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 第三章 THE BURNING COURT(火刑法廷) 

◇◇◇◇◇

<かわい維新>

 ぼくがファタちゃんと付き合うようになったのは、ファタちゃんが別荘にいた頃だった。
 贅沢と貧困と享楽と狂想、ついでに傲慢と偏見も当然あって、カオスでらりぱっぱーで少女LOVEの無軌道な人生を送っていたファタちゃんは、これまで何度も別荘に出入りしていて、更生の可能性は皆無なんだけど、ある意味、殺すには惜しい人材だし、どの国家、自治体もそんな怪しげな人物を血税で養ってばかりいるわけにもいかないんで、犯してきた罪状から考えるとありえないんだけど、たまにシャバにでてくるんだ。
 それでまた騒ぎを起こして別荘に戻る。
 内気で読書家のぼくは、鉄格子の内側にいる有名人のファタちゃんに手紙を書いた。

「親愛なるファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)様。
 ぼくは、あなたの著書「U−15の少女とわししかいない神聖王国 建国序曲編」を読みました。
 その波乱に満ちた人生を15歳以下のの少女たちに捧げているあなたに質問があります。

 U−10のぼく少女である、ぼく、かわい維新は幸せになれるのでしょうか?

 ぼくたち少女自身よりも、少女について、長い間、深く考えてこられたあなたなら、詩的で素敵なこたえをきかせてくれる気がします」

 すぐにお返事がきて、ぼくはファタちゃんと文通するようになった。
 その頃、ぼくを恐喝していた腹違いの弟の王太郎の犯罪者っぷりについて相談したり、年上の近親の彼との恋愛にアドバイスをもらったりするうちに、いつしかぼくとファタちゃんは、お友達から、姉妹へ、そして、それ以上の関係になっていったんだ。

 で、ここまではぼくにとっては、正真正銘の本当のお話だけど、世間にとっても事実だといいな。
 そんなこんなでぼくは、歩いているだけで通報、起訴されかねないファタちゃんが弁護人として、雪だるま王国の女王、赤羽美央ちゃんを弁護するという、シュールなシチュエーションにひかれて、マジェスティックのストーンガーデンへとやってきました。
 被告人美央ちゃんには、殺人未遂の容疑がかかっていて、彼女が犯行を行っていたとされる時間に、53人の子供を連れた美央ちゃんとデートをしていたファタちゃんが、自ら弁護をかってでたんだって。
 ファタちゃんが味方する美央ちゃんは、当然、U−15の美少女です。
 どっかの小劇場で上演される演劇みたいなストーリーでしょ。
 タイトルは、「暴君と雪だるま」かな。
 京子お姉のシックなドレスを借りて、胸にコサージュ、首元にラッフ(エリマキトカゲのエリマキみたいなやつ)のマジェっぽい服装をしてきたおかげか、「親戚が被害者なの」と言ったら、ぼくはとがめられずにあっさり傍聴席に入れてもらえた。
 ぼくだけじゃなくて、ガーデンの女の人はほとんどこんな格好をしてる。
 「エリザベス」とか「恋におちたシェイクスピア」とかのモードです。ガーデンはマジェの中でも、特にクラシカルだってネットにでてたけど、服装からみてもそれは本当だね。
 傍聴席で、野次でも飛ばしながらファタちゃんの弁護っぷりを観戦するつもりだったのだけれども、とても残念なことに、裁判は、開廷前に傍聴席で死体がみつかってしまったためにいまは休廷中です。
 とくに大きな騒ぎは起きてないけど、全体にざわざわしてて、カオスな空気が漂っているので、ぼくはどさくさにまぎれて、ファタちゃんと美央ちゃんに近づいた。

「こんにちは。赤羽美央ちゃん。あなたときちんとお会いするのははじめての気がする。かわい維新です。
ぼくの家の事件の時には、捜査にきてくれたんだよね。
その節はありがとう。
あの時、きみと一緒にいた虚弱児の弓月が食中毒で亡くなってびっくりしたよ。
強度の偏食のクセにすっぽんなんか食べたのがよくなかったと思うな。
くわしい事情は知らないけど、ぼくもファタちゃんと一緒にきみを応援するよ」

「維新さんですね。
私を応援してくださるのは、うれしいのですが、相変わらずの虚言癖がある様子のあなたでは、法廷に立つのは難しいと思います。
私のところにはこの間、地球のあまねさんからメールも届きましたし、偏食はなおっていないでしょうが、くるとくんは元気らしいですよ。
それよりも、ファタさん、維新さん。お願いがあるのです」

「わかった。任せておけ。なんでもしてやるぞ」

 肌の色がまっしろで雪の精みたいな美央ちゃんが、内容を話す前に、ファタちゃんは力強く引き受けた。
 読心術かな。

「まだ私は話していませんが」

「心配するな。ムリならムリと言うぞ。しかし、前提としてすでに、常にYESじゃ」

「それはありがとうございます。
私、考えたのですが、こんなふうに私を容疑者としてここに縛りつけておく、犯人側のメリットとは、なんなのでしょうか」

「おぬしや維新が側にいてくれればわしは幸せじゃぞ」

 ぼくはたまにファタちゃんの言動がキャバクラ通いのおじさんとダブってみえる時があるんだけど、それは内緒です。
 なぜ、ぼくがキャバ好きのおじさんを知っているかも秘密。

「関係ない話かもしれないけど、美央ちゃんにうらみのある人ってけっこういるの? いるよね、美央ちゃん個人はともかく、女王様だもんね。
美央ちゃんの周囲では陰謀や策略が常に渦巻いてたりするわけだよね」

「それほどでもないと思います」

「さすが女王じゃ。腹が据わっておる。重責に泣きたくなったら、いつでもわしが胸を貸してやるぞ」

「いや、だから、ぼくが言いたいのは、これは美央ちゃんの政敵たちの陰謀かな、と思って、その可能性の検討を」

「それはないと思います。
私は女王の地位にこだわっていませんし、万が一、ここで私が刑に処せられるようなことになっても、雪だるま王国はたくさんの仲間たちがいます。
王国はいささかも揺るぎません」

 なんかムカついた。
 幼女ルックスで、こういう立派な女王様だと意地悪したくなるやつがいても当然だと思う。
 くすぐるか、髪を引っ張ってやりたいんだけど、ちょっとここじゃできないや。

「私の考えでは、私を陥れた犯人の真の目的は、ガーデンの子供たちだと思います。
私のところに集まってきていた五十三人の子供たちは、いまは私のパートナーのエルムとサイレントスノーが保護しているはずです。
でも、それでも完全には安心できません。私がここにいる間にあの子たちの身になにかあったらと思うと、私はいてもたってもいられないのです」

 と、美央ちゃんは無表情にたんたんと語った。
 彼女の弱点は、表情に変化が乏しいのと、落ち着きすぎたしゃべり方だ。

「冷静な判断じゃな。さらに子供をおもう優しき心、惚れなおしたぞ」

「好きになっていただいても、なにもしてあげられませんよ」

「見返りは必要ない。愛は注ぎ、奪うものじゃ」

「一方的に注いでいただいても、どうかと思います」

「遠慮するでない」

 しかし、その欠点はこんなふうに一部の人たちに強烈にアピールしたりもする。
 彼、彼女らは、美央ちゃんのなんでもない仕草や一言に、狂喜乱舞、萌えて崇拝したりするんだね。
 わかります。

「美央ちゃんは、マニアックなキャラなんだ」

「しょうこにもなく、維新がかわいくないこと言っておるのう。そこがおぬしのかわいいところのじゃが。
 美央も維新もお互いの長所を学びあって、よりわし好みの少女に育ってくれるとうれしいのう」

「成長。それが問題だね。
小学生のぼくはまだ余裕があるけど、美央ちゃんはあと少し育つとU−15ではなくなって、ファタちゃんんの守備範囲からはOG(オーバーガール)になっちゃうんじゃない」

「これこれ。無粋なことを言うな。
わしが見初めた少女たちは永遠にU−15のままなのじゃ」

「それは困ります。私は普通に年をとりたいです。
自然の流れに身を任せて、雪だるまと生きてゆくのです」

 美央ちゃんも冷静沈着なんだか、ボケてるんだか、わからないよね。

「これはぼくも美央ちゃんと同意見。
それに、いくらファタちゃんが認めなくても、どうしても人はトシをとっちゃうでしょ」

「んふふふふ。甘いのう維新。おぬしらのトシは、わしが15でとめると言っておるのじゃよ。
おぬしらが失神してしまうような乱暴なことは、その時まではしたくもないし、話したくもないので、どうやってトシをとめるかは、その日までのお楽しみじゃ」

「ファタさん、あなたは実は少女の敵かもしれませんねねね」

 わずかに眉をひそめ、めずらしく表情を変化させた美央ちゃんがファタちゃんからほんの少し離れた。
 ファタちゃんも美央ちゃんも、この人たち、まじめに裁判や事件について話すつもりはあるのかな。
 不安になってきました。

◇◇◇◇◇

<ファタ・オルガナ>

 好きこそものの上手なれとはよく言うが、まさしくその通りじゃな。
 少女好きのわしは、どんどん少女の扱いが上手くなってきて、自分で自分がおそろしいほどじゃ。
 もし、おぬしがU−15の少女で天国に行きたくなったら、わしを呼ぶとよい、わしの面接に合格したら、天国だろうと地獄だろうと、どこへでも連れていってやるぞ。
 天使で妖精で時代をうつす鏡でもある少女たちは、ほんとうにかわいいのう。
 おぬしたちが笑い、喜ぶ姿はたしかにこの世のものとは思えぬほどに愛らしいが、実は、わしはおぬしたちが耐え、忍び、苦しみに打ち震えている顔をみると、ゾクゾクしてたまらぬのじゃ。
 しかし、それはわしがいじめた相手に限っての話で、わし以外の他のものが少女たちを痛ぶるのは、けっして許しておけん。世界中の少女らのあきらめや苦渋の涙も、苦しみから解放された時の放心した表情もすべてわしだけのものじゃ。
 はてさて、そんなわけじゃだから、赤羽美央に心配ごとがあるとなれば、わしが解決してやらん道理はなかろう。
 死体が発見されて混乱する法廷で、美央はわしと維新に、自分が世話をしていた子供たちの身の安全を守りに行って欲しいとお願いしてきた。
 OKじゃ。
 美央のもとを離れるのは、ちと心残りじゃが、三十数名の原石たちは将来のわしの財産でもあるからのう。
 どこぞの薄汚い変質者の好きにさせてなるものか。
 が、美央の依頼を受けて、わしらがガーデン内の公園へ駆けつけた時、そこにはすでに子供たちの姿はなかったのじゃ。

「ひょっとして、集団誘拐されたとか」

「美央のパートナーのエルムやサイレントスノーも一緒にさらわれたというのか。
おや。維新。これをみるのじゃ」

 芝生に降り積もった雪の上には、大小、無数の足跡が、無軌道かつ乱雑につけられていた。

「けっこう広い公園の隅々まで足跡あるよ。大ダンスパーティでもしたのかな」

「それなら、わしらも参加してもよかったが、そうではないようじゃのう」

 わしは、雪面のそこかしこに血痕らしきものがついておるのも発見した。

「まるで戦のあとじゃ。ここでいったい、なにがあったのじゃ」

「近所の人たちは気づいてないのかな」

「さあな、いまはガーデン全体が非常事態中ゆえに、普段ならすぐに騒ぎになるようなことでも、案外、みてみぬふりで放置されているやもしれん。
とにかく、目撃者を捜してここでなにが起きたのか、子供たちはどこへ消えたのかを知らねばならぬぞ」

「うん。ここは、ちょうど、どの棟からも同じくらい離れた場所にあるから、偶然、通りかかった歩行者でもみつかればいいけど」

「くっ。そういえば、以前の切り裂き魔事件の時もメロン・ブラックの阿呆は、少女たちを拉致監禁したのじゃ。
あれほど暴れてやったのに、マジェにはまだ懲りんやつがいるらしいのう」

「あの時は、ぼくはさらわれてファタちゃんが助けにきてくれたんだよね」

「当たり前じゃ」

 わしと維新は、雪面をつぶさに見て回ったが、特に子供たちの行方をしめすようなものは、ここにはなかった。

「ファタ・オルガナとかわい維新か。どうやら、Camlannへ行き遅れたようだな」

 公園の探索を続けるわしらの前に現れたのは、赤のロングコートにサングラスの長身の男、冒険屋ギルドの創設者レン・オズワルドじゃった。

「Camlannとはなんじゃ」

「簡潔に説明すれば決戦の行われる場所の名だ。マジェのすぐ側にある草原がそう呼ばれている。
おそらく、ここを襲ったやつはそこにいる。
それに、伝説のアーサー王とその息子モルドレッドの軍勢がな」

「相次ぐ冒険でおぬしの頭がおかしくなったのでなければ、単にわしの情報量、理解力の不足が原因なのじゃろうが、にしても、その説明ではまるでわけがわからぬぞ。な。維新」

「うん。言葉通りの意味で受け取るのを無意識のうちに常識が拒む単語の羅列だからね」

「これ以上、言葉は必要ないな。
事実を知りたければ俺についてこい。いま、Camlannへ行ったとしても、すでに戦いは始まっている。
子供たちの安全は、ここに死体が転がっていないことから考えてほぼ、大丈夫だろう」

 いきなり、祈れと言われて納得できるわけがなかろう。

「レン。おぬしはここになにをしにきたのじゃ。
いろいろ知っておるようじゃが、結局、おぬしもわしらと同じで捜査は空振り、そのCamlannとやらに行き遅れたのか」

「モルドレッドがすでにガーデンにいないのを確認にしにきたんだ。
すべては俺の推測通り進んでいる」

 わしらに背中をむけ、レンは足早に歩きだした。

「どうするかのう」

「レンさんについていこうよ。とりあえず、ここにいるよりは得るものがありそうだし」

「うぬ」

 維新の意見を尊重してわしらは、レンの後を追うことにしたのじゃ。
 わしは相手がどんなに情報通じゃろうと、ハタチすぎの男になぞついていきたくないのじゃがのう。

「ガーデンをでるぞ。マジェのロイヤルオペラハウスへむかう」

 レンは気配で背後のわしらに気づいたらしく、歩きながら行先を告げた。
 道先案内人のレンは置いておいて、維新とのオペラ鑑賞とは、今宵は楽しい夕べになりそうじゃな。

◇◇◇◇◇

<レン・オズワルド>

 ファタ、維新を連れ、劇場に入った俺は、ステージへとむかう。
 二千人以上の観客を収容できる四階建ての円形客席には、今日は客は誰もいない。
 非常口を示す看板等の必要最小限の照明しかつけていない劇場内は、暗く静かだ。

「なんじゃ。歌劇が上演されているわけではないのか。
しかし、観光地のアトラクションとしては、これでは静かすぎるのう」

「まるで、お化け屋敷みたいだね。地下に仮面の怪人が住んでそうだ」

「怪人ではないが、重要な人物を招待している。
それに、いまここは俺が借り切っているので、俺たちと施設の管理人たち以外は、誰もいないはずだ」

「オペラハウスを貸切とは、冒険屋は金持ちじゃな」

「レンさんは、なんのためにそんなことをしたの。お金持ちの道楽とか」

 二人の言葉に俺は口元をゆがめた。
 金のためにはじめたわけではないが、俺が創設した冒険者ギルドには、冒険をしたいもの、冒険を依頼したいもの、どちらもが集ってきて、いまでは、パラミタでも屈指の巨大な組織になっている。
 きれいごとを言うつもりはない。でも俺が金だけのために依頼を受けたことが一度もないは事実だ。
 どんなに経験を積んでも、依頼を遂行する途中で迷う場面も多い、状況が行き詰ってしまった時は、俺はいつも空を見上げて自分が何処に居るのか、何処に行けるかを考える。
 自分の足がちゃんと地面についているかを確認する。
 暗い闇夜の中でもよい、濃い霧の中を進むイメージでも構わない。
 思考の迷路に迷いこんだら、すべてをリセットして考えるのは、俺の原点だ。
 そして俺は、自分にできることを確認し、再び動きだす。
 俺の脚はまだ動ける。動けるのなら走ればよい。
 俺にはまだ知らないことがある。なら、それを知りに行けばよい。
 手段に制限はない。枠を外せ、思い込みを殺せ。
 俺が目指すべきゴールは依頼の遂行なのだ!
 俺はこんなふうに、俺を追い込んで、実力以上の力を引き出してくれる冒険が好きなのかもしれない。

「ここを借りたのは、今回のガーデンの事件の真犯人と会うのに、ふさわしい場所を準備したかったからだ」

「レンは真犯人を突き止めたのじゃな」

「ああ。くわしい話をやつがきてからだ。それまでは、客席で映画でもみていてくれ」

 ファタと維新が一階の客席に座ったのを確認して、俺はステージ袖の制御盤を操作して、あらかじめ用意しておいてもらったスタージ中央のスクリーンに映画を映した。
 映画の題名は、「エクスカリバー」。ジョン・ブアマン監督の1981年の作品だ。
 ストーンガーデンにきて、セリーヌ、クド・スレイフ、シスタ・バルドロウ、クリストファー・モーガン、クリスティー・モーガンらと事件の調査をしていた俺は、聖杯や伝説の魔術師、怪しげな目撃者といった怪情報の飛び交う状況を一度、自分の中でリセットすることにした。
 調査を惑わすものを取り払い、一つの殺人事件としてパールの死とむきあってみる。
 消えた死体の行方は依然として不明だったが、俺は彼女が生前、殺害された当時に着ていた衣服にサイコメトリーをこころみた。
 そして、俺は一人、彼女の住居だった部屋を訪ねて、彼女の私物の数々にもサイコメトリーをしてみたのだ。
 なぜ、彼女が殺されなければならなかったのか、俺は理解した。
 実行犯の逮捕は、他の捜査メンバーたちに任せる。
 俺がここに招待したのは、事件の黒幕だ。
 契約者のパートナーであるそいつは、事件とは無関係を装って、間もなくマジェにやってくる。
 俺もまさか、捜査メンバーのパートナーが事件の鍵だとは思ってもいなかった。
 やつはすべてを知っていながら、事件がいまの状況になるまで、あえて、ガーデンを訪れずにいたのだ。
 ドアが開く。
 俺は、ステージをおりて、やつに近づいた。

「ようこそ。きてくれてうれしく思う。俺はレン・オズワルドだ」

「たしかにあなたからのメールは受け取ったけど、人違いです。
俺はそんな伝説の魔術師なんて関係ありませんよ」

「いや、おまえはこれからパートナーと、すでにガーデンにいるはずのおまえ以外のおまえに会いに行くはずだ。
おまえたちは同じ人物の英霊だ。無関係ではすまされないな」

「信じないのは、レンさんの勝手ですけどね、俺は自分の過去もしっかりおぼえてなかったりするし、自分以外の自分なんてまるで知らないんですけど」

 言い訳を口にしながら、やつは俺から離れようとした。
 俺は愛用の曙光銃エルドリッジをやつの胸にむける。

「逃がすわけにはいかないな。話をしてもらおう。おまえが登場する伝説とガーデンとのつながりの話だ」

「そういう手段に訴えられると、俺としてもここでやられるわけにはいかないんで、おとなしくしていられなくなっちゃうんだけどなぁ。
ねぇ、とりあえず、それ、引っ込めてくれませんか」

「断る」

 エルドリッジが火を噴くまで、5、4、3、

◇◇◇◇◇

高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)

 ガーデンをうろつき歩いたあげく、俺は住民裁判開廷中の法廷にたどりついた。
 裁判は普通に進んでるみたいだな。
 途中で、ノーマン・ゲインが連行されてくるトラブルっうか、サプライズがあったみたいだけど、それ以外は順調で、ギルド側、ようするにガーデンの体制派が被告たちの罪状を述べ、弁護人たちがそれに反論し、陪審員たちと傍聴席の聴衆がそれをきいてる感じ。
 ノーマンさんは、机の上に足を投げだし、手錠つきの両手を胸の上で組んで俺様モードだ。目を閉じてるが、裁判をきいてんだか、寝てんだか。
 今日は、ゴスロリドレスじゃなくて、ガードマンの制服みたいなのを着てんだな。
 そこだきゃ、きれいな小さな顔と華奢な体に、厳めしい服がまるで似合ってねぇよ。
 それにしても、お集まりのみんなさんは、よく行儀よくしていられますね、ノーマンじゃねぇけど、俺だったら五分もしないうちに寝ちまうな。
 いくら犯罪事件についての裁判だからって、それこそ、ここで死体でも転がってくれないと、緊張の糸が切れちまうぜ。
 法廷をぐるっと見回した俺は、証人席に俺と同じ感性の持ち主を発見したんで、そいつに接近した。

「おい。ニトロ。寝てんじゃねぇよ」

 机に突っ伏して爆睡中のやつの耳元で、それなりの大声をだしてやる。

「あん! 誰だ。てめぇ」

 やつは椅子から跳ね起きると、速攻、俺の襟首をつかんで、にらんできた。

「俺は、パラ実の高崎 悠司だ。よろしくな。
細けぇこたぁおいといて、俺はあんたを無実だと思ってんだよ。
無実なら裁判はカンケーねぇよな。あんたも退屈してるようだし、こんなシケた場所抜けだして、俺と一緒にガーデンを調べにいかねぇか。
まだまだ秘密がいっぱいありそうなんだ。
裁判なんかきいてても、たりぃだけで、つまんねーだろ」

「だな。
てめーのことは知らねぇが、言ってることはもっともだ。
ルディやセリーヌもここにゃいねぇしな。あいつらもまだガーデンで探偵ごっこしてんだろ。
俺だけがこんなとこにいなきゃいけねぇ理屈はねぇな」

「ないない、ないにしとこうぜ」

「おう」

 意見の一致した俺たち二人は法廷をでようと、中腰でこっそりとドアへむかったんだが、ドアにつく前に法廷の警備員らしきガタイのいいおっさんたちに捕まっちまったんだ。

「ニトロ・グルジエフ。裁判から逃げようとするとは、やはり、お前がパールを殺したのか。
隣のやつはニトロの仲間だな。俺たちが監視しているのに、堂々と逃亡しようとは、大した度胸だ。
貴様らには裁判よりも拷問が必要なのかもしれんな。
ガーデンをなめるなよ。ヤードのふぬけどもとは違って、やるからには容赦はせんぞ」

 こっちは軽いノリなのに、おっさんたちは、鬼の形相だぜ。そりゃ、そうか。

「しつけーうえに、うるせーんだよ。やっぱり俺は殺してねーよ。こいつ、高崎もそう言ってるぜ」

 ニトロは床にあぐらをかいて、ふんぞり返っている。
 しょうがねぇなあ、そういう態度がことをややこしくするんだよ。

「まあまあまあ。
裁判、サボろうとして悪かったよ。でもさ、ニトロの言葉はウソじゃないんだ。
俺がニトロを無罪だと思うのには、根拠がある。
な。ちょっと、俺の話をきいてくれよ。いいだろ」

 ガラにもなく俺は、ぎごちないつくり笑顔でおっさんたちに話しかけた。
 ガーデンの拷問はヤバそうだからな、それはちょっとカンベンだぜ。

「小僧。そこまで言うのなら、おまえがこの法廷でこいつの疑いを晴らしてみろ。
もちろん、陪審員たちを納得させてな」

 おや。
 話の展開がおかしな方向へむかってる気がするんですけど。

「ユージ。よろしくな」
 
 って、ニトロはなんでそんなに自信ありげな顔してんだよ。
 おい。どうなっても、俺は知らねぇぞ。

 殺人容疑者ニトロ・グルジエフの容疑を晴らす新事実がみつかったてなふれこみで、裁判は中断され、急遽、俺による、演説、弁論、ま、なんでもいいや、とにかく俺はぺしゃりを武器にこの状況を脱出しなけりゃならない事態に陥っちまった。
 なんてこったい。

「それでは、パラミタ実業高校、生徒、高崎悠司。
宣誓後、貴君の意見を述べよ」

 法廷の中央に一人で立って、数百人に見つめられながら、裁判長らしきじいさんにそう言われ、俺は頭をかく。

「すいません。宣誓、したことないんで、やり方、知らないんスけど」

 じいさんは無反応、傍聴席の誰もなにも言わない。
 笑われるのは好きじゃねぇが、なんかリアクションが欲しいところだよな。
 どうしていいのか、マジ、わかんねぇぜ。

「壁の赤竜の旗に敬礼して、こう言いなさい。
気高き竜の魂に誓って私はここで事実だけを述べます。
ほら。
敬礼はこうするのだ」

 ようやく裁判長の爺さんが教えてくれたんで、俺は壁の上のほうに張られているどでかい旗に、右手をあげて敬礼する。
 それから、決まり文句を述べると、じいさんが木槌で机を叩いた。

「よろしい。では、はじめるがいい」

 はいはい。

「ニトロがなぜ、無罪なのかっう話なんだけどさ。
無罪っうか、俺はニトロが殺人犯だって決めつけられてるのがおかしいと思うんだよ。
ニトロよりもさ、怪しいのは、こいつの方だろ」

 俺は、並んで座っている弁護人たちの席にいる、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)を指さした。

◇◇◇◇◇

<クレア・シュミット>

 私の聞いたところでは、高崎悠司の意見にはおかしな点はないな。
 しいて難点をあげるとすれば、話し方だろう。
 たまたま彼が話しはじめたところで法廷に入ってきたのが、話の冒頭でいきなりラムズ・シュリュズベリィを告発したり、途中まで話したところで、急に、「だいたいこんな感じだから、もういいっしょ。あとはあんたらで考えてくれよ」と陪審員に丸投げしようとしたり、殺人容疑者の弁護人としては、態度や言葉遣いが不適切な場面が多くみられた。
 言葉に詰まると下や横をむいたり、「〜じゃね」や「っうかさ」とつぶやくなどだ。
 しかし、それはこの際、大きな問題ではないと思う。
 高崎の意見は正しい。
 私はそれを裏付ける証拠を持っている。
 一通り、意見を述べ終えた高崎に対し、いまは陪審員や検察側に相当するガーデンのギルドメンバーから、質問や反論がなされている。
 また高崎に偽証を指摘されたラムズもすんなりとは納得できてはいないようだな。
 ラムズの言い分はこうだ。

「たしかに高崎さんが言うように、暗闇の中でペンライト片手に犯行をつぶさに目撃し、それをその場で日記に書きとめておくというのは、あまり現実的ではない行動かもしれません。
しかし、ですね、私が後天的解離性健忘症なのは事実なんですよ。
なので、私、自身、昨夜の自分の行動をまるでおぼえていないのです。
そうなりますと、私が見てもいないことを日記に書いたという高崎さんの意見も、私が日記に記したニトロさんの犯行も、どちらも私にとっては、失われた記憶という点では等しいのです。
なにが正しいのか、私にもこたえようがないんですよ」

 高崎は、ギルドメンバーから自説によせられた、「きみの意見に証拠はあるのか」の言葉に、「ねーよ。そんなん」と、投げやりにこたえた。
 そろそろ私の出番のようだな。

「クレアさん。ニトロさんを助けてあげるんですね」

「パティ。結果としてはそうなるのかもしれないが、彼個人がどうなろうと、私は別にかまいはしない。
だが、ここで正義がなされなければ、私たちがわざわざここまで調査にきた意味もなくなってしまうだろ」

「そうですねぇ〜。ニトロさんもやってもいない罪で犯人扱いされて、少しは日頃の行いを悔い改めましたかねぇ。
ちょっと、私が側にいってなぐさめてきてあげましょうか」

「やめておけ。余計なサービスは彼のためにならない」

 私とパートナーのパティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)は、裁判長らしき老人のもとへ行き、証言の許可を求めた。

「シャンバラ教導団第四師団中尉クレア・シュミットだ。
いまの高崎悠司氏の証言を裏付ける証拠を提出し、それについて説明を行いたい。
御許可を求める」

「クレアさん」

「クレア。きてくれたのかよ」

 事情を話して許可を得た私が法廷に立つと、高崎とニトロがそれぞれ私の名前を呼んだ。
 高崎はいいとして、呼び捨てにしたニトロには、面倒だがあとでまた注意しておかなければなるまい。

「みなさん。聞いてください。私、パティ・パナシェとパートナーのクレアさんは、そこにいるへたれロッカーのニトロさんの事件を調査したんですぅ。
そうしたら、やっぱり、こんなダメ男のニトロさんじゃ、殺人なんてできないことがわかったんですよぅ」

「パティ。少し私に話させてくれ。
まず、最初に、私がここに立ったのは、先ほどの高崎悠司氏の意見を裏付けるためであることを宣言しておく。
簡単にあらましを説明すると、切り裂き魔事件、その後、アンベール男爵とテレーズ嬢の結婚騒ぎがあり、そのどちらにも捜査メンバーとしてマジェスティックに来園した私は、このテーマパークにいまだ完全にあきらかにされていない闇の部分があるのを感じている。
その思いはいま現在も消えてはいない。
今回の事件にしても最重要容疑者として逮捕されたニトロ・グルジエフ被告を尋問したのだが、その話は要領を得ない点が多く、私は彼以外の別の人物の犯行の可能性を追うことにした。
つまり、ニトロ被告の知力、体力ではあのような犯行はできないと考えたのだ。
そして調査の結果、私はこれを入手した」

 私はインクルージョン氏を尋問した際、彼の生命を救った礼として教えてもらった隠れ家で手に入れた契約書を法廷内のみなに見えるようにかざしてみせた。
 宗教文書の儀典用などで現在でも使われることのある羊皮紙だが、これははたして羊の皮なのだろうかな。怪物の皮かもしれぬ。

「これはある犯罪組織が外部の請負人との間に交わした殺人契約書だ。日付は昨日になっている」

 法廷にいる人々の視線が、ノーマン・ゲインに集まった。
 ノーマンのまぶたは閉じたままだ。

「組織は請負人に一件の殺人を依頼している。
実行の際の道具の用意、実行場所に被害者を導くまでのお膳立ては組織が行うとなっている。
被害者の名前は、パール。
そして、金貨と引き換えに被害者の命を奪う契約に署名したのは、ラムズ・シュリュズベリィ。
あなただ」

「俺、ビンゴじゃん」

 高崎のつぶやきを私は無視した。

「ここに来る前にヤードに行って筆跡鑑定を行ってもらった。
羽根ペンで書かれたであろうこの署名は、ガーデンの宿帳にあるあなたの筆跡と一致する。
これがヤードの鑑識課の筆跡鑑定報告書だ」

 私は契約書と報告書を顔の前に二枚並べた。
 すでに裁判長には話しておいたので、ラムズの周囲を警備員たちが包囲している。

「異論があれば、ここで話すべきだろう」

私がかざした二枚を眺め、ラムズは愕然とした表情だ。

「もし、持病のためにこの契約書についても昨夜の行動についても、まったくおおぼえがないのなら、あなたは病院で本格的に治療を受けるべきだと思う。
私は以上の証拠をふまえたうえで、ラムズ氏の日記は、彼が彼自身の犯行を隠ぺいし、己の罪をニトロ被告に背負わせよとした偽証だと判断する」

「俺のためにそこまで。クレア。愛してるぜ」

 被告席にいるニトロが叫んだ。公衆の面前でこれはさすがに我慢ができんな。

「クレアさん。パティがニトロさんを叩いてきてあげましょうかぁ。エイミーちゃんにも、叩く時はグーでいけって言われてますぅ」

「よろしく頼む」

 さすがパートナーだ。
 パティもエイミーも私の気持ちをよく察してくれている。

「私は、私は、なんてことをしてしまったんだ。
すまない。ニトロさん。私は自分がしたことを」

 自責の念にさいなまされ、自問自答を繰り返しているラムズの姿をみるのをつらいが、しかし、記憶がないとはいえ、組織と契約し、犯罪を犯したのは昨日の彼なのだ。
 彼は、温厚そうな人物に思えるのだが、二面性があるということか。

「クレアさん。私は、どんな組織と契約を結んだのですか。
それに私は、その報酬とやらの金貨をどこにしまったのだろう」

「インクルージョンが属していた組織は、メロン・ブラック博士の一派だ。
彼らは博士が姿を消してからも、マジェスティック内で依然として活動しているらしい。
そこらへんの組織の内情については、ノーマン・ゲインがくわしいだろう。
話してくれるかどうかは不明だが。
金貨については私にはわからぬ。
それなりの枚数のようだから、どこかに隠してあるのではないだろうか」

「その金貨なら、ここにあるよ」

 ラムズの隣に座っていた彼のパートナー、ラヴィニア・ウェイトリー(らびにあ・うぇいとりー)がラムズの手の平に一枚の貴族金貨をのせ、私に笑いかけてきた。

「ヤードってほんっとにたいしたことないね。
クレアさん、キミもラムズみたいに騙されちゃダメだよ」

◇◇◇◇◇

<ラヴィニア・ウェイトリー>

「ラヴィニア。私を騙していたんですか?」

「騙してたなんてとんでもない。契約書も、宿帳も、日記も、キミの代わりにボクが、ちょっとした落書きをしてあげただけだよ」

 カンの鈍いお人好しのラムズでも、さすがに今回はくわしい説明なしでも、なにがあったのかわかったみたいだね。

「忘れていると思うけど、ボクはキミの名前でちょくちょくいろんなとこでサインしてるんだよ。
代筆ってやつさ。
パートナーだからね、それくらいできた方が便利でしょ。
サインだけなら、ボクが書いたのもキミが書いたのも、キミ自身見分けがつかないと思うな」

「どうしてこんな事を……」

「仕事を引き受けたのも、実行したのもボク。
キミは騙されただけだから、被害者なんだよ。
ははっ、犬にでも噛まれたと思えばいーじゃん。どーせ忘れるんだ」

 そうだよ。明日にはきれいさっぱりリセットしてくれるキミよりも、問題はいまここからどうやってボクが脱出するかさ。
 高崎とクレアが余計なことをしてくれたおかげで、報酬外の知恵を絞らなきゃいけなくなっちゃった。

え。

ラムズ、ひょっとして本気で怒ってるの。
銃なんかだしちゃってさ。

「怒った? でもその怒りはどこからきてるのかな? 知らないうちに殺人を助長したこと? パートナーのボクに協力してくれたんだから、気にしなくていいよ。
悪いのは、ボクさ。キミじゃない。
それとも自分の記憶をぬりかえられたこと? 記憶なんて、誰のものでも思い込みなんだよ。
キミの持病なんてささいな問題なんだ。人は自分の信じたい記憶をつくって後生、大事にしているものさ。
まだ銃口をおろしてくれないのかい。冷たいね、ラムズ。
キミはパートナーを傷つけることより、自分の記憶を操られたことを根に持つような器の――」

銃声が鳴った。
ボクは吹っ飛んだ。

◇◇◇◇◇

<シン・クーリッジ>

 ロゼのやつは戻ってこねぇうえに、俺たちの弁護人だったはずのラムズ・シュリュズベリィとラヴィニア・ウェイトリーは仲間割れして、ラムズがラヴィニアを撃っちまった。
 しかも、高崎とクレアの話だと、パールを殺したのはラムズの可能性が高くて、けど、それはラヴィニアの仕掛けた罠で本当の犯人は、組織に殺人を依頼されたラヴィニアらしいじゃねぇか。
 ややこやしいな。。
 パールの死体を隠した容疑で被告人になった俺とロゼは、ようするにラヴィニアにハメられたのか。
 ラヴィニアに直接、聞きたくても、至近距離でラムズに頭を撃たれて、床にのびてて、どうみても死んじまってる感じなんだが。
 撃ったラムズの方はそのまま、床にへたりこんじまった。

「おい。てめぇ、しっかりしろよ。やっちまったことはアレだけどよ、てめぇの怒りは、みんなもわかると思うぜ」

「すまない。私は、ラヴィニアの片棒を担いできみたちを窮地に陥れてしまった。
ニトロさんときみたちに私はどうお詫びをすればいいのだろう。
それに、おぼえていないだけで、私は、これまでにもこうしてラヴィニアの犯罪を手伝ってきたのかもしれない。
私の罪はどれほどのものなのか、想像もつかない」

 フォローのしようのねぇ嘆き方だな。
「しかしよ、悪いのはてめぇじゃなくて、パートナーのそいつの方だろ。
そりゃ、パートナーに裏切られたのは、ショックだろうがよ。
病気なんだし、てめぇ自身の罪なんて、そんなに悩む必要はないと俺は思うけどな」

「シンさんは優しいですね。私のせいで容疑者になってしまったらしいのに」

「だから、てめぇのせいじゃねぇって言ってるだろ。気にすんな」

「ありがとう」

 礼の言葉よりもよう、いい加減に顔あげろ。
 俺はおまえの今後が、マジで心配になってきたぜ。

「おーい。裁判長。パールがらみの犯行は、全部、ラヴィニアの仕業っうことでカタがついたんだろ。
俺とパートナーの九条ジェライザ・ローズは無罪放免でいいよな。
そんじゃ、俺はちっと用があるんで失礼するぜ。じゃあな」

 裁判長のじいさんに断りを入れて、俺はラムズの発砲で休廷中の法廷からでようとした。
 そうしたらよ。

「遅れてすいませーん。九条ジェライザ・ローズです。重要な証人を連れてきました。
私とシンの裁判、もう終わっちゃいましたかぁ」

 ロゼのやつが戻ってきやがった。

「てめぇ、遅すぎんだよ。どこまで行ってやがった。
俺は、いまちょうどてめぇを探しに行くとこだったんだ。
あれ、あの女の子がいねぇじゃねぇか。それに、その横にいる人たちは誰だよ」

「悪い悪い。それがもう、私もびっくりの超展開でさ。
アリアンがいなかったら、ヤバかったよ。あれ。アリアンは、どこ行ったのかな。一緒にこの世界に帰ってきたのに。
まあ、あの子はしっかりしてるからいいよね。
シンに紹介するよ。こちらの御婦人が、シンと私が遺体を隠したことになってるパールさんだ。
彼女は、あちらの世界では亡くなっていなかった。
私たちの弁護をしてもらうために、ちょっとだけこっちの世界にきてもらったんだ」

「どうも。パールです。わたしがご迷惑をかけてるらしくて、ごめんなさいね」

 ここじゃ死んでるはずの人に頭を下げられても、俺は、どう答えりゃいいんだよ。
 背の高い品のよさそうな銀縁眼鏡のおばさんだ。

「それから、あちらから戻ってこられなくなりそうになった私とアリアンを助けてくれた、この獣人さんは」

「やあ、ガーデンの複雑機構の効果を身を持って体験してまわっているベスティエ・メソニクスだよ。
誰も教えてくれないだろうから、明かしておくと、きみらを死体に導いた少女は、ファンシー・インテンス・モリガン。
アーサー王伝説の一の魔女、モリガン・ル・フェイだ。
イギリスの神話であるアーサー王伝説をそのままパッケージしたガーデンには、彼ら英雄たちが閉ざされた時間の中で繰り返し、サーガを演じているんだよ。
モリガンは、まじめそうなきみたちをガーデンを混乱させるための標的に選んだんじゃないかな。
からかいがいがあるからね。
パールの死体が消えたのは、たぶん、おっと、犯罪王が僕を呼んでいるようだ。
失礼するよ。
ノーマン・ゲインか。彼と話すのは、ずいぶん久しぶりな気がするな。
それと、言い忘れたが、僕の話を信じるかどうかは、きみの自由だ。
せいぜいがんばってくれたまえ」

 わけのわかんねぇ説明をしたベスティエは軽い足取りでノーマンの方へ行っちまった。
 俺だけでなく、ロゼも首を傾げてる。
「なんだ。ありゃ」

「言ってることはアレだけど、彼は意外と善意の人だと思うんだけどな」

「てめぇ、いい方にとりすぎなんじゃないのか」

「うーん。かもしれない。
とにかく、パールさんがガーデンのギルドの人たちに、なにが起きているのか説明してくれるらしいから、私たちは彼女が無事、それができるように警護しようよ」

「ああ。わぁったよ。でもよ、パールさん、失礼かもしれないけど、あんたはこの事態をきちんとわけがわかるように説明できるんだな」

「外から私の殺害事件を捜査にきてくださっているみなさんには、理解しにくいかもしれませんが、ガーデンの住人にはわかってもらえると思います。
うまく動いていた時計を止めて、黄金の竜の力で自分に都合のいい時間に針を合わせて、再始動させようとするたくらみなのですよ」

やっぱり、俺にはわかんねぇよ。
あきらめた。

◇◇◇◇◇

<アリアンロッド>

 ラヴィニアさんは小柄ですけれども、私の体も今回は子供の大きさになっているので、こうして抱えあげるのはつらいですね。
 しかし、ガーデンの人々の排他主義にも困ったものです。
 例えラヴィニアさんが狡知にたけた犯罪者で、パールさんの来廷や、ラムズさんの逃亡で場が混乱しているにしても、重傷者を手当てもなく、毛布をかけただけで部屋の隅に放置しておくのは、やりすぎだと思います。
 処刑した死体をさらしものにして、見世物として楽しむ感覚でしょうか。

「キミは、ボクをどこへ連れて行くつもりなの」

 目を閉じたままのラヴィニアさんが私にたずねました。
 銃で撃たれた顔の右半分に布かけられた彼女は、思いのほかしっかりした声をだします。

「意識があるのね。お姉ちゃん。私と病院に行こうよ」

「親切だね。キミは誰」

「私はアリアンロッド」

「ガーデンの子かな。悪いけど、このままボクを連れて行って欲しいところがあるんだ。
ボクはね、こうみえても魔女なんだ。
このくらいの傷ではまいらないように、自分の体にたくさんの呪いや魔法をかけている。
失った右目もしばらくすれば回復するさ。
だから、そんなに心配してくれなくても平気だよ。それと、キミ、ボクを撃ったおバカのラムズがどうなったか知ってるかな」

 口ではそうは言っていても、さすがの魔女さんもいまはまだ自分の力で歩くのは、つらい様子ですね。

「ラムズさんは、裁判所をでてどこかへ行っちゃったみたいだよ。
ねぇ、お姉ちゃんは、どこへ行きたいの。私、ガーデンからでたことないんだ」

「ははっ。遠くへ行くわけじゃないよ。
ここはまだ、法廷の中かな」

「うん」

「なら、話は早い。このまま、僕を抱えて、ノーマン・ゲインのところへ連れていってよ」

「その人、悪い人なんでしょ」

「どうだかね。お嬢ちゃん、大人を言うことをそのまま信じずに、自分の意見を持つようにならないと人生を楽しめないよ。
ノーマンはボクにいろいろな仕事を紹介してくれる、大事な仲介者なんだ。
彼に挨拶せずに退場はできない」

「ふうん」

 彼女をクロウリの一派に紹介したのは、彼なのでしょうかね。
 ラヴィニアさんを抱えたまま、私はノーマンに近づきました。
 彼の席の前には、獣人の紳士ベスティエ・メソニクスさんがいます。椅子に座っているノーマンは薄目を開け、にこやかにベスティエさんに語りかけています。

「やりすぎだ。タネあかしのしすぎはよくないな。
貴君がもし、観客に先にストーリーを伝えてしまったりして、私のショウの邪魔をするようなら、然るべき手段に訴えさせてさせてもらうよ。
私としても旧知の貴君の血をみたくはないんだ。獣の血は臭うしね」

「ノーマン・ゲイン。きみがまだ生存しているとは、僕は感心してしまうね。
はるか昔に僕は、きみの一族がインターポールと軍の共同作戦で居城を焼き払われ、皆殺しにされたのをみた記憶があるんだ。
親族と組織の幹部たちの裏切り、世界規模の悪評。さしものゲイン家も終焉の時を迎えたのかと思ったよ。
きみらはあの危機をどうやって逃れたんだい」

「獣人。それが余計なのだ。私は警告は二度しない。
謎を求める探偵が集っているのに、貴君は彼らの楽しみを奪ってしまっている。
罪深き獣め。
いつまでも野放しにされていられると思うなよ。
まあ、身も心も血にまみれた私の言葉など、信じるも信じないも、貴君の自由にしてくれたまえ」

「きみにマネされるとは、僕もなかなか」

「去れ」

 ベスティエさんは、まだなにか言いたそうでしたが、私たちがいるのに気づくと、親しげに笑ってどこかへいってしまいました。彼は不思議な人です。

「お次は誰だい。
私はいま捕らわれの身で、周囲には監視の目が光っている、あまり来客が多すぎるのも、いまの私には分不相応なのだが、それでも私と話したい貴女は」

「ボクをみて他人のフリはないんじゃないの」

 ラヴィニアさんは私の腕からおりて、よろけながらも自分で立ちました。

「潰れた顔が美しいねラヴィニア。もっとよくみせておくれ」

 声をださずに、ノーマンは唇を歪め、笑っています。

「もらった金貨とボクの目とどっちが価値があるんだろうね。
ノーマン。ボクはキミを助けようと思うんだ。いいよね」

「そんな依頼をしたつもりはないが。代償になにを望む」

「いつもお世話になってるお礼だよ。ほら、キミを包囲している警備員たちの輪がせばまってきた。早く手首をだして」

 ノーマンは手をだしません。

「私はしばらく休養してもいいぐらいのつもりなのだよ。貴女の真意を知りたいね」

「キミがいないと街がつまらないんだよ。ボクら悪党としてはね。
いまボクがこうしてキミと話しているのをみただけで、今回のボクの犯罪の7、8割の責任はキミにあるって、この法廷にいる人間は思ってたはずさ。
キミは貴重な存在だ。
王様、隠居するのは当分、やめておいて欲しいな」

「なるほど。我が国の民意であれば、こたえてやる義務もあろう」

 さしだされた手首にはめられた手錠の鎖をラヴィニアさんは、ルーンの剣で断ち切りました。

「御苦労」

「いえいえ。体調不良なのでここから先はお手伝いできないけど、キミならなんとかできるよね」

「愚問だな。そこまで侮られるとかえって心地よいものだ」

 両手が自由になったノーマンは、席を立ちます。
 ラヴィニアさんは、体力の限界を迎えたらしく、床に倒れこみました。
 ノーマンめがけ、警備員たちと捜査メンバーがこちらへ駆けてきます。それでも、彼はまったくあわてる素振りをみせずにあくびを一つ。
「中途半端な昼寝はよくないものだ。かえって眠くなる。
ほう。貴女は今日は幼女の姿をしているのか。私を捕えなくてもいいのかい」

 彼は私が誰なのかすぐにわかったようですね。

「いまのあなたに危害を加えるのは危険です。あなたもそれを知っていて、わざと人々の前にでてきて自由に振る舞っているのでしょう」

「探偵。
私の考えがわかるような口をきくとは、傲りがすぎるぞ」

 ノーマンがいつものように大口を叩いていると、さっきまで被告人席にいたPMRのシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)さんが、吸血鬼専用の武器、巨大な杭ブラッディイーターを構え、私たちの前にやってきました。

「再び席に着くのです。ノーマン・ゲイン。あなたの一挙一動が周囲の空気を不穏にする。
座りなさい」

「その顔は、クレイン家の者か。
きみら一族はその繊細な美貌が財産だものな。
きみの家系の女族は、吸血鬼をなぶりものにしたい変質者たちにとても高く売れる。きみも食うのに困ったら、そちらの道で生きてみたらどうだ。
男でも買ってくれる物好きはいるだろ。
大した功績もなく、ただただ生きながらえている闇の血脈の末席に座るものが、闇の眷属たるゲイン家当主に席につけ、と。笑わせる。貴君の家より端の席はないと思うな。
どこで磨いたか知らぬが、たいしたユーモアのセンスだ」

 ノーマンは、シェイドさんを挑発するように、大きく両手をひろげました。

「そんなに望むなら、美貌の吸血鬼よ、私を座らせてみなさい」

「あなたは本物だ。私には、わかります」

「過去に面識があったかな。きみらはどれも似たような顔で、悦びを与えても同じ声でなくので、私には個々の違いがわからぬ」

「私の一族をふくめ、我ら貴種たちを辱めてきたあなたの歴史を私は、許しません」

「許すとか、許さないとか、貴君にそんな権利はないよ。錯覚だ。吸血鬼よ、貴君は神様か。貴君をあがめるのは、せいぜい未熟な若い女たちだろ」

「あなたは死を望んでいるのですか。私をたかぶらせ、あなたを攻撃させようとしていますね。
私はあなたの得意の手口にのせられ、踊るつもりはありません」

 シェイドさんは冷静ですね。ですが、他の人たちが。
 いまや法廷内にいる人の半分以上が私たち、私とラヴィニアさん、シェイドさん、ノーマンのところへきています。その多くは裁判を傍聴にきていたガーデンの住民のみなさんで、彼、彼女らは、逃亡をはかろうとしているノーマン・ゲインをこの場で八つ裂きにしかねない、殺気だった雰囲気ですね。

「私を殺したところで、ここでは日夜、クロウリが私を模してつくった artificial ruby たちがガーデンの運営を助けるべく、諸君らの生活のお手伝いに励んでいるのをお忘れなく。
よいか、群衆よ。
やるのならぬかりなく、私も artificial ruby たちもやってくれたまえ。
では、どうぞ。
早いもの勝ちだ」

 自らすすんでノーマンは住民たちの群れに入っていこうとしています。私は彼の前に立ち、止めようとしましたが、四方から押し迫ってくる人の波にのまれて、彼から離されてしまいました。

「彼や彼の複製たちを傷つけてはいけません。みなさん、これは彼の罠です」

 シェイドさんの声も、叫びたけっている群衆たちには届かないようです。
 artificial ruby を壊せば、時計は止めまってしまうというのに。

◇◇◇◇◇

<ペルディータ・マイナ>

 機晶姫のあたしは裁判の様子をメモリーに記録していたの。
 途中で死体が発見されたり、その後には、蒼也とレストレイド警部がノーマン・ゲインと彼のニセモノを連れてきたりして何度か休廷になったけど、裁判は、いまは再開しているわ。
 当面の大きな問題としては、被告人のゲドー・ジャドウさんと彼のパートナーのジェンド・レイノートさんとシメオン・カタストロフさんが、どさくさに紛れて行方をくらましてしまったのと、赤羽美央さんの弁護人のファタ・オルガナさん、ゲドーさんたちの弁護人の月詠司さん、ウォーデン・オーディルーロキさん、パラケルスス・ボムバストゥスさんたちがどこかへ行ってしまっていることぐらいかしらね。
 美央さんは弁護人もなしで一人で大丈夫かな、と思ったけど、ああみえてやっぱりしっかりしていて、検察側の質問にも臆せずに堂々とこたえているわ。
 たまにヘンなことを言って気もするけど。
 陪審員による判決は最後にまとめる提出されるシステムなので、全件の簡単な罪状説明と立場の確認の後、一件ずつ裁判が行われていくの。
 もうすぐ、ニコ・オールドワンドさんの事件の裁判がはじまるところよ。
 誰かしら。
 知らない男の人があたしのところへ近づいてくる。

「こんにちは。百合園推理研究会の方ですね。
私は、ニコ・オールドワンドのパートナーでユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)と言います。
いつも、ウチのニコとナイン・ブラックがご迷惑おかけしているそうで申し訳ありません。
あの、よろしければこちらをどうぞ。会員の皆様でお召し上がりください」

 スーツ、ワイシャツ、ネクタイをぴしりと着た彼は、さわやかな好青年っぽい感じの人。笑うとみえる八重歯がチャームポイントかな。お菓子らしき箱の入った紙袋を渡されたんだけど、もらってしまっていいのかな。

「あたしはイルミンスールのペルディータ・マイナです。本当にいただいてしまっていいのかしら。
今回の事件では推理研メンバーはバラバラに動いていて、いま、ここにはあたしの他に蒼也とレストレイド警部、ロウさんがいるだけど、三人ともノーマンとartificial rubyを見張っているの。
ニコさんといえば、切り裂き魔事件の時は、あたしたちよりも赤羽美央さんといろいろあったと思うけど。
それに」

「なんでも話してくださってけっこうですよ。
私は自分の知らないニコの姿を知りたいのです。彼の罪は、保護者である私の罪でもあるのですから」

「そうですか。なら、言いますけど、これは、あたしのカンなんですけど、ニコさんはいま、被害者としてシェイド・クレインさんを訴えていますが、あたし、それがどうも納得できないんです」

 ユーノさんが話しやすい感じの人なので、あたしはつい口を滑らせてしまった。

「あたし、以前にナイン・ブラック(ないん・ぶらっく)さんに、その」

「ナインがあなたになにかよくないことをしたのですね」

「ええ。ダマされたというか、からかわれたというか、彼としてはちょっとしたいたずらのつもりなんだろうけど」

「申し訳ありません」

 ユーノさんに、深々と頭を下げられて、あたしの方がかわいそうなことをした気分になっちゃった。

「ユーノさんの責任じゃないと思うわ。同じパートナーでもあなたとナインさんは、全然、違うのね」

「お恥ずかしい。すべて私の力のいたらなさの結果なのですよ」

「すいません。あたし、余計な話をしたみたい。もうすんだことだから、別にいいんです。ただ、あたしは、シェイドさんが本当にニコさんの目を傷つけたんだろうか、って」

「あなたにはわかっていただけないかもしれませんが、ああ見えてニコは、繊細で人を思いやれる子なんです。
不幸な境遇で育ったために斜に構えた態度をとっていますが、あれが彼の真の姿だとは思わないでやってください。
彼は、これから変わっていきます。私が、本当の彼を取り戻させます」

 ニコさんを一生懸命かばう、ユーノさんはまるで、ニコさんのお母さんみたい。

「ニコが嘘をつくような時はだいたいナインが側にいます。悪いのはナインなのです。
私がついていれば、そんなことはさせはしないのに」

「そ、そうのなの」

 話しているだけで伝わってくる、ユーノさんのニコさんへの過保護、溺愛っぷりに、あたしはいささかたじろいでしまった。

「お話してくださってありがとうございました。
その件については、私がニコに真偽を問いただしてみます。ニコは私には、ウソをついたりはしないんですよ。
ペルディータさん、これからもニコのよいお友達でいてくださいね。
それでは、また」

 ユーノさんは、行ってしまったわ。
 ユーノさんとナインさん。
 まるっきり正反対な二人と暮らすニコさんがまっすぐに育つのは、難しいだろうな、あたしはなんとなくそう思った。

◇◇◇◇◇

<ユーノ・アルクィン>

 ニコたちのところへ戻る前に、私は赤羽美央さんのお席へうかがいました。
 お菓子を渡して、言葉を交わしているうちに、私の胸に彼女への強い謝罪の気持ちが、あらためてこみあげてきたのです。
「私は、あなたにニコが髪を切られたのを心のどこかでうらんでいたのですが、こうしてあなたとお会いして自分の浅はかさに気づきました。
すいませんでした。
あなたのような小柄な少女をニコは、ナインは刃物で傷つけたのですね。
いくら犯罪者に心惑わされていたとはいえ、けっして許される行為ではありません。
体は、ケガは、もう大丈夫なのですか」

「平気です。
ニコさんが反省してくれていれば私はいいのです。
彼の髪を切ったのは、私ではありませんが、私もあの時は少しやりすぎた気がしました。
こちらこそ、ごめんなさい」

 懐のひろい人だ。
 さっきのペルディータさんといい、ニコは人に恵まれていますね。やはり、彼には本質的な優しさがあるので、人に心底うらまれたりはしないようです。人徳ですね。

「美央さん。これからもニコをよろしくお願いします。
あなたのような方に出会えてニコは、幸せものです」

「そうですか。
それもこれも雪だるま様のおかげだと思います。
ユーノさんにも、雪だるま様の御加護を。なむなむ」

「なむなむ」

 私も心に雪だるま様を思い浮かべて、彼女とともに祈りました。



 ニコのところへ私が戻ると同時に、ナインは席を立ち、歩いていってしまいました。
 日頃から彼には私を避けているようなところがあります。
 ニコを悪の道へそそのかす行為をしている自分を後ろめたく感じているのではないでしょうか。
 ニコは私と正しい道を歩むのです。ナインがこれから更生するのは難しいでしょうが、彼自身はともかく、これ以上、ニコに悪影響を与えて欲しくないですね。

「ユーノ。どこへ行っていたの」

「あなたがお世話になった方たちにご挨拶をしてきました。みなさん、よい方ばかりですね」

「ふうん。そんなやつ、ここにいたっけ。ま、いいや。それより、状況に変化はないよね。ノーマン・ゲインはどうしてる」

 かわいそうに目を傷めたニコは、視力を失っていてなにも見えないらしいのです。

「彼はわざわざ気にする価値もない人間だと思いますよ」

「いいから教えて。ノーマンは、おとなしくしてるの。彼の周囲はガードマンでいっぱいなんだろ」

「私はあまり、彼を見たくはないのですが。
彼は行儀悪く、机に足を投げだし、頭の後ろに手を組んで、まぶたを閉じています。寝ているかもしれませんね。
彼自身の希望なのか、警備の人たちはそれほど近くにはいません。多少、離れたところで彼を包囲し、監視しているようです」

「ありがとう。ノーマンに動きがあったら、教えてね」

「仕方ありませんねぇ。ところでニコ、目の具合が悪くて、気が滅入っているところ、すまないのですが、あなたに聞きたいことがあるのです」

 私の声の変化を感じとったのか、ニコは返事をしませんでした。
 日頃からカンの鋭い子ですが、目が見えないいまは、常よりもいっそう敏感になっているのかもしれません。

「なに」

「その目のケガですが」

「それが、どうかした。僕は被害者だよ。悪いのはPMRの」

「シェイドさんが本当にあなたを傷つけたのですか」

「ユーノは、僕を疑うの。信じてくれないの」

「私があなたを信じなかったことなど過去にありましたか。うぬぼれがすぎるかもしれませんが、私は、あなたよりもあなたを知っているつもりなのですよ。
あなたがよくないいたずらをしてしまうのは、ナインと一緒にいる時です。
彼があの耳障りな笑い声をあげながら、あなたをそそのかすのでしょう。
ニコは、悪事好きなナインの被害者なのですよ」

「ううん。僕は、ナインにそそのかされたんじゃなくて」

「優しいあなたは、あんな彼さえかばってあげるのですね」

「あのね。僕はユーノが思うほど」

「あなたは自分の本心を知らず、私は常にあなたの真の姿をみつめています」

 ニコはみえない目であたりを見回しました。ナインでも探しているのでしょうか。
 悪賢いナインは、自分に都合の悪い話の時は、姿を消し、でてきません。いつでもそうですね。

「ナインはいませんよ。いたずらは終わりです。
ニコ。あなたの身に起きた本当のことを話してください。
あなたがマジェにきたのは、ナインのたくらんだくだらないいたずらにいつまでも付き合っているためでは、ないでしょう」

 私は、私のニコが、話せばわかる子だと知っています。

◇◇◇◇◇

<ニコ・オールドワンド>

「わかったよ。僕はシェイドにはなにもされてない。いつも偉そうなあいつをハメてやりたくて、ウソをついただけさ」

「ニコ。私には、本当のことを話してくれるのですね」

 ユーノはうるさいし、ノーマンがここにきた以上、いつまでもPMRなんかをからかってる場合じゃないからね。

「ああ。だから、この裁判は無効だね。どうする、いまから僕はウソをつきました。ってみんなに言えばいいのかい」

「いいえ。その必要はありません。ここでそんなことをしたら、今度はあなたが罪に問われてしまいます。
私に任せてください。いいですね」

「ありがとう。ユーノ。頼りになるよ」

「反省は必要ですが、あまり気に病まないように。
目がみえないせいであなたは情緒不安定になっているのですよ」

「きっと、そうだね」

「ええ」

 ユーノが本気でそう思ってくれているのか、僕はわからないよ。

 裁判が始まるとすぐにユーノは、裁判長に僕が訴えを取り下げたいという意思を伝えた。
 理由は、僕は被害にあった時点ですでに視力を失っていて、道路で僕を傷つけたのがシェイドなのかどうか冷静に考えるとわからなくなったからなんだって。
 なるほどね。
 僕は、ユーノに頭を押されて、シェイドがいるらしい方向にお辞儀をさせられたんだ。
 いいよ。お辞儀くらいはね。
 これで僕は真の目的に集中できる。
 僕がストーンガーデンにきたのは、犯罪事件の背後に見え隠れする、クロウリやノーマンの邪魔をしてあげるためさ。
 ノーマン・ゲイン。僕は、おまえがなんでここに連れられてきたのか、推測がついているんだ。
 ここで、みんなの前でおまえのたくらみを僕が暴いてやるよ。

「謝罪はすみました。シェイドさんは紳士ですね。一言の文句も言いませんでしたよ。ニコ。ここをでて病院へ行きましょう」

「ダメだよ。僕はすることがある。まだ病院なんて行けない。ユーノ。もう少しだけここにいさせて」

「なにをする気なのです」

「ノーマン・ゲインに正義の鉄鎚をくだしてやるんだ」

「正義のため、ですか」

 僕は頷く。

「ノーマンの番がくるまで席で待とうよ」

「待った。異議ありっ!」

 女の子の大声。法廷がどよめいてる。

「ニコ・オールドワンドさん。あなたの訴え取り下げ理由には、矛盾があります。
裁判長。ワタシにニコさんへの質問の許可を願いします」

 めずらしく硬いしゃべり方をしてるけど、この声はミレイユ・グレシャムだよね。
 いつもいつも、うっとおしいんだよ。PMR。

◇◇◇◇◇

<ミレイユ・グレシャム>

 ワタシがニコさんへの質問を申請したのは、ことをいい加減なまま終わりにしたくなかったからなんだ。
 シェイドからもニコさんを見守るように言われてるし、中途半端はよくないよねっ。
 裁判長が許可してくれたんで、さっそくニコさんに聞いちゃうよ。

「ニコさん。
ワタシのパートナーのシェイドに傷害を受けたというあなたの訴えが、なぜ、信憑性があったかといえば、それはあなた自身の証言だけではなく、目撃者がいたからですよね。
もともと事件当時、目の見えない状態だったあなたには、自分を傷つけた相手がシェイドだと断定できる証拠はなにもなかったはずです。
そんなあなたがいまさら犯人がわからないから、訴えをとりさげるだなんて、おかしな話ではないですか。
あなたは、はじめから犯人が誰かなんてわからなかったはずですよ。
事件の目撃者のラヴィニア・ウェイトリーさん。
ニコさんは犯人がわからなくなったと言っていますが、あなたの見た犯人はたしかにシェイドだったのですか。
間違いないですか」

 ワタシの質問に、ニコさんは答えてくれません。
 ラヴィニアも黙っています。
 それはそうだよね。ワタシは、この二人につながりがあるのを知ってるんだよ。

「ラヴィニアさん、ワタシはさっきの休廷中にシェイドがニコさんを傷つけたという事件の現場に行ってきました。
現場周囲にいた人たちに聞き込みをしたのですけど、ニコさんが悲鳴をあげた時、あなたは彼がみえない位置にいたという証言があります。
複数人から得た証言でその人たちには、証人としてここにきてもらっています。
そこで質問です。
ラヴィニアさん、この図をみてください。
現場の地図です。
ワタシの描いた絵ですけど、ヘタとか文句を言ったら、めっ! です。
さて、ラヴィニアさん、あなたは事件発生当時、この図の中のどの位置にいて二人をみていたのか、自分のいた場所をさし示すことができますか」
ニコさんだけでなくついラヴィニアさんにも質問しちゃったけど、誰もとめないからいいよね。

 スケッチブックを持って近づいていっても、ラヴィニアさんはにやにやしてて、どこも指さしてくれなかったんだ。

「忘れたよ。どこだっけ」

「その態度は、目撃者として無責任すぎると思いませんか。あなたの証言でシェイドは、法廷に立たされているのですよ」

「思い出せないや。ごめん」

 ぺろっと舌をだしたラヴィニアさんを隣にいるパートナーのラムズ・シュリュズベリィさんがにらみつけてるよ。
 ワタシもラムズさんとおんなじ気持ちだよね。

「みなさん。ニコさんとラヴィニアさんがなぜ、シェイドに罪をなすりつけようとし、ここまできてそれを取りやめたのか。
その理由は」

 ワタシは席で寝たフリをしてる、ノーマン・ゲインの方をむいたんだ。

「リネンさん、出番だよ。
みんなにもわかるように説明してあげてよ」

 ひとまず、同じPMRのリネン・エルフト(りねん・えるふと)さんにバトンを渡すね。

◇◇◇◇◇

<リネン・エルフト>

「紹介を・・・受けた・・・PMRの・・・リネン・エルフトよ。
私はパートナーのベスティエの・・・助言に従って捜査して・・・みたの。
あのべスティエの言うこと、だけど・・・信じてみたの。
ここから、ちゃんと帰れないと・・・『なんだってー』・・・って、私たち言えなくなっちゃうものね。
まず、私はシェイドの犯行? を目撃したラヴィニアを・・・調べたわ。ラヴィニアは、マジェの犯罪組織、それもアンベール男爵派ではなく・・・ノーマンの派閥の組織とつながりがあったわ。
彼らのたまり場の酒場に…昨日、ラヴィニアは行っているの。その店の個室で……組織のものと会談していたようね。これは…酒場にいた人たちにビールをおごって…ラヴィニアの写真をみせて得た情報よ。
あなたが店にいたところを撮影した防犯ビデオの映像も……このUSBに落としてもらってきたわ。
酒場の人は、あなたが組織の人たちから…金貨のたくさん入った布袋をもらったって……言っていた。
場末のわけありの人たちばかり集まるあんな酒場でも、案外…みんな、人のことをみているものよ。
取引の内容まではわからないけど……ラヴィニアは、ノーマンの組織と関係がある…のね。
私たちPMRが……ノーマン・ゲインに嫌われていても…おかしくはないわ…好かれたくもないけど。
それから、ガーデンの黄色の龍については……ミレイユ、ここからはまたお願いするわね」

◇◇◇◇◇

<ミレイユ・グリシャム>

 裁判長にUSBメモリーを渡すと、リネンさんは席に戻ったんだ。
 リネンさん。お疲れ様だよ。

「リネンさんの話でラヴィニアさんとノーマンを結ぶ線はみえましたね。
そしてニコさんんとノーマンは、弟子と師匠の仲です。ニコさんがノーマンに会うためにマジェで通り魔傷害事件を起こしたのは、みなさんの記憶にも新しいはずです。
ラヴィニアさんとニコさんの背後にいるのはノーマン。
では、そのノーマンの狙いはなにか。ここで黄色の竜がでてくるのです」

 みんなワタシの説明を真剣にきいてるよ。
 ノーマンは目を開けてないけど、きっと、きいてるよね。

「ベスティエさんが探せって教えてくれた黄色の龍は黄龍だと思います。
黄龍は、アジアの民族的信仰に存在する東西南北を守護する四神、青竜、白虎、朱雀、玄武の中心にいるとされる存在です。
ガーデンの四つの棟が四神をあらわしていると考えると、伝承をなぞっているのならば、東西南北の方角に表をむけてたてられた四つの建物の中心になかがあるのではないでしょうか。
私たちPMRはみんなで相談し、調査してここまでたどり着きました。
ノーマン・ゲイン。
あなたの今回の狙いは、ガーデンの中心に眠る黄龍ですね」

「異議あり」

 あれっ。さっきのワタシをマネしてる人がいるよ。
 この声はもしかして。
 やっぱり。

「ニコさん。ワタシの話が間違っているとでも」

「僕とノーマンの関係なんかはこの際どうでもいいや。けどね、黄龍についての解釈は間違っていると思うよ」

「なにが違うんですか」

「ガーデンは時計だからさ。時計をコントロールする竜といえば」

 ニコさんはユーノさんに支えられながら、ワタシの側まででてきたよ。

「ねぇ、ちょっと懐中時計を貸してよ、ユーノ。いつも持ってるやつ」

 渡された時計を手にし、ニコさんは片手で時計の上部についたネジのような部分をいじったの。

「ゼンマイを巻く機能や、時間、日付合わせだったり、時計によって機能はさまざまなんだけど、この突起の部分を竜の頭と書いて竜頭(リューズ)と呼ぶんだ。
金でできてたり、宝石がついてるタイプもある。ミレイユは知ってたかい。
きみらが探してた黄龍は、宝なんかじゃなくて時計(ガーデン)をコントロール、設定する竜頭さ。
そうだよね。ノーマンせんせい」

「…な、なんだってぇ!」

 ワタシは思わず一人で叫んじゃって、ちょっと恥ずかしかったんだよ。

◇◇◇◇◇

<ニコ・オールドワンド>

 ミレイユはなかなかよくやったと思うよ。奮闘賞だね。
 でも、ノーマンの犯罪計画を暴いて、やつに恥をかかせるのは、この僕さ。

「いつまでタヌキ寝入りを続けられるかな、ノーマン。
あなたの背後には僕のパートナーのナイン・ブラックが光学迷彩で姿を消して張りついてる。あなたの生命は僕の手の中にある。それを認識しといたほうがいいよ。
ナイン。そこにいるよね」

「キシャシャシャシャシャ。犯罪王。みえねぇだろうけど、俺はあんたの首筋にさざれ石の短剣を突きつけてるんだぜぃ。
どうだい。さんざんコケにしてきた俺たちにタマを握られた気分はよう」

「はしゃぎすぎるなよ。ナイン。油断禁物だ」

 僕の指示を守って、ナインはノーマンの背中に張りついてる。
 さあ、どうするのかな。犯罪王。

「ニコ。ナイン。あなたちはなにをしているのです。これは、脅迫ではないのですか」

 ユーノは全然、わかってないよね。

「違う。復讐さ。僕はノーマンに利用されて、捨てられたんだ。
彼に僕の成長ぶりを知って欲しいんだ。
あなたがポイしたニコ・オールドワンドはこんなに立派になりましたってね」

「なにを言っているのです。復讐はいけません。ノーマンとて人間です。対話して彼にこれまでの己のあやまちに気づかせるのです」

 それはムリさ。ユーノ。

「ノーマン。それにここにおいでのみなさん。僕の推理をきいてくれないか。いいかい。裁判長、いいよね。ミレイユの説の補足、完全版さ。
ガーデンは時計だよ。
12の塔はインデックス。
4つの棟は針。
でもこの時計は、いまは壊れているか、壊されている。
ガーデン内の時間が行ったり戻ったり、何周もしたりしているのはそのためさ。
ミレイユの予言のような記事、ヴァーナーの創作メモ、死体が消えたり、記憶が飛ぶのも、ガーデン(時計)の故障で突然、時間が飛んだり、戻ったりしているためだと思う。
時計を直されなければ、僕らは時間軸がめちゃくちゃになって、いろんな世界が入り混じっているガーデンの物語から抜け出せないかもしれないね。
ノーマンは、ガーデンの時間を自分の都合のいいように設定しなおして再スタートさせるつもりだと思うよ。
違うかい」

「彼が目を開けましたよ」

 ユーノが教えてくれた。

「久しぶりだな。ニコ・オールドワンドくん。
きみの講釈については、あえてなにも言うまい。お楽しみはこれからなのでね。
私はきみの存在など、ほとんど忘れていたが、きみは私のことをずっと考えていてくれたようなので、その労に報いて、ささやかな情報を与えてやろう。
きみの目についてだが、クロウリが弟子たちと遊び半分で作った魔法薬の中に、自分の心がみえるようになる目薬というものがあったはずだ。
それをさしたものは通常の視覚を失い、視界一面が自分の心の色だけに覆われる。
おそらく、私や、きみの周囲にいるものへの怒り、うらみ、屈折に満ちたきみの心は、外から届くすべての光を拒絶する閉ざされた暗闇の世界なのではないかな。
違っていたらすまないが、いまのきみの瞳の色は、私がいつかみたその薬の実験体たちと同じ気がするのだ」

「彼の言葉を信じる必要はありません」

 ユーノが僕の肩を揺さぶった。
 話を聞きながら、ノーマンの言葉が正解だとわかってしまった僕は。
 僕は、いつもこんな暗い世界を心に抱えて生きていたのか。
 僕はいつからこんな人間になってしまったんだろう。
 目の前にあるのは暗闇ではなく、僕の心の世界。

「ニコ。しっかりしなさい」

 僕は、自分の心の世界の中で光の射す場所を探していた。

◇◇◇◇◇

<ゲドー・ジャドウ>

 だ〜ひゃっはっは!
 俺様がゲドー・ジャドウ様なんだぜぃ。
 ふひゃひゃひゃひゃ! いったん抜けて、やることやって頭を数を揃えて裁判所に戻ってきたわけよ。
 俺様をひどいめにあわせた元凶は、犯罪王ノーマン・ゲインちゃんだよね。なんていっても、犯罪王なんだから、部下たちの責任をとってもらうしかないじゃん。
 俺様たちの集会に乱入して、ふざけた殺戮ショーをみせた犯人も、俺様を殺人犯だと思ってる奴らもゆるせない!!
 復讐してやらないと気がおさまらないよ。
 俺様のパートナーの、外見だけはかわいい少年のジェンド・レイノートちゃんも、悪魔のクセに自称救世主サマで新興宗教の教祖をしてるシメオン・カタストロフも、俺様と気持ちは同じじゃん。

「ゲドーさん。ボクらがいない間に裁判は意外とまともに進行していたみたいだよ。許せないないよね。
こういう平凡でささやかな幸せを感受している人が世界中に一杯いるから、ボクらのところまで幸せがまわってこないんだ。
みんな、みんな、もっと不幸になれば、ボクらのとこにも余った幸せがまわってくるかもしれないのに」

「ジェンドちゃん、ガーデン中からさらってきたこの子たちが俺様たちに幸せをもたらせてくるはずだよ。
シメオン、みなさん、準備はいいね。イチ、二で法廷に乱入するぞ。
シメオン、ドアを蹴破れよな。信者のみなさんは、ド派手に騒いでくださいね。
こわい顔してくださいね。子供も笑ってちゃNGだぞ。
いいね、みんなで行くよ。えいえいおー。
イチ、ニっと」

 総勢三十数名+アルファの大所帯になった俺様たちは、集団のヒステリーのような奇声をあげながら、法廷に流れ込んだ。

「俺たちゃ心教だ。救世主のシメオン・カタストロフ様がガーデンの穢れを浄化しにきたぞ! オラオラオラ」

「ウアラウアラウアラウアラ。シメオン様バンザイ。世界の終りの到来だああああああ」

「うおおおお。悪魔が悪魔がくるぞ。みんなシメオン様の教えに従って魂を清めてもらうんだあ」

 だ〜ひゃっはっは!

 マジェで引っ掛けたシメオンの信者たちはどいつもこいつもタガがハズれてるなぁ。
 景気づけに飲ませたクスリが効きすぎてるのかも。マジェの街頭の薬売りは、得体の知れない薬を強気で売りつけてくるから、こわいよね。
 「お兄さん、これさえ飲めばコワイもんはなんにもなくなりますよ」とかさあ、俺様が飲むわけじゃないから、安くて勢いつきそうなドリンク剤ならなんでもよかったんだけど。
 飲んだやつはどいつも、言動がおかしくなってるな。俺様は飲まなくて正解だったよ。

「我が信徒たちよ。思いのままに自由に生き、ふるまうのが心教の教義なのです。叫ぶがいい、歌うがいい、それが生きる意味なのです」

 シメオンもノリノリで、タンクトップを破り捨てて上半身裸になって信者をあおってる。
 俺様も救世主サマに負けないようにしないといけないな。

「ジェンドちゃん、ここにいるやつらに俺様たちのビックサプライズを宣伝してあげてよ」

「うん。派手派手にみんなに不幸をあげないとね♪ 
みなさーん、こっちをみてくださーい。ほら、この人たちが誰かわかりますかぁ。わかりますよねぇ。あの憎っくきノーマン・ゲインのそっくりさんたちですよ。
ボクらはガーデンをくまなく探して、この子たちを捕まえてきたんです。
さっき、この法廷に死体を持ち込んだのも、子供さんたちの誘拐も、最近のガーデンの怪事件の影で動いているのは、この子たちですよ。みんなでこの子たちを裁きましょう♪」

 ノーマンのニセモノはどいつもまるで抵抗しなかったんで、簡単に捕まえられたんだ。
 ふひゃひゃひゃひゃ!
 十数人のニセノーマンが、ゴスロリドレスでやられるのをおとなしく待ってるぞ。
 犯罪王ノーマンのニセモノを痛ぶりまくってやるからな。
 法廷内の連中も俺様たちの祭りでテンションがあがってきたな。
 そうだ。そうだ。人は不幸が大好きなんだ。誰かひどいめに会うやつがいると、みんな盛り上がるんだよねぇ。

「ゲドーさん。こんなことをしてはいけません。早くartificial rubyたちを安全な場所移しましょう」

 誰だ。俺様のイベントにクレームをつけにきたのは。
 うん。けっこう色男じゃないか。
 気に入らないな。でも、こいつたしか。

「おまえは俺様と同じで被告人になっていたシェイド・クレインちゃんじゃない。
被告人はストレスたまるんだよなぁ。お互い様であんたの気持ちはなんとなくわかるよ。
つまんないこと言わないで、シェイドちゃんもニセノーマンをやっつけちゃえ。こいつら観念してるのか、まるで抵抗しないんだよ。反撃される心配はまったくなし」

「そんな問題ではありません。これはすべて彼の罠です」

「彼って誰」

「本物のノーマン・ゲインです。さっきまでここにいましたが、あなたたちの登場した騒ぎにまぎれて、ラヴィニア・ウェイトリーさんに手引きされてここから逃走しました」

「本物がここにいたの。俺様がいない間に連れてこられたんだな。本物が捕まらないから、ニセモノを集めてきたんだけど。
シェイドちゃん、そんな大物、逃がしちゃだめだろ」

「本物のノーマンはいま、私のパートナーのミレイユとPMRのメンバーが追っています。とにかく、この騒ぎをとめてください」

 そんなこと言われても、もう、すでにニセモノに襲いかかってるやつらもいるし、いまさら、止められないよね。

◇◇◇◇◇

<ナイン・ブラック>

 ラヴィニア・ウェイトリーか。あの女、いきなり襲いかかってきやがった。とっさのことで不意をつかれちまったぜ。チッ。
 ノーマンには逃げられちまうし、ご立派な保護者様は寄ってくるしで、ロクなことがねーや。

「ナイン。あなたはニコを連れだして、いつもこんなムチャをさせているのですか」

「はあーん。ムチャってどんなことでしょうかねぇ。俺にはさっぱり身におぼえがございませんが」

「ああ。あなたはあきらかにニコに悪影響を及ぼしています。自覚しているのですか」

「わかんねぇーな。理解不能だ。こりゃあ、価値感の不一致だな。修正不可能じゃねぇの」

「なぜ、あなたはいつも私の気持ちをわかってくれないのです。私がニコやあなたをどれだけ大事に思っているか」

 それが気持ち悪りぃんだよ、てめぇは。
 結局、自分の好きなように生きてるクセして、ヘンに良い子ちゃんブリやがって吐き気がするぜ。

「おい。ユーノ。ニコはどこにいるんだ。さっきノーマンに言われてから、様子がおかしかったろ。一人にしといていいのかよ。
あんな野郎の言葉なんか真に受けるなんてニコもまだまだ青いよな」

「ニコは、あなたと違って感受性がゆたかな子なんです。ほら、あそこに席に座って、私たちを待っていますよ」

 俺はまだまだ話したそうな偽善バカをおいて、ニコのところへいった。

「相棒。ノーマンも消えちまったし、そろそろ帰んねぇか。俺の声が聞こえてんのか」

「ん」

 ぼんやりとふぬけたような顔で椅子に座ってやがる。
 考えて具合が悪くなるようなことは、考えないほうがいいんだけどなぁ、そこらへんの基本ができてないですかねぇ。

「ウジウジ考えんなよ。医者でも行こうぜ。魔法関係にくわしい医者にみてもらえば、それ、治りそうじゃんか」

「ナイン。ノーマンは」

「魔女に連れられて逃げちまったよ。
いまは、ゲドとか言うやつが連れてきた、やつのニセものたちが公開処刑されてるぜ。
ガーデンの連中もよっぽどたまってんだな。やることが残酷すぎて、俺でさえ、見てらんねぇよ。スプラッターだ。悪趣味だぜ」

「え。ええええ。artificial ruby がいま、ここで処刑されてるの」

「おまえな、耳までやられたのかよ。この異常な盛り上がりっぷりが聞こえねぇか。斬首だの磔だの。
この狭いとこで、あれこれやってんぜ」

「だめだ、それは。artificial ruby は機械式時計には絶対に必要な部品なんだ。
人工ルビーたちが割れたら、時計は動かなくなる。
ノーマンはこういった事態を起こさせたくて、わざと捕まって住民たちの感情を煽ったんじゃないのか」

 んなこと言われてもな、俺にゃどうしようもねぇな。
 保護者さまにでも頼んでみろよ。
 この世の終わりがくるよ、ユーノ、助けて。なんてな。キシャシャシャシャシャ。