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神楽崎春のパン…まつり

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第1章 乙女達の作戦

 半年間、離宮を封印してヴァイシャリーと百合園女学院を守っていたアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は、百合園生にも英雄のように見られ、大切にされていた。
 尤も、彼女のパートナーである神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の存在が大きすぎて、優子と一緒にいる時には陰の薄い娘であることは、今も変わらなかった。
 そんな彼女をひと目見ようと、百合園を訪れるヴァイシャリー市民も少なくは無い。
 ネットでは、彼女の持ち物とされるものが販売されていたり、レプリカが勝手に出回ってしまっている。
 彼女自身から本物を奪おうとする者――彼女自身を狙おうとする者が現れてもおかしくは無い状況だった。
「…………」
 百合園の寮の、優子とアレナの部屋にて。
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は険しい顔つきで、スーツケースの中を見ていた。
「この偽者として売られてました下着」
「何か手掛かりでもありましたか?」
 梱包をしながら、アレナがロザリンドに問いかけた。
「い、いえ。こ、こんなものを着ている人がいるのでしょうか?」
 ロザリンドは顔を赤らめながら、スーツケースの中身を確認していく。
 こんなにあるのだから、普通に売り買いされているものだろう。
「私がこれを着てとか……」
 アレナや皆の存在を忘れ、ロザリンドの脳裏に妄想が膨れ上がっていく。
「あまつさえ校長に、み、見られるとか……いえ」
 ぶんぶんとロザリンドは首を左右に振る。
「そ、そもそも、下着を見せるということは……」
 じたばた。じたばた。じたばた。
 赤くなりながら、ロザリンドは一人で妙な動きをしていた。
「……どうしたんでしょうね?」
「たまにあるんだよ。気にしなくて大丈夫ー」
 不思議そうな顔のアレナに、ロザリンドのパートナーのメリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)がそう答えた。
「終わったら、パン沢山食べられるんだよねー? 楽しみー、頑張ろー!」
「はい。優子さんが作ってくれているはずです。よろしくお願いしますね」
「うん!」
 メリッサは元気に返事をして、梱包の終わった荷物を、廊下の方へ運んでいく。
「い、いけません。きちんとお仕事しませんと。荷物が狙われるかもしれないのですよね」
 ロザリンドも正気に戻って、スーツケースをバタンッと力いっぱい閉じた。……金具が外れたが気にしない。
「そうですよ」
 ロザリンドは真剣な目で百合園の後輩達を見る。
「怪盗や犯罪組織の対処と思われたものが、実はヴァイシャリー全体を巻き込む事件となったように、これも大きな事件の発端なのかもしれません」
「……ロザリー」
 隣でテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が何か言いたそうにしている。構わず、ロザリンドは言葉を続けていく。
「そう、優子さんとアレナさんは、自分自身を使って皆への警告と、尻尾を掴もうとしているのですね。ならば私達もしっかりお手伝いしませんと」
「いや、今回の相手はそこまで考えなくても。色々犯罪だし、それなりの人数いそうだけど、これってそれほど深刻でないような」
「さあ、百合園とヴァイシャリー、そしてシャンバラの為に、頑張りましょう!」
「おーい、聞いてるー?」
 テレサの声はロザリンドに全く届かなかった。
 後輩達と一緒に、ロザリンドはすっごく真剣な顔で荷物をまとめていく。
「ま、いっか。荷物きちんと運べればそれで」
 テレサは説得を諦め、ゴミをゴミ袋に入れていく。……こういうものも欲しがるマニアがいるかもしれないし、ちゃんと処分しないと。
「……ということで、地図を用意してきました。
 ロザリンドが取り出したのは、ヴァイシャリーの詳細な地図だ。
 百合園の寮と、東シャンバラのロイヤルガード宿舎にマークがつけてある。
「出来れば、見晴らしいい大通りを中心に、複数人で移動が安全でしょうか?」
「そうですね。皆一緒なら、盗るのは無理だと思いますし」
 アレナの言葉にうなづいて、ロザリンドは言葉を続ける。
「ただ、その場合は戦闘になれば街の人も危険になりそうですね。ですから、敵が身を潜めてそうな場所を見て回って、事前に封殺をしないといけませんね」
「んーと、ここにね、隠れられる場所あるよー。こっちは抜け道があるー」
 メリッサが背伸びして地図を眺めて指を差した。かくれんぼをしたり、急いでいる時に使う、内緒の抜け道だ。
「ありがとうございます。注意しておきましょう」
「うん、悪い人がいたら、私もちゃんとめってするんだー」
 メリッサは鏡の前で『めっ』の練習もしておく。一生懸命だけれど、とっても可愛らしい『めっ』だ。
「おっ、これなんか私も着れそう?」
 テレサが優子の夏服を広げる。
 ローライズのショートパンツに、短いタンクトップ。海で着るような服だ。
「優子副団長ってこんな服着るんだ〜ちょっと意外だね〜」
 反応を示したのは、秋月 葵(あきづき・あおい)だ。
「ん? これって下着みえちゃうよね?」
 ショートパンツを見ながら、メリッサが首をかしげる。
「専用の下着を穿けば大丈夫なんですよ」
「そっか。普通じゃない下着を穿くんだねー」
 アレナの説明にメリッサは納得して、荷造りを続けていく。
 その専用の下着らしきものは、ここにはなく。優子の下着類も全て数ヶ月前に自分で宿舎の方に運んだようだった。
「んー、でもどうして人の下着とか欲しがるんだろ?」
 葵が小首を傾げる。
「どうしてでしょうね……」
 アレナも首をかしげて考えるが、変態さんの気持ちは2人にはさっぱり分からなかった。
「んーと、でも対策を立てないとね。ダミーのダンボールを沢山用意して、優子副団長と仲の良い人物が囮となって運んじゃうっていうのはどうかな?」
「本物はどうしましょう?」
「本物の荷物が入った段ボールは、校門で待つ確実に信頼が出来る人物……【ディテクトエビル】とか反応のない人に運んでもらうの♪」
 葵はそう言って笑みを浮かべる。なんとなく、ディテクトエビルで感知できそうな気がする!
「そうですね。変なこと考えてない人にお願いすれば、大丈夫ですよね」
 葵とアレナは微笑み合って、ダミーのダンボールを用意していく。
「イングリットね〜。こんなこともあろうかと密かに用意してみたんだにゃー」
 葵のパートナーのイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)は、ダンボールを1箱葵とアレナの間に下ろした。
「えっと……グリちゃん? その中身は何が入っているのかなぁ?」
 ちょっと不安になって、葵が『あおいちゃんに教えて?』と首をかしげて、イングリットに尋ねる。
「にゃにゃーん」
 イングリットは得意げに箱を開けてみせた。
「こ、これって……」
 葵は目をぱちくり。
 箱の中には、中身は、イングリットが下着代わりにもしているスクール水着が乱雑に入っている。
 それだけではなく、葵の古着も!
「あまり解決になってないんじゃ……いや、あたし困るんですけど……」
「でもここにおいていくわけにいきませんし、アレナさんの服と同じように注意して運びましょう」
「うん。囮も本気で頑張らないとね」
 ロザリンドがガムテープを葵に差出し、葵は自分の服も詰められたダンボールを厳重に塞いでいくのだった。
「それじゃ、運ぶよー。一応補強もしておくね」
 制服姿のレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が部屋に顔を出す。
「お願いします」
 ロザリンドはレキにダンボール、そして危険区を色塗りした地図を渡した後。
 運搬の為に集まった百合園の生徒や、室内にいる皆に真剣な目を向ける。
「皆さん、相手はどのような組織なのかまだ不明です。命を一番大事にお願いします」
「……う、うん」
 あ、あれ? そんなに危険な仕事だったっけ? と思いながらもレキはロザリンドの迫力に押されて、素直にうなづいた。
 下級生からも「はいっ」という緊張した声が発せられる。
「ロザリー……ううん、いいや。さあいこー」
 テレサが椅子を持ち上げる。
「うん、いこー。美味しいパンも待ってるぞー♪」
 メリッサももう1脚の椅子をうんしょっと持ち上げて、テレサと一緒に外に向かう。
「それでは私も見回り兼配送に向かいます」
 ロザリンドも厳しい顔つきで、颯爽と部屋から出て行った。