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【空京万博】子猫と子犬のお散歩日記

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【空京万博】子猫と子犬のお散歩日記
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第2章 わんにゃん日和

「サクラコの奴、どこに行ったんだ?」
 シャンバラの伝統パビリオン内にある、「獣人族の神話と歴史」の展示を訪ねた白砂 司(しらすな・つかさ)だったが、主催者であるはずの、パートナーのサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の姿は何処にもなかった。
 サクラコは食欲魔人で食道楽。
 自分も食べることは嫌いではないため、一緒に飯を食おうと誘いに来たのだけれど。
「美味そうなパラミタの地方料理を扱ってる場所、見つけたんだけどな〜」
 見回しても、少し待ってみても、サクラコは現れなかった。
「1人で行くか」
「くぅーん」
「ん?」
 立ち去ろうとした司だが、展示の周りをうろうろしていた『金色の犬』がちょこちょこついてくる。
「グルルルル……」
 途端、共に歩いていたポチ――長毛種の狼が、軽く唸り声を上げて、警戒をする。
「どうした? 子犬相手に。行くぞ」
 ポチと一緒に司は地方料理を扱っている展示に向かって歩き出す、が。
「くーん、わんわんっ。わんわん……!」
 やっぱり金色の子犬が後からついてくる。なんだか、動揺しているようだった。
「首輪してるな? 飼い犬か〜。ここで主人待ってなきゃダメだぞ」
 相手にせず、司はそのまま行ってしまおうとする。
「わうん!」
 金色の犬は、突然ジャンプをして、ポチの背に乗っかった。
 ポチはわずかに抵抗するものの、犬が吠え声を上げると静かになる。
「……なんか、可愛らしいな、オイ」
 苦笑しつつ、まあいいかと司は一緒に食事を食べに向かうことにした。

「わん、わんわんわんわん!」
「ん? 煩いぞ。他の客の迷惑だ」
 フードスペースで食事にしようとした司だが、先ほどの金色の犬がしつこく何やら迫ってくる。
「そうか、お前もお腹が空いてるのか……とはいえ、犬に人間の料理はいかん。獣使いとしてそれは見過ごせんからな」
 言って、鞄の中から袋を取り出して、開いて広げた。
「ポチのエサだが、食っていいぞ。……どうした?」
「くぅー……ん」
 金色の犬は、なんだかものすごく寂しそうな目をしている。
「人間の料理はダメ! それは絶対譲れん」
 厳しく言うと、観念したのか、金色の犬はドッグフードを食べ始めた。
「……こうして見ていると、可愛いじゃないか」
 餌を食べている金色の犬はとても可愛らしく見えた。
「首輪もついているし、毛並みも綺麗なものだ。……サクラコもこれくらい大人しくしていれば、婿の貰い手もあるだろうに……」
 そう呟いた途端。
「バウッ!」
 子犬が大きな声を上げた。

「わん……わん?(ああ、お腹が好きすぎていて、こんなものが美味しく感じるなんて……)」
 金色の犬――そう、間違って犬に変身してしまったサクラコは、しぶしぶドッグフードを食べていた。
「くぅーん、くん……(司君をハメようと思って用意したのに、間違って自分で飲んでしまうなんて……)」
 栄養ドリンクと間違えて動物になる薬を飲んでしまったのだ。
 サクラコは三毛猫の獣人。
 なのに、犬に変身してしまった。それは彼女にとって衝撃的であり、しばらく動揺してしまった。
 必死に司にアピールしたつもりだが、全くさっぱり気づいてくれない。鈍感すぎる! 相変わらずのニブチンだ。
「わうー(ふう、お腹いっぱい……って、これでは戻ってもごはんが食べられないじゃないですか)」
 けしょんっと。
 サクラコ犬はぽちの上に飛び乗ってつっぷした。
「どうした? 好みじゃなかったか? 後で子犬用のドッグフード買ってやるからな」
「くぅーん……(いりません。地方料理食べたいですーーーー……)」
 情けない声で鳴く金色の犬を、司は「そうかそうか」と言いながら、撫でてあげるのだった。
 勿論彼女の気持ちは全く伝わっていないけれど。

○     ○     ○


「ママ、ママー! らいおんらいおんー!!」
 子供が若い母親の手をぐいぐい引っ張っている。
「わー、可愛らしいライオンさんね」
 子供と一緒に近づいてきた母親は、子供と一緒に腰を落として、ライオン――ライオンカットにしてもらって、尻尾を振っているサモエドのリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)を眺める。
「ワウ」
 リアトリス犬の隣には、パートナーのスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)の姿があった。
 彼は元々獣人であり、今はオオカミの姿をしている……が、犬と思われているだろう。
「この子はニホンオオカミのスプリングロンド君。ライオンカットのリイアちゃんの育てのパパなんだよ」
 受付のスタッフがスプリングロンドと、リアトリスのことを、そう説明する。
「え、おおかみ? おおかみとらいおん? おーかみのんと、すぷ……なんだっけ?」
 子供が母親の顔を見る。
「ええと……プリンちゃん。でいいかな、うん」
 母親も覚えられなかったらしい!
「うん、おおかみのプリンちゃんと、らいおんのリイアちゃん! あそぼ、あそぼー!」
「それじゃ、少しだけね。お借りいたします」
 母親が受付でサインをして、ペットの2人を借り受ける。母親には、スプリングロンドが獣人だと分かっていた。だから、安心して子供を任せることにした。
「わーい」
 早速子供は、リアトリス犬のリードを受け取って、走り出す。
 スプリングロンドは超感覚で警戒をしながら、子供の傍を歩く。スプリングロンドの歩行速度と、子供とリアトリス犬の走る速さは同じくらいだ。
 母親も見守りながら後ろからついてきている。

「わう……(暑い、暑すぎる……地面と近いとこんなにも暑いものなのか)
 リアトリスは暑さに弱いため、先ほどまで水をがば飲みしていた。
 元々残暑の暑さにやられてバテ気味だったのだが、空京万博成功の為に尽くしている。
 とはいえ、犬になったのは、栄養ドリンクと間違って動物化の薬を飲んでしまったからだけど。
「しかし、まさか子連れ狼になるとはな」
 はしゃぐ子供と、走るリアトリスを見ながら、スプリングロンドは笑みを浮かべる。
「ワン!(こっちもまさかだよ!)」
 リアトリス犬のそんな答えに、スプリングロンドはますます可笑しくなる。
「リイアちゃん、お水あそびする? プリンちゃん、もいっしょ!」
 噴水の前で立ち止まって、子供は水をぱしゃばしゃとリアトリス犬にかける。
「ワン、キュゥン!(冷たいっ。でも気持ちいい〜!)」
「つめたい? つめたい? やりすぎちゃった? ごめんね」
 沢山水をかけた後、子供は反省したのかリアトリス犬の傍にしゃがんで、いいこいいこと頭を撫でていく。
「キュゥン、キュゥン(平気平気、でも水遊びはほどほどにしないと服がぬれちゃうよ)」
 リアトリス犬は可愛らしい声を上げた後、少しだけリードを引っ張って、子供を別の場所へと誘う。
「あっちいくの? プリンちゃんもいこーね」
 子供はまた、パタパタと走り出す。

 散々走り回って、遊んだあとで。
 スプリングロンドは上手く誘導して、案内所の方へと戻って来た。
「プリンちゃん、おりこうさん。かえるところおぼえてたー」
 子供が小さな手で、スプリングロンドの頭を撫でる。
 スプリングロンドは目を細めて嬉しそうな表情をし、しっぽを振って喜びを表す。
「リイアちゃん、ありがとね。うんと、うんと……ママー!」
 リードをスタッフに返した後、子供は母親に走り寄って足にぎゅっと抱きつく。
「リイアちゃんたち、おうちにつれてったらだめ? だめ?」
「リイアちゃん達は、万博のみんなのペットなのよ。一人占めしたら皆が楽しめなくなっちゃうでしょ?」
 そんなふうに、母親は子供をなだめていく。
 子供はしばらく駄々をこねていたけれど、また会えると言い聞かせられて。
「またね、またあそぼーね! やくそく〜っ」
 リアトリス犬とスプリングロンドを沢山沢山撫でた後、母親と一緒に帰ることに。
「わんわん!(またねー。また遊ぼー)」
 リアトリスはおすわりをして、右前足を高く上げて、バイバイをして見送る。
 子供は何度何度も振り向いていた……。
「わん! キャン!(水、水、水〜っ)」
 見えなくなった途端、リアトリスは甲高く鳴きながら、スタッフルームへ駆け込む。
 その後は、薬の効果が切れるまで、部屋から出てはこなかった。

 人間に戻った際。
 髪型には大きな変化はなかったが「わん!」「キャン!」の鳴き癖がついてしまったという。

○     ○     ○


「クナイ……?」
 パラミタのパビリオンの中で、清泉 北都(いずみ・ほくと)は、パートナーのクナイ・アヤシ(くない・あやし)と逸れてしまった。
「ついさっきまで、隣にいたのに」
 彼の姿はどこにもない。
「にゃ〜」
 ただ、足元にはロシアンブルーの上品な子猫がいる。
 クナイは他のパートナーと違い、方向音痴ではないし、携帯電話も持っている。
 そのうち合流できるだろうと思って、北都は、一人歩き出した。
「にゃ〜ん」
 子猫はちょこちょことついてきている。
 存在には気づいていたけれど……。
 北都は、動物に自分から触れるようなことはしない。
 愛を知らないから。
 自分が手を伸ばしても、避けられるのではないかと考えて。
 今まで、自分から触れるようなことはなかった。
 だけれど、その子猫は。
 背を向けて、普通の速度であるいても。
 鳴き声に反応を示さなくても。
 ちょこちょこと、北都についてくる。
(後を追ってきているってことは嫌われてないってこと、だよね)
 そう思って。
 思い切って、北都は立ち止まり、振り返って子猫に目を向けた。
 そうしたら。
 子猫も立ち止まり、じっと見つめてきた。
 更に北都に近づいて、身を寄せて撫でてとばかりに可愛らしい鳴き声をあげる。
 北都もしゃがんで、子猫と目を合わせて。
 手を、伸ばした。子猫は逃げなかった。
 そっと、そおっと、北都は子猫を撫でてみる。
「にゃ〜、にゃ〜」
 子猫は嬉しそうな声を上げた。
「えっと……」
 戸惑いながら、北都はゆっくりゆっくり子猫を撫でて。
 時間をかけて、子猫と仲良くなっていく。
 体全体を両手で撫でられるようになるまで、かなりの時間を要した。
 決して逃げようとせず、可愛らしい仕草と、声で喜んでくれている子猫を。
 ようやく北都は抱き上げた。
「もふもふだ……っ」
 頬ずりして、その心地良さに感激。
「ここは人も動物も多いから、外に行こうか」
「にゃーん」
 北都は子猫の頭を撫でながら、外へと連れ出した――。

 木漏れ日の下で。
 芝生の上に腰かけて、北都は子猫を膝の上に乗せていた。
 猫用の食べ物を少しずつ与えて。
 食べる姿や。
 甘えて自分の顔を舐めてきたり。
 抱きついてくるそんな猫の姿に、ときめきを感じていく。
 ぎゅっとぎゅっとぎゅーっと抱きしめたくなってしまう。
「この仔の飼い主って、この近くにいるのかな?」
 首輪がついているから、飼い猫のようではあるけれど……。
 パビリオンの中で、捨て猫の紹介が行われているという話だから、そこから飛び出してきた子猫の可能性もある。
「もし、捨て仔だったら、寮で飼えないか、後でラドゥ様に訊きに行こう」
 優しく優しく撫でながら、北都は呟いていく。
「その前に、クナイにも訊いた方がいいよね。……クナイ、どこかな?」
 見回してみるけれど、彼の姿はなく電話もつながらない。
「早くもどってくるといいのに」
 言いながら、また猫の身体を撫でていく。
「にゃーん……っ」
 子猫は気持ちよさそうに、嬉しそうな声を上げて北都の膝の上で丸まった。

 長時間そうしていて。
 さすがにそろそろ帰らなきゃいけないかなと思った時。
 北都は膝に重みを感じていく。
「……え……」
 しばらく唖然とするより他なかった。
 可愛い可愛い子猫が――パートナーのクナイの姿に変わっていったのだから。
「変わった薬を譲り受けまして、こんなことに」
 人の姿に戻ったクナイの説明は北都の耳に入ってこなかった。
「か、帰ろう……」
 立ち上がると、思い切り目を逸らして。
 北都は会場入り口の方へと歩き出す。
「そうですね、そろそろ帰りましょう」
 くすりと、クナイはナイショで笑みを浮かべる。
 数時間、北都に世話をしてもらって、思ったのは――。
(動物相手の時の目は、穏やかで慈しみで溢れていましたね。こんな表情を昶には見せていたのかと思うと嫉妬してしまいますね)
 そう思いながら、彼の後に続き。隣へと並ぶ。
(今日は、その顔も仕草も独り占めできて……満足です)
 話しかけようと、クナイは北都を見るけれど。
 北都は露骨に顔をそむける。ほんのりと照れているようだった。
(でもしばらくは、まともに会話していただけないのでしょうか?)
 だけれど、その僅かに照れた横顔もまた、愛おしくて。
 クナイにとって、今日は素敵な一日となった。