校長室
雪花滾々。
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16 「これ、お土産だよ!」 と、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が工房のテーブルの上に置いたのは大小さまざまな大きさの石。 「……何これ」 本気で疑問に思っているらしく、リンスが抑揚のない声を上げた。美羽は胸を張り、 「石だよ」 と答える。 「ただし、石は石でも月の石だけどね」 得意げに言ってのけた。「つき?」とクロエが目を丸くする。 「つきって、あの、おそらにういてるおつきさま?」 「そうですよ。先日、月に行ってきたんです」 クロエの質問には、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が答えた。 現在、シャンバラ王国とエリュシオン帝国が協力して行っている新大陸の調査。 探索隊である美羽たち一行は、月面にある月の港からかの地へ渡った。 「その時のお土産なんだ」 「へえ、月の……って、あんまり実感ないけど」 「でも、とってもきれい。おつきさまのいしはみんなきれいなの?」 「みんな、ってことはなかったかなぁ。でも、こういう素敵なものもたくさんあったよ。 ……さてさて、今日はその『素敵なもの』をもっと素敵にしちゃおうと思います」 美羽の言葉に、リンスとクロエが顔を見合わせた。 「なにするのかしら」 「何だろうね。小鳥遊先生、解説どうぞ」 「任せなさい」 言って、作業に使う道具をテーブルに並べる。 「まずはこの短剣で加工したい大きさにカットします」 そのうちのひとつ、レーザーマインゴーシュを手にして石を切った。ヤスリに持ち替え、 「きれいに磨きます。あとは、形を整えて完成〜」 簡単でしょ? と笑いかける。 「わたしもやりたい!」 「って言うと思った。だから石、いっぱいあるんだよ。クロエも一緒に作ろうね!」 「うん!」 石を切ったり荒削りをするといった、少し力の要る危ない作業はコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が引き受けてくれたし。 「クロエは磨いてー」 「みがくー」 磨いたり、整えたりといった細かい作業を美羽たちはやることにした。 「完成したらプレゼントの交換だっ」 「すてき。とってもたのしいわ!」 美羽、コハク、クロエが石の加工に夢中になっている最中。 少し離れたテーブルで、ベアトリーチェはリンスと共にお茶を飲んでいた。 「美羽は言っていませんでしたが」 と、前置きをひとつ置いてから。 「最近、ナラカやザナドゥにも行ってきたんです」 「ザナドゥ」 「魔界、ですね。日の光も当たらない、深く、暗い場所での生活でした」 それでも。 それでも、そこに住んでいる人たちには、その人たちそれぞれの生活があって。 感情も、人付き合いもあって。 泣いたり、笑ったり、仕事をしたり。 「ちゃんと『生きて』いました」 「そう」 「ですから、」 「?」 「住んでいる世界は違うけど、リィナさんもきっと幸せになれますよ」 「……どうして、それを?」 意外そうに、けれどさほど驚いた様子はなしに、リンスは言う。 長い付き合いになるというのに、気付いていないとでも思っていたのか。 「侮りすぎですよ」 ベアトリーチェは、ちゃんと見ている。 見て、友人のことを、しっかり気にかけている。 「侮ってたか」 「はい」 「それは、ごめん」 「はい。自覚、なさってくださいね」 少なからず、誰かに心配されていると。 そしてそれは、当たり前ではないのだと。 「幸せになってください」 ベアトリーチェだけが、そう思っているのではない。 「リンスさんが幸せそうにしていなかったら、お姉さんも心配してしまいますよ。自分の幸せどころじゃなくなってしまうかも?」 「それは困るね」 「でしょう?」 「うん」 お手伝いなら、させてもらいますから。 どうか、幸せに。 クロエ宛てには、彼女によく似合いそうな三日月形のブローチ。 リンス宛てには、注文書をまとめる時に使えそうなうさぎ型の文鎮。 「できたよー。はい、プレゼントっ」 「みわおねぇちゃん、はやい! すごい! かわいい!」 クロエは大はしゃぎだった。プレゼント、大成功。である。こっちまで嬉しくなって、笑う。 「リンスも、はい。使ってね!」 「ありがとう。大切に使うね」 リンスもリンスで喜んでくれたらしい。相変わらずわかりづらいが。 満足したところで、少し休憩することにした。長い間集中していたため、目や背中が痛い。 窓の外を見たりして、ゆっくりと時間が流れていくのに身を任せ。 どれくらい経ったろう。 「美羽」 「みわおねぇちゃん」 コハクとクロエの声がした。振り返る。 「どうしたの」 「これ」 二人が差し出してきたものは、美羽がクロエにあげたものとよく似たブローチだった。 「え?」 一瞬、自分があげたものかと思った。が、クロエの胸に、同じものが輝いているのを見て違うと気付く。 まじまじと見たら、別物だとわかった。 「つくったの!」 「クロエと一緒にね。美羽とクロエと、お揃いになるように」 サプライズだった。クロエが作っていたのは知っていたけど。こう来るとは。 「……嬉しい」 「ほんと?」 「良かった」 「嬉しいよー。ありがとう。二人とも、大好きー」 ありのままの気持ちを言葉にして伝えたら、コハクが頬を赤らめた。一瞬後に、その理由に至って美羽も顔を赤くした。 「なかよしね!」 と、クロエが無邪気に言い切った。 *...***...* スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)にはいくつかお気に入りの店がある。 その、お気に入りの店で今、期間限定ジャンボサンデーなるものが出品されていると聞いたので。 「行かなきゃなぁって思ったわけだ」 「それで、どうしてわたしのところへきたの?」 「察しが悪いなぁ。誘ってるんじゃないか」 「それだったらエスコートのことばのひとつ、ほしいものだけど」 「我儘姫め。おごってやるから食べに行こう」 「もうすこしつつみかくしていったほうがいいわよ?」 「本当に我儘になったね、クロエ。それで行くの、行かないの」 「いく」 なんだかんだ言って行くんじゃん、と額を指で弾いた。クロエは、それすらも予測していたかのようにくすくすとおかしそうに笑う。 「ほら、行くならあったかい格好しな。外は寒いぞ」 「はーい」 防寒着を着込みにクロエが部屋に戻り、戻ってきた時には手袋マフラー帽子にコート、と装備を完璧なるものに整えていた。工房を出る。 「冬のアイスって贅沢だよなー」 「そうなの?」 「寒い中暖かい場所で冷たいものを食べる。贅沢でしかないだろう」 「なら、なつのおなべもぜいたくね」 「うーん……かもしれないけど華がない。それに鍋は冬こそってイメージがある」 夏の贅沢といったら食べ物ではなく、冷房の利いた部屋で布団に包まって寝る。これだと思う。 「クロエには理解できないだろうなぁ」 「なによぅ」 「子供だもんなぁ」 「だからなによ。しつれいねっ」 他愛のない話を繰り返し、店に着いた。席に座り、注文を済ませ、品物が出てくるのをまだかまだかと期待して待つ。 「スレヴィおにぃちゃんはあまいものがすきなの?」 「甘いものっていうよりアイスだね。お、来た」 そして、パフェスプーンでアイスを掬って口に入れ。 「……美味い」 しみじみと、言った。二口目、また別の箇所を掬って食べる。最後にフルーツを口に入れて、一旦手を止めた。 「クリーミーでしつこくないバニラ。存在感はあるのに上品な味わいのシャーベット。新鮮なフルーツ。何よりも飽きない味! ……来てよかった……!」 拳を握り、心からの想いを言葉にする。特に最後のほう。たった六文字だけど気持ちを全て詰め込んだ。ああ、本当に、来てよかった。幸せだ。 「クロエ、ちゃんと食ってるか?」 「え、うん。たべてるわ」 「そっか。ならいいけど。 今は一年中なんでも食べられるけど、旬のものは旬の時期にとっとけよ。このフルーツとかシャーベットとかな。何なら食べさせてやろうか?」 ほら、とスプーンでシャーベットを掬って口元に持っていく。ためらう様子もなく、クロエが口を開いた。 「おいしい!」 「だろ。期待を裏切らない美味さだろ。気分がいいからサービスだ」 と二口目をくれてやる。またためらうことなく口を開けたので、今度は自分で食べてやった。 「…………」 「……おい、そんなに本気でがっかりするなよ。いつもみたいに『いじわる!』とかいって怒れって」 「……いじわる……」 なんだか心に刺さった。そりゃそうか。このシャーベットは、すこぶる美味しい。なので、食べられる、という期待は大きかったのだ。 「……すいませーん。このパフェもうひとつ」 本気で落ち込んでしまったようで、どうにもできそうになかったからまるごとくれてやることにした。 「機嫌直せって」 「……むー」 「ふくれっつらで美味しいものを食べてもつまらないぞ」 「……なおすー」 それでもまだ若干ぐずっているようなので。 「スノーマンって絵本、知ってるか?」 話の方向性を変えることにした。クロエが、ぽかんとした顔でスレヴィを見る。いい具合に意表をつけたようだ。 「その顔は読んだことないな? いい話だから、一度読んでみるといいよ。図書館とかにもあるだろうし」 「うん。ほんやさんにいったらみてみるわ」 「あとね、アニメーションにもなってる。そのテーマ曲がすごく綺麗なんだ」 様々な楽器が作り出す、幻想的な雰囲気。 澄んだ、美しい歌声。 歌詞の意味合い。 どれもこれも、好きで。 「教えるから、歌ってみせてよ」 「いいわ。きかせて?」 こほん、と咳払いをしてから歌い出す。 歌い終わってから、クロエが口を開いた。 「スレヴィおにぃちゃん」 「なんだよ」 下手だとでもいうのか。 「すごくたのしそうにうたうのね。すてき」 「……そう?」 「そう! わたし、おぼえるから。そうしたらいっしょにうたいましょ」 「えー、クロエとか。どうしよっかなぁ」 「なによぅ。いいじゃない」 「あはは。考えておくよ」 すっかり機嫌が直った頃、パフェがやってきた。 なんだか甘やかしすぎた気がしないでもないけれど、まあ、いいか。