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春が来て、花が咲いたら。

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春が来て、花が咲いたら。
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14


 四月。
 桜が綺麗に咲く季節である。
 だから、花見がしたいと思うのはごく普通のことで、クロス・クロノス(くろす・くろのす)がそう思うことも当然ともいえる。
「花見がしたいです。源さん、場所取りをしてきて頂けませんか?」
 そこで、クロスは井上 源三郎(いのうえ・げんざぶろう)にお願いしてみた。
 わかりましたと源三郎が頷いて、桜の日本酒とレジャーシートを持って出掛けて行く姿を見送ってから、クロスは月下 香(つきのした・こう)と一緒にキッチンに向かった。
「クロスママ、なにするの?」
「お花見ですから。お弁当を作って行くんですよ」
「あたしもてつだえる?」
「ええ。一緒に作りましょうね」
 香に柔らかく微笑んで、手際良く料理を作った。重箱を出してきて、空っぽのそれに詰めて行く。
 一の段には道明寺の桜餅。
 二の段には唐揚げ、筑前煮、卵焼き、肉巻きポテト。
 三の段には筍ご飯のおにぎり、桜エビと空豆の混ぜご飯のおにぎりを入れて、完成。
「クロスママ。ふろしき、これでいい?」
「はい。ありがとう」
 香から桜柄の風呂敷を受け取って重箱を包む。最後、小さな手提げに紙皿と割り箸、飲み物を入れれば準備万端。
「それ、あたしがもつよ。ママのおてつだいしたい」
「あら。ありがとうございます、助かります」
 香に袋を持たせたら、空いている手を握り締めて。
「行きましょうか」
「うんっ」
 源三郎の待つ、ヴァイシャリーの公園へ向かう。


 時を同じくして、ディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)も花見の場所取りに来ていた。
 どこなら綺麗に見られるだろうか?
 桜の位置や、周囲の騒々しさも考慮すると。
 ――この辺りか。
 場所を決め、持参したシートを敷く。シートの真ん中に座っていると源三郎がやって来て、ディートハルトの陣取った場所のすぐ近くにシートを敷き始めた。
 彼もこの場所が良い場所だと思ったのだろうか。だとしたら私と同じだな、と源三郎を見る。
「…………」
「…………」
 目が合った。ぺこり、会釈。
 源三郎も、ディートハルトと同じようにシートの真ん中にどっかりと座り。
「花見ですか」
 静かに問い掛けてきた。
「ああ。場所を取っておいてくれと言われてな」
「私と同じですね」
「何、貴殿もか」
「ええ。もうしばらく待つでしょう」
 それまでは一足先に花見を堪能させてもらいます、と源三郎が言った。
 確かに、花を見て待っていれば待つ時間も苦ではないか。
「桜が綺麗だな」
「そうですね」
 時折そんな他愛もない会話をしては、桜を見上げ。
 しばらく待つと、
「おじーちゃんっ」
「源さーん、遅くなってごめんなさい」
 源三郎の待ち人であるクロスと香がやってきた。香がダッシュで源三郎の胸に飛び込む。体当たりのような突撃抱きつきだ。それに動じず香を難なく支えた源三郎が、
「おじーちゃんはやめてくれ」
 苦笑しながら香の頭を撫でた。
「香、源さんをおじーちゃんって呼んじゃダメでしょう?」
「おじーちゃんはおじーちゃんだもん! どうしておじーちゃんって言ったらだめなの?」
 クロスの諌める声に、香はわからないという顔で言い放つ。
 けれどその言葉は、つまり源三郎がどう見てもおじいちゃんだと言っているわけで。
「…………」
「源さん、そんなにダメージを受けないでください。おじーちゃんと呼ばれたぐらいでしょう?」
「クロス君にはわかりませんよ、この気持ち」
「ところで、お隣の方は? 何か話していたようですが……お友達ですか?」
 クロスがディートハルトを見て言った。友達、と言うには相手のことを良く知らないが。源三郎と顔を見合わせ、
「奇妙な縁、ですかね?」
「一期一会だな」
 二人してふっと笑うと、
「ディートさーん!」
 ディートハルトに場所取りを頼んだ張本人である伊礼 悠(いらい・ゆう)の声が響いた。両手に、飲み物や食べ物が入っていると思われる袋を提げて向かってくる。悠の周囲をマリア・伊礼(まりあ・いらい)が走り回り、二人を見守る位置に著者不明 『或る争いの記録』(ちょしゃふめい・あるあらそいのきろく)――通称ルアラも居る。
「遅くなりましたっ。場所取り、ありがとうございます。
 ……あれ? 知らない方がたくさん……」
 人見知りである悠はクロスたちに驚いていたが、
「なになに? オッサンの友達? だったらさ、一緒に花見しようよ! 大勢の方が楽しそうだし! っていうかそっちの方が絶対楽しいって! ねっ、決まり!」
 マリアが強引にも思える提案を発し、
「あら。ご一緒してよろしいんですか?」
 クロスがそれに乗って、合同お花見となった。


「はじめまして。空京大学所属のクロス・クロノスです。この子は花妖精の月下香です。よろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げるクロスに倣って悠も頭を下げた。
「イルミンスール魔法学校所属の伊礼悠です」
「あたし、マリア・伊礼! よろしくねっ!」
 マリアも自己紹介をして、香の手を取った。香がはにかむ。
「香、自己紹介は?」
 クロスに促されて、
「えと……、つきのしたこうです。よろしくおねがいします」
 たどたどしい自己紹介をして、ぺこり。
 一通り自己紹介を終えると、持ち寄った料理をシートの上に広げる。
「……わ。クロスさんのお弁当、すごいですね……」
 三段お重なんて、中々お目にかかれない。
「悠さんのサンドイッチもとても美味しそうですよ」
「だと、嬉しいです。上手にできてるといいけど……」
「味より心かなって私は思いますが」
「でも、味だって良くしたいじゃないですか」
「御尤も」
「ねー、よくわかんないけど食べていい? あたしおなかすいちゃったよ。悠おねーちゃんのサンドイッチも、クロスの作ってきたお弁当もとっても美味しそうだもん」
 マリアが言うと、香が立ち上がって持ってきた紙皿と割り箸を配って歩く。
「そうですね。まずはいただきますをしましょうか」
 クロスがそう言って、いただきますの声を上げた。
 各々料理を皿に取り食べる中、悠はふっと考えた。
 ――クロスさんはどうして空大に進学したのでしょうか。
 悠は、自己評価が低い。
 だからだろうか、パラミタで学び続けることに自信が持てないのだ。
 他の人はどう考えているのか。どう思っているのか。どう過ごして行くのか。
 それが知りたくて、訊いてみたくて。
「あの。クロスさんは、どうして空大に通っているんですか……?」
 思い切って尋ねてみた。
 悠が作ったサンドイッチを食べていたクロスが、思案気な顔で少しの間黙り込む。
 まずいことを聞いてしまったのだろうか。不安になるが、相手からの言葉を待った。
「……隠すようなことではないですしお話しましょう」
 それからそう前置き。
 思わず姿勢を正して、クロスの目を見る。
「私、記憶喪失なんです」
 言われたことは、思いもよらないこと。
「そして、自分の過去の記憶を取り戻すべきなのか悩んでいます。
 だから色々な学問を学び、本当に記憶を取り戻す必要があるのか考えるため様々な学科のある空京大学に進学することにしたんです。
 軍属で居続けることに疑問を持ち始めてしまった、というのもありますね」
「そうなんですか……」
 やっぱり、みんな色々きちんと考えて、学ぶ決意を持っている。
 ――私は、
 どうしたいんだろう。
 どうすればいいんだろう。
 悩んでいると、視線を感じた。振り返る。
 ディートハルトと目が合った。
 穏やかで、優しい目をしたディートハルト。
 その目を見ていると、不安に思っていた気持ちも少し和らいで。
 悠は微笑みかける。


 時間は少し前に遡る。 
「ディートハルトさんは、伊礼さんのことをどう思っているのですか?」
 源三郎に問われ、危うく口に含んでいた酒を噴き出しかけた。
「な、何を突然」
「いえ。先程からずっと伊礼さんを見ていらっしゃるので、どう思っているのかなと思いまして」
 空になった杯に酒を注ぎながら、源三郎がさらりと言う。
 どう思っているか、だなんて。
「……守りたい大切な人だ」
 それだけだ。
 意外そうな顔で見られたが、それ以上であるはずがない。
 ――私と悠では歳が離れすぎているし。
 ――私は悠の守護天使で、使命があるのだから。
 そんな感情であるはず、ないのだ。
 ――でも、
 ――本当は?
 浮かび上がった疑問を心の奥底へと仕舞い込む。
 けれど心は正直で、仕舞い込んでも浮かびあがってくる。
 本当はどう思っているのか。
 その問い掛けが。
 守りたい存在?
 本当に、それだけ?
 不意に悠が振り返った。ディートハルトと目が合う。
 ふわりと微笑む彼女を見て、唐突に理解した。
 ――ああ。
 ――ああ、私は、彼女のことを。
 好きなんだ。