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リアクション
第二章 MABINOGION(神聖なる子)
◇◇◇◇◇
マーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)
いきなりでなんだが、俺の過去はかなり複雑だ。
伝説上の英雄ともなれば、誰も彼も、歴史家や愛好家たちが研究し生みだした諸説によって、自分自身も知らない過去や秘密の十や二十は持っているものだけれども、俺の場合は実在さえも疑わしい魔法使いで、そのうえ古代西洋の魔術師の代名詞的存在であるからして、経歴も怪しいこと限りなく、俺自身が、いくらなんでもそれはないだろ、と突っこみたくなる点も多々あって、そんなこんなで人から、「おまえ、あのマーリンだろ」とか、「あなた、もしかして、アーサー王のなどと言われても、人違いです、とこたえるようにしている。
おかげで、最近の俺の口グセは、 「人違いです」 ですよ。まったく。
過去のすべてを記憶している人間なんていなくて当たり前なのだが、にしても、普通は当人にとっての人生の大イベントは、例え痴呆老人になってもおぼえていたりするわけで、なのに、世に広まっている俺の伝説のうちの、まず、俺の親父が、悪魔、夢魔、淫魔だという話。これに、俺はさっぱり身におぼえがない。
俺の家は母子家庭で、親父はいなかった。
物心ついた時から親父はいなかった、それだけだ。
それがなぜ、親父が悪魔になってしまったかと言えば、俺の解釈としては、俺の母親は、高貴な家の出で、虚言癖があるととられかねない、妖精さんや見えないお友達のお話を日常的に口にする、耽美幻想趣味の永遠の少女的な人だったので、一夜のあやまちかなにかで俺を身籠ってしまったのを、私は悪魔に犯された、というふうに内部変換して自分の心の決着をつけたのでは、それをそのまま人に話してしまったのでは、と考えている。
夢見がちな母に罪はない。
ちなみに母は、俺には、「あなたに父親はいない、神様が私に授けてくれた神の子よ」などと言っていた。
こうなると、俺としては、親父が悪魔でも神でも別にどちらでもいい。
どちらも不肖の息子の力を借りなくても、健やかな老後をすごしてくれそうな連中だからな。
それともう一つ、俺が、俺の正体に気づいた連中によく聞かれて、俺自身も疑問に思うのが、俺の最期だ。
英霊としてこうしてここに俺がいる以上、魔術師マーリン・アンブロジウスは、一度は死を迎えているはずなんだが、俺には死の記憶がない。
「マーリンさんは、どんな死を迎えたのですか」
なんて質問をされても、おにーさんは、お返事できません。
伝説や物語の中の俺は、最後は、年がいもなく若い女に盲目的な恋をしたあげく、その女にハメられて、塔だったり、大岩の下に永遠に幽閉されて、ストーリーから姿を消す。
俺は、その、我が身を滅ぼすほどの恋ってやつをおぼえていないんですが、いくらなんでも、これは、おかしくないでしょうかねぇ。
それに伝説に登場する偉大(笑)な魔術師マーリンさんは、閉じ込められはしても、生死は不明のまま、物語から退場するパターンがほとんどなので、ちゃんと死んだかどうか、よくわからないんだよ。
俺自身の意見としては、閉じ込められたら、逃げるけどな。どうにかしてね。考える時間はたっぷりありそうだし。
そんなわけで俺は、ここパラミタにいるいまの俺の現実は、どこかに閉じ込められている俺の夢なんじゃないか、と思ったりする時もある。
もっと簡単に、魔術師マーリンは複数いて俺はそのうちの一人で、伝説の連中とは別物なのかな、と考えたりもする。
「つまり、真言さんは、ストーンガーデンにいるらしいもう一人の俺に会いにいけ、と言ってるわけね」
「そんなことは、誰も言っていません。
私がマーリンを呼んだのは、ここでの事件が魔法がらみの様相を呈してきたので、それならば、あなたの知識や経験が役に立つのではと思ったからです」
俺のパートナーの沢渡真言(さわたり・まこと)さんは、真面目な女の子の執事さんです。
最近、真言さんは、空京のテーマパーク、マジェスティックで探偵活動もしてまして、今日の俺は彼女のサポートにきたってわけ。
真言さんにくわしい事情をきかなくても、こうして彼女に会うために、マジェとストーンガーデンの中を少し歩いて、いく人かの住んでる人たち、捜査メンバーの何人かと話しただけで、俺はここがどこなのかを理解した。
マジェは19世紀の産業革命直後の頃のロンドン。
そして、石庭は、それよりもはるか昔、UKと呼ばれる世界が存在する以前の、ケルト神話、ウェールズ神話によって語り継がれている鉄器時代のヨーロッパだ。
産業、技術は現実のあの時代よりもずっと進歩しているが、ここに住む人々の文化、精神は、ケルト系ブルトン人のもの。
龍の旗のもと、圧倒的に不利な状況にもかかわらず、勇猛果敢にローマ帝国と戦った連中だ。
懐かしさも感じるけど、複雑な気分だな。
誰が、なんのために、こんな場所を作ったんだ。
観光目的にしては、念入りすぎる。一見、先住民の居住地兼観光地、その表の顔の下に隠された真意は。
「考え込んでいる様子ですね。
もう一人のあなたがどうとか。
こにくるまでに、さっそく、情報を入手したのですか。
私は、ガーデン内でなにかにつけてでてくる12という数字について、あなたの意見を聞きたいのです。
誕生石の名をつけられたガーデンの重要人物の人数であり、ガーデン内の塔の数であり、もちろん、時刻であり、1年の月の数でもある12には、それ自体に魔術的な意味はあるのですか」
12か。
「オリンポスには男女6人ずつの12人の神々がいる。
仏教には12天将、12神将、12支もある。
古代ローマで定められた人類初の成文法(文字表記され制定された法律)は、12枚の銅板に刻まれ、12表法と呼ばれている。
そう言えば、真言さんの出身国の貴族の女性の正装は、十二単だったな。
重そうな衣装だ。十二枚も重ね着するのか」
「あれは、たしかに重いでしょうが、十二枚も着るわけではありません。
というか、十二単は、今回は関係ないのではありませんか」
にらまれちゃいました。冗談だよ。
「プロボクシングの世界戦は12回戦(12ラウンド制)。はいはい。これも関係ないね。わかってるって。
大事なのは、ここからだ。
キリスト教では12使徒にちなんで12は聖数とされている。
いま並べてきたように、宗教、神話では、12という数字に意味を持たせ、用いていることが多い。
12の他には、聖父、聖なる御子、聖霊をあらわす三位一体の天の数字として3が、福音書の記者の人数、東西南北を表す地の数字、グノーシス主義の真の神アイオーンの対数として4が、よく使われている。
3と4をかけると12。
だから12は天と地が合わさったエネルギーの力強い一団、宗教的には完全という意味をもつ数字とされている」
「その12がここでは、壊されてしまいました。要人の中から死者がでて、塔も崩壊しています。
マーリンのおっしゃるとおりに12という数字に意味があるのであれば、その均衡は崩れ去ったのです。
それは果たしてどのような意味をもたらすのか…。
12という数字も気になりますが、そうなると13も気になりますよね。
原初人間が身体で計算できた数は手指の10と両足の2、計12であり、それを上回る13は「不可能(未知)の数」であるから本能的に恐れたとする説があるそうです。
宗教的にも忌み数としておりましたよね?
もしかしたら、ガーデンの12の背景には、12の中に入れなかった13番目の存在がいるのかもしれませんよ」
「12になれなかった13もそうだが、12を選んだ存在、12の外側にいて12をコントロールしていたやつも気になるな。
12使徒も12神も12支も、自分たちでそうなったわけじゃない。誰かに選ばれて、そう呼ばれる存在になったんだ」
「今回の事件は、もしかしたら犯人を探して逮捕するよりも、大元の原因を取り除くほうがいいのかもしれませんね。
ガーデンをつくったものと、それを壊そうとしているものの、それぞれの目的はなんなのでしょう」
首を傾げ、悩んでいる真言さんがかわいらしくて、頭をなでてやりたくなるな。
「話は戻るが、俺はここの住民に、事件の元凶はメロン・ブラック博士にあると聞いた。
そして、メロン・ブラック以外にもここには、塔に捕らわれた大魔術師がいるという都市伝説じみた噂がある。
石庭はまるで鉄器時代のウェールズだ。
魔術師。
塔の囚人。
ウェールズ。
円卓の騎士の人数とも共通する12という数字。
害をなす13は、円卓につけなかった、王に親しきものか、外からきた災いか。
んー。
やっぱりここは、俺は俺に会いに行くしかないんじゃないか」
「いまいちよくわからないのですが、マーリンがそう言うのなら、そうなのでしょうかね」
「ああ。
ここには、若き恋人にダマされて幽閉されたマーリン・アンブロジウスがいるようだな。
ところで、真言さん、俺自身わからないんだが、どんな女の人となら、俺は身を滅ぼすような恋をすると思う?
真言さんは、俺から学べるだけのことを学んだら、俺をどこかに閉じ込めてしまったりするのかな」
「な、なにを言っているか、まったくわかりませんね。
第一、私はマーリンの恋人ではありません。それに私のパートナーである以上、私があなたをそんなふうにさせません。
しっかりしてください。
あなたはガーデンの空気に毒されているのではないですか」
「参考に聞いたまでだ。深い意味はないよ」
潔癖症の真言さんをこのテの話でからかうのは、ちょっとかわいそうだけど楽しいね。
自分自身の寝床だからか、俺たちは迷いもせずにあっさりと塔へとたどり着いた。
「簡単にここまでこれてしまって、これは、罠ではないのでしょうか」
「違うと思うな。
おそらく、かかる時間の違いはあれ、ここまでは、誰でもこられるだろう。
彼と会うのもそれほど難しくないのかもしれない。
でも、彼を塔から解放することはできない。それに」
もしかしたら、俺は、マーリンであるからして。
「俺は、ここに入ったら出られなくなるかもしれないな」
「では、私、一人で入ります。マーリンはここで待っていてください」
さすが、真言さんは優しいね。
「けれどね、俺は俺に会いたいし、万が一閉じ込められても、俺が二人いればどうにかできる気がするんだ」
「その己の力への過信が、過去のあなたの身を滅ぼしたのかもしれませんよ。
とめてもムダなようですから、もうとめませんが、話し終えたら、必ず、私と一緒に外にでてくださいね。
必ずです」
「俺には、運命の恋も幽閉された記憶もないからな。平気さ」
と、強がってみる。
「だといいのですが」
鍵のかかっていない扉を開けて、俺たちは塔に入った。
足首まで沈みそうな高級絨毯、美術史の一部となっている伝説的な絵画、きらきらと輝く色石で装飾された巨大なシャンデリア、贅を尽くした王族貴族の住まいのような内装だ。
媚薬を含んだ香のかおりが立ち込める部屋に、彼はいた。
四方を天幕に囲まれた大型ベットに横になっている。
俺たちが来たのに気づくと彼は、上体を起こし、語りかけてきた。
髪、髭は伸び放題で、目をおちくぼみ、枯れ枝みたいに痩せ衰えた姿だ。
「貴様は」
「ああ。俺に会いにきた俺だ」
「なにをしにきた」
「俺の最期をたしかめに」
頭蓋骨に直接、皮膚を張りつけたみたいな顔を歪め、彼は笑った。
彼と俺は、たいして話す必要なく目と目で通じ合ってしまったようだな。
いろいろと違うところだらけだけど、俺はこいつで、こいつは俺だ。
「淫魔の子である我は、人であって人ではない。我は死なぬよ」
「のようだな。そうなると、俺は何者なのかという疑問に突きあたるわけだが」
「ハハ。笑わせるな。貴様は我だろう」
「だよな。ようするに、伝説の魔術師はあそこにいて、ここにもいてでいいのか」
「いて欲しいと願うものの数だけ、願われた姿で存在するのが伝説の英雄だろう」
だから、アーサー王も、ロビン・フッドも、ドク・ホリディも様々な姿で時代をこえて語られ続けるわけか。
なるほどな。
俺がいまの姿かたち、中身でここにいるのは、マーリン・アンブロジウスにこうあって欲しいと強く願った人がいるからか。
スマートなへ理屈だ。
「どうかしましたか」
「いや。別に」
真言さんの横顔を凝視してしまった。
俺は名実ともに真言さんのためのマーリンってことだな。
どれが本物とか関係ないんだな。
より多くの人に、強い想いをこめて存在を願われたものが、人々の記憶に残り、語られ続けてゆく。
へ理屈だって理屈のうちだ。
俺たち伝説の英雄はもともと人の願望が形になった存在でありますし。
「俺というか、あんたというか、マーリンがここに捕らわれているってことは、ガーデンの物語は、終盤をむかえていると考えていいのか」
マーリンが舞台から姿を消すのは、アーサー王物語の結末の序曲的なエピソードだ。
「それどころか、すでに終わっていた。
ガーデンでは、王はアヴァロンで眠りにつき、エクスカリバーは封印されていたのだ。
しかし、クロウリの青二才が余計なことをしたせいで、我もおちおち寝てはいられなくなってな」
「メロン・ブラックは本当にクロウリなのか」
「そうだ。鼻先でやつに好き勝手されるのは我慢がならんぞ」
「それは癪にさわるな。二十世紀最大の魔術師様は、ホテルでショーでもしていてくれ」
「その通りじゃ」
さすが俺同士だ。
気心が知れているというか、共通の敵がいれば、すぐに意気投合できる。
だが、知識の共有はできていないので、そのへんはやはり本人に確認しないとな。
実際、口頭できかなくても、俺とこいつは同一人物と言えばいえる存在らしいので、ユングが唱えるところの集合的無意識の部分で、記憶や知識を共有していて、俺がそこへのアクセスの仕方を知らないだけの気もする。
しかし、共有している知識の迷宮にいく手順やらなにやらを学んでいる時間はいまはない。
「すまないが教えて欲しい。
終わってしまった物語を墓から引きずり起こして、クロウリはなにを企んでる。
ここ、ストーガーデンの奇妙な造りは、仕掛けはなんのためのものだ。
それと、本当はこれが一番、気になっているんだが、俺をこんなところに封じ込めた女はどんなやつなんだ。
おまえ、どういう恋愛をしたんだよ」
「最後の問いは我の極めて私的な事柄なので返事はなしじゃ。
貴様も我と同じ状況になれば、必ず同じあやまちを犯す。
あまり、己の失敗を責めるようなマネをするな。
運命の恋はいずれ貴様にもおとずれる」
「だから、俺があんたみたいなピンチにならないように、助言してもらいたいんだけどな」
「助言など役には立たん。貴様は必ず引っかかる。そして、尻の毛まで抜かれてこのザマじゃ」
「それはあんただろ。俺はこうはならないさ」
「口ではどうとでも言えるのだよ。貴様の心根に下世話な欲望が存在しておるのを我はよく知っておる」
「あんたのことだよ。俺は違う」
「コホン」
俺同士の不毛な会話に、真言さんが大きな咳払いをした。
いや、しかし、自分の最期や運命の相手については誰だって興味があるだろ。
「そちらはなかなか結論のでにくい問題でしょうから、後回しにしていただいて、先にクロウリの陰謀とガーデンの秘密についてお話していただけませんでしょうか。
マーリン様」
真言さんが様づけで呼んだのは、もちろん、ベットにいる方の俺だ。
「女よ。おまえはそこヘナチョコの我をたぶらかし、たらしこんで、手足のように使っているのか」
「おい。カン違いするな」
「笑止だな。すでに貴様は、我と同じ道をたどりはじめているではないか。
この女がかわいくて仕方がないのだろう。我もそうだったぞ。成長を見守るつもりで、側にいてかけがえのない時間をすごした」
ここから、クロウリやノーマン・ゲイン。聖杯。モルドレッド。ガーデンのアーサー王の話を語りはじめるまで、数十分間、じじいの俺はえんえんと俺と真言さんの関係について邪推をめぐらし、それをいちいち口にし、真言さんの全身を怒りと羞恥で真っ赤にさせた。
俺は真言さんの体から湯気が立ってるのをみたよ。
それはそれでおもしろかったけどな。
◇◇◇◇◇◇
<ヴァーナー・ヴォネガット>
うーん、うーん?
ボクのかいた創作メモっていうのがインターネットにあっぷされているです。
おかしいですね。そんなのボクは書いてないですよ。
だれかがボクの名前をかってにつかっているですか。
ボクもそれを読んでみたですけど、まるでボクが書いたみたいなぶんしょうで書いてあるです。
むむむむ。
よくわからないですね。未来のボクからのメッセージですか。そいえば、前に百合園女学院の桜井静香校長先生が未来で宦官になっちゃったので、みんなで未来にいっておかしくなった歴史をなおしたです。
ああいうかんじで未来のボクが、いまのボクに事件のヒントをくれたですかね。
「どうしましたヴァーナー。あなたは神が地上につかわした本当の天使です。
そんな憂鬱そうな顔はあなたに似合いませんよ。
いつもの笑顔で私とこの世界を励ましてください」
「ルディおにいちゃん。ネットのメモからじけんのしんそうを推理しようとしたですけど、あたまがこんがらがってきていい考えがうかばないですよ〜。
ボクが書いたメモのはずなのに、むずかしいです」
「おお。けなげなヴァーナーよ。気に病む必要はありません。
正しく生きていれば神が進むべき道をしめしてくださいます」
ボクと一緒に事件を調査しているルディおにいちゃんは、神父さんなのでよく神さまのおはなしをしてくれます。
「神さまはボクをみちびいてくれるですかね」
「もちろんですよ。ヴァーナーはいい子ですからね。すべてきっとうまくいきます」
「それは、気休めだ」
影月銀(かげつき・しろがね)おにいちゃんが冷たくつぶやいたです。
銀おにいちゃんは、いつも、ルディおにいちゃんに厳しいかんじがするですよ。
葦原明倫館のにんじゃさんだからですか。
ルディおにいちゃんのほうは、いろいろ話しかけたりして、銀おにいちゃんとなかよくしたそうなんですけど、銀おにいちゃんは、ルディおにいちゃんを相手にしてないです。
ボクの気のせいですかねぇ。
「みんな、なかまだから仲良くしたほうがいいですよ。
銀おにいちゃんも神さまを信じてみたら、いいことがあるかもです」
「それは、ないな。
信じたくば、貴様は信じろ。
俺にまで押しつけるな」
ううううう。にらまれたです。
ボクは、そんなにいけないことを言ったですか。
「銀。ひどすぎるわ。
ヴァーナーに謝りなさいよ。ごめんね。ヴァーナー」
銀おにいちゃんのパートナーのミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)おねえちゃんが、ボクにあやまってくれたです。
いつもどこか怖いふんいきの銀.おにいちゃんと違って、ミシェルおねえちゃんは元気でだれにでもやさしいひとです。
ボクは、ミシェルおねえちゃんとはお友達ですよ。
べつに、にらまれたから銀おにいちゃんのわるくちを言ってるわけじゃないです。
「僕らは一緒に調査しているんだから、ある程度は仲良くしていたほうがいいと思うな」
清泉北都(いずみ・ほくと)おにいちゃんがうまづきかけてくれたです。
あるていどとかなんだかむずかしいですね。
ボクはみんなとふつうに仲良くしたいです。
ボクとルディおにいちゃんと銀おにいちゃんとミシェルおねえちゃんと北都おにいちゃんは、5人で捜査してるです。
はじめは北都おにいちゃんのパートナーのソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)おにいちゃんもいたですが、ソーマおにいちゃんは一人でどこかへいってしまったです。
「北都おにいちゃん。ソーマおにいちゃんは、どうしたですか。もどってこないですね」
「うーん。本人は認めない気がするけど、ソーマのやつ迷子になったみたいなんだよ」
迷子になったですか、だとしたら、こまったですね。
「携帯がつながらなかったり、パートナーとも連絡がつかないなんて、ここは本当におかしな場所だね」
「元気だすです。ボクがついてるですよ。
ガーデンないを聞き込みしてまわっていれば、きっと、ソーマおにいちゃんもみつかるです」
「ありがと。僕もそう思うよ」
ボクと北都おにいちゃんが話しているのをながめて、ルディおにいちゃんがにこにこ笑ってるです。
「天使と神の子は仲睦まじくて、みていて心が和みますね。さながら、天上の楽園の風景です。
銀も彼らの談笑の輪に加わったらどうですか。あなたは、同伴者の淫婦の姦計によって現実がよくみえなくなっているのですよ。
ヴァーナーや北都の鈴の音のような声に耳を傾けてごらんなさい。きっと心が洗われます」
「神父。それ以上、ミシェルを悪く言ったら、貴様を地獄へ送ってやる」
銀おにいちゃんは、すごくこわい顔をしたです。
ボクはびっくりして、いきがとまって、むねに手をあてて、足もとめてしまったですよ。
でも、銀おにいちゃんとルディおにいちゃんはいつもこんなふうなので、心配しすぎてもいけないかなってかんがえて、またすぐあるきだしたです。
「天井の風景だなんて、ヴァーナーと北都はねずみじゃないんだから、天井裏で話なんかしてませんよー。
屋根裏部屋や天井裏の散歩が大好きそうなルディとは違うんだから。ね」
「ボクは、ねずねさんじゃないですけど」
ミシェルおねえちゃんのことばの意味がよくわからなかったです。
北都おにいちゃんは聞こえなかったのか、ふつうにしてるです。
「ミシェル。あなたには私の比喩は理解できなかったようですね。
ヴァーナーと北都の住まいは、天井ではなく天上です。神々の世界ですよ。あなたには縁にない世界です。
それと、なにか誤解されてるようなので、指摘させていただきますと、私は、屋根裏も天井裏も好きではありません」
「知ってて言ってますよーだ。でも、ルディは二人をほめてるつもりだろうけど、天上は普通、死んじゃった人が行くんじゃないの。
私はあんまり行きたくないな。
それと銀が凶暴になるからルディは、あんまり銀に近づかないでよね」
ミシェルおねえちゃんが銀おにちゃんの腕をひっぱって、ルディおにいちゃんから遠ざけました。
ルディおにいちゃんは空をみて、「ちちなる神よ。このばんこんこうおゆるしください」っておいのりしてるです。
ミシェルおねえちゃんとルディおにいちゃんはいつも口げんかばっかりです。
けんかするほど、なかがいいというのはほんとですかね。
「北都とソーマは連絡がとれない……。これは妙だと思わないか」
いきなり銀おにいちゃんが北都おにいちゃんに話しかけたです。
自分からミシェルおねえちゃん以外の人とお話しようとするのは、めずらしいですよ。
「僕もおかしいとは思うよ。
けどさ、ここでおかしいところをあげだしたらキリがないよね。
ここまでの聞き込み捜査でわかった点だけでも、ガーデンは異なる4つの部族が集まってつくった集落で、ガーデン内の主要人物は石にまつわる名を代々受け継いでいる。
その石は、すべて宝石、色石で12の誕生石。
1月の誕生石のガーネットさんが北の部族ってことは、北から時計回りにそれぞれその名を受け継いでいる人がいるってことかな。
殺されたパールさんは、6月の誕生石だから、時計のインデックスの位置で考えると南の部族になるよね。
そして、ベスティエさんが言うには、少なくとも敵はガーデンの関係者の中にいる、らしい。
僕としては、守ろうとしている住人の中に犯人がいるのはちょっと嫌かな。
すでにわかってる事実も妙なものばかりだし、隠されている謎のこたえもちょっと想像がつかない感じ。
僕は約束は守る主義だから、MRI、だっけ、の人たちも助けてあげないといけないんだよ」
「北都は、細かく考えすぎではないか。
俺が疑問に感じたのは、ガーデンではパラミタのルールが機能していないらしい、という点だ。
パートナーとの連絡がとれないと言えば簡単にきこえるが、マジェでは普通にできるのに、同じマジェ内にあるガーデンでは不可能になるというのは、つまり、ガーデン自体に問題があるのを意味している。
この場合の問題とは、機能と言葉を置きかえてもいいだろう。
ガーデン内には、パラミタの通常の法則を無効化する機能がある」
銀おにいちゃんのおはなしは難しいですね。北都おにいちゃんは、うなづいたですけど、ボクは頭をひねったですよ。
「それって、ガーデンは要塞だ、って言われてるのと関係あるのかな」
ミシェルおねえちゃんが質問したです。
ボクとルディおにいちゃんはぽかんとしてるですが、他の人はみんなさっきの話の意味がわかってるみたいですね。
みんな、すごいです。でも、平和をねがうこころはボクも負けないですよ。
かわいいは正義です!
「俺は、嫌な予感がする。
パートナー同士の繋がりにさえ影響を及ぼすような見えない力が、このストーンガーデンには存在している。
それが暴走したりしたら、住民も俺たちも無事で済むはずがない……っ。
ミシェル、お前にもしなにかあったら、いなくなってしまったりしたら、俺はどうやって生きていけばいいんだ……」
銀おにいちゃんは、どんな時でもミシェルおねえちゃんのことをだいいちに考えてるですね。
ききこみそうさのとちゅうから銀おにいちゃんのひょうじょうがどんどんけわしくなっていったのは、このままだとミシェルおねえちゃんがきけんなめにあうかもって、かんがえていたからみたいです。
「だいじょうぶです。
わるいコトをしてるひとも、神父さんが神さまのお話でせっとくしてくれたら、人にめいわくのかかるコトとかしちゃいけないってわかってくれるです!
そうなるように、いっしょにがんばろうです♪」
ボクは銀おにいちゃんにハグして、ほっぺにちゅ〜してあげたです。
銀おにいちゃんはびっくりしたのか、からだをぎゅっといしみたいにかたくしたですよ。
わるいみらいを予想をしてきんちょうしてるですか。
ボクはもっとちゅ〜してリラックスさせてあげようかとおもったですけど、ミシェルおねえちゃんに服のえりくびをひっぱられて、銀おにいちゃんからはなれたです。
「ヴァーナー。銀にああいうことすると危ないわよ。
ね、銀。銀の嫌な予感が本当にならないように、私、がんばるから、銀ももっと安心してよ」
「ハグとちゅ〜はあいさつです。危なくないですよ。ボクはだれにでもするです」
ミシェルおねえちゃんは、なぜか顔をしかめたです。謎ですね。
「対象となるのがどんな人物であれ、他者を思いやる心を持つ銀を父なる神が見捨てるわけはありません。
そうですね。私なりに、これまで収集した情報といまの北都と銀の会話から、我々の次にとるべき行動の指針を得たような気がするのですが」
みんなに話しながら、ルディおにいちゃんは、ボクのあたまをなでてくれたです。
「選べる道は二つです。
神の子北都が語ったように、事件の背景にあるガーデン内の複雑な内部事情に注目し、それを調べていくやり方。
この場合、私たちは再び Camlannへ行く必要があるでしょう。
どのようなやり方でその情報を得たのかさだかではありませんが、ベスティエが正しいとすればCamlannでいずれ最後の殺人は行われるのです。
それは阻止しなければなりません。
すでに動きだしている犯人の計画の全貌は把握できなくても、ここを抑えれば犯人を捕らえれると思います。
二つめの選択肢は、銀が指摘したガーデンの場所そのものが持つ力を調べていくやり方。
聞き込みの中で何度かでてきた複雑機構、ガーデンの地下の秘密の機械群が関係している可能性が高いですね。
私たちは、複雑機構のある地下、ヴァーナーの未来メモにも書かれていたMOVEMENTへ行かなければならないと思います」
「あなた、本当にルディなの。
急にまともなこと言いだしたりして、ここで死んじゃうんじゃないでしょうね」
「ミシェルの意見に同じだ。神父。短い付き合いだったな」
「ルディさん、どうかしたの」
北都おにいちゃんにまでふしぎがられて、ルディおにいちゃんは不安そうなかおをしたです。
「ヴァーナー。私はどこかおかしいですか」
「おかしくないです。すごいさくせんですね。ボクもいまのおはなしをきいていたら、いいことを思いついたですよ。
ボクはえにっきを書くです。
これからおきるできごとをえにっきにしてのこしておくです。
みんな、これはいいアイディアですよね」
ボクのていあんに、ルディおにいちゃんも、北都おにいちゃんも、ミシェルおねえちゃんも笑顔でうなずいてくれたです。
銀おにいちゃんだけはぜんぜん、かんけいないほうをむいてボクをむししてたですよ。
まだきんちょうしてるですね。
あとでハグとちゅ〜してあげるです。
◇◇◇◇◇◇
ピクシコラ・ドロセラ(ぴくしこら・どろせら)
「私には犯人がわかったわ」
彼とほとんど話さぬうちに、一人でそう宣言してブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)代表は行ってしまった。
ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は、天空の島も含めて、ストーンガーデンの土地、建造物について根掘り葉掘りたずねた後、きわめて意味のわかりにくい彼からの返事を自分なりに解釈して、これからすべきことの見当がついたらしく、去って行ったわ。
塔に残ったのは、ワタシ、ピクシコラ・ドロセラと伝説の魔術師マーリン・アンブロジウスのみ。
「おやすみ中のところ、突然、お邪魔してしまってまことに申し訳ありません。
お疲れかと思いますが、どうしてもマーリン様におききしたいことがあるのです、おうかがいしてもよろしいでしょうか?」
「なんだおまえは。まだいたのか。
それに先の二人よりもずいぶんとていねいな口をきくではないか」
「ワタシは魔術師です。
かってあなた様が切り開いた道を、あなた様がいまおられる場所の、はるか後方を日々、ゆっくりと歩んでいる未熟者です。
マーリン様。
ご承知かと思いますが、ストーンガーデンは、メロン・ブラックを名乗るアレイスタ・クロウリと彼の弟子たちのmagick(すべてを意のままに操る力を持つ魔法:クロウリの造語とされている)によって蹂躙されております。
もともとクロウリは、ガーデンにかけられているmagic(魔法:通常、magicの最後にkはつかない)の解明のためにマジェスティックの領主に招かれ、この地へやってきました。
地球で力を失い死亡したものと思われていたクロウリが、パラミタにこられたのは犯罪王ノーマン・ゲインの協力もあったようです。
僭越ながら、私が考えましたところ、元来、ガーデンにmagicをかけられたのは、マーリン様であり、やはりそれは深い意味があっての施術だったと思うのです。
クロウリにそれを踏みにじられている現状をいかがお考えなのでしょうか。
クロウリの邪悪さ、たくらみは、ガーデン、マジェスティック住民のみならず、やがてはパラミタ全体、地球にいる人たちにまで害を及ばすのではないのでしょうか。
ワタシは仲間たちとこの事態を収束させたいのです。
マーリン様。
すぎた願いとはわかっておりますが、どうかご指示を」
偉大な老人は問いをきくと、驚くべきことに寝台をおり、杖をついてワタシのところまで歩いてきたの。
彼の白髪と白髭は、どちらも床につくほどにのびていたわ。
寝巻きにガウンをはおった彼の前で、ワタシは膝をついて頭をさげた。
「顔をあげよ。魔術師とは、そうそう堅苦しいものではないはずじゃ。
組織や位を定めたり、住居や衣装に贅をこらしてみたり、そこらへんの格式ばった作法は、それこそアレイスタあたりが世に広めたコケ脅しの一つじゃろう。
同じ道を歩くものよ。普通にしておればよい。
我はただの老いぼれじゃ、過度の期待はおたがいのためにならぬ。
事実、ここまで近づかぬと、そなたの声もよく聞こえぬ」
「そんな。では、いままでの会話は、相手の話もろくにきかずに」
彼がいたずらっぽく笑っているのに気づいたので、ワタシはだしかけた言葉をおさめた。
どうやら、冗談のようね。
「我とそなたは同業者と言うことじゃが、なにか術をみせてみよ。
そなたの術をみるうちに、我もそなたの問いのこたえを思い出すやもしれん。
21世紀の魔術師よ。未知なる術を我にしめせ」
「マーリン様。いまはそんな余裕のある時では、ないのではありませんか」
「我に時間がないとは、なかなか愉快な戯言じゃ」
「そうではなく。
さっきの耳もそうですが、わかっていてワタシをからかっておられるのですね」
「我はなにもわからぬよ。
時にそなたは我とアレイスタのどちらを好いておる。
そなたからすれば、どちらも名の知られた骨董品にすぎぬ、似たようなものではないのか。
未来の魔術師に慕われておるのは、我とやつのどちらじゃ」
鋭い質問ね。
実は、マジェスティックの事件にかかわるまでは、クロウリはワタシのヒーローの一人だったわ。
悪い面もたくさんあるけれど、トートタロットの発明や、あの読みにくい著作の数々で魔術を一般的なものにし、結果として愛好家、研究家を広めた功績を認めていたの。
全盛期の彼は、当時の世界的ロックスターの中にも彼のファンが何人もいるほどの、POPカルチャーシーンの人気者だったのよ。
マーリンの方は、神話や伝説の登場人物で、まさか会える時がくるとは思ってなかったから、尊敬よりも物珍しい感覚が強くて、こうして目の前にいても現実感がわいてこないわね。
ネッシーやイエティと出会ってしまったようなものかしら。
でも、これは言わない方がよさそうね。
「どちらにも優劣はつけられません。それぞれ種類の違う人たちに愛好されております。
しかし、マーリン様が様々な物語にも登場して、子供から大人まで世界中の多くの人々に知られているのに対し、クロウリはごく一部のものに偏愛されている感じです。
マーリン様は、クロウリをどう思われますか」
「あたりさわりのない返答で、ごまかされた格好じゃな。
まあよいわ。
我のクロウリ評など平凡なものじゃ。語るまでもない」
「それでも、ワタシは興味があります。お教えください」
まんざらウソではなく、マーリンがクロウリをどう評価しているのか知りたいわ。
クロウリは世間的に唯我独尊の性格破綻者のイメージが強く、実際、ワタシも以前にロンドン塔でメロン・ブラックと会って話した時には、自分の世界に陶酔している感じで、あまりよい印象を抱かなかったけど、魔術師の大先輩であり、伝説、物語では、人格者として扱われていることの多いマーリンは、彼をどう思うのかしら。
「我は伝説にしての魔術師の雛形じゃ、故に突出したところはない。
我の後のものたちは、それぞれに個性を持ち、それをのばし、一家をなした。
錬金術師で、子供好きだったジル・ド・レイは、聖少女を助け救国の英雄となった後、その性癖ゆえに数百人の少年を凌辱、虐殺し、火あぶりになって果てた。
高貴な家に生まれ、学力に秀でていたアグリッパは、魔術師でありながらも多才で、法律家、神学者としても活躍し、その弁がたちすぎた結果、カソリックの修道会に標的にされ、思うままにふるまえぬ晩年をすごした。
アレイスタにしても、それは変わらぬ。
性欲の強い、派手でむこうみずなやつじゃ。
やつなりに魔術に対し、真摯に研究、実験を行ってはいるが、やれ乱交だの、マスコミに登場するだの、軽薄なコマーシャルな行為に力をさきすぎる。
だからして、やつの功績は一部の好事家にしか評価されず、世間からは批判と嘲笑の対象でしかなかった。
根本にあるのは幼稚な自己顕示欲だろうが、世間に魔術を認めさせようと、あのてこのてで騒ぎをおこし続けた。
世人がなにをほめ、なにを嫌うかが、わかっていないようにみえるな。
幼くして莫大な遺産を相続し、恵まれすぎた境遇でわがままに育ったので、人の気持ちをおしはかる配慮を身につけられなかったのだろう」
「冷静な人物評だと思います。
そして彼は、巻き込まれる人々の犠牲も気にせず、いまもここで騒ぎを起こそうとしているのです」
「痴れものの話はこのぐらいにして、我はそなたの問いにこたえたのじゃから、そなたも我に術をみせよ。
そう心配せずとも、CALETVWLCHは扱いの難しい武器じゃ。
たとえ、アレイスタがあれを手にしたところで、なにができようか」
「CALETVWLCH。エクスカリバーですね。
やはり、ガーデンのどこかには、アーサー王の伝説の剣が」
ワタシの言葉のなにかがが、彼にとってはよほどおかしかったらしく、彼は楽しげに声をあげて笑った。
「ワタシは、そんなにおかしなことを言いましたか」
「すべてを飲み込み巨大な力は、いつでもそなたのすぐ側にある」
「謎かけですね」
マーリンは首を横に振ったわ。
「CALETVWLCHについて思いをめぐらせながら、我に術を披露せよ。
手がかりをやろう。CALETVWLCHは、約束された勝利の剣じゃ。その通り名にウソはない。
過去や未来を見通せようとも、ずいぶん長い間、我はここからでておらんのじゃ。
つまり、退屈しておる。何千年もな。
魔術師よ。早く術をみせるのだ」
彼からこれ以上の情報を引きだすには、magicが必要なようね。
わかったわ。
やってみましょう。
「マーリン様のお気に召すかはわかりませんが、ワタシは、みている人に驚きを与えるmagic、カードとコインを使った21世紀の魔術が得意なのです。
さあ、ワタシの手元にご注目ください。
ファンタスティックな世界をあなたに見せてあげる」
◇◇◇◇◇◇
<リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)>
例えば、あなたが幼い頃からずっとピアノを習っていて、音楽が大好きで、できれば将来はピアニスト、それがムリでも演奏者として音楽関係の仕事につきたいと、ピアノの練習に明け暮れる日々を送っていたら、ある時、突然、指を切断されたとします。
あなたは、その原因をつくった相手を許せますか。
責任も果たさずに逃げ去り、遠い場所で自由気ままに暮らしている相手を放っておけますか。
私は、私から人生を奪った彼を許せません。
ピアニストではないのですが、かっての私には夢も充実した毎日もありました。
なのに、彼、セルマ・アリス(せるま・ありす)が私のすべてを破壊したのです。
私が手術を受けて強化人間になったのも、彼を追ってパラミタへ行くため。
手術の影響で私は笑顔以外の表情を失いました。
彼への復讐で凝りかたまっている私の心は、いつも幸せそうなほほ笑みの下にあります。
私が笑顔を失うのは、心のタガが外れるほどに感情がたかぶった時だけ。
彼への復讐を終えた時、私は自分がどんな顔をしているのか、いまから楽しみにしています。
私の兄、セルマ・アリスからすべてを奪ったその日、私は笑っているのでしょうか。
助けてくれ。
空京で年末の休日をすごしていた私は、それを感じた時、日頃からセルの苦しみのたうつ姿ばかりを想像しているので、ついに幻聴がきこえるようになったのかと思いました。
しかも、声の後、血まみれで倒れているセルマのイメージが脳裏に浮かんできたので、私は喜びのあまり、お腹の底からわきあがってきた笑いをおさえることができず、
「ふふふふふふふ。ウフフフ。キャハハハハハハッハハ」
「リン。どしたの。涙まで浮かべて笑ってさ。
そんなに楽しいんなら、私にも教えてよ」
隣にいたシャオこと中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)にたずねられても、あまりのうれしさ楽しさに、笑うので手一杯でなかなか説明できません。
「なになに。リン。笑ってるっていうか、涙で顔がぐしゃぐしゃになってるよ。
ほら、ワタシがふいてあげるから、落ち着いて」
自称ゆる族の乙女、首に大きなリボンをつけた黄色いクマのきぐるみのミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)がワタシを抱きしめ、ハンカチで涙をぬぐってくれました。
シャオもミリィも、そして復讐のために契約した私も、三人ともセルのパートナーです。
「あのね、ワタシ、悪い予感がするんだけど、マジェスティックにいるルーマになにかあったんじゃないかな。
もしかしてリンは、パートナーの精神感応でなにか感じたんじゃ」
「リンはセルと血のつながりがあるので、私やミリィよりもセルの近くにいるのかもしれないな」
シャオとミリィが話している間も、私の頭には次々とセルのイメージが浮かんでは消えていきました。
マジェのストーンガーデン。
如月正悟の裏切りに傷つけられたセルと恋人のオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)。
ケガをしたセルは己の無力を悔やんでいる。
いい気味ね。
私、いつかこうなると思っていたわ。
あなたは、人を不幸にしたんですもの。自分も、もっと早くこうなるべきだったのよ。
石庭で、後悔しながら、死んでしまえ!
このまま、私が黙っていれば、そうすれば、シャオもミリィも気づかずに。
二人に見守られながら、私はいつまでも泣き笑いを続けました。
◇◇◇◇◇
<中国古典 『老子道徳経』>
私がくるのがあと少し遅ければ、死んでいた気がするわ。
セルマは裂傷と出血多量、そのうえショック症を併発してて、入院が必要な状態。
ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は頚椎捻挫、ようするにムチ打ち症で全治三ヶ月くらい。
オルフェリアは外傷は見受けられないけど心神喪失状態で、ルクレーシャ・オルグレン(るくれーしゃ・おるぐれん)はヒズテリーを起こしていて、泣いたり怒ったり情緒不安定なの。
私の特技の医学と、獣医の心得! のスキルで応急処置はしたわ。
でも、全員、ちゃんと病院いってよね。
このままだと、後遺症もトラウマも残るわよ。
「治療というか、その場しのぎのごまかしをしてあげただけだから、ムリはしないでね。
セルマの薄れた意識の中でのSOSをリンが受信してくれて本当によかった。
リンが教えてくれなかったら、私もミリィも、セルマがこんなふうになってることに気づかなかったわ」
「すまない。助けてくれて、ありがとう」
処置がすんだばかりのセルマは、血の気のない顔をしてて、しゃべるのもつらそう。
「俺は未熟だ。
俺じゃまだオルフェさん達を、大切な人たちを守るのに力が足りない。
だからこそ、ミリィ、シャオ、リン、今回は力を貸して欲しい。」
「わざわざ言わなくていいことを口にしないで。
頼られて断るような相手とは、はじめから契約しないわ」
「シャオは厳しいなぁ。ルーマは気持ちも体も、一生懸命がんばってるんだよ。出血沙汰だもんね。
ワタシも守られてばかりじゃないように、もっとルーマに信頼してもらえるように強くなるよ!」
よろけながら立ち上がろうとしたセルマにミリィが駆けより、ささえたわ。
セルマに対しては、いつも私が中、ミリィが甘、リンが激辛よね。
「なにかドジを踏んでこんなザマになったのでしょうけど、精神感応だけでは、どれほどやられているのかわからなかったので、直接、様子をみにきたの。
中途半端なケガね。
もっと、完全に死んでからくればよかった」
血まみれのセルマのヴィジョンに最初は笑いころげ、やがて泣き崩れたリンは、セルマの前ではいつもの笑顔で平然としている。
リンがセルマにいろいろな気持ちを抱えているのは知ってるわ。
でもね、少女よ、おおいに悩みなさい。それが若い者たちの仕事よ。
ここには4000歳のお婆さんの私が成長を見守るのが楽しい人が2人もいるのよね♪
「みんな、俺は、正悟さんを操って、オルフェさんをさらった奴らを探しだし、刑罰を受けさせたい」
「自分を斬った如月正悟さんへの復讐は」
セルマは、リンのかすかなつぶやきに答えるように、
「斬られたのは俺にも非があった。
正悟さんもオルフェさんも、俺がもっと二人のことを考えて行動していれば、こんなふうにならなかったのかもしれない。
俺の思い上がりかもしれないけど、足りないものがあることを自覚せず、結局、取り返しがつかない状態になる結果で終わるのは嫌だ。
俺は、自分の力以上の問題にも挑戦してみたいんだ。
だから、みんな、俺を助けてくれ」
「復讐よりも、正悟さんやオルフェさんが大事なのですね」
リンがさっきよりも、さらに小さな声でつぶやいたわ。
あなたのお兄さんは、そういう人よ。私もミリィもそんなセルマと契約したの。
「さて、で、私たちは、なにをしたらいいのかな。具体的な計画はあるの」
私の問いに、セルマは頷いたわ。
自分は歩くのもやっとなのに、ずっと、今後の作戦ばかり考えてたらしいわ。
ほんと、まじめすぎるのよね。
◇◇◇◇◇
<ミリィ・アメアラ>
オルフェが連れてきたモルディ(モルドレッド)とお話しするように、ルーマにお願いされたんだよね。
でも。
モルディと話す前に、隣に座ってぼーっとしているオルフェと、その横でこわい顔でだまりこんでるルクレーシャが気になっちゃって。
オルフェはいつもぼーっとしてるんだけど、今日は一段とすごくて、口は半開きで目もうつろでぶつぶつ言ってるんだよ。たまに、手を動かしたりするの。
ルクレーシャは下をむいて、誰とも目をあわせようとしないし。
ワタシとしては、普通にしてるモルディよりも、いつもと全然違う二人の方が気になるよね。
「オルフェ。大丈夫。
ねぇ。ワタシの声、きこえてるぅ」
「オルフェは、みんなを守りたいのです。
誰も不幸になって欲しくないのです。みんなに幸せになって欲しいのです。なのに…。
だから、モルドレッドだけはオルフェが必ず守り抜くのです。
他の子たちのようなめにはあわせないのです」
「大変なめにあったみたいだね。
わっ、ワタシの手をつかんでどうするの。ワタシはミリィだよ、セルマでもモルディないよ」
「みんなを守るのです。オルフェが守ることができなかったあの子たちは」
「オルフェ。しっかりして、ここにはルーマもワタシたちもいるから、安全よ。
オルフェはモルディを助けてここまできたの。いまは危険はないのよ」
「はい」
わかっているのかいないのか、オルフェはぼんやりと私を眺め、力なく笑ったわ。
ワタシはオルフェの手をぎゅっと握りしめたの。
彼女はようやく心から安心したのか、座ったままワタシの肩にもたれ、まぶたを閉じたわ。
ふぅ。
オルフェの優しさは自分の身をかえりみなさすぎるから、ルーマも大変よね。
「ミリィさん。オルフェを介抱してくださってありがとうございます。
本当は私がしなくてはならない役割なのに」
ルクレーシャにお礼を言われたの。
いつもは元気なルクレーシャがとんでもなく低い声をだしたんで、ワタシ、びっくりしちゃった。
「ルクレーシャも眠ったりして、休んだほうがいいんじゃない」
「私、いま、ものすごく怒ってて、自分で自分がイヤで。なにもしたくないんです。ごめんなさい」
苦しそうだし、こういう時はそっとしておいてあげた方がいいよね。
ルーマもオルフェもルクレーシャまでもひどいめにあわせて、サラギはどういうつもりなの。
ワタシもサラギに一言言ってやりたくなってきたわ。
そのためにも、まずはモルディにお話をきかないとね。
「モルディ(モルドレッド)だね?
ワタシは、ミディ。よろしくね。
あなたに聞きたいことがあるの。
いままでどこに捕まってたかわかる?
あと、きみがなぜ捕まったか、ゆっくりでいいから思い出せることがあれば教えて」
「ミディ。ぼくは、ぼくも知らなかったんだけど、王様なんだ。
ぼくはガーデンの王様なんだよ。
信じられるかい。ぼくはぼくの本当のお父さんを殺さなくちゃならないんだって。
ぼくはそんなことしたくないよ。
オルフェリアはぼくにそんなことをさせないために、ぼくを助けてくれたんだ」
急にこんなふうに言われても、ワタシ、わけがわからないわ。
「誰が王様なのかわからなくて、何人もの子がさらわれてきてたんだ。
魔術師たちがぼくらを調べて、ぼく以外の子たちはみんな、みんな、みんな」
「ムリにしゃべらなくていいよ。とにかくあなたは魔術師たちのところからオルフェと逃げてきたのね」
「うん」
「あなたをさらった魔術師たちは、どこにいるの」
「わからない。
だけど、ぼくは、ぼくの本当のお父さんとお母さんにあいたい。
ぼくらは生まれ変わりなんだって、ぼくは、ぼくのお父さんに殺されたんだって。
どうして、父さんは、ぼくを殺したの」
「ごめんね。ワタシにはわからないわ。モルディのお父さんは、どこにいるかわかる?」
「父さんも母さんも生まれ変わって、いまは子供らしいよ。
ぼくはガーデンの子供みんなに会って、父さんと母さんを探したい」
モルディの気持ちはわかるけど、彼の話を信じてもいいのかな。
どうすればいいの。
◇◇◇◇◇
<セルマ・アリス>
「ミリィ。モルドレッドと一緒に、彼の生まれ変わった両親を探しに行こう。
ガーデンの子供たちの行方不明事件が多発しているのは、きっと、この話と関係があると思う」
ミディから話をきいた俺は、とりあえず、モルドレッドの話を信じることに決めた。
とにかく指針がなければ行動しにくいのだし、間違っていれば途中で直せばいいだけだ。
「オルフェさんとルクレーシャさんには、安全なところで休んでもらっているとしよう。
リンとシャオは、二人とガーデンからでてマジェのホテルか病院にでも連れていってくれ。
俺は、ミディとモルドレッドと」
「それはダメです。私もセルマさんたちと行きます」
ルクレーシャさんが顔をあげ、俺をまっすぐに見つめた。
硬い、真剣そのものの表情をしている。
「正悟さんにもう一度、会うには、あなたちと行動した方がいいと思うんです」
彼女の決意を俺は無視することはできない。
「わかりました。では、オルフェさんだけでも病院へ」
俺の指示で、シャオとリンが眠っているオルフェさんを抱き起こした。すると。
「なんで、オルフェだけついていってはいけないんですか。
オルフェも、セルマさんとルクレーシャさんと行きます。モルドレッドさんはオルフェが守るんです」
少し休んで、だいぶ元気になったオルフェさんは、保護者然とした感じでモルドレッドの前に立ち、輝きをとり戻した瞳を俺にむけた。
人のことは言えないけど、俺の周りにいる人たちは、見返りもないのに、みんなムチャばかりする。
「わかったよ。オルフェさんも、ルクレーシャさんも俺たちと行こう。
ミディはオルフェさんとモルドレッドを。リンとシャオは俺たち全員を守ってくれ。
で、ケイラさんも俺たちと行くかい」
シャオに応急処置をしてもらった後、俺たちの会話を静かにきいていたイラさんに俺はたずねた。
◇◇◇◇◇
<ケイラ・ジェシータ>
せっかくお誘いですが、自分はパス。
「みんなの話を聞いてて、気になったことがあるんだ。自分はそれをたしかめにCHARNELへ行ってみるよ。
ごめんね。みんなも気をつけてね」
というわけで、自分は、セルマさんたちとは別れて、CHARNELへむかったんだ。
如月さんにやられた首が痛むけど、いまは休んでる場合じゃないからね。
自分はCHARNELの管理人のエメラルドさんに話を聞きたいんだ。
なぜかと言うとね。
アーサー王伝説って有名だよね。
自分は本好きなんだけど、ああいったはるか昔の誰が書いたのかわからないような物語もたまに読むんだ。
あの物語には、細部の異なる様々な種類があるのだけれども、だいたいどれにも登場する主要人物の一人に、そのものズバリのモルドレッドという人がいてね、アーサー王の甥っ子、またはアーサー王が父違いの実姉モルゴースとの間にもうけた不義の息子である彼は、物語の終盤でアーサー王と一騎打ちし、胴体を槍で貫かれながらも、大剣の一撃でアーサー王の脳天を鎧ごと叩き割り、二人は相打ちする。
オルフェリアさんが連れてきた少年も、王様になるべき星の下に生まれた、お父さんと殺しあわなければならない運命の人なんだってね。
物語と一致するのはここだけじゃない。
お話に登場するモルドレッドはまだ生まれたばかりの頃に、その存在の危険性を魔術師マーリンに察知され、王国に住む同じ5月1日生まれの子供たちと一緒に船に乗せられて、海に流されたんだ。
ガーデンの子供たちの誘拐事件と似ている気がしないかい。
モルドレッドは5月生まれ、5月の誕生石はエメラルド。
ガーデンの要人のエメラルドさんは、CHARNELの管理人、というわけで、自分はCHARNELへむかってるんだ。
モルドレットにはセルマさんたちがついているから、そう簡単には危険なことにはならないだろうし、自分はモルドレットの背景、ガーデンで再現されようとしているアーサー王物語について探ろうと思って。
「なあなあ、自分、探偵やろ。
赤い竜になんの用よ。これが怪獣んなって暴れる前にとめる方法でも思いついたんか」
CHARNELに入ろうとした自分を呼びとめたのは、蒼空学園の制服を崩した感じで着、首にシルバーのチェーンをつけた、ツンツン頭の男の子だった。
「自分はケイラ・ジェシータ。きみは」
「自分、自分を自分って呼ぶんか。サツか軍人みたいやな。俺は、不破勇人(ふわ・ゆうと)や。
ガーデンに探偵しにきたんやけど、謎は全部、解けてしもうたわ」
眠そうな顔でぼそぼそ言われても、あんまり説得力がないんだけど。
「俺を信じてへんやろ。
自分の人生には、名探偵が不足しとるんとちゃうか。
本物の名探偵は、脳のみそ、ちゃった、灰色の脳細胞しか必要ないんやで。
脳だけでどうやって生活していくんかは、永遠の秘密やねん」
「ようするに、不破さんは名探偵なんだね」
「まあな。俺は、ポワラーや。
自分、エルキュール・ポワロを知っとるやろ。偉大な探偵やんか。俺はパラミタのポワロや」
関西弁で、クロムっぽいアクセをつけたB‐BOYふうのポアロだなんて、斬新だ。
「不破さん、さっき赤い竜がどうとか言ってたよね。CHARNELが赤い竜なの」
「そんなんも知らんで、自分、ここにおるんか。
ほんま、自分、竜に食われてまうで。無知を武器に探偵すんのは、二時間ドラマのおばはん連中だけにしといて欲しいわ。
名○裕子か、片平な○さか、ちゅうねん」
彼のポワラーって意味は、口の悪さがポワロ風味だってことらしい。
名探偵はだいたいが変人で、人をけなすのが上手な人が多いよね。
「なんやなんや。質問だけで、独自の推理の披露もないんかい。ほんま、世話がかかるやっちゃなあ。
俺が説明したるわ。一度しか言わんから、よう、聞いとけや」
「うん。不破さんがどうしてポワロなのか、自分、わかった気がするよ」
「ほう。ええカンしとるな。雰囲気だけで俺の脳細胞の素晴らしさがわかったんか。
せやけど、賞賛の言葉は、推理をきいてからでええでぇ」
それはおおきに。
「しっかし、自分、アーサー王物語の竜退治のエピソードを知らんと言わさへんでぇ」
「知らないけど」
「あっさり言われてもうた。
ええわ。ええわ。おぼえることがぎょうさんあって、あんさん、幸せですなぁ。
そんでも、自分、ここまできたからには、ガデーンの建物や住民らがアーサー王の物語と奇妙に似かよっとんのには気づいてんのやろ」
「それは、まぁね。
自分は、アーサー王の不義の子のモルドレッドの生まれかわりらしい少年にあったんだ」
「まったく役者が揃っとりますなぁ。
俺は、そこらへんの情報は、ネットに流出しとったヴァーナーのメモでおおよそ把握してんねん。
やけどな、伝説の中の語られる順番として、竜の話は、モルドレッドとの対決より前にあんのや。
なぜ俺がCHARNELを赤い竜と判断したかといえば、そもそもこの建物が赤い色をしとるちゅうのもあるんやけど、アーサー王伝説には二匹の竜がでてくる。
簡単にまとめると、それは、こんな話や。
舞台は鉄器時代のヨーロッパや、ブリトン人の王が魔術師マーリンの助言にしたがって、地下の湖の水をすべて抜いてみるとな、底には赤と白の二匹の竜が封印されとった。
封印の解けた二匹は闘いはじめたんやけど、そこでマーリンは予言するわけや。
「赤い竜はブリトン人、白い竜はサクソン人。
この争いはコーンウォールの猪が現れて白い竜をふみつぶすまで終わらない」
これはつまり、コーンウォールの猪ことブリトン王アーサーが、サクソン人を退治するちゅう意味や。
地下で寝とった竜同士の戦いも赤い竜が勝って、実際、予言を聞いた王の4代後に王になったアーサーは、サクソン人たちに勝利したんや。
そんなこんなで、21世紀現在でも、赤い竜はアーサー王の象徴、かってアーサーの国があったとされるウェールズの国旗には赤い竜が描かれとるんや。
ウェールズは、自国を誇り高き竜の心を持つ国だと自負しとる。
そんでCHARNELやけどな。
自分、このバカでかい建物を上からみるとウェールズの国旗の竜みたいな形になっとるのに気づいてへんやろ。
でたらめに増改築しとる言われとるけどな、これは赤竜やで。
ガーデンの四つ棟のうち、ここがウェールズなんやろ」
「それでCHARNELが赤だとすると、白は」
「CATHEDRALやな。
そっちには俺の助手に捜査に行かしとるんやけど、あいつ、遅いな。
赤も白もな。暴れだす前に手をうっておきたいねん」
それはそうだろうけど。
自分は彼の話をどこまで信じれば、いいのかな。
少しすると、黒の鎧を全身にまとった人が不破さんのところへやってきた。
「こいつが俺のパートナーのジークハイル・ローエングリン(じーくはいる・ろーえんぐりん)や。
で、ジーク。白の方はどうやった」
「実はそれが、すでにただの建築物ではなく、竜と化して動きだす兆候が随所にみられましたので、先制攻撃をしてまいりました」
「待てや。自分、なにしたんや」
「一例をあげますと、竜になった際に、目や鱗にあたるであろう、ステンドグラスをできる限り叩き割り、竜の血脈となる、電気、ガス、水道はすべて、不通、使用不可にしました。
微動していると思われる尻尾にあたる部分は爆破いたしました」
「おい、おい、なぜ、自分そこまでした。やりすぎやないかい」
「いいえ。私はたしかに、CATHEDRALが呼吸をし、咆哮をあげているのを聞きました。
多くの方はまだそれに気づいておあられないようでしたが」
「住んでる人がおるんやろ。ヤバイんとちゃうんか」
「はい。ですので、ガーデンのギルドの連中が私を追って、間もなくここにくるかと思われます。
マスターには彼らに事情を説明していただきたい所存であります」
「かんべんしてくれや。ほんまにもう」
「かのストラヴィンスキーはパイプオルガンを「息をしない巨大な怪獣」と呼んだらしいです。
CATHEDRALはたしかにそんな状態でした」
「そーかい、そーかい。あん。おい、自分、どこに行くんや」
なんだか状況がヤバそうなんで、そっと逃げかけた自分を不破さんは、目ざとくみつけたんだ。
「逃げんかてええやろ。
ギルドに、自分や俺の推理を直接、話した方が話が早いやろ」
「え。で、でも、自分はそんな自信ないし」
「心配すなって、俺がフォローしたる、な」
「はい。及ばずながら、私も、お役にたてればうれしいです」
ジークさんにバカていねいにお辞儀されたんだけど、なんなんだろうね、この展開は。
結局、自分はギルドに不破さんたちと仲間扱いされて、身柄を拘束され、最後には不破さんの推理が正しかった! のが証明され、CHARNELとCATHEDRALが完全に怪獣になる前に、封じ込めることができたんだけど、そこらへんの話は長くなるから、また今度、機会があったらするよ。
そもそも自分、なにしにCHARNELへ行ったんだっけ。
◇◇◇◇◇
<ガートルード・ハーレック>
「短刀直入にいきましょう。
私は建設会社を営んでいます。早い話が土建屋ですよ。
ガーデンの水道工事を落札して、社長の私としてはけっこう大口の仕事がもらえたってことで喜んでいたのです。
中小どころか零細と言いうのもはばかられるようなウチみたいな企業にとっては、こういった公共事業的な仕事を下請けとしてでなく、直にやらせてもらえるというのは、大ラッキーですからね。
ところが、工事をはじめてみれば、住民の方の子供さんが行方不明になったり、こちらがなにもしていないのに塔が勝手に崩壊したり、大変なんですよ。
もちろん、どちらもウチの責任じゃありませんけどね。
マーリンさん、このストーンガーデンっていうアパートメント群には、自壊の魔法や呪術的な仕掛けがほどこされてるんですか。
もし、そうだとしたら、普通の工事として契約させてもらってるウチとしちゃ、契約違反です。
そんな話は、カケラも聞いてないですからね。
違約金を頂いて、新しい条件で契約しなおしてもらわないといけないですね。
そこらへんのところ、どうなっているんですか。あなたなら、ご存じなんでしょ、ここのアパートメントのくわしいことを」
状況からして、まわりくどく話している時間もないと思うので、私は大魔術師マーリンに思うままにたずねました。
「建築家か」
「いえいえ、そんな大したものじゃないですよ。
遊ぶ金欲しさに会社経営をしているただの女子学生です」
「ここに頻繁に人が訪れるようでは、ガーデンには今後、すぐに貴様らの力が必要になる。
ガーデンを把握せよ。
測量せよ。
試算して、ことが起きた時には、誰よりも早く、準備ができているのを訴えよ。
横からだけでなく、上からも下からも見ておくのじゃ」
「近いうちに壊れるので、直す必要があるって意味ですか。
ガーデンのギルドは、主要な四つの棟の増改築、補修工事を外部の業者にやらせる気はあるんですかねぇ」
それから私はガーデンの上下水道、電気、ガスや伝統に基づく独自の建築法的なものの有無まで、思いつく限りの質問をマーリンにして、たくさんの意味不明な返事とほんの少しの役に立ちそうな言葉をもらいました。
◇◇◇◇◇
「いつまでも寝てる場合じゃないでしょ。起きなさい」
「壊れた塔の片づけは済んだんで、ちょっと休んでたんだ。別にずっと寝てたわけじゃ」
「うだうだうるさいですね。
新しい仕事の下調べに行きますよ。ガーデンの大魔術師マーリンがおいしそうな話を教えてくれたんです」
「社長。そいつの話は信用していいんですかい」
「一緒に行った探偵も魔術師も、あいつが本物だと思って信用してたようだし、私もとりあえずはね」
マーリンの塔を後にした私は、工事現場のプレハブ小屋で横になっていた、パートナーのネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)を叩き起こして、外へ連れだしました。
ガーデンの塔へ登ってその安全性をたしかめながら、頂上からここの全景を見下ろして、今後の仕事に生きるヴィジョンを得たいと思ったのです。
ウチの組、ハーレック興業の取締役兼現場監督のネヴィルにも、当然、みておいてもらわないといけません。
「俺が登ったとこと同じでここも廃墟っぽいですね。
螺旋状になってる階段をえんえんとのぼって、上まで行くんですよ。
途中に部屋もなにもないし、暗いし、おもしれぇとこはまったくないと思いますがね」
「行くしかないでしょ。
もし、危なくなったら、私を抱いて窓から飛び降りなさい。その翼は、飾りではないわよね」
「わかりましたよ。
ったく、俺は今日、転落して意識を失ったばっかなんですがね」
ネヴィルの愚痴は無視します。
私たちは、鎖でロックされていた出入り口の扉を開け、塔内に入り、のぼりはじめました。
塔内は暗く、狭く、カビ臭いですね。
しかし、壁と階段しかない建物ですが、石造りで案外、頑丈につくってありますね。
中は空洞だし、地震があっても、あんなふうには、なかなか全壊しない気がしますが。
最初にネヴィルがのぼった塔の残骸は、まるで爆発事故であったように、上から下まで粉々に砕けていましたからね。
やはり、魔法ですか。
「頂上からみえた島の方に、塔に今日のネヴィルのような侵入者がいれば、塔をまるまる破壊できスイッチがあるのかもしれませんね」
「そうですかねぇ。こんなもん壊しても、多少ガーデンの日当たりがよくなるだけで、いいことはない気がしますが」
日当たりがよくなれば、洗濯物も乾くし、いいじゃないですか。
一段一段、内部を観察しながら階段をあがっていた私たちとは逆に、誰かが上からおりてきました。
ネヴィルの言っていた道化師でしょうか。。
「こんにちは。健康維持のためにアンチ・エレベーター&エスカレーター派のベスティエ・メソニクスだよ。
ハーレック興業の社長と取締役だね。
きみたちの会社の名前はガーデンの歴史に名を残す、ある意味での重要なファクターになるはずだから、せいぜい頭を使ってくれたまえよ。
この事件が終わって、その後もガーデンが継続するのなら、大幅な移転工事が必要になるだろうからね」
長身の獣人は、自分の言いたいことだけ話すと、にやけた笑みを浮かべ、私たちとすれ違って階段をおりていきました。
「あなたは、何者ですか」
「僕は、人のこないようなところを一人で徘徊するのが好きな物好きだよ。
こんな僕の言葉を信用するもしないもきみらの自由さ。
ここから先は窓が減って、さらに暗くなる。足元に気をつけてね」
二度と振り返らずに、彼は行ってしまいました。
「社長。あいつは」
「廃ビルや閉鎖したトンネルなんかには、ああいうおかしなやつがたまに住みついてるものです。
あまり、気にしない方がいいですね」
「わかりました」
私たちは、いまの彼のことは忘れて、頂上を目指しました。
◇◇◇◇◇
<茅野菫(ちの・すみれ)>
すべてはあの島ではじまって、そしてはじまった時には、その後、どうなるかはなにもかも決まっていた気がするのよ。
あの時は誰も気づいていなかったと思うけれどね。
「ここはスコット商会が預かるわ。決闘でも推理勝負でもバリーツでも、いまじゃなければ好きにするといいわ。
でも、いまはだめ」
天空の島に集まった、怪人二十面相こと遠藤聖夜(えんどう・のえる)、マジカルホームズこと霧島春美(きりしま・はるみ)、黒のイェニチェリ黒崎天音。
三人のクセものたちの前であたしは見得を切ったの。
ルルが剣を引き抜いたまではよかったんだけど、三人が揃ったあたりで雲行きが怪しくなってきて、とにかくあたしは場をまるくおさめたかったのよ。
「だいたい怪人二十面相なんて観客がいてこそでしょ。
たまにはその観客を守るために働きなさいよ。ガーデンやマジェがピンチなのに、たかが剣一本で大騒ぎしてさ、あんたの器はそんなに小さかったの。
同じ日本人としてがっかりだわ。
明智小五郎と日夜、追いかけっこしていた、あんたのお師匠だか、お父さんだかは、もっとスケールが大きかったはずよ。
いくら変装がすごくっても、ここで子供を驚かせてるだけじゃ、そのカニの鋏が泣くわよ」
「言いたい放題ですね。
ま、ショーをみてなにを言おうとそれは観客の自由ですが。
それと、先代の二十面相は私の祖父です」
「それから、マジカルホームズ、あんたはタイミングが悪いわ。
ルルが剣を抜いたいま、子供たちはお役ごめんなの。もうすぐ、家に帰れるわ。でも、守らなくちゃいけない存在なのは変わらないけど。
とにかく、子供を守るのはほどほどにして、もっと他にやることがあるでしょ。
殺人事件はもう解決したわけ?
あんたがここで遊んでる間に、下で新たな被害者がでたら、あんたのとこの強気な会長さんは、どう責任をとってくれるのかしら。
百合園推理研、信頼失墜の危機じゃないの」
「まず、ブリジット代表は会長でなくて、代表よ。
その間違いは時に、あなたの身に不幸を招くから気をつけるのね。
あなたが言うように子供たちを特に守る必要がないとしても、私はなにもせずにここを離れるわけにはいかないわ。
あなたと、ルパンがここにいる以上ね」
「それから天音もスコット商会を手伝いなさいよ。きっと、その方がおもしろいから」
「役者は揃ったようだけど。悪いね、支配人。僕は立場を決めずに好きにやらせてもらうよ。
ここから下を眺めて、ガーデンについて思いついたことがあるんだ。
お先に地上へ帰るね。
それじゃ」
天音がいつものマイペースぶりを発揮し、パートナーの竜を連れて離れていったわ。
「私のスコット商会はマジェを護るための組織なの。
それから街の未来(子供たち)もね。そのためだったら、なんでもするし、誰にも文句は言わせないわ。
じゃぁ、ルパン。話して頂戴。ガーデンの秘密を」
とりあえず、勢いに任せてしゃべりまくったので、二十面相もマジカルホームズも、ルルもルパンもそこにいた子供たちもみんな、あたしに注目してる状況になってて、あたしとしては、それ以上、話すこともなかったんで、ルパンにバトンを渡したの。
いま、振り返るとこの時のルパンの話はすべてが真実ではなかった気がする。
彼は必要最低限の情報だけを伝えて、それ以上のことは一切話さなかったわ。
ガーデンの住民たちは鉄器時代のイギリスの人々の英霊で、ようするにアーサー王伝説の登場人物たちが、魔女も英雄も普通の民衆も含めて、みんなガーデンで暮らしてる感じ。
でも、普段はみんなそんな過去の因縁? を忘れて自分は本当は誰なのかも忘れてたり、知らなかったりするんだけど、、ガーデンに危機が訪れると、本来の自分の役割に目覚めて行動しはじめる人もいる。そうでない人もいる。
ストーンガーデンが超巨大機械式時計なのは、この場所に永遠の平和を与えるためで、ようするにアーサー王伝説の物語の後に訪れたはずの平和な時代が、ずっと、ずっと、続くようにMOVEMENTで時間の流れを制御するため。
永遠に終わらない楽しい時間なんて、くるとじゃないけど、「ビューティフル・ドリーマー」って昔の映画があったわね。
MOVEMENTを自由に操るには、かってルルが持っていたという、約束された勝利の剣、CALETVWLCHが必要で、ルパンは平行世界が交錯したりする、狂ってきたガーデン内の時間の流れを正常に戻すために、どこかに隠されているCALETVWLCHの捜索を二十面相とマジカルホームズに依頼したの。
そして、クロウリの弟子たちに英霊として覚醒させられてしまった、不義の子モルドレッドとその母、モリガンを討つために、ルルにはアーサー王としての出陣を頼んだわ。
「あの二人は、クロウリの弟子たちと共にガーデンを自分たちの支配下に置くために動きはじめている。
何度、転生しても二人の目的は、きみの王国の簒奪だ。
クロウリの弟子たちは師匠と共にガーデンの研究を続けるうちに、聖杯やMOVEMENTもふくめて、ガーデンのすべてを自分たちのものにしたくなったようだな。
きみの円卓の騎士であるはずの、12人の要人にはすでに被害者や行方不明者がでているぞ。
敵からすれば、円卓の騎士たちやきみは除外すべき障害物でしかない。
今回の戦いにマーリンはいないが代わりに私がきみの参謀として、力を貸そう。Roi Arthur(アーサー王よ)」
「支配人。それで、僕はどうすればいいんだい」
「伝説の再現だ。Camlannで二人を討つ。
モルドレッドとモリガンが倒れれば、敵は勢いをなくすだろう」
ルルは頷いたわ。
私はもちろん、ルルに同行するつもりだった。
「協力するとは言っても、CALETVWLCHの使用権は、早い者勝ち、ということで」
「ルパン。あなたの話をすべて信用はできないけれど、いまの状況から考えて、全部がウソでもないようね」
「ボクらはいつでもみんなが幸せになるハッピーエンドを目指すんだ」
二十面相も、マジカルホームズとそのパートナーの角うさぎもそれぞれらしいこと言ってやる気をみせた。
こうして、あたしたちはみんな、地上へと戻ったの。
そうよ、マダム。
そうとは知らずに、あたしは死ぬために、ルルたちとCamlannへむかったのよ。
◇◇◇◇◇
<春夏秋冬真都里(ひととせ・まつり)>
俺はまっすぐに生きてきたはずなのに、人生を間違えていたのに気づいたんだぜ。
いまさら、なんだぜ。
俺は、ロレッタを危機にさらしてしまったんだぜ。俺は、男として失格なんだぜ。
あ、あ、あ、あ、愛する人を失っちまったのかもしれないんだぜ。
どうすればいいのか、まるで、わからなくなっちまったんだぜ。
俺の明日は、どっちなんだ。
髪だけじゃなく、今度は心が真っ白になっちまったんだぜ。
「真都里しっかりするのよ」
ぐおっ。
励まし言葉と一緒に、いきなり爆炎をお見舞いされたんだぜ。
でも、おかげで俺は自分がいまどんな状況なのか、あらためて自覚したんだぜ。
考えるのは俺の仕事じゃないんだぜ!
俺はただ、ロレッタを無事につれて帰ることだけを考えればいいんだぜ…。
…いや、それだけじゃない。
今度は、二人で一緒に帰るんだぜ!
俺は、マジェとも、パパともお別れしてロレッタと生きていくんだぜ。
「いつまでも、ぼうっとしてる場合じゃないわよ。
あなた、ロレッタちゃんを助けに行かなきゃいけないんでしょ」
「ありがとう、クラン。そうなんだぜ。俺はさらわれたロレッタを助けるんだぜ」
我を失っていた俺に、愛のこもった爆炎波で、渇を入れてくれたパートナーのコークラン・ドラムキャン(こーくらん・どらむきゃん)に感謝したんだぜ。
「待ちなさい。真都里。あなた、自分がどこへ行けばいいのか、わかっているのん」
「俺はロレッタを」
「具体的な作戦もないまま、うろつきまわっても時間のムダよン。
いい。
ロレッタちゃんたちをさらった大カラスは、真都里には幼い女の子の姿にみえていたのよねン。
彼女の名前は、ファンシー・インテンス・モリガンなのねン。
あのね、ファンシー・インテンスはカラーダイアモンドの明度・彩度を表す言葉なのン。
そして、モリガンは破壊、戦いの勝利をもたらす戦争の女神よン。
その名は「大いなる女王」を意味するのよン。
もっぱら、カンムリ烏の姿をとり戦場を舞ってるらしいわン。
ファンシー・インテンス・モリガンは、強烈で大いなる女王さん、重要で大いなる女王さん、みたいな意味かしらねン。
誕生石にはダイアがあったはずよねン。ガーデンの要人にもダイヤモンドはいたわねン。
とりあえず、ファンシーダイアモンドの線からせめるとして、ダイヤモンドさんに会いにいきなさいなン。
もし、迷ったら、最後はあなたの思うまま、信じるままに行動なさいな。
いままでが不憫だった分、ただの一度くらい…良いことあるかもしれないわよン。
あたしは遠くから邪魔にならないように、あなたを見守ってるわン。
さあ、真都里、行くのよン」
アドバイス、サンキューなんだぜ。
俺はガーデンの要人のダイヤモンドに会うために、走りだしたんだぜ。
ロレッタは、俺にとっては、地球よりも重い大事なもの。
「ロレッタ。ロレッタ。ロレッタ。ロレ、ロレ」
想いをおさえきれなくて、俺は駆けながらも、無意識のうちにロレッタの名前を口にしていたんだぜ。
「ヒャッハァ〜! 俺の幼女の名前を無断で呼んでやがる、おまえはどこのどいつだ。
おまえ、この俺の女たちがどこにいるのか、知らねーかァ〜。
あいつら、照れちまって隠れてでてこねぇんだよ」
「ア、アニキ。こんなところでなにをしてるんですか、なんだぜ」
ロレッタたちと一緒にさらわれたはずの南鮪アニキが、普通にガーデンを歩いてたんだぜ。
「ヒャッハァ〜! おまえは誰だぁ〜」
「アニキ、つらいめにあって俺を忘れちまったのか。俺は、春夏秋冬真都里なんだぜ」
「ヒャッハァ〜! ん。祭? なんだそりゃ。俺となにか関係あるのか。
そういやここじゃ、聖杯探しとかってのをやってるらしいなぁ。
おい。いいことを教えてやるぜ。
聖杯は性杯だろ。
そりゃぁ伝説級のパンツの事に違いないぜ。
中に聖水入れたりすんだろ。なら確実だぜ。
つまり、俺はパンツにこだわってるようにみえて、流行りの聖杯探しをやってたんだよ!
そんなすげぇ、パンツ、他のやつに渡すわけにゃいかねぇ」
「アニキ。ちょっと、待ってくれ」
「なんだよ」
「他のパンツはどうでもいいけど、ロレッタのだけは俺のもんなんだぜ。
いくら、アニキが相手でも、これは譲れないんだぜ。
ロレッタには、俺は俺以外の誰にも指一本、ふれさせたくないんだぜ」
俺はこれだけはどうしても譲れないんで、はっきり、言っといたんだぜ。
「それは認められねぇな。
俺は人の物をいただくのは大好きなんだぜェ〜。
だからロレッタのパンツをいただくぜ。
お前がロレッタを自分の物だと思ってるみたいだからなァ〜。ヒャッハァ〜!」
「ダメなんだぜ。
ロレッタのパンツも、中身も、髪も爪も歯も肌も俺のもんなんだぜ」
「独占欲の強ぇえやつだな。
なら、俺はまず唾からいただくぜ。唾をもらうったことは舌と唇は俺のもんだ。
口から入って、胃、腸とそのまんま内臓関係と肛門までは、俺のもんだ」
「それもダメなんだぜ。
唾の一滴もやらないんだぜ。全部、俺のもんなんだぜ。
涙や鼻水も俺がもらうんだぜ」
「ヒャッハァ〜! 聞き捨てならねぇ。
俺は愛のかたまりなんで、いつも、パンツごと聖水もいただいてるんだ。
聖水を欲しがらねぇたぁ、おまえの愛はニセものなんだよ」
「違うんだぜ。それも、もちろん俺のなんだぜ。
ロレッタのなら、血でも汗でも、俺は喜んでもらうんだぜ。飲んでも、浴びても、まみれても平気なくらい大好きなんだぜ」
話しているうちに興奮してきて、俺は自分がなにを言ってるのかわからなくなってきたんだぜ。
ロレッタを愛する気持ちは本物だから、俺はなにもこわくないんだぜ。
「けっ。あの血まで欲しがるたぁな。おまえ、なかなか違いのわかる男じゃねぇか。
俺の強敵(とも)かもしれねぇな」
「ロレッタを愛してるなら、アニキは俺の同志なんだぜ。
一緒にダイヤモンドのところに情報を集めに行くんだぜ。
その後もどこへでも行って、絶対に、ロレッタをとり戻すんだぜ」
「おまえの目を見てわかったぜ。おまえの覚悟は本物だな。
幼女の聖杯のためにそこまでするたぁな。
舐めるのも浴びるのも大好きなおまえは立派な聖杯マスターだぜ。
どうやら、俺とおまえは仲間らしいな。ヒャッハァ〜!」
「道の真ん中で大声でそんな話をしてると、お兄ちゃんたち、ガーデンのギルドに捕まるんじゃないかな」
熱く語りあっていた俺とアニキから、少し離れたところに格子柄のコートを着た、小さな女の子が立っていたんだぜ。
「ヒャッハァ〜! この声は、おまえ、アンアンモットだな。
俺に会いたくて追いかけてきたのかよ。かわいいやつだなぁ」
アンアンモット。
俺は彼女を知らないんだぜ。
「私はアリアンロッドよ。
お兄ちゃんたちは、ロレッタちゃんを探してるんだね。だったら、私についてきて、早く来ないとロレッタちゃんは、戦争に行っちゃうよ」
アンアンじゃなくて、アリアンは走りだしたんだぜ。
俺は迷ったけど、鮪アニキはすでに全力で、アリアンを追いかけていたんだぜ。
「ヒャッハァ〜! おまえは幼女ハーレムの案内人だったよなぁ。
霧の中じゃ、はぐれちまったが、ここでは、きちんと目的地まで連れていってもらうぜぃ」
幼女ハーレム。
その単語の持つ怪しげな響きにひかれて、俺も走ったんだぜ。
ロレッタは、ハーレムにいるかもしれないんだぜ。
◇◇◇◇◇
<魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)>
パートナーの赤羽美央(あかばね・みお)が逮捕され、被告人として法廷に立たされると聞いたので、判官の能力が役に立てばと考えまして、私はストーンガーデンへむかったのです。
被告人控え室にいた美央は落ち着いていました。
「むむ、なんの心当たりもないのですが捕まってしまいました……。
なにも知らないのに捕まってしまったので、なにも言えないのが現状なのです。
でも言い切れることがあります。
私は雪だるまを、殺人の道具の為に使わないです。
たしかに「雪だるまの刑」として、悪いことをした人を手足を縛って雪中に放置して、雪だるまの気分を味合わせる、とかはあっても、命を奪おうとしたりはしませんし、なによりも罪もない人に面白半分でそんなことはしません。
第一、子供たちとつくった雪だるまの中に被害者を入れるなんて、私が犯人ですよーって言ってるようなものじゃないですか。
むーむー。
そこまで単純じゃないですよ、私!
もし、死体を隠すにしてもどこか別にところにすると思います。
凍らせて、スライサーで一口サイズの細切れにして海や川に捨ててしまえば、魚のエサになって永遠にみつかりませんよね。
地上なら薬品で溶かしてしまうとか、穴を掘って山奥に埋めてしまうとか、ミキサー車に投げ込んで、ぐちゃぐちゃにした後、コンクリートになってもらうテもありますよ」
普段、あまりこんな種類の話はしないのですが、犯罪事件の捜査によく参加するだけあって、美央はこちらの方面の想像力は豊かなようです。
「しかし、いまの話は法廷ではしない方がいいと思います」
「ええ。裁判では私は真実しか話しませんが、私の裁判は、弁護人のファタさんにすべてをお任せするつもりです。
サイレントスノー。あなたにお願いしたいのは、私のことではなく、ガーデンの子供たちの身の安全です。
私がお預かりしていた子供たちは、いまは、エルムと一緒にいます。
あの子たちを守ってください。
私は、私を陥れた犯人の目的を考えてみたんです。
あの雪だるまをニトロさんとガーネットさんの隠蔽に使用したというのは、やっぱり私を狙っての犯行だと思えてくるんです。
私に罪を被せるために仕組まれた感じです。
しかも、完全に殺してから入れるのではなく、とどめを刺さずにお二人を雪だるまの中に入れておいた。
私に本当に恨みがあったりするなら、犯人は二人の命を奪うでしょうね。
殺人未遂よりも、殺人の方が当然、罪は重いですから。
お二人が意識を取り戻したあとに、犯人は私ではないと証言される可能性もありますし。
だったら、なぜこんな中途半端なことをしたんでしょう?
私が一定時間捕まって、得をする人物像って。
そもそも、私が捕まると、ストーンガーデンでなにが変化するのか。
私が法廷にいることで、確実に起きる変化は、子守りをしていた私が、それをできなくなること。
犯人の目的が、私とあの子達を引き離すことにあるのなら……あの子たちが危ないです」
日頃、無口な美央がやや興奮気味にこんなに話すのは、子供たちが心配でならないからでしょう。
「あなたの心は、わかりました。
私が判官の地位を賭け、その子達を守ると誓いましょう」
「よろしくお願いしますすす」
安請け合いをしたつもりはありません。
自分が危機に陥っていても、他人を気遣う美央の心に、できうる限り、こたえてあげたいと思ったのです。
◇◇◇◇◇
<オルフェリア・クインレイナー>
オルフェは、セルマさんたちとモルドレッドさんのご両親を探しに行きました。
ヒントはお二人とも、子供の姿に戻っていることです。
「オルフェリアさん、さっきはぼくを守ってくれてありがとう」
モルドレッドさんにお礼を言われたのですけれど、オルフェは自分がなにをしたのかよくおぼえていないのですよ。
子供たちがたくさんいて、魔術師さんたちがいて、それで。
そこから先は思い出せないというか、思い出したくない感じなのです。
ただ、隣にいたモルドレットさんだけでも、守ろうと思って彼を抱えて走ったのは、なんとなくおぼえています。
あと、いま、オルフェが気になっているのは、パートナーのルクレーシャさんのなのです。
ルクレーシャさんは、彼女にとって大切な人である如月正悟さんに裏切られたような感じで、オルフェは沈んでいるルクレーシャさんをみているだけでつらいのです。
「ルクレーシャさんは、正悟さんにどうして欲しいですか?
オルフェはルクレーシャさんはしたいことをお手伝いします。だから、迷わないでください」
励ましてあげたいのですが、話しかけても反応してくれないのです。
どんな事情があるか知りませんが、ルクレーシャさんを傷つけた正悟さんにはオルフェも怒りを感じているのです。
「冬休みで学校は休みなので、ガーデンの子供たちは家にいるか、ガーデン内のどこかで遊んでいるんだって。
いま、公園でドッヂボール大会をやってるらしいから、そこへ行ってみようよ」
ミリィさんが聞いてきた情報に従って、オルフェたちは子供がたくさん集まっているという公園へ行きました。
「僕もみんなと遊んでもいいかな」
モルドレットさんはやはり子供さんなので、ドッヂボールに参加したいようですね。
ですが、公園で行われていたのは、ドッヂボール大会ではなく、怪獣大戦争だったのです。
◇◇◇◇◇
<エルム・チノミシル(えるむ・ちのみしる)>
悪いことはなんにもしてないのに捕まっちゃった、みお姉から、私はいいですからこの子たちを守ってくださいって、お願いされたんだ。
だから、僕はみんなと相談してドッヂボール大会をすることにしてさ。公園の近所のウチの子にボールを持ってきてもらったり、チーム分けしたりするうちに、話をきいた他の子たちも集まって、けっこう大人数になってワイワイやってたんだ。
女子の顔にはボールをぶつけちゃダメ、とかルールも決めてね。
公園にいくつかのコートをつくって、大会をスタートしたまでは順調だった。
ゲームが始まって、僕もチームの一員としてがんばっていたら、三人の女の子がやってきたんだ。
「ロレッタとノーンは、ファンシーのお友達なんだぞ。
ファンシーの息子を探しにきたんだぞ。息子の名前はモルドレッド。いたら、こっちにくるんだぞ」
「ファンシーちゃんが集めたモルドレッドくんの兵隊さんたちが、王様のきみがくるのを待ってるんだよ。
ロレッタちゃんもノーンも一緒にいってあげるから、Camlannへ行こうよ」
「私は、ファンシー・インテンス・モリガン。
MABINOGION(神聖なる子)、モルドレッドの母にして古き王の姉よ。
私たちに従う運命のものは、ついてきなさい。
決戦は近いわ」
三人は普通の小さな女の子たちなんだけど、話す声がすごく大きくて、三人がしゃべりだしたら、公園にいるみんながそっちに注目して、大会は一時停止状態になったんだ。
この子たちを見たら急に泣きだしたり、逃げだしたりする子が何人かいて、僕はびっくりした。
「カラス。カラスだぁ〜」
大声で叫んでる子もいる。
僕は、その子が指さした、ファンシー・インテンス・モリガンの雪面にうつった影を眺めた。
他の二人の影は普通だったけど、ファンシーの影は、小さな女の子のではなくて、翼をたたんだすっごく大きな鳥、たぶん、カラスの影だったんだ。
これはどうなってるの。
「ここにはモルドレッドはいないの?」
呆然としてる僕に、ファンシーが聞いてきた。
「そ、そんな名前の子はここにはいないよ」
「そう。でも、本当にそうかしら。あの子はなにも悪くないのに、生まれた時から世界に疎まれているかわいそうな子なの」
ファンシーは暗い、茶色い目で僕をみたんだ。
「僕は、知らない。ウソはつかないよ」
「ヒャッハァ〜! 一対三で俺の幼女をくどくたぁ、さてはてめぇ、ジゴロだな。
残念だったな。俺がきたからにゃ、おまえの毒牙もここでおしまいだぁ」
「ロレッタ。俺は、俺は、俺は、俺は、ロレ、ロレ、ロレ、ロレ、ロレ、ロレッタなんだぜっ!」
にらみあっていた僕らの間に、モヒカン刈りのお兄ちゃんが二人で飛び込んできて、一人は水色の髪の子を抱えてそのまま走り出し、もう一人は抱きしめようとした女の子に、顔面に飛びヒザ蹴りを入れられて、倒れそうになったけど、それでも、持ちこたえて、鼻血を流しながら、彼女を抱きしめたんだ。
「小細工は必要ないんだぜ。愛してるんだぜ。俺は、俺は、ロレッタだぜ」
「シャイニング・ウィザードが直撃して、頭がおかしくなってるんだぞ。
おまえは、ロレッタじゃなくて真都里なんだぞ。
ロレッタは、私、なんだぞ」
「もう誰にもさらわせないために、俺がロレッタをさらうんだぜ」
モヒカン兄ちゃんは、ロレッタちゃんをお姫様抱っこし、走りだしたんだ。
ロレッタちゃんも今度は抵抗せずに、あきれた感じで笑ってた。
「真都里はいつでも恥ずかしいやつなんだぞ。おかしなところへ連れていったら、許さないんだぞ」
気がつくとここには、僕とファンシーだけが残ってて、
「私から仲間を奪ったな」
うわ。
ファンシーは、急にすごく大きな鳥になって、嘴で僕を攻撃してきたんだ。
僕はとっさに地面に転がってよけたんだけど、これでファンシーが大カラスだってみんな気づいたらしくて、公園のあちこちで悲鳴があがってるのがきこえた。
まずいよ。
これじゃ、パニックになって、みんなを守れないかも。
「エルム。どいていてください。子供たちを任せます。この鳥は、私がどうにかいたしましょう」
「サイレントスノー」
僕の隣にきてくれたのは、僕と同じみお姉のパートナーの魔鎧『サイレントスノー』だった。
「きてくれたんだね」
「遅くなりました。エルムは子供たちをひとまとまりにして、どこか安全な場所へ避難してください。
ガーデンからはでた方がいいかもしれませんね。
保護者の方たちには後から私が事情を説明いたします」
「わかった。そうだな、あの、前に閉じ込められたマジェの中央教会なら、いまは壊れてても、けっこう広いから、みんな入れると思う」
「ならば、そこへ」
僕はばらばらになりかけてるみんなをひとまとめにしようと、大声をだしながら、公園を駆け回ったんだ。
「みんなー。僕と避難しよう。みんなで一緒にいれば、大丈夫だよー」
「エルム。私も子供たちを集めるのを手伝おう」
カラスと戦ってるはずのサイレントスノーが僕を追っかけてきた。
「カラスはもう倒したの」
「いや、その役割は彼にお譲りしました。
如月正悟さんです。彼はガーデンで暗躍する陰謀をすべて己の剣で切り捨てたいそうですよ」
大カラスがいる方をみると、長い剣を持ったお兄ちゃんが一人で戦ってた。
「あの人、一人でいいの」
「彼にもなにか事情があるのでしょう。他の者の手を借りず、一人でやるそうです」
ふうん。
大変だなと思ったけど、とにかく僕は、サイレントスノーとみんなを集めてまわったんだ。
◇◇◇◇◇
<ルクレーシャ・オルグレン>
公園についた私が目にしたのは、体長四、五メートル、ひろげた翼の全長は十メートル以上はある怪鳥と、逃げ惑う子供たち、その怪鳥、大カラスに襲いかかる、正悟さんでした。
全部で百人くらいはいそうな子供たちが泣いたり、叫んだりしてパニック状態になっている中、あの人は剣を振り回して、怪鳥と戦っていたのです。
どんな事情があるのか知りませんが、セルマさんやオルフェを傷つけ、私を置き去りにした正悟さんを見逃してはおけません。
「知ってるですか? 主婦の朝は戦場なのです!」
光条兵器のお玉を構えて、突撃しました。
標的は、大カラスではなく、正悟さんです。
「オルフェも行きますよ」
私の後から、オルフェもついてきました。
私たちはカラスと戦っている正悟さんに背後から、襲いかかったのです。
「許しませんよ」
私とオルフェの奇襲に、正悟さんだけでなく、カラスも驚いた様子。
びくっとしたのが私には、わかりましたよ。
私は、カラスとは無関係なので攻撃する気はないのです。
カラスは私たちが正悟さんを標的にしているのがわかると、その場から上昇し、どこかへと飛んでいきました。
さすがに隙だらけだった正悟さんは、後頭や背中をお玉でボコボコにされて雪面に倒れ、私は横になった正悟さんにまたがり、さらに攻撃を加えようとしたのですが、
「ルクレーシャさん。
正悟さんは、のびてますよ。もう、いいじゃないですか。オルフェは納得しました。これ、以上は叩かないであげてくれないですか」
オルフェのお願いでも、こればかりは。
「オルフェは、正悟さんは、わざと私たちにやられるままになってくれている気がするのです。
ルクレーシャさんがやめてあげないと、正悟さんは大ケガをしたり、もしかしたら、死ねまでこのままではないのでしょうか」
そんな、そんなわけは。
手をとめて私は、正悟さんをみおろしました。彼はまぶたを閉じ、ピクリともしません。
しばらく私は、正悟さんを眺めていました。
「終わったのか」
目をつむったまま、彼はつぶやきます。
「もう、いいのか、ルクレーシャ」
私は、返事ができませんでした。
「正悟さん。ルクレーシャさんは、あなたを傷つけたいわけではないのです。
あなたの行動を理解できない自分、ルクレーシャさんをおいて、一人で行ってしまおうとした正悟さんが許せないのですよ。
あなたがルクレーシャさんを大事だと思うのなら、包み隠さずに、なんでもお話してください。
ルクレーシャさんは、それを待っているのですよ」
オルフェが、私が言葉にできなかった思いをかわりに口にしてくれた気がします。
「俺は、きっと、きみたちに近づいてはいけない人間なんだよ」
「そんなの勝手に決めないでください」
私は、無意識のうちに即答していました。オルフェが頷いてくれています。
ゆっくりと正悟さんは目を開き、私たちをみました。
「みないでください」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている私は顔をそむけて、下をむきます。
正悟さんは下からそんな私の顎に手をのばしてきて…。
◇◇◇◇◇
<清泉北都>
僕らが二度めに訪れた時、Camlannは戦場になっていたんだ。
平原には、それこそどこから現れたのかわからない古めかしい鎧の騎士たちがずらりと並んでいた。
「神よ。これは、彼らはどこからやってきたのでしょうか」
ルディさんもさすがに茫然としてる。
「最後の殺人って言われても、これじゃ、わかんないよ。何百人か、何千人かが戦争してて、でもそれにしては」
耳に手をあてて、ミシェルさんが首をひねった。僕も彼女が言いたいことがわかる気がする。
ここは静かすぎるんだ。
たしかに目の前で戦争は行われてるんだけど、それは銃火器もない、剣や槍、弓で鎧を着た兵士たちが戦う古めかしいもので、なおかつ、音がしない。
「これは亡霊たちによる過去の再現のようだな」
銀さんはなにかに気づいたみたいだ。
「俺もその方面にくわしいわけではないが、廃ホテルで連夜、開かれる亡霊たちの舞踏会とか、廃病院を巡回するナースなど、生前していた行為を永遠に繰り返し続ける亡霊の話を聞いたことがないか。
たぶん、ここ、Camlannでは、はるか昔の戦がこうしてエンドレスで続いているのだろう」
「ずっとたたかうなんてかわいそうです。ルディおにいちゃんは、神父さんなので、神さまの力でこの人たちをなんとかしてあげて欲しいです」
「天使ヴァーナーの気持ちはわかりますが、私の力では、これらの魂に安らぎを与えることはできそうもありません。
ただ、父なる神に祈りを捧げるくらいしか」
ルディさんは、残念そうに両手を組んで頭を下げた。
銀さんが言ったように、彼らが亡霊だとして、どうして前きた時にはいなくて、いまは出現してるんだろう。
出現するのには、なにか条件があるのかな。
「ねぇ、あの人たちは、亡霊じゃないよね。亡霊たちの戦いの中に本物の人間が混ざってるよ」
ミシェルさんが指をさしたところにいるのは、あれは、茅野菫さん。
「空から大きなとりさんがきたです。かぎつめに誰かをつかんでいるです」
ヴァーナーさんが気づいたように、ガーデンがある方角から巨大な黒い鳥、おそらくはカラスが飛んできた。
カラスは一人の少年をつかんでいる。
「人間が被害者になる殺人が起きる要素は、十分あるようだな。加害者は人ではないかもしれぬが」
銀さんが冷静に言う。
「やらせるわけには、いかないよ」
僕は、カラスが降りたあたりむかって走りだしたんだ。
ルディさんや他のみんなもついてきてくれてる。
◇◇◇◇◇
<菅原道真(すがわらの・みちざね)>
ストーンガーデンに行ったきり、音信不通だった菫から連絡があって、戦争をするから頭数を集めろという。
それがガーデンはもちろん、マジェまでふくめての重大事だと言うから、当然、シカトするわけにもいかなくてさ。
私は、スコット商会のメンバーを連れてCamlannへとむかった。
Camlannは、マジェの外、隣にある、なんにもない原っぱなんだけどね。
大男のマロイや商会のメンバーの中でも腕自慢の連中を率いていってみたら、なんとまあ、中世の大軍勢が合戦してるじゃないか。
しかも、それがホログラフだが、霊魂だかで、無声、無音で影がなくて、側でみると透き通ってるんだ。
これだけなら害がない気もするんだけどね、菫やラウール、ルルたちと数十人の子供たち、敵方らしい大カラスとモルドレッドとかいうガキとやつらを囲むフードつきローブの魔術師集団は、実体のある存在で、こっちは切られれば血のでる体でガチで戦争してるんだ。
私らが到着したのとほぼ同時に、ヤバイ神父としてマジェの一部で最近話題のルドルフ・グルジエフがお仲間を連れて、こっちの陣営にやってきた。
戦況は、膠着状態が続いてるらしい。
「この戦いは、その時々に、形をかえながらも、数え切れないほど繰り返されてきたガーデンの歴史の一コマだ。
今回の我々は、負けないだけでなく、王であるルルが傷つかないUne fin(結末)を目指そうと思う。そこでさっそくなんだが、マドモワゼルヴァーナー、力を貸してくれないか」
どんな根拠があるんだが、ルル陣営の参謀ツラしている元支配人のラウールが、陳腐な作戦を提案した。
別に、反対する意味もないんで口は、挟まなかったけどね。
体格的に似ているヴァーナー・ヴォガネットをルルに変装させ、本隊はヴァーナーと一緒に敵陣に強襲をかける。
敵がヴァーナーたちに意識を集中している間に、私たちスコット商会は、菫と本物とルルと、ごく少人数の部隊編成で敵軍の背後に回り、モルドレッドを捕獲して戦いを終結させる、そんな戦術よ。
「わかりました。やってみるです。ルルおにいちゃんのフリをして、黙っていればいいですね」
「ああ。なにもせず、我々の中心にいてくれ、神父たちはヴァーナーの警護を頼む。
ルル。菫。スコット商会チームは、モルドレッドを殺す必要はない。ここで殺人は必要ないんだ。わかったね。無用の血を流さないでくれ、よろしくお願いするよ」
そんなキレイゴトでいつも事がすむんなら、ウチらみたいなマフィアはいらないんだけどねぇ。怪盗紳士さん。
「というわけよ。
道真。みんな、マジェの平和のためにがんばりましょ」
菫がガラにもなく、素直に張り切ってるのが、おもしろいわね。
かくして、作戦は開始されたわ。
ルル軍の総大将の部隊(もちろんはルル役はヴァーナーよ)の突撃に、相手は受けて立つ構えをみせ、両軍は正面衝突した。
乱戦の中、私たちは目立たないように動いて、敵陣の背後から、大カラスに守られたモルドレッドのところへ。
そこには、モルドレッドを守る契約者たちがいたの。
「スコット商会よ。モルドレッドをいただくわ」
菫は先頭に立って、彼の護衛に襲いかかった。
菫の攻撃をしのいで、逆に私たちに剣の切っ先をむけてきたのは、セミロングの黒髪の少年、
「蒼空学園のセルマ・アリスだ。
俺は、モルドレッドを守るために、大ガラスにさらわれた彼を救いにここまできた。
モルドレッドはいまは、いやいやながら、この軍の総大将をしている。
モルドレッドも本当は、誰とも争いたくないんだ。
モルドレッドと彼の母親のモリガンは、クロウリの部下たちにいいように操られている状態だ。
この戦乱を終わらせるには、両軍が同時に矛をおろすように代表者同士で話し合う必要が」
彼が話している後から、巨大なカラスにまたがった少年がこちらに飛来してきた。
「セルマを傷つけるやつは、ぼくが許さないぞ!」
「違うんだ。さがれ、モルドレッド」
セルマの制止もきかずに、少年とカラスは私たち、スコット商会に攻撃をしかけてきた。
「話は後でいいから、あの子を捕まえるのよ。そうすれば、戦いは終わるわ。マロイ。カラスをおさえつけなさい」
「了解でさあ」
菫の命令で、二メートル、百四十キロオーバーのマロイがカラスに肉弾戦を挑む。
ルルは剣を抜き、モルドレッドのところへ。
「ルル。彼を殺してはダメよ」
「彼がルル。モルドレッドのお父さんんなのか。ミリィ。彼を捕まえるんだ」
セルマが叫ぶと黄色いクマのゆる族が、ルルの方へむかってきたわ。
私やスコット商会の他のメンバーは、こちらの騒ぎに気づいて集まってきた魔術師たちをさばくので手一杯。
そして。
「うわああああああああああ」
絶叫、と表現するのが正しい叫びだったわ。
その声が合図になって、周囲の戦闘はすべてとまった。
ルルの声だった気がする。
私はなにがどうなったのか確認しようと、声がした方に目をむける。
いつの間にか大カラスはいなくなり、かわいい小さな女の子がマロイに抱きしめられてた。
セルマとリィは、ルルのすぐ側に立っている。
ルルとモルドレットは、ほんの一、二メートルの距離をおいてむきあっていて、二人の間には、菫が倒れていたの。
「菫っ」
私は走った。横にゆき、菫を抱き起こそうとしたのだけど、彼女は剣で胸を貫かれたらしい。
彼女の服は血でびっしょり濡れていて、顔には、血の気がまったくなかった。
「誰がやった!」
「僕、だよ。僕が、モルドレッドを刺そうとして」
ルルは、血で汚れた剣を手から離し、雪原に投げだす。
「菫は僕をとめようとしたんだ」
なんてことだい。
脈もほとんどない。たぶん、心臓を貫かれている。
これは治療魔法で治せるレベルのケガじゃない。
菫の唇が、かすかに動く。
私は耳を近づけた。
「二十面相。マジカル・ホームズ。早くみつけてこないかしらね。約束された勝利の剣」
「そんなものがあったところで、どうなるって言うんだ」
「きっと、だいじょうぶ、よ」
菫の脈が遅く、ゆっくりになり、そして、もう、感じとれない。
◇◇◇◇◇
<クリスティー・モーガン>
前略静香様
「Et in Arcadia ego」の二重性が暗喩するように、この地の聖杯伝説へのなぞらえには二重の意図が存在するように思えます……。
聖杯を入手したオカルト探偵リリ・スノーウォーカーさんたちと一緒に、ガーデンの天空の島へのぼったボクとクリストファー、そしてセリーヌさんは、20世紀最大の魔術師アレイスタ・クロウリと対決することになったのでした。
「果たして勝算とかあるんだろうか。この展開は、ヤバイ感じしかしないんですけど」
「リリさんは、きっと作戦を考えているのです。そんなに心配しなくてもいいのですよ」
セリーヌさんがぼやき、ユリ・アンジートレイニーさんがなだめます。
ボクもかなり不安だったのですが、リリさんの揺ぎない足取りを信じてついていきました。
たどりついたのは、小さな湖です。
湖のほぼ中央には浮き島があり、そこには祠のようなものが立っていました。
「この天空の島にクロウリがいるとしたら、あそこで傷を癒している可能性が高いのだ。
彼がいた場合、ユリは歌で、リリは光条兵器ニケの翼を盾にし、全体の援護にまわるので、クリストファーとクリスティの二人には、やつを直接攻撃して欲しいのだ」
「俺に彼を倒す理由はないような、あるようなないようななんだけどな」
「ボクもそうだけど」
「ガーデンでやつの弟子たちが聖杯を手に入れようとしていた背景には、当然、やつの復活をもくろみたくらみがあるのだと思うのだ。
切り裂き魔の件の時の状況から考えても、いま、やつがよ蘇えっても多くの人の害になりこそすれ、よいことはなにもないと思うのだよ」
「聖杯を手に入れられた時点で、俺としては今回の冒険の目的を半ば終えてしまってるんで、クロウリどうのは、おまけだから、まあ、どうでもいいんだけどね。
わかったよ。伝説の魔術師を斬るとしてみようか」
リリさんの説明にクリストファーはとりあえず納得したようでした。
しかし、ボクは、冒頭にも書いたように、聖杯のありかを示すとされる絵、「アルカディアの牧人たち」の中に書かれた文字、「Et in Arcadia ego」に様々な解釈があるように、塔に封じ込められた大魔術師マーリンがリリさんに与えた助言にも、ただ、「クロウリを倒せ」以外の意味があるのではと、なかなか気持ちが割り切れません。
さて、封印されていた扉を壊して祠に侵入したボクらは、そこが霊廟なのにすぐに気づきました。
細長い一本道の通路と突き当たりにある石造りの暗室。
暗室には、青白く光るアレイスタ・クロウリがただ一人、全裸で床にあぐらをかいて座っていました。
「アレイスタ・クロウリ。いや、メロン・ブラック博士。しばらくぶりだな。
リリ・スノーウォーカーなのだよ。
残念なお知らせだ。貴様の部下がここへ持ってくるはずだった聖杯は、いまは、リリが持っているのだ。
つまり、貴様の復活の可能性は限りなく低くなったのだよ。
みたところ、人の形をしてはいるが、まだ、きさまは霊体、エクトプラズムのような状態だな。
四散霧散して、細かな霊体の破片となって消えてもらうおう。。
今後は、せいぜい無害な霊現象でも起こして、人々の話題にのぼる存在になるといいのだ。
行くぞ」
「OK。でも、実体がふたしかなものをこれで切れるのかな」
クリストファーが女王のサーベルを構えました。
「なにをそんなにいきりたっているか知りませんが、私はここで魂を休めていただけ。
回復のために、ここにいたあまたの霊たちと同化し、いまやこの島の意識とも同調している私を消せば、この島は落ちるかもしれませんよ。
それでもよいのですか」
たんたんと語るクロウリの表情には、なんの計算も感じられませんでした。
腰まである長い髪をした年齢不詳の男。
「卑怯にもほどがあるのだ。クロウリ。リリは貴様を消滅させ、島の落下もとめるのだ」
「御随意に。して、その方法は」
「そんなもの、貴様を葬った後で、考えるのだよ」
「老婆心で言わせていただくと、この島をどけて剣を取り戻すのは、まだ、早すぎるのではないかと思いますね」
「これ以上の言葉は無用。ユリ。歌うのだ。クリスティー、クリストファー攻撃だ。
セリーヌは、リリの背後に隠れろ」
決着はすぐにつきました。
彼は反撃しなかったのです。できなかったのかもしれません。
クロウリは不敵に笑いながら消えていきました。
そして、彼の言葉通り、この島はガーデンにむけ、ゆっくりと確実に降下をはじめています。
現在、私たちは島を探索して、降下を食い止める方法を探しているところ。
「島に、いまは、リリたちしかいないようなのだ。ここにさらわれていた子供たちは、ともかく、地上に戻っているのだよ」
「ジュディさんとパンチさんが無事だといいのですけれど」
「人の心配してる場合じゃないよ。やっぱ、ついてくるんじゃなかった。この島が落ちれば、大惨事なんじゃなの。
けど、とめられないようなら、私たちも早く逃げないと」
リリさん、ユリさんは平然としていますが、セリーヌさんはすごくあわてています。
ボクは、彼女が一番、普通なんだと思いますが。
「クロウリが剣がどうとか言ってたし、そいつでも、探してみるかい」
クリストファーもまるで危機感を抱いてない様子。
静香様。
この後、ボクたちがどうなるのか、いまはまだ予想がつきませんが、この手紙がお手元に届き、また次の手紙をしたためられる時がくることをボクは願っています。
それでは失礼します。
落下する浮遊島にいようとも、親愛なるあなたの友 クリスティー・モーガン
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