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リアクション
18
「今日は一日フリーなのか?」
変装擬体で屠・ファムルージュに変装した伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)はマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)に問いかけた。
「はい。亜璃珠様はご友人の模擬結婚式に出席されるそうなので」
「ならゆっくりできるな」
「はい」
藤乃――もとい、現在は屠――とマリカは、付き合っている。
マリカが恥ずかしがるのでそういう主張こそはしないものの、空いた日にはこうして会って、かけがえのない時間を一緒に過ごしていた。
「なんだか今日は正装の人が多いな」
スーツや、派手過ぎないドレスに身を包んだ人とよくすれ違う。
どこかでパーティでもあるのだろうか。横目にドレス姿の人を見て思う。
「ぁ……ジューンブライド、だと思います」
言われて思い出した。確かそんなキャンペーンを行っていたと。
「なるほど、それでか」
「引き出物等もよく見かけますもんね」
ほら、あそこにも。とマリカが指差した店には、『引き出物にもどうぞ』と謳われた焼き菓子が並べられていた。
「結婚式か……」
マリカのウェディングドレス姿を思い浮かべてみた。変じゃないですか。ドレスに着られてないですか。不安そうというか、心配そうというか、そんな顔をすることだろう。
――でも、綺麗なんだろうな。本人の杞憂はよそに。
簡単に想像がついた。くす、とマリカには見られないように笑う。
と、マリカが足を止めた。屠も歩みを止めて、マリカの視線を追う。
マリカが見ていたのは、ショーウィンドウの向こうにあるウェディングドレスだった。
「…………」
じっ、とドレスを見つめるマリカに、
「私たちにはまだ早いものだな」
声をかけてみる。
「あっ。いえ、はい。着るには早すぎる、ことはわかっています。ただ……」
マリカがはにかんだ。
「ただ何となく、幸せなんだろうな、って」
手を伸ばせば届きそうなところにある、幸せの象徴。
目を奪われたのは、歩みを止めたのは、そのためだろうか。
「あ。立ち止まっちゃって、すみませんでした。行きましょう」
歩き出したマリカに、
「いいのか?」
屠は問う。まだ見ていたかったのではなかろうか。ウェディングドレスは女の子の憧れでもある。
「いいんです。あまり見ていても、結婚のこと意識してしまいますし……」
「したくなかったのか」
「……というか、いまいち実感がわかないな、と。意識するのに実感がないって、なんだか怖くないですか」
そういうものなのだろうか。
「不安、なんです」
屠が疑問に思ったことに気付いたらしく、マリカが言った。
「結婚がどういったものか、よくわかりませんが……契りを結ぶのですよ、ね。それが、不安です」
「何故?」
「ぇと……私、地球人でもなければ、ましてシャンバラの者でもありません。ザナドゥ出身の、しがない悪魔です。ぁ、いえ、悪魔のことを悪く言うわけではないです」
上目遣いのマリカの目が、屠をちらりと見た。
「ただ……今以上に、藤……いえ、屠様と深い間柄になることが、もしかすると不幸を招いてしまうのではないかと……」
そんなことは、と反射的に思ったが情勢を思い出して口をつぐむ。
「ザナドゥとシャンバラの間では戦争が起ころうとしていますし……。いつか、引き裂かれてしまうのではないかって……そんな関係を、屠様が許容してくれるのか……そんな不安も、あります」
そこまで言ってから、マリカがすみません、と謝った。
「折角のデートなのに、気分を暗くさせるようなことを言ってしまいました」
申し訳なさそうに言う彼女の手を掴んだ。
「……屠様?」
「マリカは私のことが好きか?」
「……ふえ?」
唐突な質問に、マリカが気の抜けた声を出す。
「どうなのだ」
「は、いえ、あの………………好き、です」
「ならば良い」
「……?」
話の流れがわからない、と言うようにマリカが首を傾げた。
「例えどんな種族、人種、性別、立場、状況であろうと、恋も愛も結婚も当人達の自由だと私は思う」
握った手を、引いた。マリカを抱きしめる。
「ぁ、わっ……屠様……っ?」
「私はマリカが好きだ。マリカも私が好きだ。ならば私たちはその想いを大切にしていれば良い。周りのことに振り回されると待っているのは悲劇だけだ。ロミオとジュリエット然り、な」
「……状況とか、違いませんか?」
「水を差すな。言いたいことはわかるだろう?」
「わかりますけど」
好きだからそれでいい。
他の誰かが、何かが止めることは許さないし許されない。
「そういうことだ」
「……ですか」
きゅ、とマリカの手が屠の服を掴む。
「私……は。いろいろと、気にしてしまいますが……でも、こうして、私を引っ張りあげてくれる人が居るから……」
恥ずかしげに伏せられていた目が、屠の目を見る。
「屠様の温かさがあれば、私は、大丈夫かもしれません」
「ああ。引っ張ってやる」
マリカの髪の毛を梳くように撫でて、約束、と。
*...***...*
「ちょっと試しにやってみませんか?」
発端は、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)のその一言。
「ボクと? や、でもこれは……」
大きな瞳を丸くして、桜井 静香(さくらい・しずか)はロザリンドの出した結婚式場のパンフレットを見つめた。
「まだ早いんじゃないかな……?」
「あ、違います違いますっ。こっちですっ」
ロザリンドがページをめくる。
『結婚式にはまだ早い、そんな恋人たちへ』。
そう銘打たれてたパンフレットの一ページ。模擬結婚式、とも書かれている。
確かに、自分たちに結婚式はまだ早い。
けれどまあ、模擬なら。
「面白そうだね」
「じゃあ、」
肯定的な返事をすると、ロザリンドの表情がぱぁっと明るくなった。
「やってみようか」
「はいっ」
話し合いの末、一番オーソドックスなプランで体験することになった。
珍しい演出も、特別なオプションもない、ごく普通の式。
ただそれが、自分たちには似合うのではないかって。
着替えを終えたロザリンドは、静香の控え室に向かった。
「静香さん……その格好」
そしてそこで見た静香の格好に、思わず声を上げる。
「……これ、渡されちゃったんだもん……」
ボク、違うのに。涙さえ浮かべそうな表情で、静香がウェディングドレスの裾を軽く引っ張った。
ロザリンドの着るマーメイドラインのドレスとは違って、裾が大きく広がったスタンダードなドレス姿の静香は、
「とっても。とっっっても可愛いです、静香さん」
手を握って、そう真剣に言ってしまうほど、可愛い。
「なので自信を持ってください」
「何に自信を持つの。……あの、ロザリンドさんも、可愛い……よ?」
「え」
「そのドレス、似合ってる」
「あ……りがとう、ございます」
褒められて、顔が赤くなった。つられたように静香の頬も赤く染まる。
「し、式始まっちゃうね! 行こうっ」
「は、はいっ」
静香に促される形で、ロザリンドは式場へ向かう。
バージンロードを歩く。
参列者の中には、真口 悠希(まぐち・ゆき)や崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)をはじめとした友人の姿があった。静香と模擬結婚式をすると伝えたら、模擬でも結婚式だからと祝福しに来てくれたのだ。
――ありがとうございます。
心の中でお礼を言って、一歩一歩、静香と共に歩んでいく。
今までに、色々なことがあった。
みんなの迷惑になっていないか、悩んだり怯えたりした。
自分に自信が持てなくて、自暴自棄になったこともあった。
それでも、自分の出せる全ての力を以ってして動いた。
静香のために戦ったり。
大切な友人たちのために戦ったり。
キッチンを戦場にして、苦手な料理とも向き合ったり。
その結果、自信が……ついたかどうかはさておいて。
怯えたり、逃げたり、そういう弱い心とはさよならできた。
時には、支えてもらったり。
静香に甘えさせてもらったり。
頼ることを、覚えもした。
この先、静香との関係すらどうなるかわからないけれど。
このまま、共に歩んでいきたいと。
そのために頑張っていきたいと、心から思う。
「ロザリンド・セリナさん。あなたはこの女性を愛し、慰め、敬い、支え、両人の命のある限り、一切、他に心を移さず、この女性の伴侶として身を保ちますか」
「はい、誓います」
誓いの言葉にも頷いて。
「静香さん」
「はいっ?」
「私、これからも静香さんを愛します」
「ふぇっ」
「そして、愛されるよう、努力もしていきます」
よろしくお願いします、と微笑むと、
「こ……こちらこそっ」
唐突な告白に顔を赤くしながら、静香が言ってくれた。
――幸せ、だなぁ。
隣に静香が居ることが。
自分に笑顔を向けてくれることが。
何よりも幸せだと、思う。