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春は試練の雪だるま

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春は試練の雪だるま

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                              ☆


 それはそれとして、秋月 葵や久世 沙幸の言葉通り、街には多くの独身貴族評議会のメンバーが暴れていた。
「だからってどうしてボクが襲われるんですかーっ!!」
 非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は、ぼやきながら走っている。
 いつもは地元にこもりがちな近遠は、たまにはツァンダまで買い出しに来るのも悪くないと、パートナー達と共にやってきたのだが。
「うるさーいっ!! お前さっき女の子を三人も連れて歩いてたじゃないかーっ!! 許さんぞーっ!!」
 近遠の後ろから数人の茶色タイツ男が追いすがる。
 茶色のタイツ男は独身貴族評議会の内部組織、『チョコレイト・クルセイダー』の生き残りである。

「こ、来ないで下さいよーっ!!」
 もともと色素欠乏気味で、日差しに弱かった近遠は、全くというほど運動に向いていない。パラミタに来るために『契約』をしてやっと一般人レベルで普通に動けるのだから、大した腕ではないとはいえコントラクターも混ざっている評議会の連中相手ではいささか分が悪い。
「助けてーっ!!」
 苦し紛れに後ろ向きにサンダーブラストを放つと、数人の茶タイツ男にヒットするが、それがかえって相手の怒りに火をつけることになってしまった。
「お、おのれーっ!!」
 その隙に路地へと逃げ込んだ近遠。だが、そこは慣れない街のこと――逃げ込んだ先は、袋小路だった。
「そ、そんな……」

「ふっふっふ……もう逃げられないぞ、雷に倒れた仲間の敵、ここで討たせてもらう!!」
 近遠を追いかけているうちに何か別なスイッチでも入ったのだろうか、その茶タイツはブロードソードを引き抜くと、近遠へと向かってくる。
「ひ、ひぃ――!!」
 近遠の近接戦闘はからっきしダメだ。一撃目は辛うじて避けるが、その拍子に転倒してしまった。
「ふふふ……覚悟――!!」
 逆手に突き出されたブロードソード。目をつぶってしまった近遠が、一瞬先に目にした物は、その凶刃を寸前で弾いた雪玉だった。

「雪だるマー、装着でスノー!!」
 ウィンターの分身が叫ぶと、近遠を守った雪玉が雪だるマーに変形し、近遠に装着されて身体の各所を守ってくれる。
 その一瞬の隙をついて、近遠のパートナー、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)がバニッシュを撃ち、茶タイツの視界を奪った。
「近遠さん、やっと見つけましたわ!!」
「うわっ!?」
 続いてユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が茶タイツにサンダーブラストを放つ。
「近遠ちゃん!!」
「ぎゃあああぁぁぁっ!!」
 そして、イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が飛び込み、手にしたバスタードソードで次々に茶タイツ達の武器を落として無力化していった。
「一人相手に集団でかかるなど、恥を知れっ!!!」
「わあああぁぁぁーっ!!」

 とりあえず安全が確保された近遠、自分に装着された雪だるマーを眺めて、怪我がないことを知る。
「危なかったでスノー。何とかなったでスノー」
 現れたウィンターの分身が、近遠に話かけた。
「……助かりました……これ、君が?」
 ウィンターはこくりと頷く。
「そうでスノー。はぐれたパートナーがお主を探していたので、一緒に探していたのでスノー」

 その時、表通りから声がして、さらに数人の茶タイツ男がいるのが見えた。

「お、お前ら何をしている!!」
 だが、その足元にユーリカが放ったサンダーブラストが炸裂し、茶タイツ達の足を止めた。
「何をしているはこっちの台詞ですわ!!」
 茶タイツがひるんだその隙に、表通りからその茶タイツ達に攻撃をしかける者があった。
 刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど)である。

「――見つけた!」

 後ろからクレイモアの腹で茶タイツを殴り飛ばした刹那。
 その後ろにはパートナーのセファー・ラジエール(せふぁー・らじえーる)アレット・レオミュール(あれっと・れおみゅーる)がいる。
「さあ、もう逃げられませんよ……観念してぶった斬られなさいな」
 セファーが薄ら笑いを浮かべると、アレットはスカートの裾を押さえつつ涙目で槍を構える。
「ううう……連続無差別スカートめくりなんて……許せない……」
 どうやら、こちらの茶タイツ集団は道行く女性たちのスカートを次々にめくり倒すという迷惑行為を行っていたらしい。
 ツァンダに遊びに来ていた刹那とセファー、アレットの中で、一番胸が大きくて引っ込み思案のアレットが何度もその被害にあったのである。
 いい加減に怒り心頭した刹那が茶タイツ集団を見つけて追い回すうちに姿を見失い、茶タイツ集団を探していたというわけだ。

「いい年してレベルの低いイタズラ……してるんじゃないわよっ」

 静かな怒りを押し殺して、次々と茶タイツ男を星にしていく刹那。
 後ろから奇襲をかけられた茶タイツ男は総崩れになり、その隙に路地側からイグナが切りこんできた。
「どこを見ている、貴公らの相手は我がするっ!!」
「う、うわあああぁぁぁー! 逃げろっ!!」
 数人はその場で倒れるが、茶タイツは散り散りになって逃げて行った。


「――ありがとうございます。おかげで助かりました」
 と、近遠は刹那に礼を言った。
「え? いやあ、礼なんていいわよ。だって元々あなたを助けるために来たんじゃないんだもの。この冬の精霊に人助けを頼まれてね」
 見ると、刹那の足元にもウィンターの姿がある。
「あれ……同じ精霊さんですか?」
 と、近遠は目を丸くした。
 ウィンターは、近遠にも事情を説明する。
 自分が冬の精霊で、分身できること。わけあって人助けをしなくてはならないこと。

「ははぁ……なるほど……それでしたら、ボクたち、この街は不案内なんですよね。買い物も終りましたし……少し街を観光して帰りたいんです。
 よければ、案内してもらえませんか?」
 近遠はウィンターに申し出た。それを二つ返事で了承するウィンター。
「そんなことでいいでスノー? お安い御用でスノー!!」
 それを聞いた刹那も、口を挟んだ。
「それは楽しそう……よければ、あたし達もご一緒していいかしら?」
 その申し出に、アルティアやユーリカも賛同した。
「ええ、大丈夫ですわよ。人数が多いほうが楽しいですものね?」
「うん、あたしも賛成ですわ」
 その二人の頭を撫でて、イグナは微笑んだ。
「まあ、我はこの二人のお守りで忙しいからな、来たければ勝手にするが良い」

「光栄です、お嬢様方」
 ともすれば慇懃に取られない丁寧な仕草で、セファーは頭を下げた。
 一人引っ込み思案なアレットは、もごもごと刹那に口を開く。
「……もぅ……勝手に決めちゃって……皆さんのご迷惑ですよ……?」
 だが、刹那はさほど気にした様子もなく、笑い飛ばした。
「まあ、いいじゃない。あなただってスカートめくられただけで帰るのは嫌でしょ?」

 その言葉に、アレットは顔を真っ赤にしてスカートを抑え、一同が笑い出すのだった。

「くくく……笑っていられるのも今のうち、だぜ……」
 すると、イグナや刹那に叩きのめされた茶タイツ男が、足元で呻いた。
「――何だと――どういうことだ」
 イグナはその男の襟首を掴んで立たせ、男は唇の端をゆがめて笑った。
「へっへっへ……俺達はただの時間稼ぎ……ということよ。遊園地や街中で騒ぎを起こして注意をひきつけるためのな」

 近遠や刹那は知らなかったが、確かに『ブラック・ハート団』や『チョコレイト・クルセイダー』は今までいくつかの事件を引き起こしてきた。
 だが、その根底にはカップルを憎んだりバレンタインを憎んだりという、何らかの目的があった。
 今回はそれがなく、ただカップルに嫌がらせをしたりスカートをめくったり、と行動に一貫性がないのだ。

「何を企んでいらっしゃるんですか? 命があるうちに吐いたほうが身の為でございますよ?」
 イグナに吊り上げられた男に、セファーが告げるも、男は薄ら笑いを浮かべるだけだ。
「へっ……俺達にまでは知らされてねぇよ……ただ、今回は外部から助けを呼んでまでの大仕事だって聞いたぜ……うまく行けば、ところかまわずイチャつくカップル共にひと泡吹かせてやれるぜ……」

「……?」
「ダメだ、気を失った」
 イグナが茶タイツ男を置き、皆の顔を見渡した時。


 確かに、事件は起こった。