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49


「お盆に、死んだ人に会えるかもしれないんだって」
 そう水神 樹(みなかみ・いつき)に言われたとき、カジカ・メニスディア(かじか・めにすでぃあ)が考えたのは親友であるアキト・ヴィンダルのことだった。
 六年前に死んだ、今自分が左耳につけているカフスの持ち主だった狼の獣人。
「会いたい人が居るんだね」
 樹の言葉に小さく頷く。
 わかった、と言って、樹がなにやら準備を始めた。死者に会うにも準備は必要らしい。それもそうだと思いながら、カジカは過去に思いを馳せた。
 アキトに出会ったのは、彼が住む集落でだった。カジカが旅の途中にふらりと立ち寄ったその場所で、妙に意気投合したのだ。
 カジカはしばらくの間集落に留まり、時間さえあればアキトと一緒に居た。
 自分が彼に淡い想いを抱いていることに気付いたけれど、ついぞ伝えることはなく。
 結局アキトは、カジカの目の前で死んだ。
 守りたかったのに、守ることもできずに。
「…………」
「カジカ。準備、できたよ」
 無意識に拳を握り締めたとき、樹に声をかけられた。拳を解く。
「私は屋台を巡ってくるね。良い時間を」
 言って、樹が去っていく。
 樹には会いたい人はいないのだろうか。
 そんなことを考えたが、問う間もなく離れていってしまった。
 少しして。
「や、久しぶり」
 懐かしい声が、した。
「……アキト」
 少し離れた場所に軽く微笑んだアキトが居る。カジカは性急に歩み寄った。
「わ。どうしたの、そんな顔して」
「……いや、……アキトだな、と思って」
「うん? 僕は僕だよ」
「わかってる」
 ただ、言われたように久しぶりだったから。
 それに何より会えたことが嬉しくて。
「ずいぶんと成長したね」
「六年経てば、否応なく変わる」
「そっか。もう六年か……」
 アキトがどこか遠くを見るような目をした。そのままどこかへ行ってしまいそうに思えて、カジカはアキトの手を握る。
 ふわりとアキトが微笑んで、
「……ねえ、聞かせてよきみのこと。どんな道を歩んできたの?」
 問うてきた。
「長くなる」
「いいよ。教えて」
 ならば、と話し始めた。
 樹と契約したことや、様々な冒険のこと。何気ない日常の話。
 他愛ない話に花が咲き、時に笑わせもして。
「……すまなかった」
 話が一段落したとき、カジカは謝罪の言葉を口にした。
「? 何のこと?」
 きょとんとした顔のアキトをぎゅっと抱きしめる。
「……カジカ?」
「オレが遅くなったからあんたを守れなかった。だからあんたは死んでしまった」
 そのことがずっと、苦しくて。
 どうしてもっと早く行けなかったのか、どうして守りきれなかったのか。
 アキトが望まないだろうとわかっていても、自分を責めてきた。
「気にしないで……っていうのは無理だろうけど。あまり過去に捕らわれてほしくないな、僕は」
「……無理だ。だってオレは、あんたのことが……」
 好きだったんだ。
 言おうとしたが、「だめだよ」とアキトの声に遮られた。
「過去に捕らわれないで、って言ったでしょう? ちゃんと前を見て生きて」
「でも……っ」
「たまに僕を思い出してくれたらそれでいいんだ。僕はね、カジカに幸せになってほしい。……それは、死者である僕じゃ叶えられない」
「……っ」
 何も、言えなかった。
 するりとアキトが腕の中から抜けて行って、
「約束だよ。幸せになってね」
 微笑み、去っていった。
 去り際に見えた笑みがひどく寂しそうに見えたけれど、呼び止めることもできず。
 彼が居ない場所で独り、カジカはカフスに手を伸ばした。
 預かるだけだったカフスが形見となってしまって以来ずっと身に着けていたけれど。
 ――『過去に捕らわれないで』。
「…………」
 彼の言葉を思い出し、取り外した。
 手のひらのそれを見つめていたら、自然と涙が零れてきて。
 しばらくの間、静かに涙を流し続けた。