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春は試練の雪だるま

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春は試練の雪だるま

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                              ☆


「うう……ひどい目に会ったわい」
 カメリアは、貸し衣装スタジオから出て呟いた。
 何とか緋雨の着せ替え欲求を解消させて解放されるまでに数時間を要し、すでに時間は夕方になろうとしていた。

 そこに、身知った顔を発見する。
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)である。
「なんじゃ、コトノハではないか――浮かない顔をしておるな、どうした?」
 その傍らにはウィンターの分身もいる。人助けがうまくいっていないのだろうか。
 コトノハは、カメリアに今にも泣きだしそうな顔を向けた。

「カメリアさぁ〜……ん。シボラに行きたかったんですよぉ〜」

「シボラって……何じゃ、新しいレストランか何かか」
 カメリアは、シボラを知らなかった。
 まあ、カメリア自身はここ1000年ばかりで生まれた地祇で、ツァンダの山奥から一歩も出ていなかったのだから無理もない。
 ウィンターがそのカメリアに補足する。
「シボラはカナンからさらに東に行ったところにある国でスノー」
 要約するとこうだ。先日、空京大学からシボラに出発する一行へ同行する生徒を募る依頼があった。シボラはまだまだ未開の土地で、前人未踏の密林が広がる危険な土地。
 シボラに行きたがった夜魅はコトノハにねだって応募してみたのだが、あまりにも人数が多くて抽選に漏れてしまった、というわけだ。

「あー、行きたかったなー……シボラ」
 と、頬杖をついた夜魅は呟いた。夜魅は精神的にもまだまだ幼く、一度言い出したら諦めが利かないのも、子供の証ということだろうか。
 戸惑いを隠せないカメリアは、ため息混じりでコトノハに聞いた。
「というか……カナンの向こうって……まだまだ危険なカナンを越えてその向こうに?」
 こくりと頷くコトノハ。
 カメリアは、憮然とした顔の夜魅を優しく諭した。
「まぁ、抽選で漏れてしまったのでは仕方あるまい。というか、今はコトノハも大変な時じゃ。そんな遠くまで行っている場合でもなかろう、ここは我慢じゃな」
 まだ納得しかねる夜魅は、さらに頬を膨らませる。
「そりゃー……そうだけど……さー……でも、行きたかったんだもーん」
 そこに、ウィンターが付け加えた。
「そこで『雪だるマーでシボラに行きたい』と言い出したのでスノー」
 さらに呆れた顔を見せるカメリア。
「おいおい……確かに天候の力を操れる『雪だるマー』は便利なものじゃが、あくまで短時間しか力は出せないのじゃろ? そんな遠くまでいけるわけないじゃろ?」

「だって、行きたかったんだもん、行きたかったんだもん、行きたかったんだもーん!!!」

 ついに夜魅はじたばたと地団駄を踏み始める。
 コレは困ったと、カメリアはコトノハに目をやる。
「お、おいコトノハ……お主も何とか」
 しかし、当のコトノハも夜魅と同じような表情で呟くのだった。
「はぁ……雪だるマーでも無理ですか……」
 それを聞いて盛大に吹き出すカメリア。
「あ、アホかお主は!? お主そろそろ臨月じゃろうが!! そんな遠くまで行ったら下手すると当分は帰ってこられないのじゃぞ!? 向こうで出産するつもりでもあるまいに!?」
 そう、コトノハは妊娠中で、しかも来月には出産しようかという状態なのだ。
 だが、それを聞いてコトノハはさらに憮然とした顔つきになってしまった。

「だって、行きたかったんだもん、行きたかったんだもん、行きたかったんだもーん!!!」
 じたばたじたばた。
「お主が子供かーーーっっっ!!! いいからここで我慢しておけーいっっっ!!!」

 ひたすらに駄々る二人を密林探検アトラクションに放り込んで、カメリアはさらに歩いた。

 へろへろと遊園地の隅を歩くと、カメリアのお供でツァンダに来ていた狐の獣人カガミと、狸の獣人フトリの二人を見つけた。
「なんじゃお主ら……何をしておる?」
「あ、カメリア様。いえ……こちらもちょっと人助けを頼まれまして」
「そうなのデブ」
 その二人が話しているのは、クロス・クロノス(くろす・くろのす)であった。
「あ、カメリアさん。私もウィンターさんに人助けの手伝いを頼まれましたので……せっかくですから遊園地に遊びに来ている孤児院の子供たちに何かできないかと思って来てみたのですが……」

 どうもクロスの話によると、クロセル・ラインツァートやルイ・フリード達が、手品ショーで楽しませている孤児院の子供たちのために夕食を用意しているはずだったのだが、手配した料理人が事故で遅れているとのことだったのだ。

「まぁ、事故って言ってもいつも料理を作ってくれているおばあさんがぎっくり腰だっていう話なんですけれど……」
 とは言うものの、料理を作る者がいなくては、食材もただの材料のままだ。
 クロセルが事前に話をつけてホテルの厨房を借りられることになってはいるものの、料理人までは貸し出せない、という状況だという。
「なるほど、そこで料理をできる人間を探しておる、というわけじゃな」
 と、カメリアはクロスの話を継いだ。クロスもそれに答える。
「そうなんです。せっかくですから私もお料理でお手伝いしようかと……それで、カガミさんとフトリさんにもお願いしようかと思いまして」
 それならば、とカメリアは着物を腕まくりした。
「うむ、ならば儂も手伝うとするかの」
「あ……、カメリアさんは……そうですね、配膳でも手伝っていただければ、と……」
「あれ。今ひょっとして儂、戦力外通告された?」
「いえ……そういうことでは」
「いや確かにそこまで料理が得意なわけではないが……おいクロス何故こっちを見ない。こらカガミにフトリ、おかしかったら笑ったらどうじゃ! 何、肩を震わせておるか、この!!」

 ともあれ、文句を言いながらもクロスとカガミ、フトリと共にホテルに移動するカメリアだった。


                              ☆


「え、いやあの……確かに恋人募集中ですけど……さすがに選ぶ権利は欲しいというか……というかお断り?」
 遊園地にクラスメイトと遊びに来ていた四葉 恋歌は戸惑った。
 現在想い人はいるものの、あわよくば格好いい男子とのエンカウントなども期待しなかったわけではないが、少なくとも全身黒タイツ男とのランデブーを求めていたわけではない。
「まぁまぁ、そう言わずにさぁ。せっかくの遊園地なんだから楽しもうぜ!? 俺達と一緒にさー、付き合ってくれないっていうんならちょっと強引にでも……」
 恋歌は困った。
 見たところ相手は一般人。パラミタに来ている以上、恋歌もコントラクターとしての能力は持っているので、この状況を実力行使で切り抜けられないわけではない。
 だが、襲われているわけでもない相手に実力行使というのも、性格的にやりたくはないのだ。
 さてさてどうしたものか。それとも、いっそのことこの全身黒タイツと一時のアバンチュールを楽しんだらいいのだろうか。
 そんなことを恋歌が考え始めた時、その場に刺すような声が響き渡った。

「ふはははっ!! 困っているようだな、お嬢さん!!」
 近くの街灯の上に乗って意味もなく高い所から現れたのは如月 正悟(きさらぎ・しょうご)。仕方ないのだ、登場するときは高いところからと決まっているのだから。
「はーっはっはっは!! こちらも忘れてもらっちゃあ困るなぁっ!!」
 もう一つの街灯の上から登場したのは木崎 光(きさき・こう)
「とぅっ!!」
 二人は呆然とする恋歌と黒タイツ達の頭上を跳び越して着地し、それぞれの得物を構えた。
 正悟と光、二人の胸元で『独身貴族評議会』の爵位バッジが光る。二人は、以前の事件でそのバッジを入手しており、評議会の中では正式に『独身男爵』の爵位を得ていたのだ。
 今日はどちらもウィンターに人助けの手伝いを頼まれたのだが、偶然男爵バッジを持っているメンバー同士が出会い、この場に乱入したというわけだ。
 正悟は黒タイツ男に告げる。
「貴様!! その黒タイツ、ブラック・ハート団の生き残りだな。我々、独身貴族評議会の目的はあくま世間でいちゃつく迷惑カップル――恋愛に目が眩んで周囲を省みない連中を始末することであって、一般人のご婦人に迷惑をかけることが目的ではない!!
 しかも、努力によって自らをリア充へと昇華させようとするならばまだしも、そのような威圧的ナンパを行なうとは何事か!!」
 光もまた、黒タイツ男に宣言した。
「そうとも、しかも今日は我々評議会の仲間であるウィンター・ウィンターが人助けの手伝いをして欲しいという大変な時に、困っている人を作ってどうすんだこのバカが!!」
 そして、二人の元に現れたウィンターの分身もまた言った。
「そうでスノー! 今日は独身男爵の二人に手伝ってもらうのでスノー!! 邪魔しないで欲しいでスノー!!」

 それを聞いて逆に戸惑う黒タイツ。
「え、あんたら男爵だよな? こっち側の人間じゃねぇの!?
 しかも評議会ってそんなキッチリした組織だったっけ? それに人助けとか意味わかんねぇよ?
 つでに言えばこんなダラダラ非公式コミュニティで仲間意識とか何言ってるんだよ?」

「やかましい、この俺が! 俺達が独身貴族評議会だ!! この場にいるメンバーで一番偉いヤツの言うことを聞けぇぇぇっ!!!」
 たしかに正悟と光の二人は独身男爵、この場においては一般メンバーの黒タイツよりも上役に当たるのだ。
「そういうことだ、貴様の行為は我ら独身貴族評議会の尊厳を破壊する行為!! よって、ここで粛清する!!」
 光の爆炎波が黒タイツのうちの一人を燃やし、正悟のアプソリュート・アキシオンがもう一人の黒タイツを容赦なく叩き伏せた。

「あ……ありがとうございます……?」
 今、自分がどういう立ち位置に立たされているのか分からない恋歌は、それでもとりあえず二人に礼を言った。
「何、礼には及ばない。まあ、今回は我らが同士であるウィンターの人助けのついで、ということだ……。
 だが、ゆめゆめ忘れるな、貴様がまた恋へのトキメキを取り戻した時、我らは再び合い見えることになろう!!」
 正悟と光はよく分からない啖呵を切り、恋歌をその場に置いて走りだした。
 その後を、ウィンターが追う。
「二人ともありがとうでスノー! さっきの恋歌の感謝でまた一つスタンプが進んだでスノー!」
 それを聞いた光は、ニカっと笑ってウィンターの頭を撫でた。
「おっ、良かったじゃねぇか!!」
 正悟もまた、その様子を微笑ましく見守っている。
「そうだな……この前は逮捕された挙句にカツ丼すら食えなかったウィンターが不憫でならん。今日は共に評議会メンバーとして思う存分人助けをするがいいぞ!!」

 ウィンターは、思わぬ仲間の出現に涙腺を緩ませるのだった。
「あ、ありがとうでスノー!! 持つべきものは仲間でスノー!! 渡る世間に鬼はなしでスノー!!」

「へっ! よせよ、照れるじゃねぇか!! さぁて……じゃあ今日は俺様の作戦に付き合ってもらうぜ」
 光はウィンターの頭を撫でながら、正悟に告げた。
「ほう……いい手があるのか? 確かに、さっきはたまたま評議会の面汚しがいたから始末したが……」


「おぅ、任せろよ!! 評議会の理念にも外れず、人助けもできて、評議会の広報活動も勧誘もできる、すげぇ作戦がな!!」


 と、光は胸を張るのだった。