいぜい頭使って、空京大分校の後輩になるんだな、ヒャッハァ〜!」
 鮪は片手を上げると、バイクに跨り、風のように去って行くのであった。
 こうして鮪教祖の人気は、今回も天まで上がって行くのであった。
 
 そして、いまひとりの鮪のパートナー・土器土器 はにわ茸(どきどき・はにわたけ)は、やる気のない受験生達の部屋を訪れるのであった。
 ソートグラフィーを使って。
 
「おうおう勉学に勤んじょるか、チェックじゃあ」
 押し入れや床から、いきなりにょっきにょき生えてくる。
 はにわ茸の姿に、大方の受験生達は腰を抜かして目を剥いた。
「の、のわっ!
 なんつー所から、入ってくるんじゃ! わりゃぁ!」
 だが、抜き打ち検査にその方法は有効で。
 やる気がないながらも何とかしようという下宿生達には、はにわ茸はマレーナのブロマイドをひらひらとさせて。
「がんばとったご褒美に、この写真をやるけん」
 ソートグラフィーで撮ったそれを、一枚一枚配るのであった。
 逆に、サボっていた者には厳しい。
 同じく、ソートグラフィーで撮った帝世羅の悩殺ポーズ(何故か埴輪を胸に挟んでいる)をバラまき。
「美術室に帝世羅さんが何時もおるのは、わしの被写体になる為なんじゃ。
 悔しかろう!
 悔しければ、受験して、空大に入って、奪ってみぃ!」
 はっはっは――っ! と高笑いして、部屋を去るのであった。
 
 こうして3名は、やり方はともかくとして、「落ち込んだ受験生達の発奮」には貢献できたようだ。
 執務室で、信長がこっそりほくそ笑んだのは、いうまでもない。
 
 ■
 
 だが、3人の「計略」をかいくぐって、未だ落ち込み続ける「要領の悪い受験生達」もいる。
 
 ■
 
 その代表格――後田キヨシは、管理人室のコタツに座り、参考書を前にぼんやりとしていた。
 ちなみに、自分の参考書は前回燃やされてしまった為、この参考書はマレーナが用意したものである。
「キヨシさん、ここは自習室ですのよ?」
 マレーナはそれとなく促すのだが、キヨシは生返事を返すのみで、真っ白な灰と化しているのであった。
 
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が訪れたのは、そんな時の事であった。

「先日からずっとこのような調子なのですわ……」
 やれやれ、とマレーナは立ち上がり、部屋を出る。
 台所で昼食の支度をしようというのだ。
 だが、マレーナは料理オンチ。
「マレーナ、ベアトリーチェに任せてあげて!」
 不安そうなマレーナに、美羽が声をかける。
「彼女は料理得意だから、大丈夫!
 その間に、私達は一緒にのぞキヨシくんの面倒をみようよ?」
「のぞキヨシくん?」
「だって、前回のぞきしたよね?」
「……ありがとう、美羽さん。
 助かりますわ」
 マレーナは困ったような笑みを浮かべると、ベアトリーチェに昼食を頼んで美羽の隣に腰掛けるのであった。
 
「さて、と」
 マレーナからキヨシのやる気促進を託された美羽は、おもむろに携帯電話を取り出す。
「のぞキヨシくんってさあ、空大目指しているけど。
 実際にどんなところかは知らないよね?」
「ああ……」
 キヨシは死んだ魚の目で、生返事を返す。
 はぁと美羽は溜め息をつくと。
「やる気が出ないのって、さぁ。
 そこに行きたい! て気持ちが強くないからだと思うんだよね。
 大学生活の実情を見れば、やる気起こると思うんだけどな……」
 そう言って、美羽は画像を操作しつつ2人に説明するのであった。
 ……すべてソートグラフィーで撮った、つまりねつ造写真ではあったが。
 
 風格ある建物。
 様々な最新鋭設備。
 空大のイコン、アグニとアルジュナ。
 美味しそうな料理が出る学食。
 クールな表情でコーヒーに砂糖をドボドボ入れるアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)学長。
 その傍らに、アクリト学長のパートナー・パルメーラ・アガスティア(ぱるめーら・あがすてぃあ)――とても邪悪そうな笑顔だ!

 そしてトリは、パラ実、空大、東シャンバラ・ロイヤルガードというサクセスストーリーをたどった伝説の男………。
 
「……って? こいつ、誰???」
 あたまに「?」を浮かべて、キヨシとマレーナは画像に注目する。
「こんなイケメン、空大にいたか?」
「そうですわね……このような方、ドージェ様くらいのものだと思っておりましたが……」
 苦み走ったイイ男風の、白い歯が爽やかな、モヒカン青年が映っている。
 美羽はえっへんと胸を張って、堂々と答えた。
「これ? ダーくんだよ!」
「ダーくん? ……て……」
「{SNM9999021#王 大鋸}っ!?」
 2人は声を合わせて、固まる。
 そこへ、ベアトリーチェ。
 ご飯、味噌汁、漬物、ほうれん草の煮びたし、目玉焼きを盆にのせて、美羽の形態をのぞき見た。
 ハアッと深い息をついて。
「美羽さん、ちょっと美化しすぎかも……」
 
 こうして、キヨシは空大について、新たな偏見を抱くのであった。
(あの王も、こんな風に「改造」されてしまった。
 さすがは空大だ!
『アホな奴が空大に受かると、改造されてしまう』に違いない!!)
 
 ■
 
 同刻・2階。
 新下宿生のカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は「カウンセリングルーム」の開設に力を注いでいた。

「これからは魔術師も資格の時代! じゃなかったのか?」
 とは、パートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の言。
 呆れたように。
「だから空大入試合格を目指して、夜露死苦荘に来たのではなかったのか?」
 森を出て珍しく勉学に励むのかと思ったら、やはり遊びに来たのか……。
 はぁ、と深い息。
 窓の外を眺める。
 イルミンスールとは違い、荒涼たるシャンバラ荒野が延々と続いている。
「いまは、自称・パラ実生よ! ジュレ」
 波羅蜜多セーラー服のスカートの裾をひらひらとさせて。
「それに、マレーナさん一人じゃ、何かと大変だもん!
 手伝うよ! 皆さんを慰めまくるよ〜!」
 
 そうして扉に「心のスキマお埋めします」の貼り紙を張るのであった。
 
「ふむ。何と、怪しげな……」
 ジュレールは絶句するが、さらに開いた口がふさがらないのは、メイド服を着せられてしまったから。
「なぜ、メイド服なのだ?」
「決まってるよ!
 この格好の方が患者さんが来やすいからね」
「そういうものなのか?」
 ジュレールは合点がいかなかったが、確かに波羅蜜多セーラー服よりは癒されるかもしれない。
「では、取り敢えず目の前を通り掛かる輩は、片っ端から呼び込んでみる事にしよう、か」
 
 そうして2人は、弱々しい足取りのキヨシを引き摺りこむのであった。
 
「そう、空大に、不信感を持っちゃったんだね?」
 キヨシの話を聞いて、取りあえずカレンは頷いてみる。
「うん、なんたって。
 あの王大鋸がだよ? モヒカンイケメンに改造させられちまうんだ!
 僕なんかっ! 究極なイケメンに造り変えられちまうんだろうさ……て、あれ?」
 それはひょっとして、逆に良い事なのではなかろうか?
 キヨシは顔を上げる。
 そこで初めて部屋の内装に目がとまった。
「もしもし、お嬢さん?
 この盆栽はっ?」
 ぎゃっ!
 飛び上がって、後ずさった。
 怪植物のツタの先が、キヨシの顎先を撫でた。
 その他、イルミンスールの盆栽等がそこかしこに置かれてある。
「うん、緑は心を癒すからねぇ……」
「そういうもんなのか?」
 だが、キヨシはお馬鹿なので、カレンに合わせてみる。
 それに、入口に立つジュレールは、美しい。
 好みとしては、あと5年たったら的なものはあるが。
(いまの内にお知り合いになっておいて損はないよな?)
 ロリータってなんだったっけな?
 5年後のジュレールと付き合う空大生の自分の妄想に気を良くしたキヨシは、次から次へとカレンに相談する。
 そのうち、こんなに自分の話を聞いてくれるカレンは、自分に気があるのではないか、と勘ぐった。
(そうだよな!
 女の子が優しい時って、やっぱりその……そういう気があるって。
 何かのマニュアルで読んだことがあるし!!)
 所詮奥手でオタクな野郎の知識なんぞ、そんなものだ。
「カ、カレンさんっ!!」
「ちょ――っと、ストップね? キヨシ君」
 嫌な視線を感じたカレンは、湯のみに茶を注ぐ。
 妙な香りが、あたりに充満した。
「次のステップに行く前に、ひと息入れるよ♪」
 満面の笑みで、キヨシに進める。
 
 ……こうして、奈落彼岸花の花びら入りのお茶を飲んだキヨシは、医務室へと直行するのであった。
 
 ■
 
 その頃、管理人室ではマレーナが1人で午後の仕事の準備に備えていた。
 ドアをノックする音。
 誰もいない管理人室を訪れたのは、グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)リ ナタだ。
「マレーナ…頼み事があるんだが……。
 その、ソニアの事で」
「まぁ、ソニアさんの?」
 マレーナはともかく、グレン達を管理人室に招き入れる。
 特に学習関係ではない相談だが、こうした下宿生達の悩みに奔走するのも、管理人たるマレーナの仕事の内。
 それにグレン達の話は、マレーナにとっても放っておくが出来ないものだ。
 ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)
「彼女は、私の下で花嫁修業をしていらっしゃる、いわば『弟子』ですものね。
 そのお話、詳しく聞かせて頂いてもよろしくて?」
 
「実は……この前……ソニアの料理を食べたナタクが……その……、
 ……泡吹いて倒れたんだ。
 それの所為で、ソニアが落ち込んでしまってな……。
 それでマレーナに、ソニアを慰めてもらいたいんだが……」
「本来なら俺とグレンで励ますんだが……。
 倒れちまった俺と、世辞下手なグレンとじゃ、
 逆に傷付けちまうかもしれねぇからな。
 ……だからどうか頼む! この通り!」
 グレンとナタは2人して頭を下げる。
「つまり、ソニアさんは料理が苦手で。
 けれど手料理をお作りなさったところ、あまりの不味さに倒れてしまったと。
 ぶちゃけた話が、そういう事でございますわね?」
「そ、そこまで言われては、身も蓋もないが……」
 2人は口ごもる。
 マレーナはスッと席を立つと、それは綺麗な笑顔で管理人室を出て行くのだった。
「行きましょう。
 とにかく、ソニアさんから話を聞かなくては」
 
 マレーナがソニアの部屋に行くと、ソニアは部屋の奥でぼんやりとしていた。
「ソニアさん、入りますわよ?」
 ノックをして、マレーナはドアを開ける。
 開いているのは、この下宿の部屋は粗末すぎて、鍵がないから。
 グレン達を廊下に待たせて、マレーナは部屋に入る。
 
「悪いな…あぁそれとな」
 入る間際に、ナタが裾を掴んで、マレーナにそっと耳打ちをする。
「ソニアの奴、今頃『自分はグレンのパートナーに相応しくない』とか
『機晶姫の自分にはやっぱり花嫁なんて無理』とか考えてんだろうから
 俺の事より、そっちの方を慰めてやってくれ」
「承知しましたわ」
 マレーナはとうに察しているのか?
 軽い調子で引き受けると、ソニアの下へ歩を進めるのであった。

「ま、マレーナさん!」
 泣いていたのだろうか?
 ソニアは片手で目元をぬぐい、慌ててマレーナに一礼する。
「恋煩い、ですの?」
 マレーナはふふっと小さく笑うと、ソニアの傍に寄った。
「い、いえ、違います!
 ちょっと、落ち込んでしまって……」
 ソニアは笑って誤魔化すが、マレーナは穏やかに佇んでいる。
(マレーナさん、何もおっしゃらないけれど、
 心配しているみたい……。
 相談してみましょうか?)
 ソニアはポツリポツリと、自分の失敗を話し始めた。
 
 少し巧くなっただろうかと錯覚して、ナタに料理を作ったこと。
 それがもとで、ナタが医務室送りになってしまったこと。
 
「可笑しいですよね?
 料理どころか、簡単な内容の家事すらも出来ない私が、
 いつもそれを助けてくれる人の保護者を気取る、なんて……。
 結局、私は……大切な人の傍にいるだけで何も出来ない、
 ただの欠陥品なんでしょうね……」
「大切な方? グレンさんの事?」
 マレーナは廊下に目を向ける。
 緊張の色が見えた様な気がした。
「傍にいるだけ、それだけで構わない事もありますわ。
 現に、私がドージェ様の為に動いた事は一度もございませんもの」
 両目を伏せる。
 長いまつげが寂しそうに震える。
「けれど、思い出は傍にいる者だけの特権。
 違っていて?」
「マレーナさん……」
 ソニアはマレーナの様子で、自分が違っていた事に気づく。
 マレーナとは違う。
 自分の大切な人は、手の届くところにあって、様々な思い出を共に気づいて行ける位置にあるのだと。
 それ以上の幸せが、どこにあるというのだろう?
「ありがとうございます。
 少し気が楽になったような気がします」
 ソニアは、いつもの笑みを浮かべる。
 そして、2人の待つ廊下に出て行くのだった。

「想い合う者同士……よいものですわね。
 そうは思いません事? ドージェ様」
 1人残されたソニアの部屋で、マレーナは寂しげに宙に呟く。

 ■
 
 ソニアが自信を取り戻した、同じ頃。
 医務室からようやく復活したキヨシは、自室で寝転がっていた。
 
「だぁ! 相変わらず、ひでぇ目にあったぜ!」
 それは、全く自業自得という類のものであるのだが。
 診察を担当したラルクの話のよると、驚異的な精神力で回復はしたが、安静にするように、という指示だった。
「でも、一日休むと、オーナーのフラワシの件があるだろう?
 休めねぇよ! 俺達」
 ……とかいいつつ、ぐうぐういびきをかいてしまうのであった。
 
 眠りを妨げられたのは、どっかで聞いたような声が流れてきたから。
「わわっ!
 お前ら、勝手に入りやがって!」
 そこには、刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)マザー・グース(まざー・ぐーす)、そしてこれは新顔の黒井 暦(くろい・こよみ)の3名が、静かに座っている。
「落ち込んでいるようね。でも、あれでは己の闇に飲まれてしまう。
 今の彼の「器」では耐えられない。
 今、彼を失うわけにはいかないのよ」
「……て、また訳の分からないことを言いやがってお前は!」
 だが、使命に駆られる刹姫は、キヨシの言い分なんぞ、意に介さない。
 そしていまの彼は気力がなく、つまり追いだすつもりもない。
 勝手にしろ!
 キヨシは勉強に集中しようと、ノートを広げる。
 その傍で、ぼそっと。
「そんなことだから、あなたは己の『闇』に付け込まれるのよ。
 このままでは……青年、『破滅』するわよ」
「は、破滅?」
「そうね。方法がないわけではないわ。
 あなたが『堕ちない』ためには、
『堕ちる事』への怯え、
 恐怖心に打ち勝てばいいのよ」
「堕ちる、おちる……落ちる、大学に、落ちる……」
 ぱた。
 キヨシの手が止まる。
(ハッ! 縁起でもない)
 だが、場所を変えようと立ち上がった瞬間、キヨシは刹姫にひょいと掴まれる。
 キヨシは廊下の窓から突き落とされてしまった。
 
 よりによって、首狩族のキャンプ場へ!
 
「ほうれ、いざとなった時の味方よ!」
 刹姫は酒瓶を渡す。
 だが、キヨシはピクリとも動かない。
 間もなく、マザーの6匹の狼がキャンプ地を囲む。
 キヨシは閉じ込めて、逃げられないようにする。
「あら、キヨシさん?
 そこを動いてはいけませんよ」
 ひょいっと窓から顔を出したのは、マザー
「うふふ、そこから出ようものなら、この子達の餌ですね♪」
(これも、あなたのメンタル面を鍛える為の、試練なのですよ?)
 だが、やはりキヨシは恐怖の為か、微動だにしない。
「不味いわね? まだ酒でも飲んで、抵抗してくれた方が良いのに!」
 このままでは、青年は本当に闇に飲み込まれてしまう!
 首狩族が、キヨシに近づいてくる。
 その手にあったのが武器ではなく、ペンであったのが気にはなったが。

「こうなったら、最後の手段じゃ!」
 暦は、傍目からは恐怖のあまり動けなくなった思しき、キヨシに対して。
「キヨシ、目を覚ますのじゃ!」
 禁忌の書を放り投げて渡す。
 その題名は、「黒姫 サクラ著 『シュバルツ・ブルート――深淵の契約者』」。
「そこにお主の『闇』を封じる術が書いてある。
 さあ、読むのじゃ!」
 必死の形相で叫ぶのだが、何のことはない。
 書の内容は、「身の闇と葛藤する人物が世界の敵『委員会』と戦うダークファンタジー」である……。
 
 だがキヨシは、まったく反応しない。
(さては、恐怖のあまり、闇に取り込まれてしまったかしら?
 愚かな……)
「仕方がないわ、グー姉さま、ヨミ、助けに行くわよ!」
 3名は、脱兎のごとく玄関に向かう。
 
 が、キヨシは恐怖から身がすくんだのではない。
 呆けて、つぶやき続けていただけであった。
「落ちる……転ぶ……」
 2階から落とされて、転んだことが相当にショックだったようだ。
 
 更に言及するならば。
 首狩族の方も、キヨシの首どころではなかった。
 それは必死になって、空大を目指すべく、受験勉強に励んでいるのだ。
「オーナー様は、夜露死苦荘の神様じゃ。
『神様』――ドージェ様と同じくらい、ここでは偉いはず!
 神様の言う事は、絶対!
 我々は首を狩る前に、死んでも空大に入らなければならないのじゃ!!」
 
 そうして、首狩族は夜露死苦荘位置のエリートへの道をばく進するのであった。
 
 ■
 
 以上、様々な方法ではあったが。
 元気づける者達の努力は正しく報われ、夜露死苦荘は再び「受験生達の園」として正しく機能し始めたようだ――。