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リアクション
15
「まぁ……素敵な晴れ姿でございますね、オルフェ様」
ローズマリー・アプローズ(ろーずまりー・あぷろーず)の言葉に、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は嬉しそうに破顔した。
「ずっとこういうのに憧れていたのです♪」
姿見に映った自身を見て、再び笑う。
結婚式場の花嫁控え室にて結婚を待つ彼女だが、その格好はウェディングドレスではなくタキシードだった。普段下ろしている銀色の髪も結い上げて、少女というより少年のようないでたちとなっている。
男女逆転結婚式。
それが、今日オルフェリアの挙げる式である。
花嫁の格好をする花婿は恋人のセルマ・アリス(せるま・ありす)だ。彼も今頃着替えているだろう。中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)――通称シャオ――にからかわれて顔を赤くしているかもしれない。それは可愛い。
「早くセルマさんに会いたいのですよー。ねえローズマリー、もう迎えに行ってもいいと思いますか? それとも、まだ早いでしょうか。女性の身支度は時間がかかるといいますしっ」
「ふふ。お部屋の前まで行くことは許されると思いますよ。ですが、その前にひとつよろしいでしょうか?」
「はい?」
立ち止まったオルフェリアへと、ローズマリーが近付いて。
「わたくしからのプレゼントです」
ふわり、青薔薇のブーケを手渡された。
「綺麗……」
「お気に召していただけましたか?」
「とってもなのですよー! 素敵です素敵ですっ」
無邪気にはしゃいで喜ぶと、それはこちらとしても嬉しいですね、とローズマリーが微笑んだ。
「青薔薇の花言葉を向けたかったんです」
「花言葉?」
「はい。青薔薇の花言葉は、『夢叶う』でございます。
お二人の未来に幸多からんことを」
祝福の言葉に、嬉しさやら何やらで頬が熱くなる。
「ありがとうございます」
ぺこり、オルフェリアは丁寧に頭を下げるのだった。
控え室にて。
「…………」
セルマは緊張していた。
結婚式。人生の大舞台。それだけでも十分どきどきだというのに。
――……なんで俺、ウェディングドレス?
花嫁と花婿が入れ替わる、男女逆転結婚式という異色な式でなおさらなのだ。
「まさかセルマの晴れ舞台を見ることになるなんて……。
しかも何故かドレス! いい、いいわ、こーの立派な男の娘!!」
シャオははしゃいで、カメラを構えているし。デジカメとデジタルビデオカメラの二刀流で、写真だビデオだと大忙しである。どうやってシャッターを切っているのか不思議に思ったがシャオだから仕方ない。きっと絶妙な具合で撮れているのだろう。
「一生の宝ね」
「……男の娘が?」
「もちろん。……だけど、純粋に祝福もしてるわよ。おめでとう、セルマ」
祝福の言葉。咄嗟に返事を出せないでいると、じゃあねとシャオは控え室を出て行った。後は披露宴まで参加者列に居るつもりなのだろう。
「ありがとう」
一人残された控え室で、おめでとうという言葉に答えた。
今日、結婚する。
その事実が、改めて愛おしく感じられて。
きゅ、と両の手を握り締めた。自然と口角が上がる。
その時、こんこん、とドアがノックされた。
「セルマさーん。オルフェです。迎えに来ましたですよー」
ドアの向こうから、オルフェリアの声。どうぞ、と言うとドアが開いた。タキシード姿の花嫁が、はにかんで立っている。
「はうあ、セルマさん可愛いのですー!」
と思えば、ウェディングドレス姿のセルマを見て声を高くして満面の笑顔で抱きついてきたり。
「オルフェも。タキシード姿だけど、可愛いよ」
セットされた髪を崩さないよう、ぽんぽんと頭を撫でた。
「今日のオルフェは可愛いよりもかっこいいと言われる方が嬉しいのです!」
「もちろん、かっこいいよ?」
「ふふっ、ありがとうございます」
「でも、俺の前でまで隠そうとしなくていいよ」
手が震えていること、知ってるから。
「……あぁ、ばれちゃいましたね」
少しの間黙ってから、オルフェリアが苦笑した。
「情けないのですよー。緊張しちゃって、手が震えちゃって……しゃんとしてなきゃだめですのに」
「オルフェ……」
「……あの、……セルマ……」
視線を逸らし、オルフェリアがセルマの名前を呼ぶ。呼び捨てだ。初めて、呼び捨てにされた。そのことに気付くと、勝手に顔が赤くなった。逸らされていたオルフェリアの視線が、再びセルマの目を捉える。
「……式場まで、一緒に手を繋いでもらってもいいですか?」
「……うん。一緒に居るよ。手を繋いでいるよ。安心して、ね?」
控え室で抱きついている二人を見て、ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)は口元を押さえた。
結婚式に呼ばれ、セルマもそんなとこまで来ていたなんてと思っていたらこの現状。
――予想以上にらぶらぶだ!
おめでとうの言葉をかけて、少しの軽口でも叩いて緊張をほぐそうと考えていたが、その必要もなさそうである。
――ルーマも大人になったんだね。
そのことが純粋に嬉しくもあるし、寂しくもある。
――お母さんってこんな感じなのかな?
――ワタシ、お母さんなんて歳じゃないけど。
などと考えていたら、セルマがオルフェリアの手を引いて控え室を出てきた。ミリィの姿を見て微笑む。
「ミリィ、そんなところでどうしたの?」
「なんでもないよっ。それにしてもルーマ、キレイだねー。オルフェさんもかっこいいよぅ!」
「か、かっこいいですか? 本当ですか? オルフェは旦那様になれているでしょうか?」
「うんうんっ。かっこいいし、素敵な旦那様だよ!」
「やったー♪」
嬉しそうに笑うオルフェリアに微笑みかけて、ミリィは二人の後ろを歩いた。
今日は、バージンロードを歩くセルマのヴェールを引く役目だ。
しっかりと、二人の歩む道を見ていける。
式が、始まった。
オルフェリアの手を引いて(引かれて)、神父の前まで歩く。
緊張するけれど、二人で一歩一歩、歩みを進めて。
「私セルマ・アリスは、オルフェリア・クインレイナーを私の正当に結婚した妻として受け入れます。
今より後、幸福な時も幸福でない時も、富める時も貧しい時も、病める時もすこやかなる時も、神のきよき御定めに従い、死が私たちの間をへだてるまではあなたを愛しいつくしみ変わらぬことを名誉にかけて宣言いたします」
神父の前では誓いの言葉を。
オルフェリアがセルマの手を取った。薬指に嵌められる結婚指輪。セルマもオルフェリアの手を取り、指輪を嵌めた。
そつなく指輪交換を終え、誓いのキスを済ませ。
賛美歌が紡がれ、オルガンの音色が響く中、歩いてきた道を二人でまた歩く。
式が始まる前にローズマリーからもらったというブーケは投げられ、ゆるく弧を描いたそれはリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)の胸元へと落ちた。
「…………」
リンゼイがセルマを見つめてくる。何かを言うことはない。じっと、黙ったまま。
「あの方が次に幸せになる方なのですね」
オルフェリアの言葉に、そうなってくれたらいいと思った。大切な、妹。
その妹が近付いてきて。
「……結婚、おめでとうございます」
一言だけ言って去っていった。
「……っ」
祝いの言葉を向けられると思っていなかったので、かなりの不意打ちに面食らう。
「セルマさん?」
「嬉しくて」
「オルフェも、セルマさんが嬉しいのは嬉しいです」
にこりと微笑んで、オルフェリア。
「そういえば。披露宴の前に、ミリオンが話があるから来てほしいと言っていたのです」
「ミリオンさんが?」
「はいなのですー。なにやら大切な話だそうです」
「ちょっと行ってくるね。どこ?」
「待合室だそうですー。いってらっしゃいなのですよ」
いってきますと手を振って、待合室に向かう。
リンゼイは、セルマのことが好きではない。
不幸になってしまえばいいとまで思っている。
けれど、今日くらいはそう考えるのを止めていた。
――一応、おめでとうと言えましたし。
――まあ、上出来ですね。
セルマが犯した罪について、咎めることをやめたわけではないけれど。
パラミタに居る唯一の親族として、今日くらいは祝ってあげる。
――それにしても。
「オルフェリアさんが私の義姉さんとなるんですね。なんだか不思議な感じです」
一人先に式場へ戻ってきたオルフェリアへと、リンゼイは声をかけた。
「不思議ですか?」
「はい。……あ、そうだ。オルフェリアさんにまだ言っていませんでしたね。ご結婚、おめでとうございます。兄が何かと迷惑をかけるかもしれませんが、宜しくお願いします」
「迷惑だなんてそんなっ。オルフェこそ至らぬところが多々ありますがよろしくお願いしますなのですよー」
ぺこりぺこりと頭を下げあった。
オルフェリアは、ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)にとって神だった。
全ての判定はオルフェリアを基準にし、全ての行動はオルフェリアのためを思ってとってきた。
けれど、それはどうやらミリオンの一方通行だったらしい。
「わかっています」
それが、オルフェリアを独占したかったミリオンのわがままだったことに。
気付かぬほど、愚かではない。
――なるほど、愚かは幸せです。
だって、気付くと苦しいから。
でも。
「最近あの方は、昔と比べて色々な表情をするようになりました」
セルマと一緒に居るようになって。
「我と居たときには見せなかった表情をするようになりました」
笑い、怒り、泣いて、照れて、幸せそうにして。
「我が独占しようとしては……あの方も我も、前には進めない」
そう、気付けた。
「ですので……セルマ。泣かせたら、許しませんよ」
オルフェリアの幸せを願うから。
「俺もオルフェが大切なんだ。幸せにしたいと思ってる。だから、泣かせたりなんてしませんよ」
もし泣かせたら、と言いかけたけれど、その言葉は必要ないなと思い直した。
だってセルマは、しっかりミリオンを見ている。意思の強い目をしている。
――我の心配は杞憂でしたね。
――……と、こう過保護にしてしまうからいけないのか。
――少し、我も前に進まないと。
「ミリオンさんって、そんな風に笑うこともあるんですね」
「? 我は笑っていましたか」
「はい。なんていうかな……清々しい笑顔でした」
その言葉にふっと笑んで、式場を見た。
「戻りましょうか。花婿……いえ、花嫁? の居ない披露宴なんて華がないですしね」
「そういえばシャオが集合写真を撮ろうって提案してました。ミリオンさんも一緒に写りましょうね」
「我も? ……まぁ、いいですけど」
式場へ向かおうとソファから立ち上がったところで、
「ってー! オルフェリアのとこの青薔薇っ子が倒れた!!」
シャオの声が聞こえてきた。
「……どうやら、それどころじゃないみたいですけどね」
「そのようで」