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ユールの祭日

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●●● Swordsman


『言われなくても振るうつもりなのでご安心を。
 そんな安い栄誉の為に参加する気は更々無い。
 ただ英霊を見せ物が如き催しで愉しむ貴方の思い通りにしたくないだけだ』

これは珠代が受け取ったお手紙である。
差出人は富永 佐那(とみなが・さな)


話は数日前に遡る。

珠代が諸英霊に出した手紙は、佐那のところにも届いていた。
佐那は足利 義輝(あしかが・よしてる)加藤 清正(かとう・きよまさ)立花 宗茂(たちばな・むねしげ)と、少なくとも三騎もの英霊と契約を果たしていた。

いずれも勇将、猛将であり、手紙が届いたことは問題ない。
問題はその文面であった。

「まったく、失礼しちゃうよね!
 うちの公方様に『〜奮われるとよい』とか上から目線過ぎでしょ・
 来て下さいくらい言えないのかってーの。

 一応、珠代とかいう失礼な人にも鼻白んで貰う為にお返事も書いて送るかな〜」

というわけで、佐那はご丁寧にも返信したのであった。
この手紙を受け取った珠代の反応は、ご想像にお任せする。


さて次の問題は、三騎いずれの英霊が出場するかということである。
加藤 清正は虎殺しで知られる無双の武将で、英霊の中でも屈指の槍の使い手だ。
立花 宗茂は文武両道兼ね備え、蹴鞠や連歌などをたしなみ、主君には義理を立て領民からは名君として慕われていたという。

だが三名が合議の末に選んだのは室町幕府第十三代征夷大将軍、足利 義輝であった。


「気軽に手合わせしてくるよ」
後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)は眠そうな目をこすりながら、槍を担いで出ていった。

その気楽な様子を見ても、パートナーの天禰 薫(あまね・かおる)は不安で仕方なかった。
「……大丈夫……かなぁ……」

薫は又兵衛を放っておけず、今こうして観覧席にいる。

実際、薫の心配は現実のものになりつつあった。
スポーツの試合のような生やさしいものではなく、重傷を負うものも出ていた。

これが本物の英霊同士の闘争というものである。

(どうか、みんな無事に、それぞれの場所へ帰れますように――)

薫は目を閉じて祈った。


「んじゃま、やらせてもらうとするかね」
又兵衛は寝ぼけたふりをしながらも、槍をきつく握りしめた。

英霊となって復活してから、彼には目標がなかった。
大阪夏の陣で西軍に付き、武将として一生を終えたが、それはなんだったのだろう?

西軍は負けた。
西軍を破った江戸の幕府もすでにない。

歴史という大波が、彼から生きる目的を奪い、流してしまったのだ。

今この場に集まっている英霊すべてが、又兵衛のような喪失感に囚われているわけではない。
しかし境遇としては似たようなものだった。
ここに立つことで、何かが得られるような気がした。


義輝は又兵衛の槍を眺めてから、フッと笑った。

「そなたが後藤 又兵衛であるな。
 陣中に現れた虎を槍で突き殺したという話ではないか。
 だが、虎殺しの槍使いなら、すでに策は立ててある」

又兵衛は客席をちらと見た。
加藤清正の姿がそこにあった。

義輝は塚原卜伝を始めとする、当時の名だたる剣豪から剣の術理を学んだという。
だとすれば、清正、宗茂の両名と対策を練ってきたとしても不思議はない。

「得物は刀だ
 だが、我が使うはただの刀に非ず」

義輝が手をパンと打ち鳴らすと、虚空より無数の刀が降り注ぎ、敷かれた畳に突き刺さった。
必殺技『斬殲・千烈太刀襖』である。

日本の英霊の多くが、この術を目にしてどよめいた。
義輝は名だたる名剣名刀の蒐集家であり、それらを何本も畳に差しておいて、刃こぼれすると惜しげもなく次の剣を引きぬいて使ったという。
以下はこの戦いで義輝が取り寄せた業物の一部である。

・童子切り安綱
・鬼丸国綱
・鬼切国綱
・ニッカリ青江
・二つ銘則宗
・不動国行
・薬研藤四郎
・骨喰藤四郎
・大典多光世
・小龍景光
・南泉一文字
・三日月宗近
・鷹巣宗近
・籠手切正宗
・村雨郷


義輝は手始めに安綱を引き抜く。

通例、槍と剣ではリーチで勝る槍に歩がある。
しかし義輝はその不利を承知の上で、いやそれ以上の技量で乗り越えようというのだ。

又兵衛は容赦なく槍で突く。
義輝の安綱が振られ、穂先から少し先のあたりまでがすっぱりと切断される。
必殺の突きが封じられたのだ。

安綱を捨てて、鬼丸国綱、鬼切国綱の二振りを手に取る義輝。
この双剣、その名の通り鬼退治に使われたともいう。

「その程度か、こちらから行くぞ」

先端が切断された槍だとしても、武器として使えぬわけではない。
右から迫る鬼丸国綱を槍で弾こうとするも、触れただけでやはり切断されてしまう!
次いで迫る左の鬼切国綱の切っ先が、又兵衛の胸元をかする。
胸を朱に染めるが、命は取り留めた又兵衛。

「これで止めとしようぞ!」

義輝が二刀を振りかぶった瞬間、又兵衛は短くなった槍の柄を投げた。
槍の柄は義輝の眉間を強打し、室町最強とも謳われた将軍はばったと倒れた。

「時雨降る 露か涙か 都鳥 我が名をあげよ 雲の上まで」
義輝はこれだけ言うと気を失った。

(槍を投げるなど、長政殿に知れたらこっぴどく叱られるだろうなぁ)



一連の試合を見ていた珠代は、そばを通りかかった白砂 司(しらすな・つかさ)をつかまえて質問した。

「虎殺しの武将っていうけど、日本に虎はいなかったんじゃない?」

「野生の虎はいなかったはずだ。
 しかしそうした逸話が必ずしも事実でないとは言い切れない」

「わかった! 足利義満が屏風から出したのね!」

「……虎殺しのエピソードは、だいたい大陸に渡ったときのものだからだ」