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【カナン復興】東カナンへ行こう! 3

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【カナン復興】東カナンへ行こう! 3
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「わたし……」
 あわただしく行きかう人々を前に。
 ミフラグは自分が操られていたことを知った衝撃のあまり、よろよろと地に手をついた。
 もう少しでカインを殺すところだった……その事実に愕然となった彼女の前、全身から血をしたたらせたカインが現れ、短剣を両手の間に突き刺す。
「ミフラグ。心身ともに今のおまえにバァル様の騎士たる資格はかけらもない。この都を護る12騎士としても力不足だ。おまえを助けた者たちも全員それを知っている。それでも彼らはおまえに可能性を見出したからこそ、力を貸したのだろう。わたしが評価するのはその一点のみだ。
 おまえは彼らに誓えるか? 12騎士として生きる重責に耐えられると」
 12騎士としての義務と責任、そして矜持。それを、このわずかな時間でミフラグはカインに見てきた。今の自分に彼女のような力はない。逆さにして振られたって出てこない。そんなことは百も承知だ。だがこれは、力をつけてまた挑戦する、というようなものではないのだ。人生において、今この瞬間しかない!
「わたしの騎士役よ! 絶対だれにも渡さない!」
 ミフラグは短剣を掴む。
 その手を上からカインの手が押さえ、抜くことを阻んだ。
「ならば誓え。おまえに力を貸した者、1人ひとりの面を心に刻め。胸の中の彼らに誓いをたてろ。決してその期待を裏切らないと」
「……誓うわ」
 カインの血に染まった手で、ミフラグは短剣を引き抜いた。
(だれよりもあなたに誓う。必ずあなたに認めてもらえる騎士になると…!)
 顔を上げ、ミフラグはカインと視線を合わせる。
「――もしも誓い果たせず12騎士として恥ずべき者に堕ちたときは、この剣で己に始末をつけろ。これは、そういう剣だ」
 立ち上がった直後、カインは大きくふらついた。満身創痍だった。
「……これでいいんだろ、タヌキども…」
 そのつぶやきはだれの耳にも入らなかった。
「カイン! あなたも来て! もう3人の治療は終わったわ! ちゃんと助かったから……だからあなたも早く!」


*       *       *


「――これはひょっとして始末書ものか?」
 離れた路地の影から一部始終を見ていたアラム・リヒトが、あごをさすりさすりとなりのネイト・タイフォンに問う。
「表彰ものでしょう。敵の襲撃から守ったんですから」
「いや、しかし――」
「わたしたちが何かしたから彼らが大けがをしたわけじゃありませんよ」
「うーん……ま、そうだな」
 慰安の芝居の最中、敵による襲撃があったものの、その場に居合わせたカイン・イズー・サディクは己の役割を立派に果たした。12騎士はまたも人々のために戦ったのだ。そして民の被害者はゼロ。家屋破壊があったわけでもない。
 たしかに問題はないか。
 アラムは頭を掻くと、この件について考えるのはやめることにした。
「で。ミフラグの件は? 思惑どおりにいって、満足か?」
「ええ。この歳であの若さの相手をするには骨が折れますから。若い者が動けばいいんです」
 淡々とネイトは答える。
「それでしつけを押しつけたと。
 まったく。人を使うのが上手なやつだ。だからあの書類に俺にサインさせたりしたんだな? 騎士団長の自分がせずに」
「今のミフでは当主として一族を率いるには力不足です。いずれ内部で抗争が起きるのはあきらか。あなただってそう思ったからこそ、カインを持ち出したのでしょう? ハリル家の弱体化を防ぐため、後ろ盾にカインを据えることにした――サディク家の者を侮る者はいませんからね」
 かといってサディク家当主では強力すぎる。ミフラグでは彼に対抗できず、ハリル家はいいように操られてしまいかねない。「家」を持たないカインぐらいがちょうどいい。カインであればミフラグを利用しようと考えることもない。カインの傍らにはハリル家がある、というのも騎士役を奪ったカインを内心疎んじているサディク家当主へのけん制になる。
「で、俺にはアーンセトのお坊っちゃんか?」
 不満たらたらのつぶやきに、ネイトはアラムを横目で見た。
「それはあなたの愛娘に言うべきです。わたしは何も言ってはいません」
「言ってはいないが、予測はしてたんだろ。あの坊主にああいう処分をすれば、うちのリージュがああするだろうって。というか、あの時点でおまえ、ここまで計画してたな?」
 出会ってから32年、長い付き合いのなかでアラムはたびたびこういうことを経験してきていた。だからネイトが否定の言葉を口にしないことに、今さら驚きもしなかった。
「まあいいじゃないですか。婿がほしかったんでしょう? ただ、たしかにあの坊やではあなたがもの足りなく思うのも当然ですから、ちょっとばかり下地を鍛えてさしあげただけです。あとはあなたが仕込めばいい。次代のリヒト家の騎士としてね。
 あ、お礼はいいですよ。感謝していてくれさえすれば」
「だれがするか!」
 くつくつ笑うネイト。そのやわらかな笑みは策略家たる彼の本性を微塵も見せていない。
「……くそ。いつものことだが、やっぱり何もかもおまえに踊らされている気がしてきたぞ。領主、リージュ、ミフ、カイン、エシムそれに俺もその手の中か」
「アラム。わたしの手に掴めるものなどたかがしれていますよ。
 これまでにも何度か言ったと思いますが、予測はだれにでもできるんです。ようは日々の観察です。だれがどう動くか、そのためにはどこで何をどうすればいいか……それが今回はあの処分とあなたのサインだったというだけです。簡単でしょう?」
「それで、うまくいかなかった場合は? あそこでミフとカインが死んでたらどう責任をとるつもりだったんだ?」
 いやな予感に早くも眉をしかめたアラムに、ネイトはにっこり笑ってみせる。
「ああ。約束したのはあなたですから。条件を出したのもあなたで、わたしではありません。だから責任を問われるのもあなたです」
「おま…っ!!」
 あまりの暴言に、アラムはぽっかり開けた口をふさぐことができなかった。
「さあ、そろそろ領主が帰還されるころです。城へ戻りましょう」
「……おまえはそういうやつだよ! 悪意などかけらもありませんって顔してよくもまあ……なんで親友やってるか、自分でも不思議でしょーがない」
 ぶつぶつ独り言をつぶやきながら――これも毎度のことで――アラムはネイトに従って、その場をあとにしたのだった。